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九話 精霊憑きと大精霊

 精霊憑き。


 はじめて聞く言葉に、その説明をもとめて横目をむけかけた途中で、視界に風がまいた。


 ふわりと風の精霊シルフィリアが姿をあらわす。

 いつもひょうひょうとした表情が、今は憮然とした顔つきになって前をみすえて、


「いるんダロ、ゴルディナ。でてきなよ」


 ゴルディナ? ――金精霊か?


「うふふ」


 地面の半ばに埋もれた分厚い金属板から笑みがもれる。


 そこから立ち昇るように姿をあらわしたのは、きらびやかな格好をした女。

 文字通り目もくらむ輝きに俺は目をほそめた。


 ……はじめて見るが、まちがいない。

 地の六属のひとつ。金精霊ゴルディナだ。


 じっと見続けていたら目が痛くなりそうなその派手な精霊は、いかにも典雅な動作でゆるりと首をかしげると、雅な声色でいった。


「こんなところでシルフィリアと会うとは思わなんだ」

「こっちもびっくりだヨ」


 精霊同士が挨拶をかわしあう。

 なんとなく険悪な雰囲気だった。


 含んだような笑みをうかべた金精霊ゴルディナが、ちらりと視線を俺の背後にむける。


「それに、エルフか。そなたらが里の外に出てくるというのも珍しいな」

「……ここにいる人間と、少しばかり縁がありまして。大精霊様」


 こたえるヴァルトルーテの声もかたい。

 大精霊なんて言葉も初耳だったからその意味をしりたかったが、そんなことをきける雰囲気でもなかったので俺は黙っておいた。


「それより、大精霊様。どうして大精霊様がこんなところにおいでかお聞かせください。それも、精霊憑きの人間などを連れて」


 ヴァルトルーテから視線をむけられて、お姫様は肩をすぼめた。


「この者が言うたであろう。我らは竜に会いにきた」


 エルフが目を細める。


「正気ですか」

「精霊であるわらわに正気を問うか、エルフの娘よ」


 からかうような問いかけに、ヴァルトルーテはぐっと顔をしかめて、


「……いえ。しかし、いったいどのようなつもりでそのようなことをお考えなのか、お聞かせいただきたいと思います」

「説明しなければならない理由は?」

「我々は、この世界の秩序を護るべしとあなた方に教わりました。秩序を脅かすものがあれば、それを防ぐ義務があるはずです」

「異なことを言う。我々の教えに倣うのであれば、我々の行動に文句を唱える必要などあるまい」


 金精霊が愉快そうに笑った。


「のう、風の。そうではないか?」

「あたしはベツに、あんたらがナニ企んでたって構わないけどネー」


 シルフィリアが舌をだした。


「こっちは契約してるんだから、それに添って行動するってだけだし。それで、そっちは? そこの人間がまさか契約者だなんて言うわけじゃないんデショ? それってどう考えてもルール破りジャン」

「破ってはおらぬ。この人間が我らの力を振るうのは、あくまでこの者自らの力なのだからな。わらわはその傍に居るだけのこと」

「そーいうの、屁理屈って言うんだと思うナ」


 精霊同士がにらみ合う。


 精霊の在り方や、この世界への関わり方。それらに色々と細かい話があるらしいということはいくらか耳にしていたが、それよりもっと衝撃的なことは、


「精霊が、竜をどうこうしようとしてるのか?」


 ぽかんと口をあけてしまった。


 夢見がちな冒険者や、野望に目がくらんだ王族や浅はかな謀略家ではなく。この世界の理をあらわすという精霊が、そんなことを考えるのか?

 それがいったいどんな致命的な結果をおよぼすか、わからないはずがないだろうに。


「なにか問題か?」


 金精霊の表情は悠然としたまま。


 俺がそれに二の句をつげられないでいるうちに、


「……大精霊様。どうぞくわしくお聞かせください。いったいなにをなされようとしているのですか」


 感情を押し殺すようにヴァルトルーテがたずねた。


「ふむ」


 小首をかしげた金精霊は、もったいつけるような沈黙をおいてから、


「まあ、よかろう。それほど聞きたいというなら教えてやらんでもない。――わらわは憂いておるのよ」

「憂う?」

「その通り。魔王竜の破壊から時が経って、最近では様々な勢力の動きが活発になっておる。このままではいずれ遠からず混乱が生じよう」

「精霊の秩序が敗れると。そうおっしゃるのですか」

「そう言っておる。エルフよ、古き良き精霊の信徒よ。そなたらは慎み深く、誠実で、優秀であった。しかし、そなたらの役目は終わった」


 哀れむように金精霊がいった。


「百年前に崩れかけた世の秩序。その修復は、同じ形に戻ることを意味しない。それは修復を超え、はみ出し、溢れ出す。野望と欲望。そのどちらも、そなたらにはない。わからぬか? これからは“人間”の時代なのだ、エルフよ」


 ヴァルトルーテが愕然と、


「我々が、時代遅れの遺物と?」

「その通り。そして、それはそなたらが自ら選んだことであろう。百年前、復興に必要な道筋を整えたあと、そなたらは自分たちの里に引き篭もった。そなたらは、時代の旗手となることを拒んだのだ」

「それは……っ」


 反論しようとしたヴァルトルーテが下唇をかみしめる。


 ……賢人族が保守的であり、ときに保守的にすぎるというのは事実だ。

 他者との存在を最低限にとどめ、あくまで傍観者であろうとする。だがそれは精霊の教えを護ろうとした結果のはずだった。


 時代、と目の前の精霊はいった。


 それなら、これから先にくる時代とやらに人間が選ばれた理由はなんだ? 野望と欲望。エルフにはなくて、人間にあるものといえば。

 脳裏にひらめいたものを、俺はぽつりとつぶやいた。


「――貨幣か」

「その通り」


 “金”精霊ゴルディナが笑った。


「つまり、これからはわらわの時代ということ。富と栄えを意味する、このゴルディナのな」


 金。そして貨幣。

 それらを使った経済活動は、たしかに盛んになってきている。人間種族の躍進の鍵はそれにあるといわれるくらいだ。


 貨幣という、多くに共通しうる価値の流通と定着。

 その動きはいまや人間以外の種族にまで広がって、一部の魔物たちさえ注目しはじめている。たとえばそれは、アカデミーのように。


「富と栄え。あるいは虚栄の精霊か。金精霊が、精霊のなかで一番欲深いってのは本当らしい」

「わらわが望んだのではない。時代がわらわを選んだのだ」


 金精霊は尊大に胸をそびやかして、


「世の秩序を保つのが我ら精霊の役割である。世の在り方が大きく変わろうとするなら、そこには新しい秩序が必要となることは自明。すなわち、」

「貨幣の流通、その統制」


 目の前の相手をにらみつけて、俺は吐き捨てた。

 金精霊が目をほそめる。


「人間にしては察しがよいではないか」

「そりゃどうも」


 もちろん、俺がこの話についていけたのには理由がある。


 冗談じゃない、と心の中でうなった。

 金精霊が得意げに語る内容、それに似通ったものに聞き覚えがあったからだ。


 だからこそ、この精霊や王族の一行がこの場にやってきた理由が透けてみえてしまうように思えて、寒気がした。


「信じられません!」


 ヴァルトルーテが長い銀髪を振り乱した。


「大精霊様が、なぜそのようなことを。貨幣は格差を、争いを生み出します。秩序ではなく混乱の源となる代物ではありませんか」

「エルフよ、世界がそなたらのように慎み深い種族だけであればな。言葉だけですむなら貨幣など無用。だが、そうではないからこそ、そなたらも自らの里にこもったのであろう。この世界に秩序をもたらすためには、そなたらの良識より人間の悪徳が有用ということ」

「そんな――」

「だったら、勝手に自分たちでやってればいいだろう」


 言葉をうしなうエルフにかわって、口をひらいた。

 居心地わるそうにたたずむお姫様に目をやって、


「これから先、この大陸で主流になる貨幣経済を牛耳ろうってんなら、レスルートの通貨をそうすればいいだけじゃないか。あんたなら容易いはずだろう。だってあんたは“金”の精霊なんだからな」


 マナをつかさどる精霊なら、それこそ大量の金を生み出すことだってできるはずだ。


「先程と違って、今度は実に人間らしい浅はかさよ」


 さげすむような目線でこちらをみたゴルディナが、


「それともこちらの見識を試すつもりか? 貨幣とは、その材料となるものが比較的どこにでも存在し、尚且つ稀少であるからこそ意味があるのであろう。それは統制すべきものであって、溢れさせるべきものではない。そもそもが、物を溢れさせるということがこの世界にどのような事態をもたらすか――」

「ゴルディナ。そこまでにしときなヨ」


 剣呑に、シルフィリアが口をはさんだ。

 ふふ、と笑みをもらした金精霊が肩をすくめる。


「確かに不要な言葉であったな。ともかく、わらわが欲するものは、わらわの認める貨幣に一定の価値を定め、それを担保することである」


 ――決定的だ。


 精霊の言葉に、俺は歯をきしらせてうめいた。


「貨幣には信用が必要だ。含まれる貴金属の質量に、本当にそれだけの価値があるという。それを保証する組織的背景。それか、圧倒的な力そのもの」


 すなわち、竜。


「この山の竜に自分たちの貨幣を認知させようっていうのが、あんたらの狙いか。そのために友好関係を築きたいって? はっ、“竜貨”かよ」


 少し前、ギーツで話にでたような代物が、まさか精霊の口からきかされるだなんて思いもしなかった。


 しかし、精霊はゆるやかに首をふって、


「遺憾ながら、竜という存在にある意味で精霊より重みがあることは認めよう。しかし、わらわが手掛けるのは“竜の貨幣”などではない。わらわが望むのは、この大陸に共通して通用する“精霊の貨幣”である」


 精霊が基となって定め、運用する貨幣。

 あるいはそれはもっとも公正な基軸通貨になりえるのかもしれなかった。


 それを竜が保証するという事態になれば、その可能性はさらに高まる。いったいどこに、竜の姿が彫られた貨幣を鋳つぶしたり、贋金をつくろうとしたりする輩がいる?


 だが、


「……どうも解せないな」


 胸のなかに渦巻く疑問を、俺はそのまま吐きだした。


「ほう?」

「精霊より、竜の悪名のほうが脅しにも重しにもなる。それはわかるが、だからって竜がそんなものを認める理由がない。面白半分に認めたところで、それが永遠に続く道理もない。精霊ともあろうものが、そんなことがわからないはずがない」


 息をすって、


「……王女殿下。あなたはさっき、対等な友好関係とおっしゃった。つまり、それを出来るだけの勝算をおもちということですか」


 まっすぐに見つめたお姫様が、ぎゅっと唇をむすんだ。


 よく見ればその全身はこまかくふるえているように思える。その震えをおさえこむように、口を線にむすんでいたお姫様が、救いをもとめるように金精霊をあおぎみた。


 ゴルディナはそちらを振り返らないまま、


「無論ある」

「聞かせてもらおうか。結局、この話の終着はそこだ。いったいどうやって、竜に自分たちを認めさせる?」

「簡単なこと。そこに転がる残骸の如く、力ずくでだ」


 いいながら、金精霊が目でさしたのは真っ二つに両断された木製の椅子。


「正気か?」


 そんなことだろうと思ったが、実際に耳にしてもなお相手の本気が信じられなかった。


「さっきの一撃はそりゃ驚いたさ。けど、それが竜に通じるなんて本当に思うのか? いや――仮に、もしその一撃があたりさえすれば竜に傷をつけることができるとしたって。そんなノロマな攻撃が触れることを竜が許すはずがない」


 竜のあつかう魔法は圧倒的だ。


 死者をよみがえらせ、空を裂き、大地を割る。

 この世界そのものだってやろうと思えば一瞬で砕いてしまえるといいきった、あの竜を相手に一撃をくわえることすら至難だ。


 相手は知性も魔力もうしなった生屍竜なんかじゃないんだから。

 敵意ある何者かが獲物をふりあげるより早く、遠くから圧倒的な熱線がその身を焦がし尽くすだろう。


「些細な問題にもならぬな」

「……なんだって?」

「竜に一撃を与えるなど、容易いと言ったのよ」


 ただのはったりではない深い確信をたたえて、金精霊は宣言した。


 俺がその自信の根拠をたずねかけたところで、


「なんだか面白そうな話してるねー」


 ぞっとする。

 耳にとどいた声は、今この瞬間にもっともききたくない声だった。


 振り返る。


「あたしも雑ぜてよー。いったい、竜が、なんだって?」


 いったいいつの間にあらわれたのか。

 見かけの頃は十代半ばの、ひどく可愛らしい金髪の少女が満面の笑みをうかべていった。



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