十三話 選ばれた者
洞窟の入り口に姿をあらわした、レスルートの騎士団。
その連中は頭から爪先まで重々しい甲冑装備に身を包んでいる。
近衛騎士は普段、見た目優先で実用性のない格好をしているなんて話もあったが、遠くから見る限り、彼らの身につけているものは実用性一点バリにしか窺えない。
つまり、連中は本気ってことだ。当たり前だが。
「――聞こえるか。ついに本命のお出ましだ。昨日、あれだけ戦いまくって疲れてるところ悪いけど、今日もよろしく頼む」
伝達手の一人から結晶石をかりて、握り込んだそれに声をおくりこむ。
「エリアル。それにスケル、リーザ。それぞれ近くにメンバーは集まってるな? なら、作戦を確認するぞ」
一拍をおいてから、
「連中は重装。言うまでもなく、戦闘用だ。馬無しであんなもん、着っぱなしで延々と歩いていられるわけがない。活動時間が限られてることくらい、連中だって百も承知だろう。だから、連中の目的は、自分たちの手に入れている情報の範囲内での“征圧”だと思う」
『洞窟内に自分たちの拠点を確保することが目的、ということだな』
「ああ、そうだ。昨日の戦闘で、とりあえずこっちの程度を把握したってことなんだろうな。地形情報の精査もついたってことだろう」
もともとの地上部分から、リザードマンたちの住んでいた地下部分まで掘削して繋げたこの洞窟内部は、正面から侵攻すれば一日ではとても時間が足りないくらいには深度があるし、入り組んでいる。
騎士団の連中も手持ちの情報がダンジョンの全容だと考えているわけではないだろう。
だから、エリアルがいったように連中の目的は拠点、さらなる探索のための足掛かりになる拠点の確保だ。
『するってえと、とりあえず上層については勝算があるってことなんすかね。それはそれで不服というか、小癪なって感じっすねぇ』
「多分、そうだろうな。別に熱くなることじゃないさ」
相手には見えていないとわかってはいても、ついつい肩をすくめながら、
「連中、昨日まで様子見だったんだ。相手の手の内もわからないのに、比較云々を考えたって仕方ない。そもそも、俺たちは互いの技量を競ってるわけじゃない」
『あいあい。了解してますぜ、ご主人。せこく、陰湿に、コソコソと!っすよね。まさにご主人!』
「ほっとけ」
『じゅ。……インしつ。意味、なに』
『自分と、それから配下の命をひどく大切にする性格という意味だな。指揮官としては悪い資質じゃないと思うぞ』
『さすがエリアルさん、素晴らしいフォローっす』
とりあえず、軽口をたたくくらい余裕があるのはいいことだ。
俺は三人の会話が落ち着くのをすこし待ってから、
「つづけるぞ。相手の目的は拠点の構築。そのための周辺安全の確保だとみる。俺たちの目的は当然、その妨害になるわけだが――それよりもっと大切なことがある」
スラ子が壁面にだしてくれる映像。
そのなかで、こちらとおなじようになにか話し合いをしている連中の様子をみながら、
「それは、“相手を知ること”だ。相手だけこっちのことを知ってて、こっちは相手の手の内をなにも知らないんじゃ具合が悪すぎる。今日の戦闘は、ようやく重い腰をあげた騎士団連中の程度をみることが大切だ」
自分の説明能力にまったく自信はなかったから、きちんと伝わっているか不安におもってもう一度、くりかえした。
「いいか。今日は、俺たちが相手を知る番だ」
『確認する』
冷静にエリアルがいった。
『それは、上層を相手に“譲る”ことになっても、という認識でいいのか?』
「……最悪、かまわない。もし連中になかで拠点をつくられても、食料やなんかで外とのやりとりは必要だ。それを邪魔する方法はあるし、取り返すことだってできる」
まったく情報のない相手と戦って、こちらの戦力を消耗するほうが問題だ。
それに、ダンジョンの中層以降についてはまだまったく知られていない。
俺たちが今まで、侵入してきた冒険者に決してその情報を渡してこなかったのは、こういう日のためでもあった。
『とはいえ、だから相手に好きにさせようってのでもないっすよね』
「もちろんそうだ。連中がうんざりするくらい、ネチネチやってやろう」
『せこく、陰湿に、ネチネチと! ご主人、これ今週のうちの標語にしましょうぜ』
「考えとくよ」
……正直にいえば、自分の判断が正しいかどうか不安だった。
洞窟内に拠点をつくられるというのは、楽観視していい問題じゃない。相手の手の内がわからないからこそ、その相手と対する前線の距離は長く、深くたもっているべきかもしれなかった。――たとえそのために、少なくない犠牲をだしたとしても。
俺のだした判断は本当に正解か? それとも誤答なのか。
そんなものは結果がでてみなければわからない。
俺には将来を見通す能力も、それを正確に推測するような洞察力もない。全能なんかからは程遠い。
だから俺は、事前にかきあつめた情報と、周囲がいってくれる助言をききながら、貧相な頭を働かせて必死に考えるだけだ。
そして、自分じゃない誰かに戦ってもらって、その結果について責任をとること。
出来ることは、たったそれだけ。
でも、それでも――なにもできなくなんかはない。
そんなこと、あってたまるか。
俺の肩にそっと手がふれる。
すぐそばに控えてくれている、もしかしたらほとんど全能なのかもしれない不定形の相手は、だまったまま。
俺はそちらを振り返らずにうなずいて。
宣言した。
「――やろう。戦闘開始だ」
騎士団が侵入を開始した。
レスルート王国の精鋭を誇る、近衛騎士団。
そのメジハにやってきた人数は五十三名。それに下働きや運搬役と思われる人員をふくめても三桁に届かない。馬鹿にできる数じゃないが、一国という規模を考えれば決して多くはない。
一方のこちらは、リザードマンとマーメイドをあわせた人数でいえばゆうに百を超える。
人数でいえば圧倒的にこちらが勝っている。
だが、人数の差がそのまま戦力比になるわけじゃない。
蜥蜴人族と魚人族は少し前まで争っていて、互いに死者もでている。リザードマンの若手のなかには将来の地上移住にむけて妖精族の住処近くに仮居住をしている相手もいる。
相手は精鋭。こちらは全員が歴戦の勇士というわけでもない状況で、仮に正面からぶつかって勝てる見込みがあるかはわからない。
当然、そんなことにならないためのダンジョンであり、戦術だった。
設置した罠や地形障害を駆使して、結晶石で中継される相互連絡とスラ子の映像を活用して戦う。
ルクレティアはこの洞窟で戦闘する限り、どんな大軍であろうと負けることはない、と断言してみせた。
なら、その令嬢の高言を実現してみようじゃないか。
……そういえば、昨日は町からの連絡がなかった。
騎士団連中が出入り口を見張っているかもしれないから、警戒したのかもしれないが。少し気になる。
頭のすみにメモを残しながら、壁面の映像に注目する。
侵入者たちは洞窟入口から元々の地上部分を抜けて、ゆるやかに下りながら上層前半部分を侵攻している。
途中いくつもある分かれ道では、少しずつ班を分けてそれぞれ前進。
連中がそうした行動をとるのは当然だった。
元々、洞窟内で展開できる戦力は少ない。屋外のひらけた平野じゃないんだから、何十人がぞろぞろと縦にならんだところで、ほとんどが戦闘に参加できない状態になってしまう。
ダンジョン上層についてはかなり詳しい地形情報まで知られてしまっている。迷ったり行き止まりにぶつかってくれる可能性も少ない。
多分、連中がもっとも警戒しているのは奇襲。それも背後からのそれだ。
いつの間にか後方にまわりこまれて襲撃を受ける事態をさけるために、彼らは事前に入手した地図をもとに、緊密な相互前進で隙間なく全体的に前線を“押し上げて”いるのだ。
もちろん、連中は俺たちのように結晶石なんていう便利な道具はもってないはず。
即時の連絡手段をなしにそんなことをやってみせるという行為は、そのまま基本的な練度の高さをしめしていた。
それに対するこちらの対応も基本通りのものだった。
各所に配置されたリザードマンや、水流近くのマーメイドたちは、牽制を主として無理はせず、近づかれたら退避をくりかえす。
目的はもちろん、誘引と損耗だ。
相手の疲労を誘ってから反撃というのは、俺たちの基本的な決め事のひとつだった。
なにしろ、連中は見るからに重装備だ。
壁の映像にうつる全員が、上から下まで甲冑を着込んでいる。そのなかでも一番ひどいのは、通路の途中でひっかかりそうな巨大な得物を抱えているお姫様だったりするわけだが。
というか、まさか洞窟にまで持ち込んでくるとは思わなかった。あんなもん、こんな場所でまともに振り回せるはずもないだろうに。
まあいい。
連中が重たい格好をしているなら、そこに付け込むべきだ。
この洞窟は湿気がおおい。
通気性だって決して良くはない。
とはいっても、多少の火が燃えたり、大勢がやってきたくらいで酸欠になったりするわけでもないが――そんな場所なら、そもそも俺たちが普通に生活できていない。
だが、そんなジメジメと鬱陶しい環境を、重たい鎧を着て警戒しながら進むなんて、ほとんど拷問みたいなもんだろう。
慣れはある。十分な練度だってあるだろうが、それは生理的な不快感や身体的な限界を高めるというだけで、決してなくせるわけじゃない。
そもそも、鎧というのはいったいなんのためにあるんだって話だ。
防具はもちろん、身を護るためのものだ。
だが、一部の人間には魔法という特殊な能力がある。
魔法で作りだす障壁は、大抵の場合、生物として決して力の強いわけではない人間単体がうみだす破壊力より強固な壁となる。
同様に、一般的な攻撃魔法は人間が個人単位でまとえる装備の防御力をやすやすと貫通してしまうことが多い。
それなら、鎧という存在は無意味なのか?
それは一部は正しいが、一部は間違っている。
たとえば冒険者連中が基本的に軽装なのはそういう理由もある。防ぐよりも躱すことに主眼をおいて、いざというときには魔法による防御。全員が魔法を使えるわけではないが、長時間の活動のためにも彼らにはそれが理にかなっている。
だが、ここで忘れちゃならない問題がひとつ。
それは、魔力が有限だってことだ。
たとえ世界中に満ちるマナが無限だろうと、それを利用する側が無限にそれを行使できるわけじゃない。
攻撃や障壁に立て続けに魔力をつかえば、個人の魔力は消耗する。半日程度休めばだいたいは回復できるが、状況がそれを許すとは限らない。
なら、限りある魔力はいったいどういう目的に消費するのがもっとも効率的か、という話になる。
もう一つ、魔法には重大な欠点があった。
それは持続性のなさだ。
瞬間的な効果の発現では魔法ほど便利な代物はそうそうないが、“力を垂れ流す”ことには魔法は決して向いていない。
結界や、それに準ずるくらい長期の魔力放出に長けている妖精族ならともかく、魔法で半日常的に防御するなんて無茶な話だ。
あくまで緊急的な防御にしか向かないのだ、魔法は。
そうした魔法の欠点、あるいは特性から生まれた存在が、“騎士団”と“魔導士団”になる。
魔導士団というのは、文字通り魔法だけを行動単位として捉える集団。
遠距離からの攻撃。魔力による防御。豊富な支援。そして、魔力がきれたらそこでおしまいだ。
それに対して騎士団というのは、決して魔法を扱えない人間の集まりという定義を意味しない。
連中は、“魔力が切れてから”も行動をやめないことを前提としている。
つまり、互いに魔力をつかいまくって攻撃と魔法をやりあって、どちらもそれが底をついたあと。
魔力がすっからかんになってから、じゃあ生身で殴り合って決着をつけようというのが“騎士”だ。
そのために、彼らは日頃から鍛え上げた肉体に、わざわざ重く不自由な鎧をまとっている。
そんな連中と早々に殴り合うだなんて冗談じゃなかった。
せいぜい、長い洞窟内を歩いて、歩いて、歩き回らせて、疲労困憊の極致ってところを襲撃したい。
そのためにも、今は相手戦力の誘引と損耗に力をいれなきゃならない。
俺はスケル班の伝達手から結晶石をかりて、
「スケル。どうだ」
『いやあ。なかなか厳しいですねえ。やっぱりこのあたりの罠の配置はバレバレみたいっす』
「ひっかけるのは無理か」
『もうちょっと誘ってみますが、逆にこっちが誘われてる感ありますね。あのお姫様にはぜひ、エロイム落とし穴にはまって欲しいんですが』
なんだそりゃ、といいかけて。
ふと奇妙なことを思いついて、俺は言葉をきった。
『ご主人?』
「……いや、大丈夫だ。そのまま頼む。無理はするなよ」
『あいあいさー』
結晶石をかえしてから、自分用の椅子に戻って腰をおとす。
別に、あのお姫様がエロスライムにやられているところを想像したわけじゃない。
……おかしい。
連中が侵入してきたからもうしばらく立つ。
そのあいだ、連中はずっと歩きっぱなしというわけじゃない。何度か、小休憩をとってはいる。
だが、それにしても元気すぎる。
誰がというのは、もちろんあのお姫様だ。
王女殿下も決して身軽な格好じゃない。フルフェイスの兜をかぶり、ごてごてとした甲冑をまとっている。そして、手にはあのふざけているとしか思えない、形容しがたい大得物。
日常的な訓練もしていないはずのお姫様が、あきらかに周囲の騎士たち以上の重量をかかえて平然としているなんて、ありえるか?
仮に、精霊憑きとやらが理不尽な筋力の保持を可能としていたとしたって。それとスタミナはまた別の話だろう。
それどころか、スラ子の映像にうつるその相手は、一団の先頭にたち、すすみながら後ろをちらちらと振り返っている。
まるで、後続の疲労をこそ心配しているように。
ひどく嫌な予感をおぼえながら、俺は伝達手に指示をだした。
「エリアル。王女殿下のいる主力部隊が、しばらくしたら水流のある区画につく。そこで迎撃だ。近くのマーメイドを集まれるだけ、集めてくれ」
「了解。――エリアルさんから確認。マーメイドだけか?とのことです」
「ああ、そうだ。それから、“逃げる準備”もだ」
「は……? はい、了解しました」
相手の戸惑いをかんじながら、さらに続ける。
「スケル班、リーザ班もエリアルのところに戻ってくれ。確かめたいことがある」
「了解」
「了解っ」
洞窟内を互いの戦力が動く。
そして、マーメイドたちがまちかまえる区画にいたる通路に、王女殿下の部隊がさしかかったのを確認して、
「エリアル、攻撃開始だ。全員で、全力で、ひたすら撃ちまくれ」
マーメイドたちの攻撃がはじまった。
集結した全員からの、一斉の水弾攻撃。
幅のない通路の奥からそんなことをされたら、もちろんよけることなんてできるわけがない。
それに対して集団の先頭にたつお姫様は。
まったく動じることなく、その手に持ったものを前にかかげた。
水弾が直撃する。
だが、効果はない。
マーメイドたちが放った攻撃魔法は、すべて相手がかまえた大得物に弾かれてしまっていた。
小柄な相手の全身なんてすっぽり覆ってしまいそうな、その範囲以外にももちろん水弾は飛んでいる。
後方の騎士たちはそれぞれ、障壁なり、身をかがめるなりしてそれに防御をとっているが。
お姫様だけはまったく動かなかった。
いや、それどころか。
手に“それ”を構えたまま、お姫様はゆっくりと前進を再開した。
「――エリアル! 水流だ。押し流せっ」
ぞっとするものをおぼえながら、指示をだす。
エリアルから指示をうけたマーメイドたちが攻撃方法を切り替える。
水弾という点ではなく、面。大勢によって生み出された奔流が、怒涛となって通路内にながれこむ。
かわしようがないその攻撃に、王女は、今度は手にもったそれを深々と通路につきさした。
水流がすべてを押し流そうとする。
実際、大半の騎士たちはほとんどが揉みくちゃにされ、すくなくともかなりの距離を押し戻されていったが。
ただ一人、お姫様だけはその場にこらえていた。
深々とつきさした得物にしがみつき、ひたすら耐えて、そして持続性のない奔流が去ったあと、ゆっくりと顔をあげる。
そして、再び前進を開始した。
――やっぱり、あれは剣なんかじゃない。
俺は自分の確信をますます深めて、うめいた。
あれは“盾”だ。
というより、武器でもあり、防具でもある。なんでもありだ。
なによりふざけているのは、それが普通は個人に使えるようなものではないことで、さらにいえば、それを使い続けられているところだった。
「エリアル班。もういい。十分わかった、ありがとう。一時撤退だ。中広間までひいてくれ、周りにも指示をたのむ」
俺は指示をだしてから、頭をかかえる。
「……ヴァルトルーテ」
すぐそばにいるエルフの一人にたずねた。
「はい」
「たとえばの話なんだが。精霊憑き――金精霊に祝福されたって人間が、“金属の重さから解放される”だなんてことはありえるか?」
たずねられたエルフは顔をしかめてから、
「……どうでしょう。実際にそういった例があったという話を聞いたことはありません」
けれど、とつづく。
「どんなことだってありえるかもしれません。我々にとって、マナの及ぼす力はまったく理解不能なものです」
「そうか」
俺は顔をスラ子にむけて、
「お前なら、できるか?」
「はい、マスター。造作もありません」
微笑んだスラ子があっさりといった。
俺は思いっきりため息をつきたくなって、ちょっと迷ってから実際にそれをして、
「……多分それだな。それなら、あのお姫様の異常さにも説明がつく」
基本的に、重いってことはそれだけで強いということだ。
だが、それなら際限なく重くしてしまえばいいだなんて考えると、馬鹿をみることになる。
いくら重くて優秀だろうが、それを扱えなければ意味がないからだ。
つまり、そこに個人携行の装備の限界がある。
もしも仮に、自身がまとう重量、それに対するデメリットをまったく受けず、そのメリットを享受できるような存在がいたとしたら。
そんなのはふざけた話だった。
強くて、硬くて、重い。そして、疲れない。
――そんなもの、たった一人で戦線が崩壊しかねない。
それが俺の考えすぎであってくれたらよかったが、その後も色々と試した結果、どうやらそれは間違いようのない事実であるらしかった。
俺たちがいくら攻撃をしかけようが、騎士団は――というより、その先頭にたつお姫様は、止まらなかった。
剣だか斧だか盾だかを身構えて、ひたすらに前進する。
そしてそれに続く大勢の騎士たち。
半日ほどの攻防の結果。
俺はダンジョン上層部の放棄を決断した。
◇
「――それで、相手に拠点の構築を許した、ということですね」
その夜。
話し合いの場で、裏口から洞窟へやってきたルクレティアにたずねられ、俺は渋面をつくった。
「……悪かったよ」
「なにがですか?」
金髪の令嬢は不思議そうに、
「未知数の相手だったのですから、十分にあり得る事態でしょう。むしろ、無謀な突撃などして大勢の負傷者をだしていたほうがよほど軽蔑しましたわ」
「そりゃどうも」
褒められてるようには聞こえないが、けなされているわけでもないらしかった。
「それにしても、精霊憑きですか。限定された環境では十全に能力を発揮できないのでは、と思っておりましたけれど。厄介ですわね」
「ああ。あれはヤバい」
剣でもあり、盾でもある。
どんな材質で作られてるのかしらないが、あの馬鹿げた得物自体もたいがいだが、それをどれだけ長時間あつかっても疲れないだなんていう、あのお姫様のほうが厄介だ。
竜との交渉、あるいは竜殺しさえ考えてのことなのだから、当然なのかもしれないが。
そして、それを軸として有能な騎士団が動く。
つまり今、この洞窟に侵攻しようとしているのは、“圧倒的な個”と“練度のある集団”の複合体ということだ。
危惧していた両方がいっせいにやってくるなんて、こんなひどい話もない。
「やはり鍵はそこですわね……」
「なにかわかったのか? そういや、昨日は大丈夫だったのか」
「ええ。昨日のことは、後からお話しますけれど」
思案げにあごに手をあてた令嬢が肩をすくめた。
「とにかく、まずは王女殿下の件からお話いたしましょう。バーデンゲンから報告が入りました。結論から申し上げますと――ユスティス・ウルザ・ファダルヌなる王族の関係者は、やはり存在いたしませんでした」