六話 それぞれにある理由
冒険者たちの死体を上にはこばせて、上層域の適当なところに放置する。
悪いが葬儀はしてやれない。
いつどこで、どんな風にのたれ死ぬかわからないのが冒険者という生き方だが、同じような生業の傭兵とちがって連中にはある程度の組織性がある。誰かが死体をさがしにやってくる可能性もゼロじゃなかった。
洞窟に湧くスライムにじゃれつかれて眠るのに心地いい場所とはいえないけれど、連中にはしばらく我慢してもらうしかない。
こちら側の死者も、はこばれていった。
仲間の死を前にして蜥蜴人の戦士たちは寡黙だった。
嘆きも怒りもせず、表情のよみづらい顔は淡々としてみえる。もちろん、彼らが丁寧に亡骸をあつかうのをみればそんなはずはなかった。
「……リザードマンの葬儀。どういうふうにやるのか聞いてるか?」
「定まった場所に安置して、そのまま自然に還すのが習わしだそうです。かわりに死者を悼んで少し贅沢に興を催すのだとか」
「そうか。……悪いが酒やなんかの手配をたのむ。代金は、妖精の鱗粉の在庫がまだかなりあっただろう」
「はい。すぐに町から持ち運ばせましょう。人手をお借りしてもよろしいですか」
だまってうなずいて視線をほかにうつす。
なにかいいたそうに、それぞれ沈黙している顔がならんでいた。
どうやらよほどひどい顔になってるらしい。
俺は無理やりに頬をゆるませて、やっぱりこれもおかしいなとすぐにそれをやめて、口をひらいた。
「カーラ、シィ。ルクレティアを手伝ってやってくれないか」
「うん、わかった」
「……はい」
「スケル、お前はリザードマンたちの様子をみてきてくれ。マーメイドたちにも休むように伝言たのむ」
「りょーかいっす。今晩の、送る会のことも伝えといても?」
「ああ。連中のやりたいようにさせてやってくれ」
「はいな。あ、ご主人はどうします?」
俺は一瞬、言葉につまってから、
「……もちろん、でる。俺がいたら酒がまずそうなら、すぐにひっこむさ」
「なにいってんです。安心しました」
にかりと笑ったスケルが蜥蜴人族のもとへでむき、カーラやルクレティアたちも外にむかって、その場に残ったのはスラ子と二人のエルフだけになった。
「二人もよかったら今晩つきあってくれ。異種族あの宴会なんて、たいして楽しめるもんじゃないかもしれないけどさ」
「はい。ぜひ参加させてください」
ヴァルトルーテが神妙にうなずいて、ツェツィーリャも不機嫌そうな顔のまま文句はいわなかった。
「スラ子。もういいぞ、ありがとう」
「はい、マスター」
周囲の壁にうつりこんでいた無数の映像がきえる。
俺はおおきく息をはいて、頭をおとして――すぐにもちあげた。
目の前にある、蜥蜴人たちがつくってくれた洞窟内の立体模型を凝視する。
その上におかれた駒の戦況は、戦闘が開始した直後で止まっている。侵入者を模した駒を周囲が取り囲む形だった。
三方からの攻撃。
エリアル班、それにリーザ班と待機していたマーメイドたちによる水弾の十字攻撃。
それに気をとられているうちに後ろからスケルたちがつっかかる。同様に、リーザ班も強襲。
スライムからの映像と結晶石をつかわなければとても叶わない、完璧な挟撃だった。
そのうえで、死者がでた。
……戦闘は流動的だ。
どれほど優勢な状態からだって事故はおこる。
それすら回避しようとするなら、それはもう“相手になにもさせない”ことしかない。
優勢じゃなくて圧倒。
たとえばそれは罠にハメるとかで、相手にまともな戦闘行動をとらせないようにするということになるだろう。
だが、どんなに優秀な罠だって特性を見破られれば回避は可能だし、大掛かりな仕掛けは必然、発動までの工程も複雑になる。
そもそも罠っていうのは基本的にその場から動かせない。
相手をハメるためには上手い誘導が不可欠だし、そのためには誘引部隊に苦労してもらうしかない。大掛かりな仕掛けのネタがばれないよう、それを使用した相手は生かしておくわけにはいかないから、殲滅戦が前提になる。
どちらも部隊に負担がかかる。
そしてそれはこのダンジョンが存在する限り永続的に終わることがない。
資源も戦力も無限じゃない。なら必要なことはそれをいかに有効的に活用して、成果をあげるか、それか。
――全能な相手にすがるか、だ。
そして、それをしないって決めたんなら。ない知恵を振り絞ってでも、考えるしかない。
考えろ。
今の戦闘の反省点はどこだ。
いったいどうすれば事故を防げた?
いや、事故だと判断する理由もない。この結果が妥当なものだとして、それを失くすためにはどうしたらいい?
戦術か? 編成か、装備か? その全部? それとも、個人の技量……そんなものにまで落とし込んでいい話なのか?
考えるべきことは他にもある。
ルクレティアがいったように、戦力集中と挟撃という自分たちの基本的な戦術で、一流の腕をもつ冒険者相手に押し勝ったというのはたしかに貴重な事例だ。
今後は、その戦力評価を基準に作戦をたてることで事故の可能性は格段に減らすことができるだろう。
――なら、そういう相手が複数やってきたときは?
侵入してくる冒険者が常に一組に限るだなんて話があるはずないし、あるいは連携して行動する連中だってでてくるだろう。
まず、俺たちが仮想敵として想定している連中がそういう相手だ。
一国の騎士団ならそれくらいの規模がある。俺が思いつく程度のことを連中がやらない理由もないだろう。
もしもそうした相手に、ダンジョンの分岐路のすべてを塞がれてしまったら? 後方にまわりこめず、柔軟な戦場移動を封じられるだけで挟撃の優位性はひどく薄れてしまう。
俺たちの戦術は個を量で打倒するという手法だが、もしそれを相手方にやられてしまったら、ダンジョンという戦闘地形はそのままこちら側の不利となって、いずれは押し込まれてしまうかもしれない。
それとはまったく別の事態もあった。
集団でかかっても、それをまったくものともしない“個”。
たとえば、精霊形をとった誰かがこのダンジョンに侵攻してきたとしたら、そのときにはどう対処する?
“あの”ストロフライを敵として迎え撃つ。
仮定を頭に思い浮かべただけで、ぞっと全身の肌が総毛だった。
……あんな生きる理不尽を敵として想定するなんて、それだけで拷問だ。
同じ竜族が集団でかかっても敵わないと断言するような相手に、竜単体にすら勝てない分際で立ち向かうほうが、頭がおかしい。
だから、あれとは戦っちゃいけない。
なんとか戦わないですませる方策をみつけるというのが唯一の正解だろう。
――けれど、どうしても頭から離れない。
少し前、スラ子にふれて意識が飛ばされたときにみた光景。
山のような大きさの、見るもおぞましい姿に変貌したスラ子と黄金竜。
途方もない破壊を周囲にまき散らしながら、巨大な二体が正面からぶつかりあう。
あれは、まさしくこの世界の終わりだった。
あんな恐ろしい状況が実際に起こるような可能性がもしあるんだとしたら、それに関わる事態についてだって考えておかないわけにはいかない。
「――あなたのせいではありませんよ」
ふとした言葉をかけられて、俺は物思いから我にかえった。
穏やかな顔つきのエルフが憐れむようにこちらを見つめてきている。
「悪い。なんだって?」
「あなたのせいではないと思います」
ヴァルトルーテはゆっくりとくりかえした。
「先程の戦闘指揮は的確でした。犠牲がでてしまったことは残念ではあるでしょうけれど、悔やんでも仕方がありません」
……ああ、慰めてくれてるのか。
俺は息をはいた。
「ありがとう。でも、そういうんじゃないんだ」
「どういうことですか?」
眉をひそめる相手に、
「犠牲がでたのは残念だけど、そのことで悔やんでるわけじゃない。いや――」
口をおおきくゆがめて、首をふる。
「俺にはそんな資格ないだろ。直接、戦闘にも参加してないくせに、悲嘆にくれてどうする。だったらまず自分が前線にでろって話だ。それでさっさと死ねばいい」
でも、
「俺にはそれができない。弱っちいから戦闘もできないし、……死ぬわけにもいかない。だからここにいるしかない。俺ができるのは他にないんだ」
そもそも、蜥蜴人たちだって俺の配下ってわけじゃない。
彼らは竜を信奉していて、この山の頂上にすむストロフライに服従しているというだけだ。
俺がそのストロフライの子分だから協力してくれているっていうだけで、俺個人にどうこうという話じゃない。
魚人族だってそうだ。
彼女たちは、自分たちが生きるための場所を必要としてここにいる。もうそこから追い出されたくないから戦うという手段を選んでいる。
カーラやルクレティアたちにしたっておなじだろう。
戦う理由なんてそれぞれだ。
それを、全員が俺のために戦ってくれてるなんて考えること自体が見当違いもはなはなだしい。
ただ確かなことは、この洞窟が、この洞窟に関わる全員にとって必要だということだ。それぞれの事情、様々な理由で。
だから、みんなが戦ってくれる。
俺はその代表者という立場をたまたまやっているというだけで。
それを利用して、この洞窟にあらたな意味をつけくわえようとしているのだ。
スラ子の生きがいという、意味を。
そんな個人的なことを企んでるやつが、犠牲がでたからってメソメソ悲しがるだなんて、そんな馬鹿にした話はない。
俺の指揮で誰かが死んだ。
俺のせいで、死んだんだ。
それは事実なんだから、その責任はしっかり受け止めないといけない。
責任をとるっていうのはそういうものだろう。
「……個人として集団を率いているわけではないと?」
「そんなカリスマあるように見えるか? 英雄だとか、そういう大層なのは他の誰かがやってくれ。俺はただ、俺のまわりの連中が生きてく場所をつくりたいってだけだ。ここがそういう場所になればいいと思ってる」
「そうやって多くの種族が集った結果、混沌とした価値観が生じることになってもですか」
忌避するような口調に、俺は肩をすくめた。
「それが悪いことかどうかも俺にはわからない。まあ、間違ってるなら滅びるだろうし、滅ぼされるんじゃないか。そうじゃないなら、そうじゃないってことだろうさ」
ヴァルトルーテの言い分はわかる。
精霊を信仰するエルフにとっては、それを基底においた価値観こそがもっとも尊いのだろう。
そうではない価値観が生まれることを、ヴァルトルーテは不安に思っている。
実際、俺も似たようなことを考えていた。
精霊をどうこうというのとは少し違うが、人間と魔物は在り方がちがうんだから、適度な距離感をもって関係しなきゃならないと。
今でもその考えが間違ってるとは思わないが、じゃあその適度っていうのはいったいなにを指すんだ?
そんなものは実際につきあってみて、ケンカしてみないとわからない。
少なくとも――洞窟のなかに一人でひきこもっているだけじゃなにも始まらないはずだ。
「あんたの言いたいことはわかる。前にいってたもんな、平凡な相手が無意識にまき散らす悪意のほうが厄介だって」
もしかしたら俺が今やろうとしていることは、それかもしれない。
竜という、精霊すら及ばない膝元でとんでもないことをやろうとしているのかもしれない。
けれど、
「だからこそ、あんたたちにも関わってほしいと思うよ。間違ってるなら、止めてくれるなり反対してくれる相手が必要だからな」
聡明な賢人族は、俺の真意をさぐるようにじっとこちらを凝視してから。
そっと息をはいた。
「……もとよりそのつもりです。自分たちと異なる意見だからと言って、それで身をひいていては今までとなにも変わりませんから」
じろりと半眼になって、
「ですから、これからも気になることはいくらでも言わせてもらいます。口うるさいと思われようが、遠慮しませんよ」
「ああ、そうしてくれ」
ルクレティアに口で対抗できるのだって、ヴァルトルーテくらいだろう。
ふとなにかの気配をかんじて視線を横にむけると、スラ子がにこにこと微笑んでいる。
「なんだよ?」
「ふふー」
抱きつかれた。
「マスター、立派になったなあと思いまして」
「子ども扱いはやめろ」
「ふふー。いい子いい子してあげましょうか?」
いいながら、スラ子はぎゅっと俺の首にまわした手に力をこめて、
「……本当に、立派です」
そう感慨深げにささやいた。
一人のリザードマンの戦死を悼んだ宴会がおこなわれ、反省会もやって。
それからまた演習と検討の日々がつづいた。
前回の戦闘で、相応の実力者も相手にできることは実証できたのだから、焦点になったのはその次の段階。
つまり、そうした実力者の集団が、いくつかのグループで侵攻してきたらという話だった。
地形の利と、結晶石を用いた部隊運用の迅速さで各個撃破するしかないのだが、相手も地形の把握をしてくるとそうやすやすとはいかない。
特に上層域の情報については、もういくらか不完全だが地図としてメジハでも出回り始めているらしい。
そうなるとどこでも自由に仕掛けるというわけにはいかなくなるし、誘引部隊の重要性もさらに増す。
司令部の運用についても、ヴァルトルーテも含めて色々と検討して、もっと効率的な方法はないかと試行錯誤しているうちに、またたく間に数日はすぎていった。
そんなある日、町にいるルクレティアから知らせがはいった。
メジハのギルドにでかけていて、血相をかえて戻って来たカーラが、
「マスター! 王都からの使者が来たって、ルクレティアが」
「いきなり来たのか。びっくりだな」
王都から使者がでたって報告はなかったはずだが、さすがにバーデンゲン商会の情報網でもすべての情報が手に入るわけじゃないらしい。
だが、カーラの驚きは俺のものとは意味がちがったらしく、耳の横から垂れる髪をぶんぶんと振って、
「あの、それで、やってきた相手が――この国の、王女様だって言うんです!」
「……は?」
俺はおもいっきりぽかんと口をあけた。