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エピローグ

「ご主人! やばいっす! 大事件っすよー!」


 けたたましい声が洞窟中に響き渡って、俺はしかつめらしく強張らせた表情をさらにしかめさせて、扉の向こうからすぐにやってくるだろう相手を待ち構えた。


 だだだっ、とそこに姿を現したのは全身真っ白、ぼさぼさの頭も真っ白の元スケルトン。

 血相をかえてやってきたスケルは胸にシィを抱きかかえていて、さらにシィは胸元にドラ子を抱いている。


 そのドラ子をわなわなと指さしながら、


「見てくださいっ。ドラ子さんが……は、花をつけましたァ!」


 見れば確かに、頭に植物を生やしたドラ子のてっぺんに、ちょこんと薄い黄色の花弁が開いていた。

 俺はそれを三秒ほど見つめてから、


「……そりゃ、マンドラゴラなんだから花くらいつくだろうさ」

「なにを悠長な!」


 スケルは大仰に頭を振りまわして、


「花を咲かすってことは、受粉の準備ってことでしょう! つまりドラ子さんはもう色々とバッチコイってな状態なわけですよ! そのお相手を見つけだして差し上げないといけないでしょうっ!」

「そりゃそうかもだが……。スケル、なんでお前がそんなにテンションあがってんだ」

「逆に、どうしてご主人がテンションあがらないのかと! ドラ子さんにとっちゃ一大事ですよ! ご主人は心配にならないんですかいっ!?」


 ほとんど激昂するような勢いに若干ひきながら、俺は視線をスケルに大人しく抱きかかえられている小柄な妖精に向けて、


「……シィ。そうなのか?」


 訊ねると、シィは困ったように眉をひそめて。さあ、と小さく首を傾げた。


「というわけだ。スケル、とりあえずお前は落ち着いて、シィを下ろしてやれ。なんか凄いってのはわかったから。ドラ子の相手が必要とか、そういうことがなにかあったらこっちで対処する。お前、地下の復旧工事の監督があったはずだろう」

「そんな!」


 スケルはショックを受けたようにくわっと目を見開いて、


「いい加減、地下に籠もるのが飽きてきたからなにか楽しいことはないかなって探してきたのに! その言い分はあんまりですぜ!」

「帰れ。そして今すぐ仕事に戻れ」


 ようするにサボリに来ただけのスケルを追い払い、その場に残されたシィをとりあえず手招きして近くに呼び、ドラ子ごと膝の上に座らせて、視線を戻す。


「悪かった。話を続けてくれ」


 部屋に来ていたカーラが苦笑しながら、


「えっと。それで、これがさっきの話のやつです」


 カーラが机に置いてくれた袋をひっくり返すと、乾いた音を鳴らしながら真新しい硬貨が転がり出て来る。


「あんまり数はありませんでしたけど、この硬貨のことは町中の人達が知ってました。それと」

「それと?」

「その、噂の方も。色々と」


 困ったようにカーラが言う。

 それがこちらへの配慮だとわかったから、俺は大きく息を吐いて、


「……とんでもないことになった」


 頭を抱えて呻いた。


「そうでしょうか? 大変に面白い事態だとは思いますが」


 冷ややかな声が降って来る。

 俺は恨みっぽい眼差しを金髪の令嬢に送って、


「そりゃお前にとってはそうかもしれないけどな。ルクレティア」

「私だけではなく、大方の為政者や、貴族に平民。それに魔物も含めてのことでしょう。国を問わず、種族を問わず。立場を問わず。なにしろこんなことは前代未聞です」


 机の上に転がる一枚を手に取って、令嬢はさも楽しげに唇を歪めた。


「“黄金竜の金貨”。まったく同質、同量の純金によって形成された、寸分として形、重さの違わない大量の金貨幣。そんなものが世界中にばら撒かれるなどという事態を、いったいどこの誰に想像できましょう」


 俺の方に差し出される硬貨。

 その貨幣の表側には、職人が緻密に掘り込んだような精密な意匠で若い竜がデザインされており、その得意げに吠える下には、こう文字が綴られてある。



 ――曰く、『祝! あたし初恋記念!』と。



 ……あれから、しばらくの時が流れていた。


 金精霊ゴルディナによる“魔王災”の宣告。

 世界各地から集まった精霊と、それを取り込んだスラ子による世界の在り方の修正。


 一介の田舎で起こった、そうした世界的な出来事について、大部分はその詳細を知ることなく終わり、それを追及する者もほとんどいなかった。


 それどころではない事態が起きたからだ。


 とある辺境の山、そのてっぺんに居をかまえる若い黄金竜。

 その竜が、なにを思ったか世界中にいきなり金貨を配りまくったのだ。


 いわゆる記念硬貨というものになるのだろう、その硬貨がいったい何を記念してのものかについても、読んで字の如くということになるのだが。


 驚いたのは、それを配りまくられた側だった。


 なにしろ金だ。

 それもストロフライが世界中に空からばら撒いたそれは、金としても最上級の、まったく不純物が混ざっていない代物だったのだから。


 もちろん、硬貨といっても流通していた代物ではないから、それに貨幣としての価値はない。――いや、なかった。それまでは。


 通貨とは価値を代替するものだ。

 価値を担保として、信用を軸にして運用される。


 そして、ストロフライがばらまいたそれは完璧にそれに合致した。

 紛れもない純金から竜が手ずから作りだした――すなわち“竜貨”。


「……まったくとんでもありません」


 言葉とは裏腹に、ルクレティアが楽しげに告げる。


「まったく同質の、重さも、写し取ったように形状や意匠にわずかな違いさえない、大量の金貨幣。各国では、早速にこの金貨を基にした通貨運用法を用いようとする動きが出てきているそうです。当然でしょうね。なにしろこの精巧さです。偽造など出来るはずがありませんし、そもそも竜のつくった貨幣を鋳潰そうという輩など出てくるでしょうか。よしんば潰そうとしたところで、溶かそうとしても無駄なのですから、それ以前の問題ですが」


 ばら撒かれた金貨には竜の加護が加えられており、それは当然のように、人間や魔物程度がなにかしたところでまったく変化させることがない頑丈さを兼ね備えていた。


「……通貨にするのには最適ってわけだ」

「はい。ストロフライさんは国を問わず、世界中にこの金貨を配られているご様子。この大陸には魔物を中心に、いまだ貨幣を用いていない方々もたくさん残っておりますが……こんなものをばら撒かれてしまっては、それもほんの一時のことでしょうね。国家を問わず、種族を問わずに流通する――つまりは全世界、全種族に共通する価値、ですわ。世界は強引に、半ば無理やりに貨幣経済に推し進められてしまったわけです。図らずも、あの金精霊の方が意図していた通りに」

「ただし、流通するのは“精霊の通貨”じゃないけどな」


 ルクレティアは肩をすくめて、


「本人にとってはそれが何より口惜しいかもしれませんが、些細なことでしょう。巷では、この貨幣――ストロフライ金貨を十枚集めると、たちまちに麗しい精霊形をとった若い竜が現れて、なんでも一つだけ願い事を叶えてくれるらしいという噂まで流れているそうですわよ」

「あ、それ、ボクも聞いた」


 俺は改めて頭を抱えた。


「ほんと、この事態をどうしてくれるんだ。あのお気楽竜は……!」

「どうもこうも。ただご自分のやりたいようになさっているだけでしょう。素直、ということです」


 皮肉げに言いながら、ルクレティアが差し出した硬貨をひっくり返してみせると、そこには表とは違った意匠。

 その中央には竜ではない、精霊形をとった竜の少女でもないまったく別の人物が彫られていて、


「おめでとうございます。ご主人様、あなたは永遠に名を残されました。そうでなくとも、お姿だけは間違いなく、未来永劫のものでしょう」

「いらんわ、そんなもん!」


 大声でわめく。


 その輝かしい金貨の裏面には、一人の冴えない風貌の若い男が彫られていた。

 つまり――俺が。


「せめてもう少し美化してくれてたら、こんなの人違いですって言い逃れることだって出来るかもしれないのに! なんだこの無駄に冴えない忠実度! これじゃこの先、どこの町にいっても一発じゃないか! 全世界で賞金首か!?」

「似たようなものでしょうね。なにしろ、“竜が選んだ相手”です。この洞窟の近辺も、これまで以上に騒がしいことになることでしょう」

「勘弁してくれ……」

「――私の国からも、マギさんにコンタクトをとりたいという連絡が入っています。クーツが伝えてくれました」


 部屋にいるもう一人が言って、俺はそちらに目をやった。

 だが、普通なら顔をあわせるはずのそこには、なにもない。華奢な肩の上には空間が広がるばかりで、どうしても慣れないそのことに顔をしかめながら、そこから視線をおろす。


「他の国々でも、なんとか竜と、そしてその竜の伴侶に選ばれたという人間と接触をしようと。色々と動きがあるそうですよ?」


 御伽話にある呪いの騎士デュラハンのごとく、右手に自らの首を抱えた王女――レスルート国の元王女ユスティスが、苦笑するように頭を揺らした。


「……大変ですね」


 皮肉というよりはからかうような口調に、俺は肩をすくめる。


「ユスティス。まず貴女がその一人でしょう? レスルートの国許から、ご主人様を垂らし込めとでも言われているのではなくて?」


 ルクレティアの冷ややかな指摘に、元王女の頭部は悠然と、


「あら、お姉さま。そんなことはありませんわ。私はただマギさんに感謝しているだけです。こんな姿になって、もう国には帰れませんし……こうして、この洞窟に住まわせてもらえるだけでありがたいと思っているんですよ?」


 冷たい火花を散らせる、まったく血のつながりのない姉妹から俺は目をそらして、息を吐いた。


「マスター。これからどうしますか?」


 くすりと笑ったカーラが訊ねてくる。


「そうだなあ」


 ストロフライのやらかした――今もなお世界中でやらかし続けていることに加えて、色々と面倒なことは起こっている。


 ゴルディナが、かなり強引なやり方で今までの精霊の在り方を変革させようとしたことは、他の精霊や、エルフ達にも知られていて。そのことで、かなりの動揺も生まれてしまっているらしい。


 この世界は、スラ子によって新生した。

 マナや精霊という、この世界に元から存在した機構はそのまま――“瘴気”という、不可避の災厄だけが消え失せた。


 自分達が預かり知らないところで、遠い将来に訪れるはずの破滅までもがあっさりと解決されてしまったという事実。そしてそれを為したのが、精霊達からすればとても許容できない存在である、スラ子だということについては、様々な反応があって然るべきだった。


 ヴァルトルーテやツェツィーリャは、その動揺を抑えるために自分達の集落に戻っているところだ。

 それに、金精霊のやったことは、結果的には失敗に終わったけれど。その投じた一石はまちがいなく、この世界の在り方に変化を及ぼすだろう。


 精霊同士。あるいは精霊を信じる者、信じない者達の間で、その変化に伴う争いが起きるかもしれない。

 そしてもちろん、ストロフライがばら撒いた“完全無壊の金貨”も、その争いを治めるどころか、むしろその混乱を助長することになるだろう。


 ……これから、世界は大きく荒れる。

 それは予言でもなんでもなくて、この世界に生きる者なら誰だって肌にひしひしと感じる、変化の予兆だった。


 そんな中で、俺はどうやって生きていく?

 以前のように洞窟に引き篭もるのか。


 それとも――


 ふと下からの視線を感じて目線を落とすと、俺の膝の上に座ったシィがじっとこちらを見上げている。

 そして、ちらりと机の上を見た。


 そこでは一匹の小さなスライムが、ストロフライの金貨に齧りつこうとしているところだった。


 俺はそれを見て。

 笑った。


「そうだな。とりあえず、やることは決まってる」



 ……スラ子がいなくなってしまったこの場所で、俺は生きる。


 いつかあいつが帰って来るのをここで待つ。


 自分から探しに行きたい気持ちはもちろんあるけれど――行き違いになったりしたら、それはそれで不味い。


 世界中に散らばった“あいつ”は、いったいどこで意識を取り戻すのかもわからない。

 もしかすると、物凄く遠い場所で目覚めることになるかもしれない。


 だけど、目覚めたあいつは必ず真っ先に、この場所へ戻ってこようとするはずだ。



 だから。

 ひとまず、俺のやることは一つだ。



 野望も大義もないけれど。

 たった一人に呼びかけるために。


 もしかしたら今この瞬間、世界のどこかで目を覚ましたかもしれないスラ子に、お前の帰る場所はここだぞと声高く知らせるために。




 ――スライムなダンジョンで、天下をとろう。









「ふふー」



 耳元に。

 くすぐるような声が、触れた。





                                         おわり


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!


活動報告に皆様への御礼と、「スライムなダンジョン」の今後について書かせていただきましたので、

よろしければそちらもご覧いただけると嬉しいです。

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