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一話 現状確認と愛のアイアンクロウ

「これはひどい」


 住まいであるダンジョンの中を見てまわって開口一番、スラ子は心の底からついたようなため息とともに言った。


 竜の山の麓。森と湖に面した場所に我が家はある。

 天然の洞窟をそのまま利用した中は決して深くも広くもない。人間どもから『初心者用ダンジョン』などと見下され、まだろくに毛も生えてないような小僧っこどもに荒らされてしまった家の中は散々たるものだった。


 ご丁寧に入り口には人間どもが立てた看板。


 『初心者用。長時間の占有、魔物の狩り過ぎ注意!(イジメよくない)』


 なにが注意だ、と看板を蹴倒そうとして、足の小指をあててしまい、その激痛に悶絶する。そっと確認すると、スラ子はさりげなく気づかない振りをしてくれていた。


「人間は、どのくらいの頻度でやってくるのですか?」

「だいたい、週に一度はやってくるな」

「時間はやはり、昼に?」

「ああ。連中の町からは森を通ってこないといけない。夜にやってきたことはないな。だから外に出るときはいつも夜にするようにしている、怖いからな」

「胸をはらないでください」


 呆れたように言って、スラ子は周辺をぐるりと見渡す。

 森の切れ間に月明かりがさしている。淡い光に浮かび上がるように立つ姿はひどく神秘的で、まるですぐそこにある泉の精霊のようだった。


「妖精の泉、というのはこれではないのですよね?」

「ああ。もっと森の奥にある。たまにこっちまで遊びにきたりするがな」

「……遊ばれたのですね」

「なんだその目は。俺は大人だぞ。ははっ、こっちが遊んでやったに決まってるじゃないか。泣かされてなんかないぞ、ほんとだぞ」

「わかりました。わかりましたから。そして――後ろの山の、ずっと上に、竜の住処」

「そうだ。偉そうな連中だ。馬鹿は高いところが好きというからな、お似合いだ」

「竜族といえばとてもプライドが高いんですよね。麓とはいえ、よく住まわせてもらっていますね。なにか交渉されたのですか?」

「当然だ」


 こともなげに言ってみせると、おー、とスラ子が手を叩く。


「みかじめ料を払ってるからな」


 殴られた。


「……なんで殴る」

「ツッコミです」

「そうか。ツッコミなら仕方ないな……いやちょっと待て。捻りをいれながらえぐりこむツッコミなんて聞いたことないぞ」

「そうですか? 私の知識は全て、マスターからいただいたものですので……なにかそういった行為を好まれる嗜好を心の奥底にお持ちなのでしょうね」

「勝手に人の深層心理に眠ってる性癖を決めつけるんじゃない。俺のこれからの人生が変わったらどうしてくれる」

「そうですね。それで、マスター」


 普通に受け流された。悲しすぎる。


「……なんだ」

「みかじめ料っていってましたけど。そもそも、マスターはどうやって収入を得てるんですか? 人間が襲ってきても、ずっと閉じこもってたんですよね」

「人をひきこもりみたいにいうな」

「違うんです?」

「違わないです。……薬草とかをな」

「はい」

「洞窟の中とか、水辺とかに生えてるから。それを採集、煎じてだな」

「ええ」

「こっそり人間の町に売りにいったりして……」


 すごく冷ややかな目を向けられた。


「誇りはないんですか」

「埃なら家んなかにたくさん落ちてるわい! だって竜族のやつら、ひどいんだぞ! 一回みかじめの払いが遅れかけたときなんか、家ごと落盤させようとしやがったんだからな! しかも笑いながらだ。ずっと部屋に隠れて、それでもあいつらの馬鹿でかい笑い声が聞こえてくるんだぞ! やっと静かになったと思ったら、入り口が岩でふさがれてたんだ! 出るのに十日もかかった!」


 力説する俺を哀れむようにスラ子は見守っている。


「わかりました。わかりましたから涙をふいてください。男の子がそんな簡単に泣いたりしちゃダメですよ?」

「子ども扱いすな!」


 大声でわめくと、ますますなまあたたかい視線。やめて、そういうのホントきついから。心に響くからお願いやめて。


 はぁ、とスラ子が艶のあるため息をついた。


「しかし、ほんとに立地に問題がありすぎますね。いっそのこと、ここから引越したほうがいいのではないでしょうか」

「……それは、イヤだ」

「どうしてです?」


 自分が渋面になっているのを自覚しながら、答える。 


「この洞窟には、よくスライムが生まれるんだ。ちょうどいい具合に魔力の吹き溜まりができるから。だからここからは、離れたくない」


 スラ子が妖艶な瞳でのぞきこむようにこちらを見た。


「マスター」

「な、なんだ」

「どうしてそんなに、私たち――スライムのことがお好きなのですか?」


 まじまじとした視線に、思わず顔をそむけた。


「別に。好きとかそんなんじゃ」

「おっさんのツンデレは可愛くないからいらないです」

「……なんかお前、どんどん対応が厳しくなってないか?」

「そんなことありませんよ」


 スラ子、にっこり。

 非の打ちどころのない笑顔を前に、言い逃れできそうにもなかった。しぶしぶ、白状する。


「ぼっちだったからな。昔から、スライムとはよく遊んでたんだ。それだけだよ」

「なるほど」

「ふん。馬鹿にしたいなら馬鹿にしろ」

「馬鹿にしたりなんかしませんよ」


 スラ子は嬉しそうにいった。


「私の。私たちの、マスターですから」 


 その表情は、俺のよく知る人物の笑顔をおもいださせるもので、それでそんなことを言われたもんだから、なんだかとても恥ずかしかった。


 よし、とスラ子が拳をにぎる。


「ここでなんとかやっていきましょう! とりあえず、明日の昼にでも人間がやってくる可能性を考えて、それまでに――罠とか、戦力の確認とか! 私がいる以上、もうマスターにひきこもらせたりなんかしませんよー!」


 なんだかやけに気合がはいっている。


「マスター! 戦力は! 人間を迎撃できる手駒はどのくらいありますかっ」

「戦力? 戦力っていうと、スライムとかか? あとは、雑用向けにつくったスケルトンくらいだが……あれはもう戦闘には耐えられないだろうな」

「スライムです! 私たちはスライムでのしあがっていきましょう!」

「スライムなら、研究のためにずっと繁殖させてきてるから、二十はいるが――」


 は、と気づいた。


「おい、スラ子。お前まさか、スライムたちを戦闘にかりだすつもりかっ?」


 スラ子はきょとんとした顔になる。


「ええ、そのつもりですが」

「ダメだ!」


 おもわず大声が出ていた。


「俺の可愛いスライムちゃんを戦闘にだすなんて、そんなこと許せるか! 俺は断固反対するぞ! スライムちゃんはそんな野蛮なことしないで、俺の側にいてくれれば、それで――」


 笑顔のスラ子に、きゅ、と首をしめられた。


「わ、た、し、も、スライムなんですが」

「で、でふょねー」


 苦しい。窒息する。

 三度タップすると、ようやく解放してくれた。


「……ふ、ふつうに力強いじゃないか。お前」

「それでも大の大人くらいですね。冒険者を相手するのは厳しいでしょう」


 スラ子は思案するようにあごに手をおいた。


「いくら初心者向けの場所にくる相手でも、正面からは避けたいですね。運良く無事に倒せたとしても、人間はすぐに次がやってくるでしょうし。となるとやはり、罠、迷路。そのあたりを上手く設置して……」


 なんだかぶつぶついっている。

 どうでもいいけど、まずはゴホゴホいってる主人の心配をするべきなんじゃないか? いや、いいんだけどね。


「マスター、軍資金はどのくらいです?」

「なにそれ美味しいの?」


 無言で頭をわしづかみされた。力がはいる、はいる。


「頭がわれてしまいますやめてください、痛い! ほんと痛いぞ、おい!」

「お金は、どのくらい残ってますか?」


 にっこり笑顔のままスラ子がいう。


「ない!」

「なんでないんですか。お金がなくて生きていけるわけないじゃないですか。みかじめだって払わないといけないんでしょう?」

「だから! ぜんぶ、お前をつくるのに使ったから! 文無し! 文無し!」

「貯金は? 老後の積み立ては? いざというときのへそくりは?」

「んなもんあるか! 俺は今この一瞬を雲のように自由に生きてるんだぎゃあああああああ!」


 アイアンクローがはずれたあとも、しばらく痛みはひかなかった。


 ガンガンする額をおさえながら、にじみきった視界でスラ子をにらみつける。


「なにしやがる!」

「家計簿つけましょう」


 スラ子がいった。


「……は?」

「ですから。家計簿。今、家のなかにあるものと、収入と、収支と。次に支払うみかじめのことも考えて、薬草でもなんでも作って。それで罠を買ったりするお金をためましょう。いいですね?」


 有無をいわさない迫力だった。

 主人であるところの自分としては、それに対して威厳をもってこう答えるしかない。


「わかりました」

「これから家のなかを確認して、現状をまとめます。いいですね?」

「わかりました」


 なんだろう。主導権が完全に向こうだ。


「マスターは、そのあいだ中の掃除をお願いします。そのあたりに散らかったホコリを全部、集めておいていてください。いいですね?」

「埃をひろって誇りを取り戻せってか。はっはっは、うまいこというなあ」

「ちょっとでも床に残ってたりしたら、口から食べさせますよ。いいですか?」

「わかりましたであります」

「よろしい」


 にっこりと微笑んでみせる。

 スラ子の表情にはすでに女王の風格がそなわっているような気さえして、口答えなんかできやしなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 久し振りに読んでみると、ああ、こんなアウトローにちょっと憧れたんですっていう陰キャな主人公だったっけなと思い出してきたな。
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