二十三話 精霊憑きと持たざる者と
その空間はとても広く、深く。閉塞的な洞窟内にあって、それを感じさせないほどだった。
ぽつり、と灯りがともる。
壁面に浮かび上がったのはライトの魔法によるものではなく、白ではない、赤みがかった輝きがぽつりぽつりと広がっていく。
無限の奥行きを感じさせた暗闇が、無数の松明によってその輪郭が明らかになった。
天然の大空間。
補強された周囲の壁面には多くの横穴が繋がって、そこからリザードマンとマーメイドが顔を見せていた。全員が武装をして険しい表情を眼下に向けている。
その視線の先には、追い詰められた王都軍の集団。
室内の中央。かろうじて円陣をとって固まり、前後左右に上までを警戒する彼らは、ほとんど残党といってしまってもよいくらいにその人数が減ってしまっている。
地下水流の氾濫、それに乗じたこちらの反撃と、後退中の罠や遭難。数々のトラブルに見舞われた彼らは“精霊憑き”のお姫様以下、たった二十名にも満たなかった。
一方、王都軍を包囲するこちら側は六十名以上。戦力比はともかく、人数差は四倍近い。
少数の敵を油断なく取り囲みながら、俺は一歩前に進み出て。口を開いた。
「――降伏を」
巨大な得物を掲げてこちらを睨みつけるようにしている、“精霊憑き”のお姫様に告げる。
「勝負はついたはずです、王女殿下。これ以上の戦闘は無意味でしょう」
この部屋に辿りつくまでの度重なる戦闘で、汚れ、傷ついた王都軍。その中央に護られることなく、むしろ殿に立って味方を庇い続けた王女殿下は、相も変わらずその鎧姿には傷一つなくて。ただ、さすがに長い激闘の疲労を感じさせる声音で、
「……降伏はしません」
はっきりと、応えた。
「我々は勅命を受け、この地にやって来ました。その王命を果たせず、命惜しさに剣を投げ出す自由など持ち合わせてはいません」
「なら、降伏じゃなくて交渉ってことでいいです」
俺は相手を見据えて、
「さっき言ったとおり、こっちはそちらになにがなんでも協力しないって突っぱねてるわけじゃありません。妥協点が得られるのであれば、それでいい。そのことについて話し合おうって言ってるんです」
「……それでいいんですか。私達はあなたの仲間を何人も殺しました。攻め入ったのもこちらです。いただいた提案を拒否したのもこちらです。その上で、まだこちらに譲歩する用意があると? 私が言うことではありませんけれど、お人好しすぎませんか」
「だったら、死んだ連中の復讐をしろって? 全員を皆殺しにしろとでも? ……馬鹿馬鹿しい」
思いきり吐き捨てる。
「ここで死んでいった連中は。一人だって、俺なんかのために死んじゃいない。彼らは自分のために。自分達の種族のために、そのためには、このダンジョンの存続が必要だって信じたから。死んでいったんです。それを自分のためだとか自惚れるほど、俺は頭が湧いちゃいない。個人的な満足で満たされていいのは、個人的な復讐だけだ。……俺は死んでいった彼らから、このダンジョンを預かってるんだから。だから、このダンジョンにとって一番いい解決法を探して、選んで。実現させなきゃならない」
握りしめた拳に痛いほどの力を込めて、一語、一語を振り絞る。
「――勘違いしないでください。これは譲歩じゃない。俺達からあなたがたに対する、最後通告です」
それを聞いたお姫様は、顔中を覆った兜の奥でそっと息を漏らして、
「さっきも言ったじゃないですか、マギさん」
頭を振った。
「無理だって。私達と、あなた方の共存はできません。何故なら、こちらは最初からあなた達と同じ目線にないからです」
「それは、立場のことですか」
「……はい」
お姫様は頷いて、
「私達は――私達に命令を下した方々は。上にいます。下にさがることはありません。周囲を見る時は、常に見下しているんです。彼らは。そういう人達なんです」
消え入りそうな声に、一瞬なにかの感情が灯ったように思えた。
「……だから、妥協なんてありえません。私の頭でよければ、いくらでも下げます。それでこちらのお願いを聞いてもらえるなら、なんだってします。でも――ごめんなさい。そちらからの申し出を聞くことはできないんです」
ごめんなさい、とお姫様は繰り返した。
それは悲しそうなというよりは、悲しみ過ぎて心が擦りきれてしまったような声だった。
「そうですか」
俺は息を吐いて、
「……残念ですね」
「はい。残念です」
それがさっきも交わしたばかりの台詞であることを思い出して、苦笑じみたものを浮かべてしまう。対面する兜の奥で、相手からも似たような気配を感じた。
緩和しかける雰囲気を振り払おうと、俺は息を吸って。
「では、王女殿下。こちらはあなた方を倒して、それをもって王都への我々の意思表示とさせていただきます」
宣言した。
それに小さく頷いた王女様が、
「はい、マギさん。私達はあなたを捕らえ、その証をもって山頂にいる黄金竜への面会を叶えましょう」
会話の終わりは、そんなふうに淡々とした決別。
最後の戦闘が始まった。
わずか十数名の騎士達が前進する。
どれほど劣勢になっても、彼らの歩みは揺るがない。逃亡者が出るどころか、踏みしめるその歩幅には寸分の躊躇いもないことに、俺は内心で舌を巻いた。
その進軍は、まっすぐ彼らの目標へ向かっていて――つまり、こちらに向かって来る。
『ご主人様、お下がりください』
「わかってる!」
あわてて後ろにさがりながら、俺は結晶石と、そして肉声を通じて周囲に大声を張り上げた。
「……撃て!」
周囲からいっせいに投擲される。
壁面の壁穴から、あるいは王都軍を取り囲むリザードマンから一斉に放たれたのは矢でも、石でもなかった。
陣形を保ったまま前進する騎士達。その頭上へ彼らが掲げた盾に、飛来したそれらが直撃して、――べしゃり、と音をたてる。
粘着質の感覚と、そこから漂うかすかな異臭に彼らが気づく前に、
「ファイア!」
俺が練り上げたマナを彼らの一人に向けて放った、その瞬間。
騎士の盾が勢いよく燃え上がった。
「っ……!?」
慌てた騎士が盾を振りまわすが、こびりついた粘着性の物質はその程度では剥がれ落ちず、むしろ飛び散った火が他の騎士にまで燃え移ってしまう。
「……なんだこれは!」
「知るか、とにかく消せ! 水をかけろ!」
魔法で呼び出した水ですぐに消火には成功するが、そうしているあいだにもどんどん投げ込まれてきている。
王都軍はその正体についてわからないらしいが、それも当たり前だ。
今、王都軍目掛けて投げられているものは、この洞窟で採れる、しかもそのことに俺達が気づいたのもごく最近という、ある天然の資源物なのだから。
それは瀝青だった。
ひどく粘着性の強い、半固体で泥状の可燃物。俺達がこの洞窟を改築、補強する際に接着剤に使ったその物質に枯れ草なんかをまぜたものを、周囲のリザードマン達が泥玉のように投げつけていた。
そして、その瀝青泥が飛散したあたりを大まかに狙って、
「ファイア!」
火種が発現。即着火。
瞬く間に炎が舞い上がり、煙と異臭が立ち込める。
ついには盾ばかりでなく、鎧にまで炎が燃え移った相手も出て来て、近衛騎士達は軽いパニック状態に陥った。
全身鎧という代物は、かなり頑強な防御力を誇る反面、準備するのにもいちいち時間がかかってしまう。従者の手伝いがなければ着脱できないなんて話も聞くくらいだ。少なくとも、戦闘中に気軽に脱いだり着けたりできるもんじゃない。
身動きがとりづらい重装備では、投げつけられる瀝青泥を全て躱すことだって難しい。
もちろん、水魔法が使える相手がいるなら消火そのものは簡単だ。だが、残り少ない魔法力を消費させるというだけでこちらには意味がある。
さらに、火が撒き散らされているのは騎士達の装備に限らない。
投げ込まれた瀝青の泥玉が落ちた床や柱。そうした周囲の建造物にも飛び火が散って、炎と、そして煙とを盛大に吹き上げ始める。
「いいぞ! そのまま――」
続いて指示をだそうとした、その時。
黒々とした煤煙を切り裂いて、一つの人影がこちらに疾走してきた。
俺はあわてて言葉を呑み込んで、
「……散開しろ!」
直後。
こちらの声をかき消す轟音と共に、空間が切り裂かれた。
暴力という概念を塗り固めて体現したような凶悪な得物が横一閃に薙ぎ払われる。
振り回された巨大な得物はそのまま、勢い余って近くにあった石材を積み上げた柱を叩き壊した。
間一髪、その場に屈みこんでその暴力的な横薙ぎを躱した俺は、すぐに体勢を立て直そうとして――すでにその時には、目の前でお姫様が大得物を振り上げて構えていた。
あれだけの重量物を軽々と扱えるどころか、思いきり振り回して少しも身体が流れもしない。わかっちゃいたが、異常すぎる!
一瞬、視線をかわす互いの間に、もはや言葉もなく。お姫様がその無骨すぎる獲物を振り下ろしかけたところに、
「やああああああ!」
横合いから、ミスリル銀の手甲を輝かせたカーラが殴りつけた。
得物を盾にしたお姫様がそれを受ける。いったいどんな材質なのか、カーラの一撃を受けて砕けもせず、けれどさすがに勢いには押されて、ガリガリと足の裏で地面を削りながら吹き飛ばされていく。
それでも体勢を崩さず、いくらか距離を離したところで踏みとどまる。
お姫様が顔を上げた。
――やっぱり、あの身のこなしはヤバい。
こちらに向き直る相手を見ながら、俺は胸のなかで呻いた。
巨人の扱いそうなふざけた武器や、大の大人でも身動きするのにさえ苦労しそうな全身鎧。それらを身につけて動けるだけでも脅威だが、それで羽でも生えてるような身軽さっていうのが恐ろしい。
「……カーラ。あの相手は、鎧を着てると思っちゃ駄目だ。自分と同じくらい軽装だって思おう」
「わかりました」
油断なく拳をかまえたカーラが頷く。
「よし。作戦は例の通りだ」
「了解です!」
獲物をかまえたお姫様が突進してくる。
それに対して俺とカーラは――
一目散に、その場から逃げ出した。
「なっ……?」
あわててお姫様が追いかけてくるが、さすがにこっちの方が早い。
たとえ鎧や武器の重量を無視できたって、基本的な身体能力は年相応のはず。カーラのように鍛え上げているようにも見えない。だったら、逃げようとすればいくらでもやりようはある。
「ま、待ちなさい!」
「断る!」
相手との距離をあけつつ、周囲の様子を窺う。
俺とカーラがそうやってお姫様を引きつけているうちに、他の場所でも戦闘が繰り広げられていた。
投げつけられる瀝青泥にてこずる騎士達に、リザードマンとマーメイド。それにシィやリーザ、ヴァルトルーテが遠距離から攻撃を加える。
「くそ、ふざけたことを!」
怒気を孕んだ声で唸りをあげる騎士達。
彼らの怒りは自分達への攻撃に対して向けられたものではなかった。
俺が着火した炎。それが飛び火して周囲に散らばって、あちこちに付着した瀝青に燃え上がる。
その結果、さっきまで水気に満ちていたはずの地下空間は、あっという間に火事でも起きたような様相へと変わっていた。
燃える瀝青から立ち昇る黒煙。
閉塞された地下空間でそんな真似をされたら、誰だって怒る。自分から窒息したいと言ってるようなものだ。
「マギさん、あなたは。まさか」
こちらの意図に気づいたらしい王女様が声色を変える。
俺は頷いて、
「――すいませんね。正々堂々、なんて戦い方じゃなくて」
ぐるりと周囲をみまわした。
岩と水の洞窟であったはずが、一転して炎と煙に包まれた空間。
これが、俺達が王都軍との対決用に用意した切り札。その決戦場だった。
水と炎という相反した環境。そこに充満する異臭と煙。
基本的に、この洞窟は決して通気は悪くない。それも当然で、多少の人数がやってきたくらいで空気が足りなくなってしまうようじゃ、普段から自分達が生活できないからだ。
だが、いくらこの大広間が広いとはいえ、これだけ盛大に炎と煙が充満したら、そのうちに酸欠だって起きかねない。
まさか敵も、ダンジョンの防衛側がこんなことをやってくるとは思いもしなかっただろう。人間も、蜥蜴人も人魚も、空気中の酸素を呼吸する生き物なのだから窒息の危険性はおんなじだ。
「正気ですか? こんなことをして、あなた達だって無事では――」
「もちろん。わかってます。それに、どっちの方が不味いかってのも、わかってるつもりです」
ぎり、とお姫様が歯ぎしりする音が聞こえたような気がした。
窒息の可能性は双方にもある。
だが、よりどちらが危険かと言われれば――それは圧倒的に敵方になるはずだ。
理由は単純。装備が違う。
こちらは全員が軽装。向こうは重装備だ。
屈強な体格の騎士達が、着てるだけで疲れるようなあんな代物で動いてるんだから。どちらの方がエネルギー、及び酸素の消費量が激しいかなんてわかりきっている。
だったら、こっちは極力、息をひそめて自分達の酸素消費を抑えて。あとは相手の酸欠を待てばいい。
たとえ敵がどんなに強力な集団だろうと。どれだけ強力な個体だろうと。
勝ち方ってのは、いくらでもあるものだ。
こちらの意図を察して、激しい敵意を向けてくる王女様に、横から流れ弾の瀝青泥が飛んでくる。
べちゃり、と側頭部に当たって。すぐに近くを舞っていた火花がついて、兜に火がついた。
「くっ……!」
あわてて兜を脱ぎ捨てて、こちらを一睨みして。
王女はくるりと身をひるがえすと、味方の元へと駆け去っていく。
「追わなくていい」
すぐにその後を追おうとするカーラを、俺は冷静に押しとどめた。
「それより、こっちも息を整えよう。せっかくこんな環境をつくっておいて、先に自分達が倒れたりしたら間抜けすぎる」
取り出した布を近くの水流で濡らして手渡す。自分の分の布を口元にあてて後ろで結びながら、
「酸欠ってのは自覚症状がでたらもう遅いらしい。念には念をいれておかないと」
「わかりました」
慎重に頷くカーラに頷き返してから、ぐるりと周囲を見渡す。
……思った以上に火の回りが早い。
この仕掛けをつくるにあたって、どの程度の煙で室内にどういった影響がでるか、というのは前もって検証してはいたが――状況や人数が違えば、結果だって変わってくる。
風魔法を得意とするヴァルトルーテがいるから、いざという時の換気は可能ではあるが。出来れば、早めに決着をつけておきたい。
それは決して無茶な望みではないはずだった。
ここまで有利な状況をつくりだせれば、ほとんどこちらの勝ちは決まったようなもんだ。
もちろん油断はできない。
九分九厘、勝ちが決まっているところから、なにがあるかわからないのが現実ってもんだ。
俺とカーラは慎重に、王女のあとを追って歩き始めた。
そして。
俺達が元の場所に戻った時には、ほとんど勝負はつきかかっていた。
「がッ……」
リザードマンに鉄剣で殴りつけられた騎士が、短い悲鳴をあげながら昏倒して倒れ込む。
それが最後の一人だった。
他の騎士達は、ある者は剣でやられ、ある者は攻撃魔法に撃たれ。そして、ある者は火に巻かれて。
全員がことごとく、その場に倒れ込んでいる中央。残っているのは“精霊憑き”の王女のみ。
素顔を晒したそのお姫様は、気弱そうな顔立ちを剣呑に歪め。仇を見るような眼差しでこちらを睨みつけてきている。
――仲間達の仇というなら、それはまったく正しい。
だから、俺はその視線から目を逸らさなかった。
それと同時、ほんのわずかにほっとしている自分にも気づいている。
……勝負は決した。
残る相手は“精霊憑き”のお姫様ただ一人。
精霊の力を扱うというその能力こそ未知数の、とても常人の範疇にない相手ではあるけれど。
それでも、相手がたった一人でいる限り、対処の方法はある。
それは例えば、少し前にルクレティアが言っていたような、落とし穴だとか。瀝青の沼に叩きこむのでもいい。
周囲のサポートがない以上、歪な能力に特化した王女殿下を無力化する手段はあるのだ。
だが、そもそものところ、
「……あなたを殺しはしない」
相手に向かって、俺は口を開いた。
「あなたには、騎士達の生き残りや、彼らの遺体。それらと共に国に戻っていただきます。そして、王に報告してください。竜の麓の洞窟には決して手を出さぬよう、と」
王女を生かして帰すのは、メッセンジャーとしての役割を果たしてもらいたいからだが、こちらの都合もある。
王家の血筋を引く相手を殺してしまえば、レスルート国との関係が最悪になってしまう。
一旦、戦闘状態に入った以上、俺達とレスルート国の関係を考えても仕方ないなんて意見もあるかもしれないが、実際は逆だ。
よくない間柄だからこそ、交渉のチャンネルを失うわけにはいかない。
関係が断絶してなければ、いくらでも話の持っていきようはある。それが政治というやつで、こちらにはそうした政略ごとをなにより得意としている金髪の令嬢がいてくれた。
王女はきつく唇を噛み締めて、
「……そんな申し出を受けると思いますか」
「あなたがどう思おうと、従ってもらいます。あなたの意思は関係ない。……王族っていうのはそういうものでしょう」
その言葉には、決して深い意味があったわけではなかったが。
それを聞いたお姫様は大きく目を見開いて。
「……あは」
笑った。
天井を仰いで。あはは、はは、と乾いた笑いを漏らす。
うふふ、とそれに応えるような笑みが響いた。
見ると、そのお姫様の握る大得物から浮かび上がるように、金精霊が姿を現している。
ゴルディナは、ちらりとこちらに流し目を送ると、そのまま王女にしなだれかかるように顔を近づけて――そっと。耳元になにかを囁いた。
……なんだ?
なにを言った?
「――マギさん」
天井を見上げていた王女が、目線をこちらに向ける。
その表情に俺はぎょっとした。
気弱そうだったお姫様の顔から、なにかが抜け落ちていた。怒り、悲しみ。それ以外の全てを含む、一切の感情が抜け落ちた眼差しで。
「あなたの言う通りですね。……でも、やっぱりあなたは間違っているんです」
問答じみたことを言いながら、王女が身を屈める。
すぐそこに事切れた、騎士の一人に慈しむように手を伸ばして――それに触れた瞬間、変化が起こった。
王女の手が触れた鎧が、まるで染料に浸されたようにみるみると色を変えていく。
いや、変わっているのは色ばかりではなく。
そして、鎧だけでもなかった。
「なっ……!?」
鎧の下にある、肌。それどころか、身体そのものが変化していく、変質していく。
屈強な騎士の亡骸は、わずかなあいだに鎧ごと全身が金色へと塗り替わり。
金色。そう、その見た目は明らかに金だった。そして恐らくそれは見た目だけのことではなく。
ゆっくりと。
黄金色の物体が身を起こす。
その異常な光景を目の当たりにして、俺は息を呑んだ。
ゴーレム? 死体を、ゴーレムにした?
いや。そんなことよりも――触れたものを、それだけで金属に変えただって?
こちらが必死に事態の把握につとめようとする中、お姫様は別の亡骸を探して足をむけて、
「っ、……近づけるな!」
俺の指示を即座に理解したリーザが、石剣を振り上げて王女に突進する。
が。
硬い金属音をたてて、石剣が半ばから折れた。
お姫様への攻撃を庇った金属のゴーレムが、そのまま腕を振り回して叩きつけた。
「ぎゃっ!」
とんでもない勢いで壁まで吹き飛ばされたリーザは、そのまま失神。あわててシィが駆けよっていくのを見ながら、
「魔法だ! 遠距離から仕掛けろ!」
マーメイド達が次々に水魔法を繰り出すが、圧縮された水弾をいくら受けようとも、そのゴーレムの身体には傷一つつかなかった。
あの身体、金じゃない。
似ているが、もっと硬い。恐らくまったく別の金属だ。
そうやって俺達が手をこまねいている間、お姫様はそのほかの亡骸にも手を触れていって。
ほどなく、十体近くのゴーレムが、王女を護るようにずらりと偉容を並べた。
「……これが、力です」
物言わぬ亡骸を生贄につくりあげた無言の騎士像達。
その中央に囲われた王女が、
「これが私の“力”です。これが。こんなものが」
ぽつりと呟く。
「マギさん。あなたにわかりますか? 力を持つということが。わからないでしょう? あなたはなにも持たないから。だから。あなたには、なにもわかりません」
言いながら。王女は涙を流していた。
液状の、金属の涙を。
両側の頬に彩られたその涙が、あふれた瞬間に王女の“力”によって異質なそれに変化しているのか。それとも体内から出て来る時点でそうなのか。
そんなことは、確かに俺にはわからなかったけれど。
――ただ。さめざめと泣く王女の表情に。
自分がなんでも出来ることを、なんでも出来てしまうことを嘆いていたスラ子が重なって見えたから、
「……ふざけるな」
俺は唸った。
「なんにも持たないだって? ――精霊憑きだかなんだか知らないが、勝手に人を決めつけるなよ。悪いが俺は物持ちさ。俺のまわりには、俺にはもったいないくらい出来た連中が集まってくれてるからな」
睨みつけて、
「……周りじゃなくて、俺自身はどうかって言われたら、確かにそうかもしれないけどな。立場も、才能も、器量だって。確かにあんたの言うとおりだ」
でも、と続ける。
「だからって、なんにもないなんてあるもんか。――ああ、そうさ。なにもないなんてあるもんか! なにもないなら、自分で囲って。囲いができたらそれが器だ。器ができたら砂でも石でも詰め込んで、重さができたら、それが中身だっ。そしたらそれを握って、固めて――あとはそいつでぶん殴って、ぶん殴り続けて。どんな鉄板だろうが、いつか風穴あけてやる……!」
あの老いたリザードマンの長が見せてくれたように。
それは意地だ。
それが、意地だ。
だから俺は。
無能で小物な、ちっぽけな己自身を拳のなかに握り込んで、
「来いよ、お姫様。その大した悲劇のヒロインっぷりごと――思いっきり、俺がぶん殴ってやる」
目の前の相手に宣言した。