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四話 竜という存在

 山賊じみた竜が洞窟からでていくと、それまで奥にひっこんでいた洞窟の住人がおそるおそる顔をだした。

 全員が泣き出しそうになりながらこちらに駆け寄ってくる。


「ご主人! かかか、カチコミっすか! これからドスかまえた大群が押し寄せてくるんですかっ!?」


 がっくんがっくん肩をゆさぶられながら、俺は舌をかまないようにこたえた。


「落ち着け、スケル。こんな洞窟をどうにかするのに竜の大群なんていらん」

「そうですよ、スケルさん」


 にっこりとスラ子が微笑んで、


「そんなことになったら、ストロフライさんが気づかないはずがありません。きっと追い返してくれますよ」


 ……それはそれで、辺り一帯が火の海になる未来しか想像できないから勘弁してもらいたくはある。


 とにかく、まずは恐慌状態の一歩手前にいる連中を落ち着かせるのが先だ。

 泣きだしたり、祈ったり、震えて抱き合ったりしてる一人一人に声をかけながら、ふと下をみるとすぐそばにシィがやってきていた。


 俺は、不安そうに見上げる妖精の頭にぽんと手をおいて、


「シィ。ごめんな、またルクレティアのとこにいってきてくれないか」

「……はい」


 背中の羽をこすらせたシィがこくりとうなずいた。


「タイリン、一緒についてってやってくれ」


 この世の終わりみたいな悲壮感につつまれた空気は、あんまりちいさい連中にみせたいもんじゃなかった。

 いや、シィの外見はともかく、年齢は俺より上ではあるんだけれども。


「わは! わかったーっ」


 元気よく返事をしたタイリンがシィをつれ、その胸に抱かれたドラ子も一緒に洞窟の外にむかうのを見送りながら、ちょっと感心してしまう。

 タイリンのやつ、この状況でもまるでまわりの雰囲気を察した様子がなかった。あそこまでいくと逆にすごいんじゃないか。


「ご主人―! どうせ死ぬなら、せめてその前にやり残したことをやってから死にたいっす!」

「だから大丈夫だっていってるだろ! 脱がすな!」


 どさくさにまぎれて抱きついてくる真っ白魔物をひきはがしながら、少しはなれたところにいる二人のエルフに目をやる。


「悪い。せっかく遊びにきてもらったのに、とんでもないとこに居合わせちゃったな」

「いえ、それはかまいませんが……」


 ヴァルトルーテも、さすがにいきなり竜の訪問にでくわすとは思っていなかったらしく、顔が真っ青になっている。


「……本当に、竜と面識をお持ちなんですね」

「ああ。上にいる黄金竜の身内なんだよ。ちょっと前、竜の棲家につれていかれたことがあったってだけで」


 落ち着いた雰囲気のエルフがため息をついた。


「竜と普通に話しているというだけで、物凄いことですよ。シルなんて逃げ出しちゃいましたし。……来てよかったです。やっぱり、マギさんたちのことはもう少し詳しく知っておいたほうがよさそうですから」

「ああ、ルクレティアがきてから一緒に説明するよ」


 こっちも、エルフの知恵が借りられるなら借りたいくらいだ。


 なにせ“魔王災”だ。

 大陸全体に関わる話なんだから、参考になる意見はいくらでもほしい。


 それも、目の前のパニックを落ち着かせてからの話だが、


「スラ子。ちょっと鍋いっぱいに茶を沸かしてきてくれないか。お茶でも飲ませないと落ち着きそうに――スラ子?」


 声をかけると、物思いにふけっていたらしいスラ子が顔をあげて、


「はいっ、マスター。すぐに用意します」

「……ああ、頼む」


 調理場にむかう不定形をみおくる。

 エルフたちからこちらに突き刺さる視線に気づいていたが、俺は気づかない振りをしておいた。



 さて。

 説明というものの、いったいなにから話せばいいのか。


 俺がストロフライに拉致された先で目撃した竜の生態、その実際。

 あの一晩の出来事を話そうとすればかなり時間がかかってしまいそうだし、そもそも大半が思い出したくないことのような気がする。


 なので、とりあえず端的な事実からはじめることにした。


「なんかストロフライってあのグゥイリエンの娘らしい」


 沈黙。


 人間族に賢人族、妖精に蜥蜴人、魚人族に精霊と多種多様に集まった顔ぶれが一瞬、きょとんとして。

 それから口をひらいて、声をそろえた。


『はあ?』


「百年前に世界が滅びかけたのは連中の夫婦喧嘩が原因だったんだと。今度、同じようなことがあっても竜は手出ししないそうだ」


 ものすごい、沈黙。

 まあそうなるよなと周囲の反応をみまもっていると、人生に苦悩するような渋面でスケルが手をあげた。


「ご主人。そりゃなんかの冗談っすか? ゼンッゼン面白くないんですが、ふざけてます?」

「俺じゃない。ふざけてるのは竜だ、文句なら連中にいってくれ」


 俺は憮然としてこたえる。


「ギャグじゃないってことっすね」

「俺はな。竜のギャグかもしらんが、そんなのをわざわざ披露しにここまで来たとなると、それこそ完全に意味がわからん」


 というか竜って存在がギャグみたいなもんだ。

 そのくらい、竜とそれ以外の生き物とは在り方がかけ離れすぎている。


「足元の蟻の巣っていってたからな。別に馬鹿にしてるわけでもなくて、本当にそのくらいどうでもいいんだろう。大半の竜が住んでるのは、こことは違う世界らしい」

「では、百年前に助力したのも、世界を護ろうとしたわけではないと言うのですか」

「別にそんなつもりはなかったらしい。……完全に巻き込まれて、結果的に助かっただけってことなんだろうな。俺たちは」


 再び、重苦しいほどの沈黙がおちる。


 百年前の魔王災はこの世界に生きる全部の種族が当事者だった。

 そして、竜という破格の存在と俺たちを深く結びつける出来事でもあった。


 魔王竜は世界を滅ぼそうとした恐るべき存在だったが、それに味方をしたのも竜だった――それは、自分たちと竜が共に生きるという親近感、あるいは可能性をもたせたのだ。


 それが、実際にはまるでそんなことはなかったと聞かされたなら、誰だって衝撃をうけるだろう。


 平気な顔をしているのはスラ子と、それから周囲の気配をまったく察しないタイリンくらいだった。

 竜を信奉する蜥蜴人の長老やリーザさえ、表情の読み取りづらい顔にはっきりと動揺をかくせないでいる。


「……この山頂にいる竜が、魔王竜グゥイリエンと関わりあるというのは。本当なんですか」


 顔面を蒼白にしたヴァルトルーテが口をひらいた。


「さっきの竜――ストロフライの親父は、そういってたな。……こうもいってた。次、百年前みたいなことがあった時に自分たちが加勢しても結果は変わらない。どうも普通じゃないとは思ってたが、ストロフライってのは他の竜が束になっても勝てないくらい飛びぬけてるらしい」

「それは――」


 絶句するエルフにかわって、ルクレティアがつづく。


「つまり、ストロフライさんの関わる魔王災らしき事態が起こる。あるいはその可能性があるということですわね。この世界のことがどうでもよいなら、そこにある生命がどうなろうと気になる理由がありませんもの」

「そういうことだろう。俺たちは関係者、ていうかストロフライの手下だから、一応、忠告しといてやるかって感じだった。義理みたいなもんか」


 どうでもいい相手にわざわざ忠告しにきてくれたのだから、律儀ではある。


「忠告と言われても。正直どうしろって話っすよねえ」


 スケルが顔をしかめた。


「実際、ストロフライの姉御が暴れはじめたら、あっしらなんかにゃ止めようが――」


 そこで、はたと口をつぐむ。

 ちらりとスラ子をみてから、あわてて頭をかいた。


「ああ、いや、そもそもそういう事態にしちゃダメって話っすね!」

「そういうことになりますわね」


 ルクレティアがフォローをいれた。


「結局、我々のやることは変わりません。百年前の魔王災を再び起こした時点で詰みということでしょう。それをさせない為に、ストロフライさんに関わらせる前に騒動を決着させることが我々の目的なのですから」

「そうだな」


 うまくまとめてくれた令嬢のあとをついで、俺もうなずく。


「ダンジョンもだが、騒動の種になりそうなことにも気をつけていきたい。となると、まずは王都あたりが気になるが……ルクレティア、どうなんだ?」

「今のところ、王都にはっきりとした動きはありません」

「じゃあ、しばらくはまだ平和ってことかな? 実際に兵隊さんが来るってなっても、日数はかかるよね」

「その通りですが、そうとも限りません」


 ほっとしたようなカーラにうなずいたルクレティアが、


「そもそも、兵などというのは易々と動かせるものではありません。只でさえ国内での影響力が低下しており、さらには隣国では戦争まで始まっているのです。そんな状況で下手に動かしては、周囲を刺激することにもなりかねません――なにか、はっきりとした名分が必要です」


 名分。

 つまり、そこにあるのがはっきりとした悪だと、周囲に喧伝できる理由だ。


「王都が動くなら、なにか起こってからってことか?」

「それは確言できません。しかし、今の段階で多数の兵を差し向けるというのはさすがに考えられないでしょう。もっとも可能性が高いのは、少数の外交官を使節団として送ってくることでしょうか」

「探りも含めた話し合いか。……そういう動きも、まだないのか?」

「はい。使節団が組まれたという話や、そうした計画があるという報告すら。それには少し疑問に思っています。竜を相手に交渉を図ろうとするなら、ある程度の人物を選ぶはずだと思うのですけれど」


 予想以上に王都の動きが鈍いってことか?

 ……いや、勝手に判断するのは早計だろう。


「わかった。引き続き頼む。竜を狙ってくる連中は星の数ほどいるだろうが、一番ありそうなのが王都だからな」

「ええ、何か新しい動きがありましたらすぐにご報告いたしますわ」


 俺はうなずいて、周囲をみまわした。


「ダンジョンのことや、新しい編成のことで色々忙しくしてもらってるのはわかってる。大変だと思うけど、これからも頼む。……笑っちゃいそうな話だが、俺たちが上手くストロフライを抑えられるかってことに、どうやらこの世界の将来までかかってるらしいからな」


 ◇


 その夜、いつものように自室で考え事をしているところにノックされ、扉をあけると二人のエルフがたっていた。


「やっぱり洞窟のなかだと寝苦しかったのか?」

「いいえ。そうではないんですけれど……マギさん、少しお話できませんか?」


 俺は黙って二人をなかにいれた。


「あんまりうるさくしないでくれよ。起こすと悪い」


 さっきまで、洞窟では日頃の慰労とヴァルトルーテの訪問を歓迎したちょっとした宴会がひらかれていた。


 俺の部屋のベッドには、最近、宴会があるとこの部屋でつぶれるのが決まりごとになっている感のあるシィとタイリンが、水槽のドラ子と一緒に眠っている。

 二人に膝枕をして、それを介抱しているスラ子にちらりと目線をやったヴァルトルーテが、


「はい。昼間の件で少し気になることがあって」


 ヴァルトルーテとツェツィーリャに椅子をすすめてから、たずねた。


「それで。気になったことっていうのは?」


 ヴァルトルーテが木椅子に腰をおろし、ツェツィーリャはそれを無視して壁際までいって背中をあずける。表情はいつものように不機嫌顔だ。

 姉のエルフが口をひらいた。


「――どうして私たちに話したんですか?」


 なんだって?


「竜のことを、です。魔王災が起こるかもしれないという警告はともかく、ここの山頂にいる黄金竜が、あの狂竜グゥイリエンの身内だなんてことまで伝えてしまうだなんて。不味いとは思わなかったんですか?」

「まずいったってな」


 俺は肩をすくめた。


「実際そうらしいんだから仕方ない。そりゃ無理に話すつもりはなかったけど、昼間の話を説明するなら必要だろ」

「それで私たちが危機感を持つとは思わなかったんですか? あんな話を聞かされたら、里にいる他のエルフが黙っていませんよ」

「黙らなければ、どうなるんだよ。エルフが大挙して、ストロフライを討伐にやってくるっていうのか?」


 そんなことで解決するなら話は楽だ。


「エルフが喧嘩を売ったりなんかしたら、ストロフライは喜んで買うだろうな。それで百年前の再来だ。そうならないよう、俺たちはなんとかしようってしてる。エルフの連中がそっちに協力してくれるなら、ヴァルトルーテ。それこそ、あんたが求めてたことじゃないか。結果的にエルフが周囲と関わることになる」

「……まさか」


 ヴァルトルーテが眉をひそめた。


「それを狙って、私たちに話したんですか? エルフからの協力を引き出そうと?」


 ああ、そういう考え方もあるのか。


 俺は苦笑して、


「俺なんかにそんな頭がまわるもんか。話すなら、全員に話そうってだけだよ。この話を持ち帰ってから里のエルフに話すかはあんたが決めることだ。エリアルとリーザにも、種族の全員にこのことを話すかどうかは自分たちで決めてくれっていってあるしな」


 ヴァルトルーテはまだ少し警戒したような表情で、


「随分とおおっぴろげなんですね。信用してもらえるのはありがたいですけど、自分が利用されることは考えないんですか?」

「利用すればいいじゃないか」

「本気で言っているんですか?」


 驚きに眉をもちあげる相手に、


「俺だって、自分の我儘に周りを利用してる。自分はしておいて他人はするななんていうほどアホじゃないさ。ルクレティアなんて、それでとんでもないことまで企んでるみたいだし」

「……他者の思惑に、自分の思想が捻じ曲げられることになってもかまわないと?」

「そんな胸はれる、自分の思想やら哲学なんてないからな。……自分の価値観を誰かに押しつけるような確信も、ない。俺にできるのは精々、そういうのが生まれる可能性があるかもしれない土壌をつくるくらいだ」


 じっと俺をみすえたエルフが、


「随分と混沌とした価値観ですね」


 息を吐いた。


「マギさん、あなたの考えは危険です。多数の考えが集まれば、そこには争いが起きます。それを主導することもなく、多種多様な価値観が等しく共存できるというのはただの夢想ですよ」

「そうかもな」


 俺はうなずいて、


「それでも、単一の意識にまとめられた社会なんてものよりはまともに思える。世界なんて、混沌としてるもんじゃないのか」

「……それは、そうかもしれません」


 しばらく黙り込んでから、渋々といったようにヴァルトルーテがうなずいた。


「食べるものに限りがある以上。住むところに限りがある以上。争いはなくなることはないでしょう。もしそうした問題が解決したら、また別の問題が持ち上がるだけかもしれませんけれど、」

「――その究極が、竜です」


 ぽつりと。

 それまで黙って話をきいていたスラ子が口をひらいた。


「スラ子?」


 半透明な不定形は問いかけにこたえず、すやすやと寝息をたてるシィとタイリンの頭をあやすようになでながら、独り言のようにつづけた。


「死なず、飢えず、凍えず。自分たちを生んだ世界よりも強靭になってしまった、完成された個。神のような存在になった彼らは、そんな彼らだからこそなにを求めるんでしょう」


 スラ子が俺をみる。


 昼間、ストロフライの父親がのこした言葉を思い出した。


 この世界で最強の、竜が求めるもの。

 個としてほとんど完成された域にある生物が内包する矛盾、あるいは必然。


 それは多分――


「……対等の存在」


 スラ子はそっと微笑んだ。


 ……そういうことなのか?


 愕然として、俺は内心でうめいた。


 ストロフライは、スラ子にそれを求めてるのか。


 竜族のなかでも飛びぬけた、そんな自分と対等なくらい強くなることを。

 そうして、いつか自分の前に立ちはだかることをスラ子に求めているっていうことなのか。


 そのために。

 スラ子が強くなろうとするその理由のために、俺というちっぽけな存在を生かしている――


 ――“餌”。


 頭にうかんだ嫌すぎる連想に、それをスラ子に問いただそうと口をひらきかけて。

 どこか達観した表情でゆっくりと首を横にふられた。


 それはどういう意味なんだ。

 否定か、それとも口にするなってことか?


 スラ子は静かな、しかし強い眼差しでこちらをみつめて、それを確かめることすら俺にさせないまま、


「飢えなくても。死ななくても。例えなんでもできたって、結局は他者という存在が欲しくなってしまう。竜というのも、わたしたちと同じ――か弱い生き物なんですね」


 共感じみた、あるいは寂寥感にも似た響きでつぶやいた。



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