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七話 王都の使節団

「確かに、その方はそうお名乗りになりましたわ。自分は、ユスティス・ウルザ・ファダルーヌ。レスルート国王イザラードの血を引く者だと」


 夜。

 洞窟にやってきたルクレティアの言葉に、俺をふくめた全員が微妙な反応をうかべた。


 いずれ近いうちに、王都からなにかしらのアクションがあるはずというのはわかっていた。それに対する心構えもしてあったが、それに一国の王女が出向いてくるというのはあまり考えていなかった。


「えーと。とりあえず、それって本物なのか? 外交使節って、いきなりそういう高貴な身分の連中がやってくるもんなのか?」

「十分に友好的な間柄でしたら、ありえる話かもしれませんわね。しかし、全く未知数の交渉相手にというのは考えにくいでしょう。道中含め、リスクしか思いつきません」

「そりゃそうだよな。危険だってあるわけだし、もっとしっかり交渉できる相手を選ぶはず――」


 そこで俺ははっと思いついた。


 今の王様の血筋。

 てことは、その相手はルクレティアの腹違いの姉妹とかになるんじゃないのか?


 ルクレティアの母親が高貴な身分の子を身ごもって、そのことが原因で王都を追い出されたという話は前に聞いていた。

 もしそれが事実だとして、この町にやってきたのがルクレティアのように才能のある人物がやってきたということなら、可能性はあるのかもしれない。


 下手な家臣を送るくらいなら、そっちのほうが交渉になりそうな気がする。

 一瞬でいろんな可能性が頭にうかんで苦悩していると、そんな俺をルクレティアがどこか楽しげにみつめているのに気づいた。


「もしかして、“竜とお姫様”って話なんですかね」


 俺がまだ混乱から復活できないうちに、スケルが口をひらいた。


「なんだそりゃ」

「ほら、おとぎ話でよくあるじゃないっすか。悪い竜が美人のお姫様をさらうとか、優しい竜がお姫様を娶るとか、そういう話」

「あー」


 たしかに、竜っていうのはおとぎ話でも大人気だ。

 いい役、悪い役どちらでもほとんど出ずっぱりで、というのもどんな理不尽や不思議な出来事だろうと「竜なら仕方ない」ですまされてしまうからだが、それだけ物語を構成するうえで魅力的な素材でもあるのは間違いない。


「つまり、生贄か」

「そういうことっすかね」


 うーん、と俺は首をひねって、


「ありそうな話だけどな。でも、実際に竜が生贄を欲しがるなんて話きいたことないしなあ。だいたい――ストロフライって女だぞ。いや、ちゃんと確認したことはないが多分そうだ」


 果たして竜という超越種に、俺たちのような意味での性別が機能しているかどうかという話はおいとくとして。


「まあ、胸はないけどな」

「その発言、実に勇気あるものだと心から尊敬しますぜ。ご主人」


 恐れおののくようにスケルが身を震わせた。


「冗談だよ。……冗談ですからね? それで、あれだ。まあストロフライの性別なんて王都の連中が知るわけないから、それ目的ってのもありえなくはないんだろうな」


 竜が欲しがるかどうかは別として、自分よりはるか上の立場にある精霊や竜に対して人身御供をするって話はたしかにある。

 だけど、もしも竜が誰かを欲しがったとしたって、それを差し出させるなんてことはありえないだろう。


 連中なら、欲しいものがあれば奪うだけだ。

 奪うだけじゃ手に入らないものがあるっていうなら、話は別だろうが……


「そこはほら、あくまで相手の自主性を重んじてってやつで。自分の境遇を嘆きつつ、国のために耐えて尽くすってのがソソるんじゃあないですかね」

「下種いこと考えるなあ、お前」

「ご主人だって好きでしょうよ、そういうの」

「そりゃまあ……。いやちょっと待て。そんなことないぞ、俺はだな――」

「下種な話は後にしてくださいませ」


 くだらない口論に発展しそうなところをルクレティアがぴしゃりとさえぎった。


「それが竜を相手に有効かはともかく、人質という外交手法は確かにありえますが、今回の場合まずそれ以前の問題があります」

「どういう問題?」


 たずねるカーラにこくりとうなずいて、


「私はこの町に来る以前、王都におりました。この国を名目上、支配する方々についても、ある程度は話題に触れる機会がありましたが――ユスティス・ウルザ・ファダルヌなどというお方のお話は一度も耳にした覚えがないのです」


 ルクレティアの台詞に全員が眉をひそめた。


「……どういう意味だ? やっぱり偽者ってことか?」

「どうでしょう。少なくとも、そのお方に付き従っていた方々は本物のようではありました。華美な装備ではありませんでしたが、あれは間違いなく近衛騎士の一団でしょう。王国騎士団の中でも特に武勇と忠誠に優れた最精鋭です」

「護衛だけ本物で、当人だけが本物じゃないってこと? そんなことってあるのかな」

「……本物と偽って竜に差し出そうってことか? 実際の身内をだすのは可哀想とか、そういうことで」

「ああ、なーるほど。子煩悩ならありそうですけど、それもなんだかなあって話っすねえ」


 スケルのいうとおりだ。

 竜と交渉しようっていうのは王都側からの働きかけなんだから、友誼をむすぼうと偽者を差し出すのは意味がわからない。


 竜には人間の本物と偽者の区別はつかないだろうってことなのかもしれないが、それも誠意に欠けた話だ。

 ストロフライは生贄なんてまず欲しがらないだろうが、それ以上に自分がその程度も見抜けないと侮られたことに不快感をもつだろう。


 結果として竜の怒りを買うだけなら、馬鹿な行為としかいいようがない。


「仮にも一国の王がそのような個人的な感情に流されるはずがありません――といいたいところですが、現実にはそのようなことも大いに起こり得るでしょうね。しかし、だとすると別の疑問がわくことになります」

「そりゃ一体?」

「もしそのような偽者を立てるとしたなら、わざわざ名の知られていない架空の姫君を作り出す意味があるでしょうか。竜と婚姻関係――あるいはそれに近しい友好関係をもったことを他国に宣伝するなら、そこへ繋いだ姫君の名前も公にせざるを得ません。でしたら、実際には偽者を送り付けるにせよ、名前だけは本物でなければ意味がないでしょう。政治的意味合いを考えればそうなります」


 たしかに。

 誰も知らないような姫君を送るより、誰でも知ってる姫君の偽者を送ったほうがいい。


「別に、レスルートには他にお姫様がいないってわけじゃないんだよな?」

「もちろんです。そもそも高貴な身分の女性にとっては、繋ぎ、残すということがもっとも大きな役割ですから。適した者がいない場合、養女として他から見繕う場合もありますが……竜という存在の重要性を考えれば、まだ他へ嫁がれていない第二王女、第三王女などをあてがうほうが無難でしょう」

「そういう相手を選ばないで、わざわざ誰も知らないような姫を送りつけるってことは、王都の連中にとって竜がどのくらいの外交的位置を占めるかって証拠になるわけか。少なくとも、他国からはそう見られる」

「はい。自分たちの危機的状況を打開する策として竜にすがろうとするなら、全くの本末転倒と言えます」

「なら、別の理由があると考えるべきなんだろうな。いや、待てよ。別に人質にするために来たって決まってるわけじゃないか」

「ああ、そりゃそうっすね。すいません、ちょいと先走りしすぎました」


 スケルが頭をかいた。


 俺はうなずいて、


「だけど、それ以外の理由っていうのもなぁ。深窓のお姫様が敏腕の外交官ってのもあんまりない話だと思うんだが。ルクレティア、そのあたりはどうだ?」


 微妙な意味もふくめてたずねると、ルクレティアはそれを察したようにちらりと目線をやって、


「常識的に考えれば、ご主人様のおっしゃるとおりでしょう。ある程度の知識と教養を身につけることはできても、それと外交的手腕は全くの別物です。社交という名の王宮外交との差異は当然として。無論、例外的にそうした資質を持った方がいたとしても驚きではありませんが、だとするとより一層、今まで名が知られていない理由がわかりません」

「そうだな。竜なんてとんでもない相手に交渉するなら、経験と実績がある相手を選ぶべきだろうさ。人間相手に積み重ねた経験が竜相手に通用するかっていうのもあれだが」


 それで、あえてまったくの素人を使者にたててみたとか?

 だとしたら、それはもう賭けとか無謀とかいうレベルを超えて、ただの自殺行為だろう。


 ……自殺行為。

 案外、それはあるかもしれない。


 竜という強大すぎる生き物は、恐ろしさも存在感もありすぎてかえってその許容度の見極めがむずかしい。


 いったいどれだけの行為がアウトで、どこまでがセーフなのか。

 傍からみれば明らかな自殺行為でも、当の本人たちはそう思ってないという可能性だってあるだろう。


 結局、それに巻き込まれるほうはたまったもんじゃないわけだが。


 なにか意見はないかとエルフの二人に視線をやると、ヴァルトルーテにすまなそうに首をふられた。


「すみません。今聞いた話だけでは、なんとも。竜に関わろうとするなんて正気とは思えないとしか」


 まあ、そうだよな。


「ともあれ、そのあたりはやってきた連中の狙いがはっきりしてからだな。ストロフライが目的なのは間違いないんだろう?」

「はい。いくつか山頂の竜についての質問を受けました。その麓にあるこの洞窟についても、強い関心があるようです」

「……すぐに攻めてくるってことはあると思うか?」


 一番重要なのはそこだ。


「斥候という意味では可能性はありますが、まず数日は情報収集に注力するでしょう。王都からいつ出立したか我々が把握できなかったのは、向こうが隠れて行動してきたからです。そこまで行動を秘匿しなければならなかった理由がなにかはともかく、隠密行動であった以上、彼らが取得できた情報にも限りがあるはずです」

「なら、こっちもその間に情報収集だな。バーデンゲンに事情を問い合わせるのと、今メジハにやってきた連中の戦力とか、装備とか。その対策もか。いつでも迎え撃てるように用意を整えておこう」

「はい、既にバーデンゲンには使いを出しました。ユスティス・ウルザ・ファダルヌなる人物についての照会を頼んであります。とはいえ、数日はかかってしまうでしょう」


 さすがに行動がはやい。


 それから二、三、これからの行動について話し合い、それぞれに指示をだしてから、ふと思案気な顔で令嬢が黙り込んでいるのが視界にはいって、声をかけた。


「ルクレティア。なにか気になることがあるのか?」

「……いえ。一つ、ご提案があるのですけれど」

「提案?」

「話し合いの場をもたれては如何でしょうか」


 ――話し合い?


「それはつまり、王都からやってきた連中とか?」

「はい。王都方の最終的な目的がなんであれ、その対象がストロフライさんにあることは間違いありません。でしたら、まずはその狙いがなんであるかを確認することが第一です」

「そうだな」

「その窓口として、黄金竜の手下であるところのご主人様がはじめに話をうかがうというのはおかしな話ではありません。相手の立場と目的を確認して、それが実現可能であれば検討し、とんでもない夢想ごとであればお断りになればよろしい。戦端を開くのはそれからでも遅くありません」


 ……それはそうだ。


 王都の連中が竜を利用しようとしてやってくるのに対処できるように、という想定で俺たちは準備をしてきたわけだが、別に連中が決して敵意をもっていると決まったわけじゃない。

 話し合いで物事が解決できるならそれが一番だ。誰も傷つかないし、死人だってでない。


「でも、王族なんだろ? 片田舎の洞窟で魔物やってる輩なんかに、会おうとするか?」


 貴族というのはとにかく気位が高い生き物のはずだ。


 それは目の前のルクレティアをみれば一目瞭然で、さらに王族として今まで生きてきた相手にしてみれば、平民なんてゴミみたいなもんだろう。

 加えて、俺みたいな魔物なんかやってる連中なんて、直接話すことだって汚らわしいくらいに思われてても仕方なさそうだったが、


「その時はその時です。平和的に解決する可能性をあちらが潰すにせよ、生かすにせよ、それは我々の関与するところではありません。我々がそうした提案をしたということ自体に意味があります」


 ルクレティアのいいたいことを、少し考えてから俺は理解した。


 つまり、山頂の黄金竜の手下であり、その窓口であるという立場を鮮明にすることに意味があるわけだ。

 王都の連中との交渉が上手くいかなくても、交渉相手として認められるだけで価値がある。


 まずは、おなじテーブルにつけるかどうかってことか。


「はい。そして、一度そのような前例をつくってしまえば、今後はそれを持ち出してしまえばいいのです。仮にも一国の使節団が交渉相手として認めた相手なら、その他の勢力も無視はできません。もしも相手方が会談を拒否したなら、その後に起きた流血事態についてはあちらに非を問えばよろしいでしょう。いずれにしても、こちらにデメリットはありません。それどころか政治的立場を保証してもらえるのですからありがたい話です」


 ルクレティアがひどく人の悪い表情で微笑んだ。


 まさか、こんな場末の洞窟で管理人をやっていて“政治的立場”なんて言葉に関わることがあるなんて思いもしなかった。

 アカデミーに残れもしなかった落ちこぼれが、いつのまにかたいした立場になったもんだ。


 俺は顔を苦み走らせて、ため息をひとつ。


「となると、問題はひとつだな」

「はい」


 全員の視線がこちらに注目する。


「会談の算段についてはこちらで手配いたします。しかし、もしそれが実現した場合にも、私が当日に同席することは叶いません。話し合いの場に臨まれるのはご主人様ということになります」


 身分もなければ作法も知らない俺が、王族相手に交渉の席につく。

 考えただけで頬がひきつった。


「ご自信がおありになりませんか? ご主人様」


 揶揄するようにルクレティアがいう。

 俺は意地の悪い目線をくれる美貌の令嬢をにらみつけて、


「……やるさ。自信なんてあるわけないが、それでなにもかも無事に終わってくれるってんなら、それ以上のことはないからな」

「結構ですわ。では、さっそくそのように取り計らいましょう」


 どこか満足げな微笑がかえってきた。



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