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二十二話 終局への推移

 人工の土壁に堰き止められ、大きく歪められていた地下水脈。

 そこから解放された奔流が一気に暴れ狂う。


 洞窟全体が鳴動するように、決壊した勢いがビリビリと足元の地面を伝わってくる。

 その余波が自分達の場所にまで及ばないことをとっさに確認しつつ、手に持った結晶石に叫んだ。


「……水流が“戻る”ぞッ! 警戒しろ!」

『エリアルさん、打ち合わせ通りに避難指示を!』

『了解した!』


 即座に命令が伝達される。


 一度、捻じ曲げられた水流が元の流れに戻るまで、いったいどんなことが起こるかわからない。

 老長が壊してくれた仕掛け以外にも、今この洞窟には敵が構築した土壁や、俺達が積み上げた土嚢なんかがあちこちにある。そうした影響を受けた水流がどんな結果に落ち着くかなんて、とても予想がつくものではなかった。


 エリアルが指揮する前線部隊は全員、リザードマンとマーメイドの混成部隊の形をとっている。それはまさにこの時のためだ。

 水棲のマーメイドには、隊内のリザードマンが膨大な水の流れに攫われかけた場合の保護と救助を指示してある。少人数での班毎にそれを徹底することで被害を最低限に抑える。それでもなお、被害を完全に抑え込むなんて出来ないだろう。


 だが、敵の状況はもっとやばい。

 向こうには結晶石を介する連絡手段がない。最悪のケースをあらかじめ想定して、対応を指示しておくぐらいはやってるかもしれないが、それにしたって限度があるはずだ。


 なにせ連中は全員が全員、あのクソ重たそうな甲冑装備なんだから。

 だからこそ、王都軍の連中は少なくない人数を割いてまで、あの仕掛けを護ろうとしていたはず。


 それを破壊するのにこっちが被った犠牲も決して少なくない。


 だからこそ。

 そこまでして得た機会を、今ここで逃すわけには絶対にいかなかった。


「ルクレティア、仕掛けは破壊したぞ! 次の段階に移れ!」

『かしこまりました――』


 あくまで冷静に、声が応える。


『現在、仮拠点近辺で決壊した水流の影響で、多くのスライムが流されています。こちらも一時的に洞窟内の状況が視えていませんが、敵方の混乱はそれ以上でしょう。エリアルさん、今のうちに味方勢の把握に全力を。すぐに動ける方々はいますか?』

『多くはない。すぐ近くには七、八人だ。リザードマンは四人』

『では、それぞれ三名ずつを仮拠点へ。リザードマンの背におぶらせてご主人様方と合流させてください。残る方々は状況確認と、集合の呼びかけを』

『わかった』

『ご主人様方はそのまま仮拠点まで進出を。奥の水流の様子を窺いつつ、後方からの援軍を待ってください。絶対にそこを死守してくださいますよう』

「了解」


 応えながら、スケルに目線を送る。


 さっきまで数名の騎士達が籠もってこちらに激しく反抗していた仮拠点には、今はなんの気配もなくなっていた。

 水流に巻き込まれたわけではないだろうから、恐らく味方の様子を見にいったのだろう。


 だが、罠の可能性もまったくなくはないから、椅子をかまえたスケルが用心深くそちらの様子をうかがって。一気に駆けた。


 滑り込むように拠点内に侵入する。

 反撃は、――なし。


 そのまま、俺達も仮拠点に入る。


 中に人の気配はない。

 物音も、と頭に浮かべかけたところで、鼓膜にからんという小さな音が触れた。


 そちらに意識をむけかけて、


「ご主人!」


 スケルの声。

 無意識に椅子(半分)を頭上にかかげる。――がつっ、という鈍い音がして、ついで強力に押された椅子がしたたかに頭を打った。


「痛っ……!」


 涙目になりながら見上げるそこには、剣を振り下ろした重装騎士。

 頭部をすっぽりと包んだフルフェイス。その兜に細長く入った視界確保の隙間から、憎悪に満ちた眼差しがこちらを見据えている。


「死ね、薄汚い魔物め――!」

「誰が死ぬか!」


 怨嗟の声をあげながら次撃を打ってこようとする相手に、こちらも吠えた。


 今度は横薙ぎの一撃を、椅子を盾にして受ける。

 ストロフライの加護を受けた椅子はほとんど無敵だ。竜族レベルか、あるいはあの“精霊憑き”のお姫様以外には傷もつけられない。


 その事に気づいた騎士の全身に、マナの気配が強まる。

 即座に魔法攻撃に切り替えるあたりはさすがだが、だったら最初からそっちを選んでおくべきだった。恐らく、攻撃魔法の気配があればそれにシィやヴァルトルーテ達が気づいていただろうが。


「っ……?」


 騎士がぐらりと頭をよろめかせる。

 急に酔ったように千鳥足になり、そのまま頭から床に倒れ込んで盛大な音を立てた。


 ほっと息をついて、俺は『眠り』の魔法を仕掛けたエルフに訊ねた。


「どのくらい、このままなんだ?」

「半日は起きないと思います」

「わかった。なら十分だな」


 その頃には、とっくにこの戦いにも決着がついているはずだ。

 会話をする間もカーラやスケルが周囲への警戒は怠ってない。不意打ちの気配がないことを確認して、俺達はさらに奥に進んだ。


 その途中で、


「マスター……」


 二人のリザードマンが倒れていた。


 シィが駆けよって様子を見る。こちらを見て悲しそうに頭を振った。

 俺が隣にいるリーザを見ると、若いリザードレディは感情を表に出さないまま、


「進ム。……進メ、マギ」


 ――進め。


 脳裏に長の姿が蘇った。その言葉が。


 老いたリザードマンと、その率いるリザードマンとマーメイド達が命を賭して拓いてくれた道。


 ……ゆっくりと息を吸って、吐く。


 身体が震えているのがわかる。手を強く握りしめても、湧き上がる感情のさざ波は抑えられず――いいや、抑える必要なんてないはずだ。


 だから俺は震えたままで、


「――ああ。進む」


 頷いて、足を進める。


 それからは敵襲もなく、俺達は仕掛けのあった場所へと辿り着いた。


 この洞窟内を流れる地下水脈。

 その主流の一つは、さっきまでのほとんど地響きを鳴らすような勢いが嘘のように、静謐に落ち着いていた。


 枯れ上がっていた川底に水が戻り、映像で見たのとはまったく異なる様相。

 並々とたたえた水面はそのまま黒く洞窟の奥底に同化しているようで、ひどく不気味な気配があった。


 複数の『灯り』を飛ばしてみるが、全ては見通せず。

 その中に何かの姿はなかった。人も、魔物も。


 ……あれだけ重装備の騎士達だ。激流に流された挙句、浮かんでこれるとも思えない。もちろん、緊急的な魔法の使用で難を逃れた誰かがいないはずもなかったが、


「……ルクレティア。仮拠点を確保した。拠点の周囲に敵はいそうか?」

『下層はまだ映像が戻っていませんが、上層には敵影はないようです。現在のところ、洞窟外から増援がやって来る様子もありません。そちらに向かった六名とは合流できましたか?』

「いや、まだ――ああ、ちょうど今、合流できた」


 マーメイドを背負ったリザードマンが三名、急いでこっちにやってくるのを見ながら応える。


『かしこまりました。それでは、ご主人様方はそのまま、仮拠点で敵の退路を、』

「いいや」


 ルクレティアの言葉をさえぎって、


「俺も。俺達もいく」


 結晶石の向こうに慎重な、一呼吸分の気配が生まれた。


『……それが感情的な産物ではないのなら。理由をお聞かせください』

「これから連中を追い込むんだろう? だったら、それこそ“餌”の出番じゃないか」


 当然のように俺が言うと、向こうからため息。


『ご主人様。勇敢と無謀はまったく別のものであることをお忘れなく』

「わかってるさ。だが、今が最大の好機だろう。だったら最大の餌を吊り下げて、最大の戦果を狙うべきだ。……じゃなきゃ、どうやって長達に顔向けできる」

『それが感情的だと申し上げているのです』


 冷ややかに告げてくる相手に俺は頬を歪めて。言ってやった。


「感情で納得できない論に、意味はないんだろ?」


 沈黙。

 しばらくしてから、忌々しそうな声が返ってくる。


『……少しはまともになってきたかと思えば、今度は随分と扱いづらいお方になりましたこと。可愛げがありませんわ』

「少しはまともになったんなら、素直に喜んでくれてもいいんじゃないか」

『感情の産物ですから』


 仕返しとばかりにやりかえしてから、ルクレティアが息を吐いた。


『かしこまりました。それではご主人様方は、仮拠点より上層に湧くスライムを誘導してきてください。それでスライムによる遠視を復活させつつ、包囲に加わっていただきます。送った六名はそのまま、仮拠点の防衛としてその場に待機させてください』

「六人で足りるか? 連中、中層から逃げ出そうってなったら絶対にここを通ってくることになるぞ」

『もちろん、こちらでも戦力の余剰が出来次第、増援は送ります。そうした敵方の状況を確認するためにも、一刻もはやくスライム遠視を復活させたいのです』

「なるほどな。わかった」


 そこで一旦やりとりを中断、合流した六人に状況を説明する。

 彼らに仮拠点の防衛をまかせて、俺達はさっそくスライム達の確保に向かった。



 攻防戦は最終局面へと向かいつつあった。


 敵の侵攻路だった“枯れた川底”。

 拠点近くの仕掛けを壊されてその侵攻路を失った時点で、連中の目論見はご破算となった。


 そればかりでなく、歪められていた地下水脈が元に戻ろうとするなかで、王都軍にはかなりの犠牲が出ているはずだ。

 特に、仕掛け前で張っていた分隊はほぼ壊滅してしまっている。


 避難の伝達もろくにできなかったはずだから、突然の水流に混乱している相手も少なくないはず。散り散りになって指揮系統が乱れている、今この時こそがチャンスだった。


 当然、そんな機会をルクレティアが見逃すはずがない。


 金髪の令嬢が司令部から統括し、エリアルが指揮する前線部隊は一気に攻勢に打って出た。

 各所で分断され、連携のとれない敵を追い詰めて撃破していく。


 王都軍側は、なんとか指示系統の回復を図りながら、各個撃破を恐れて集合を試みる。とはいえ、狭い空間や通路では戦力の展開も難しい。

 自然な流れとして、連中は集合を呼びかけつつ大人数が活動できる空間を求めた。


 そのもっとも近い候補地は言うまでもなく彼らが築いた仮拠点だが、そこはすでに俺達が奪還している。

 王都軍は仮拠点の再奪還を図ったが、それをさせじとこちらも戦力を集中させる。

 “精霊憑き”のお姫様を先頭に押し立てて攻められれば、こちらの不利は免れなかったが、攻撃を仕掛ける王都軍の背後からはエリアルが別部隊を進めさせていた。


 さすがに挟撃をされるわけにはいかないと判断した王都軍は仮拠点をあきらめ、ダンジョンの上層ではなく、下層へと“後退”していった。


 ――ここまでは作戦通りだ。


 敵の侵攻路を破壊。そしてその混乱に乗じて敵を誘導する。


 現状、成功しつつあるそれらを主導しているのは、全てルクレティアの手腕によるものだった。

 敵味方の状況を把握して、その動向をことごとく操ってみせる。スライムによる遠視と結晶石という即時伝達手法があるとはいえ、俯瞰的な視点から戦場全体をデザインしてみせるその手管は明らかに常人の域にはなかった。


 さらに、令嬢は少し前に判明したばかりの不利的な情報さえ、自分達の有利になるよう活用してみせた。

 間違いなく“精霊憑き”のお姫様が発揮しているだろう超常的な力。周囲の金属・鉱物反応から気配を察してみせるという能力を逆手にとったのだ。


 王都軍に相対する部隊に、ある部隊には鉄製の武具を持たせたまま、違う部隊には鉄製から石製の武器へと持ち替えさせて、お姫様の感知能力を混乱させる。

 お姫様による戦力の把握や伏撃の見破りができない以上、王都軍はさらに不利な状況に追い詰められる。


 その結果、連中はますます守勢に回らざるをえなくなってしまった。


 今や、戦況は完全にこちらの優勢に傾いている。

 王都軍側が攻勢に出ていた際、残存魔力を気にせず使っていたことも徒になっていた。少ない兵力、そして魔法力。だがそれでも、敵が勝利への努力を放棄していたわけではなかった。


 それは相手の反応からも明らかだ。


 見知らぬ地形に追いやられ、周囲から間断なく攻撃を受けて劣勢に立たされても、彼らの姿勢は変わらなかった。

 集団は、王女を中心として一丸となっている。その強固な意思と統率は、スライムを経由した映像からも容易に確認できた。


 こんな状態になっても、まだ彼らは諦めていない。

 一発逆転を信じてひたすら耐えている。


 実際、その可能性はある。


 長が命を賭してやり遂げてくれたことは、想定以上の成果をだしてくれた。

 王都軍はかなりの人数が減っているとはいえ、練度の面では圧倒的に向こうが上だ。それに、向こうにはまだあの王女殿下がいる。


 精霊の力を自在に扱う人外の存在がいる限り、なにが起こるかなんてわからない。

 だからこそ、こちらも手を緩めるわけにはいかなかった。


『敵二名が本隊から脱落しました。遊兵ならともかく、背後を突かれても面白くありません。エリアルさん、数名を送って撃破してください。誘導はこちらからします』

『わかった』

『ご主人様。敵の一部が罠部屋に入り込みます。戦力を削ぐチャンスですから、やや強引にでも接触を。無論、深追いは禁物です』

「了解」


 ルクレティアの指示が飛ぶ。


 それを受けたエリアルが前線部隊を柔軟に運動させて、巧みに敵をこちらの好ましい方角へ誘導していく。

 そういった攻防を数時間にわたって繰り広げた結果。



 最終的な決戦場。

 自分達が大広間と呼ぶその広大な空間へと、ついに俺達は王都軍を追い込んだ。



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