十二話 前哨戦
「スケル班。別の敵が近づいてきてる。一旦、西通路からさがらせてくれ」
「了解。――スケル班、撤退してください。二繋がりの穴、左側です」
「リーザ班、そのまま前進して前に灯りがみえたら待機だ。敵②が岐路に近づいたら、スケル班と挟撃にでる」
「は、はいっ。――りーざ、くっしゅるるうあら、ば、しゃらじゅやら。じゅあっ」
「エリアル班は、そのまま水弾で敵③を牽制。引きつけるだけ引きつけたら、水道から退避させろ。広場で待機してるリザードマン連中と合流して指示をまて」
「了解。……エリアルさんから確認。このまま遅滞戦闘を継続する可能性が高いか、と質問です」
「多分な。なにかあるのか?」
「少々お待ちください――戦況に余裕があれば、後方に待機しているマーメイドに伝令をだして負傷者の回収と治療にまわらせたい、とのことです。移動には脇水道を使うので接敵の恐れも低いだろう、と」
「そうだな。じゃあ、よろしく頼む。……相手が浸透してくる可能性もある、位置は頻繁にフォローしてやってくれ」
「了解です」
広い地下空間に情報がとびかい、指示と報告が錯綜する。
両面の壁にうつしだされた映像と、そのなかを移動する複数の敵味方集団。
刻々とかわる戦況と目の前にある模型図の状況を整合させながら、俺は乾いた喉を湿らせようと手をのばした。
「どうぞ。マスター」
すっと横からスラ子の手が伸びて、コップを渡してくれる。
「ああ、さんきゅ」
一口すると、痺れるほど冷えた水に疲労した意識を刺激される。どうやら、スラ子が冷やしてくれたらしい。
「スケル班、待機完了」
「リーザ班も。準備できてますっ」
「よし、シィが幻覚をかけるのと同時に両班が突撃。タイミング計れ。三、二、一、……突撃」
「スケル班、突撃」
「リーザ班、突撃してくださいっ。――気をつけて!」
映像のなかで、激しい戦闘がくりひろげられた。
悲鳴は俺まではきこえない。けれど、少し離れた伝達手たちの耳元にはきっと届いているだろう。
「敵部隊壊滅っ。残存二、逃走します」
「被害は?」
「――スケル班、軽傷一のみ」
「リーザ班……軽傷二、ああっ――戦闘継続不可能、一人です」
「リーザ班は負傷者を連れて後退。スケル班、今、相手がきた通路から死体が見えにくいように移動させて、部屋の灯りを消してから後退だ。どちらも中広間までさがらせてくれ」
怪我の程度が気になったが、余裕がない。
「スケル班から意見。追撃はしなくてもいいのか、と」
「いい。深追いはなしだ。……ああ、シィに一旦、班から離れて負傷者の手当てをさせてやってくれ」
「了解」
とりあえず、こっちは片がついた。
一息つく間もなく、もう一班の様子をたしかめる。
「エリアル班の状況は?」
「敵③に対して遅滞戦闘続行中」
「そのまま拘束をつづけてくれ。相手の後続隊は来てないな?」
上層域の半ば、狭くうねった通路でマーメイドたちからの攻撃魔法をうけて立ち往生している敵を確認してから、
「ダンジョン入り口に、敵影は確認されません」
それぞれの班への伝達手ではない、入り口警戒担当のマーメイドが声をあげる。
「よし。スケル班、中広間でリーザ班と合流。戦闘可能なメンバーを連れてエリアル班の援護にむかえ。リーザは近くのリザードマンをあつめて即席で班をつくらせろ。予備待機だ」
「了解」
「り、了解っ」
「了解です」
――ようやく、落ち着いた。
まだ戦闘がおわったわけじゃないが、とりあえず一段落だ。
実際に戦闘にでてない身分で、疲れたなんて言えた口じゃないが。
それでも今日は朝から冒険者がもう六組。人数でいえば二十を超えてる。
竜の手下の洞窟、という噂が近隣までひろがってから、遠くから遠征してくる冒険者も増えてきていたとはいえ――この数は新記録だ。
しかも、多いだけじゃない。
今、侵入してきてる冒険者連中は、三班がほとんど同時に洞窟にはいってきた。
まるで、示し合わせたかのようなタイミングで。
冒険者にもある程度は横のつながりがあるとはいえ、基本的にはお互いが功績や名声をあらそうライバルでしかない。
そんな冒険者たちが徒党を組むような可能性があるなら、その理由は一つしか思いつかなかった。
「……やっぱり、連中の息がかかってるかな」
つぶやいてから、それが独り言にしかならないことにきづいた。
洞窟最地下の空間には今、伝達手以外には俺以外の数人しかいない。
スラ子と、ツェツィーリャとヴァルトルーテ。
最近のスラ子はいつも自分以外の話し相手がいるとき、あまり口出ししないようにしているし、精霊派の二人のエルフは戦闘がはじまってからずっと沈黙している。
ふふー、と笑ったスラ子が、
「カーラさんやルクレティアさんがいなくて寂しいです?」
「まあな。話し相手になってくれるか」
「喜んでっ」
「どう思う。こいつら全員、レスルートが声かけた連中だと思うか?」
「そうですね。昨日は二組、一昨日も三組。それが今日になって六組ですから、誰かしらの意図があったとしても不思議じゃないと思います」
王都からやってきた一団との話し合いが決裂におわってから、侵入者が目にみえて増えはじめた。
それらはほとんどが外の冒険者たちだ。
すでにメジハの冒険者ギルドにはルクレティアの息がかかっている。
所属の全員が、というわけではないが、ごく少数の外れ者にしたってこれまで洞窟で散々な目に遭っていて、今ではメジハのギルドに関わる冒険者でこの洞窟に関わろうとする輩はほとんどいなかった。
ただ侵入者が増えたというだけなら、ストロフライの噂が広がっただけかもしれないが、その連中が拙いながら連携をとり始めているなら、それらを中継、あるいは上から指示をだしている存在を疑ってかからなきゃならない。
仮にレスルートの騎士団連中が冒険者をけしかけているとして。
なら、その目的はなんだ?
考えられる可能性はいくつかある。
まずは情報の精査。ダンジョン上層域についてはどういう地形かほとんど知られてしまっているが、それらの確認。
あるいは――こちらの戦力を“確認”しているのかもしれない。
複数の侵入者に対してどう反応するのか。練度は、人数は? それらを知るために、複数の冒険者を近いタイミングで送り込んでるとしたら。
「……近衛騎士か。穴倉の探索なんざ専門じゃないだろうに、さすがにやってくることはしっかりしてるな。あのお姫様が指示をだしてるわけじゃないんだろうが」
「場馴れした補佐の人がついてそうですね」
「だな。そのあたりは、ルクレティアからの情報を待つしかないが――しかし、やっぱり外との接触は気をつけないとだな。こっちと外の繋がりだって気づかれてるかもしれない」
魔物との交渉の席を用意したのはルクレティアだ。
そのルクレティアが、実は魔物側についている――というのはいきなり飛躍しすぎだとしても、疑うくらいはされていてもおかしくない。
そして、もっとも警戒しなければいけないことは、その騎士団の連中がまだ一人も洞窟内に顔を見せていないことだった。
魔導士団はともかく、騎士団のあんな重装備をしてれば一目でわかる。
そもそも、重装備なんてのはまるで探索向きじゃない。
人間の体力にも魔力にも限界がある。
冒険者をやってる連中が基本軽装なのは、それが長時間の活動に適しているからだ。
だから、それでもあえて、重装備を選ぶということには意味がある。
あれははっきりとした戦闘目的。
もっといえば、制圧目的だ。
つまり騎士団連中の甲冑姿がみえたときこそ、彼らが計画をたて、勝算をもって本格的に侵攻を開始したと判断するべきで――今はまだ、お互いに相手の出方をさぐっている状況だろう。
だから、深追いはいらない。
戦闘情報を持ち帰られたくないのは間違いないが、それで怪我人が増えるほうがキツいし、追いかけた先で逆襲でもうけて、万が一誰かが捕虜になんかなったらもっとヤバい。
上層域の地形情報はもう相手に渡ってるんだから、気にする必要はない。
とはいえ、それ以外の部分で少しずつこちらの手の内が明かされていくのは確かだった。
外部から流れてくる冒険者も決して無限ではないとはいえ、俺たちの規模と比較すればほとんど無限みたいなもんだ。
そのうえで、本命である騎士団連中はまったくの無傷。
受け身にたつしかないダンジョン防衛は消耗戦。とはいえ、これはさすがにゾッとしてしまう。
なにかしら手を打たないといけない。
けれど、それもまずは目の前の敵をどうにかしてからだ。
「――スケル班、敵③まで至近」
「エリアル班、戦闘継続中!」
「スケル班はそのまま相手の裏にまわらせてくれ、背後をつかせる。リーザは?」
「応急予備部隊、七人まで編制できてますっ」
「よし。いそいでエリアルたちに合流だ」
攻撃のタイミングをはかりながら、ちらと横目をむける。
辛そうに顔をしかめているヴァルトルーテの表情をみて、こっそりと息をはいた。
――こっちの問題もなんとかしておかないといけない。
◇
結局、その日やってきた冒険者たちは八組にのぼった。
もちろん人数も過去最大だ。
こっちの被害は軽傷五人に、重傷二人。死人はでなかったが、重傷者はしばらく戦闘には参加できそうにない。
「いやあ。今日はハードっした……」
燃え尽きていつも以上に真っ白なスケルが、テーブルに突っ伏したままうめいた。
「みんな、お疲れさん」
ほっぺたをテーブルに押しつけたままこちらをみあげたスケルが口をとがらせて、
「ご主人、そんな慰労の言葉より、今はあっつい抱擁が欲しい気分なんすけど」
「そうか? よし、スラ子、思いっきり締めつけてやってくれ」
「あいあいさっ」
「ぎゃー」
コントみたいな二人をおいて、その他のメンバーに顔をむける。マーメイド代表のエリアル、リザードマン代表のリーザもさすがに疲労の色が濃かった。
「……さすがに、一日中というのは骨が折れるな。疲れは身体の動きが鈍くなるだけじゃない。とっさの判断も遅れてしまう」
「ああ、なにか考えとかないとな」
月の結晶石をもった三班が連絡を密にとり、後方から全体を見渡した指示で高速に、的確に洞窟内を移動して敵を各個に撃破する。
それが俺たちの防衛戦術だが、それは逆にいえば三班に対する負担がものすごく高いということだ。
もちろん、洞窟内にはその三班以外にも各所にリザードマンやマーメイドを配置してある。実際の迎撃は彼らと連携して敵を叩くが、それでも結晶石という稀有な伝達手段をもった三班こそが防衛の要なのは事実だった。
それが今日みたいに一日中、ひたすら戦闘に追われてしまえば疲労は高まる。
もちろん、戦闘数がおおいということは、負傷者がでる確率も高まるということでもある。
「班員に対しては、途中で予備の人員と交代させちゃいたが……結局、三人は出ずっぱりだったもんな」
スケル、リーザ、エリアル。
三つの班をまとめる三人は替えがきかない。
「だが、我々の代わりがいないというのはそれだけでリスクだ。我々だって、いつ戦闘で重傷を負うかはわからない」
「まあな」
俺は顔をしかめてうなずいた。
考えたくないことだが、考えていかないといけないことだ。
「誰か任せられそうな相手はいるか?」
たずねると、今度はエリアルが顔をしかめて、
「……難しいな。戦闘能力だけなら心当たりはあるが、それだけではないだろう?」
班をまとめる人物には、こちらの伝達手とのやりとりや、その場での状況判断が必要になる。
「私自身、先代の頃は護衛の任にあったというだけで、たいした経験があるわけではない。男達は外で死んでしまったし、リザードマン達との戦いもあったからな……」
ちらりとリーザが目をむけたが、なにもいわなかった。
「どちらにしても、ゆっくり次を育てられる状況じゃない。副官って形で候補者をみつくろっておいてくれ」
「そうしよう。それと、もう一つ思いついたんだが」
「なんだ?」
「我々三班以外の、洞窟内に配置されたリザードマンやマーメイド達への連絡についてだが。三班のどれが率先してやるか、あらかじめ決めておいたほうがいいかもしれない。今日、何度か重複しかけたことがあっただろう」
「ああ、あったな」
負傷者の手当てや運搬。
そうした指示は、後方から命令をうけた三班の誰かがまわりに伝えるという形になっているが、たしかに今日は何度か指令が重なりかけたことがあった。
実際には距離や状況によってどの班に頼むかは変わってくるのだけれど、前もって優先順位はあったほうがスケルたちも対応しやすいだろう。
「――ちょっと、いいですか?」
と口をはさんできたのはヴァルトルーテだ。
それまでずっと位顔で話し合いに参加していなかったエルフ姉妹の姉が真面目な表情でこちらをみすえてきている。
「提案があるんですが」
「なんだ?」
精霊と戦うのはやめてください、なんていいださないだろうなと内心で身構えたが、
「いっそのこと、エリアルさんを前線にださなければいいんじゃないでしょうか」
俺は美貌のマーメイドをみた。
斜めに肩掛けをまいたエリアルが肩をすくめる。
「誰か班を任せられる適当な候補がいれば、そうしたいとは思っている」
「いえ、違うんです。結晶石をもったエリアルさんに、最前線ではなく、マギさんのいる最奥でもない場所にいてもらうんです」
「……前線と、司令部の中間ってことか?」
「はい。そこから、周囲のリザードマンやマーメイドの皆さんに指示をだしてもらいます。ようするに、前線の司令部です」
前線の、司令部?
「指示をだす立場が、私とマギの二つに増えるということか? しかし、それでは指揮系統が乱れてしまわないか。直結、即時の指示伝達というのが我々の強みだろう。そこに別の一つを間に咬ませてしまえば、当然それだけ情報が伝わるのには誤差が生まれてしまう」
「いいえ。あくまで、マギさんが命令をだして、エリアルさん側がそれを受ける形は変わりません。エリアルさんに専念してもらえれば、三班のどこから伝令をだそうという混乱はなくなります。戦闘状況下になければ、落ち着いて周囲に連絡もまわせるはずです」
「待ってくれ。それじゃ、結晶石もちの戦闘班が二つになるってことだよな。しかもマーメイドの援護がなくなるのは、かなりキツくないか」
「そこです」
ヴァルトルーテがうなずいて、
「マーメイドさんたちが陸上でとる戦闘方法は魔法。つまり相手との距離がある状態です。一方、挟撃でタイミングがもっとも難しいのは、近接の仕掛けです。一班だけ突撃してしまえば全滅しかねません。それなら、マーメイド班には今日のような遠距離からの牽制魔法を続けてもらうだけで十分に意味があります」
「マーメイドたちの攻撃参加には、緻密なタイミングどりは必要ないってことか?」
「それもやり方次第によっては不可能じゃないと思いますが、まずは相手の意識をひきつけるだけで重要な意味があるんじゃないでしょうか。もし、精密な援護攻撃が欲しい場合には、スケルさんやリーザさんの班のなかに即席で組み込んでしまえばいいんです。つまり、マギさんからエリアルさん、エリアルさんから周囲へ、という指揮系統だけはっきりさせておいて、スケルさんとリーザさんはマギさん直下の特例班という形です。元々、遊撃隊ってそういうものだと思うんです」
なるほど。
たしかにヴァルトルーテのいった形なら、指揮の乱れはでなさそうだ。
元々、マーメイドは陸上での運動は苦手だ。
指示をうけたところで走って高速移動できるわけじゃないから、そういう意味では結晶石の利点はうすい。
「……けど、結晶石の利点は挟撃だけじゃない。なにか緊急事態があったら、すぐにそれを伝えられるってこともある。ヴァルトルーテ、あんたのやり方じゃ、前線に近いマーメイドたちが危険になったりはしないのか?」
「それも問題ないと思います」
銀髪のエルフは落ち着いた表情で断定してみせた。
「この洞窟には全体に、おおきな地下水流が流れてますよね。地下の湖まで続く。今日もそうだったように、マーメイドの皆さんにはそこを緊急避難用に使ってもらえばいいんです。それなら人間の冒険者は追ってこれません」
「水流の近くなら、確かにいざというときの不安はないが。そうなると、我々の配置場所は自然と限られてしまうぞ」
「はい。だから、援護ありの戦闘は極力、水道の近くで行えるような誘導が必要だと思います。この洞窟内に流れる水流を“動脈”にみたてるんです」
目の前におかれた模型図に視線があつまる。
洞窟の上層から下層までゆるやかに流れる地下水脈。そこを中心にした、今までとはまた少し違う迎撃戦術。
陸上活動ではデメリットの多い魚人族をもっと有効的に活用する。
そして、陸上活動の苦手じゃない蜥蜴人たちにはそれに沿ってもらう。
別にマーメイドをリザードマンの上におくとかいうことじゃなく、もっと安全に、効率的に侵入者を撃退するために。
話を聞いた限り問題なさそうに思える。いや、問題はあった。
「エリアル、どうだ?」
俺がたずねると、美貌のマーメイドは表情に苦笑をうかべて、
「地下水道を基点にした戦力配置ということなら、一族の安全性はむしろ増したと言える。異論はない。まあ、やることが大幅に増えて混乱してしまいそうだが」
十人はいない人数の班長から、前線全体の指揮をとらなくちゃいけなくなるんだから、困惑して当たり前だろう。
まあ、以前は魚人族長の近衛として一班以上の人数をまとめてたんだから、適任ではある。というよりエリアルしかありえない人選だった。
「そのあたりは、こっちでもフォローする。ていうか」
俺はなんとなく情けない気分になって肩をおとした。
「ますます俺のやることが減っていってる気がするんだが、気のせいか?」
「気のせいですよ」
ヴァルトルーテはにっこりと、
「エリアルさんが指揮をとれるのは前線だけです。戦闘場所が上層なら、中層や下層まではとても手がまわりません。相手の出方をみて、中層の配置や前線に後詰をおくるのはマギさんの仕事です。それに、後方から全体を見渡したうえでの指示がなければ前線は混乱するだけですよ」
慰めなのか、それとも責任はすこしも減ってないぞというプレッシャーなのか。
俺はあいまいにうなずいて、
「そうだな。……誰かほかに反論はないか? なら、このやり方でちょっと考えてみよう。エリアル、今日はこっちに泊まれるか。色々と話を詰めておきたい」
しばらく前から、俺たちは寝泊まりするのを地上から最地下のここに移している。
上との連絡は不便どころじゃないが、さすがに騎士団連中にすぐ見つかるかもしれない場所にいられる度胸はなかった。
「ドラ子ではないが、大きな水槽があると嬉しいな」
シィの頭にすわったマンドラゴラの小人をみて、エリアルが肩をすくめた。
「風呂がある。なら、解散だ。さすがに昨日の今日で、おなじような規模の冒険者がやってくるとは思えない。全員ゆっくり休ませて、警戒だけは気をつけておいてくれ」
それから、俺はエリアルやヴァルトルーテとさらに深く話し合った。
ヴァルトルーテの戦術は、今までのやりかたとまったく異なるわけではなかったけれど、それでも新しいことをやるのだから混乱は起きる。
すくなくとも、実戦の前段階で思いつけることはなんでも疑問を解消しておきたかった。
俺たちがそうしているあいだ、シィやスケルたちには負傷者の手当てや、破壊された罠の修復を手伝ってもらっておいた。
基本的に、スケルやリーザは今までと立ち位置は変わらないから、それほど混乱もないはずだ。
そのシィたちがダンジョンの復旧作業から帰ってきたあたりで、俺たちも休憩しようということになり、そろそろ肌が乾いてきたというエリアルに、せっかくだから全員で風呂にはいりましょう!とスケルが提案して、シィたちと一緒にぞろぞろいってしまった。
もちろん、俺はその場に残されたわけだが。
なんとなく疎外感をかんじながら目の前の模型図をみていて、顔をあげる。その場にいる残留組に声をかけた。
「よかったのか?」
「はい。私とツェツィはあとでいただきます」
「風呂の話じゃない」
俺は肩をすくめて、銀髪のエルフをみつめた。
「さっきの話だよ。俺たちに助言なんかしたりして、よかったのか」
俺たちは外の冒険者連中と戦ってる。
そしてその背後にいるのは多分、レスルートの連中だ。レスルートには金精霊ゴルディナが力を貸しているわけだから、間接的に精霊を邪魔することになる。
ヴァルトルーテが整った顔をしかめさせた。
「どうなんでしょうね」
「おいおい」
「別にごまかしてるわけじゃないです。本当に、わからないんです」
苦悩するように頭をふって、息をはく。
「マギさんたちのやろうとしていることは、理解してます。気まぐれで破天荒な竜を俗世に関わらせない。百年前の魔王災の再来を防ぐ。その為に、厄介事を自分たちで引き受けようとしている」
俺は黙って相手に先をうながした。
「その竜を目当てにやってくる人間たち。それに手を貸す大精霊様。……私にはわかりません。どうしてそんな、自ら秩序を崩壊させるようなことを」
「精霊ってのも、色々なんだろ? いろんな考え方があるのは仕方ないんじゃないか」
といっても、実際に目撃された例が残ってるのは地の六属性だけだが。
俺の知る限り、水精霊ウンディーネ。土精霊ノーミデス。風精霊シルフィリア。そして金精霊ゴルディナ。
おお、俺って意外といろんな精霊にあってるんだなと新鮮な驚きをおぼえながら、それぞれの性格の違いをおもいだしてみる。
少し前まで洞窟前の湖を管理していたウンディーネは、冷徹で人を見下した、いかにも精霊といった感じだった。
この洞窟の自然管理者であるノーミデスは、おおらか、というか万事にどうでもよさそうでいつも眠そうにしている。この洞窟に手をくわえることにもあまり気にしたりすることもない。
ツェツィーリャと契約しているシルフィリアは一般的なそれとは違うかもしれないが、応答は適当。
そして、ゴルディナ。
属性ごとにおおまかな性格づけが異なる。
そういうふうに精霊がつくられているのだとしたら、意見の相違はむしろ当たり前だろう。
「今までにそういうことはなかったのか? 別に今まで、シルフィリアとばかり接してきたわけじゃないだろ」
「そうですね。我々は森の民ですから、水や木、そして風の精霊たちと関わることが多かったのは確かです。逆に、我々はあまり金属を使いませんから……」
ゴルディナとは疎遠ってわけだ。
金属を扱わないから金精霊と疎遠なのか、それとも金精霊と疎遠だから賢人族が金属を使わないのかはちょっと興味深かったが、
「だけど、精霊は精霊だ。別にあんたたちは、六精霊のどれを信奉するとかそういうことじゃないんだよな?」
「はい。我々にとっては、どの精霊であっても等しく崇めるべき対象です」
「……なんか、おかしな感じだな」
「なにがですか?」
「怒るなよ。別にあんたらを否定したいわけじゃない」
相手に手をあげて、
「奇妙だなってだけだ。精霊同士で意見がちがうのは知られてるんだろう? 普通、異なる複数の意見があったら、そのうち争い事が起きるもんだ。口論なり、殴り合ったりな。そのうち殺しあうことだってある」
「精霊は、そんな野蛮なことはしません」
「そう。それだ」
俺はおおきくうなずいて、
「精霊は争わない。いや、もしかしたら“争えない”のかも。多分、連中はそういうふうにできてるんじゃないのか。だから、他の精霊に異見はあっても、それを強硬に唱えたりしない」
そして、そうした精霊の在り方を色濃く継いでいるのが賢人族だ。
ヴァルトルーテが眉をはねあげた。
「我々が、精霊に飼いならされていると言いたいんですか?」
「だから悪い意味でいってるんじゃないっていってるだろ。実際、精霊の教えの信奉者だろう、エルフっていうのは」
はげしい憤りをみせたエルフが、唇をかんで下をむく。
「精霊の教えを盲目的に信仰している限り、理解できないということですか……」
「さあ、そうなのかもな。どっちにしても、あんたらの生き方を否定するつもりはないさ」
賢人族はこの世界がうまれたとき、精霊が最初につくった種族とされている。
自分たちの似姿をあたえ、この世界で繁栄する権利をあたえた。
その彼らに、今さら自分たちの在り様を考え直せっていったって、簡単にできることじゃないだろう。
「――精霊は、我々に言葉を授けてくれました」
ぽつりとヴァルトルーテがいった。
「言葉は、知恵であり、知識でもありました。それを我々は、多くの他の生命に広めることを使命としてきました。それがこの世界を繁栄させることだと信じてきたんです」
それなのに、となげく。
「どうして。今になって、我々よりも、人間を。“言葉”よりも“貨幣”なんて」
悲嘆にくれた相手にかける言葉がみつからず、俺はそっと目をはなした。
「……マギさん」
視線をもどすと、沈痛そうな表情と目があう。
「なんだ?」
「マギさんは、もしかしたら私たちが敵方に通じるんじゃないかと疑っているのかもしれません。そう思われても仕方ありませんけれど、できればここに留めておいてくれませんか。もう少し、考えてみたいんです。それに、もしも精霊が間違っているんだとしたら。止めないと」
「ああ、いや。いてくれるのはかまわない」
ルクレティアにもいったとおり、裏切るような行為をする二人じゃないだろう。
今日の話し合いのように、ヴァルトルーテの知恵は得難くもある。現状、ルクレティアが町で外向きの仕事にとりかかりきりになっているからなおさらだ。
「ありがとうございます。それでは、すみませんけど少し休ませてもらってもいいでしょうか」
「わかった。お疲れさん」
深々と頭をさげ、肩を落としてさっていくエルフを見送ってから、もう一人に声をかけた。
「あんたはそれでいいのか? ツェツィーリャ」
「知るか。オレは元から、集落の連中が大っ嫌いだったんだよ」
それまでずっと無言だったエルフ姉妹の妹が吐き捨てるようにいった。
「集落中の嫌われ者だったもんネー」
風とともにあらわれたシルフィリアがけけけと笑う。
俺は眉をひそめて、
「シルフィリア。そっちはどうなんだよ。精霊同士は争わないんだろ?」
「別にあたしが争うわけじゃないシー。好きにすればいんジャン?」
地の六属の一つ、風精霊はいかにも適当にいってから、すっと目をほそめた。
「――もしかしたら、それがゴルディナの狙いなのかもしれないしネ」
狙い?
それってなんのことだ、と訊ねかけたところで、奥から悲鳴があがった。
「ご、ご主人―! エリアルさんが、茹でダコに! いや、茹でマーメイドに!?」
「ああ、もう。なにやってんだよ。ったく」
あわてて風呂場にむかいながら、考える。
今日の戦闘は前哨戦だ。
いくら人数を投入したところで、冒険者をつかった力押しなんて子どもでも考える。
頭脳も経験も、装備も練度もある騎士団連中はいつから本腰をいれてくる?
こちらはまだ王女の素性さえ掴めていない。
事態を打破する策がない以上、ひたすら耐えて撃退し続けるしかない。
せめてバーデンゲンからの連絡がくるまでは、これまでのような小競り合いがつづいてくれればいいが――俺の期待と予想は見事に外れた。
その翌日。
昼頃になって洞窟入り口に姿をみせたのは、明らかにそれまでと異なる気配をまとった一団。
そのなかには、大の大人が数人がかりでも持ち上げられなさそうな分厚い金属の板をにぎった相手も含まれていた。