十一話 ダンジョン改装中
日中、洞窟の作業場では居場所がない俺だが、夜になるとそういうわけでもない。
主だった顔ぶれを集めての作業進捗や事故連絡、改善の提案やら今後の見通しなど。夕食をとりながら、卓をかこんだメンバーから様々な報告があがるからだ。
「えー。改装班より報告っす。本日、上層での補強作業を完了しました。明日、お時間がある時に仕上がり具合を見てもらえるとありがたいです。仕掛けの構築はその後、明日からはとりあえず班を二班にわけて、仕掛け作り班と中層補強班に分かれて作業を行う予定っすー。負傷者は一名、軽い打ち身をなさったリザードマンさんがいらっしゃるので明日は休んでいただきますー」
改装の作業責任者をつとめる真っ白い元スケルトンがいう。
けっこう適当な性格のスケルは細かい作業を自分でやるのはむいていないが、作業班の引率者としては優秀だった。人(?)使いも手慣れていて、リザードマンとマーメイドの確執も上手く流しながらまとめてくれている。
「それぞれの責任者は?」
「仕掛けの方を自分が、中層の補強はエリアルさんにお願いしようかと。なので、スラ姐かノミさんのどちらかには、お手数ですがエリアルさんの通訳についてもらえるとありがたいっす」
「資材はどうだ」
「細かい数字はちょっとわかりませんが、ざっと見た感じ、中層の途中ですっからかんって感じっすねぇ。仕掛けの方は、まだ手をつけてないんでさっぱりですー」
俺がルクレティアを見ると、手元の資料に目を落とした令嬢がこたえる。
「次回のバーデンゲンの馬車が来るのは、早くとも三日。資材の消費ペースを考えると中層の施工が終わる頃には補充が追いつかなくなる計算になりますが、仕方ありません。土台に手を抜いてしまっては元も子もありませんわ。まずは上中層を重点的に完成させましょう。上部二層があればダンジョンとしての運用は可能です」
以前は平面の奥行しかもたなかったこの洞窟だが、地下とつながることによって広大な空間を手に入れることになった。
それを用いたダンジョンの運用として、ルクレティアは全体を三つの区分にわけることを提案した。
まず上層は様子見というか、雑魚を追い返すための場所というか。このダンジョンの玄関口であり、もっとも多くの侵入者がおとずれる上層部分は、必然的に接触回数も増える。
「なら、しょっぱなからガツーンとものすごい仕掛けでおもてなしっちゃいますか」
スケルの提案に、ルクレティアは首を振った。
「ダンジョンなどというものは所詮、攻略を前提としたものです。内部に侵入した全てを悉く殲滅できるならともかく、必ずいつかは生存者が出て情報を持ち帰られることを考えれば、どのような仕掛けもいずれは露見し、対策されるものという認識を前提にしておくべきでしょう。となれば大掛かりな仕掛けを施すべき場所は自然と限られます。それが大掛かりであればあるほど、気安く取り外して付け加えることなど不可能なのですから」
「つまり、なるべく洞窟の奥でってこと?」
そうなりますわね、と令嬢がうなずく。
「上層はその為のお膳立てとして運用すべきでしょう。侵入者の戦力確認と消耗。威力偵察としての人員配置とその退却時機の見極め、退路の確保が必要です」
「なら当然、仕掛ける罠も方向性が決まるな。初見だと回避不能、バレたらおしまいってタイプよりは、バレてても回避しずらい、もし回避されてもあんまりこっちに痛手のないお手軽なやつだ。替えもきくしな」
「はい。上層の仕掛けはあくまで補助として考えましょう。もし侵入者の程度が低ければそこで追い払ってしまえばよろしいですし、手強いようでしたら損耗を主眼に深部へ誘引する。ダンジョンの主戦域、中層部へです」
ぐぐっとスケルが拳をにぎりこんだ。
「仕掛け満載っすね!」
「ええ。上層で得られた侵入者の情報を基に、地形効果と仕掛けを活用してここで敵戦力の撃退を図ります」
「となると下層は予備か?」
「まったく逃げ場のない状態での戦いというのはぞっとしません。あくまで敵撃退は上層部と中層部で行うものとして考えておきましょう。下層まで撤退しての抗戦は最終手段であるべきです」
うーむ、と腕をくんだスケルが、
「とゆーことは、上層でどれくらい侵入者さんを消耗させられるかが重要っぽいっすねぇ。……もうちょっと深く穴、掘ってみた方がよくありません?」
「深ければよいというものでもないでしょう」
ルクレティアは肩をすくめた。
「人間に可能な行軍距離と、携帯できる食料には限りがあります。無限の魔力を持つ者もいません。下手に戦線を拡大してこちらの戦力を間延びさせるより、相手の消耗具合と行動限界を見極めて的確に打撃を与えられる方が遥かに効率的です」
「自分たちで把握できないくらい広大にしすぎて、どこかにキャンプでも作られてもしょうもないしな」
「相手の退路を断つことや外部からの補給を防ぐ意味でも、我々は地の利を活かし、自分達の作った仕掛けと通路を十全に活用しなければなりません。結局は部隊運用の練度が全てです」
「……やっぱり、早めに訓練が必要だな」
リザードマンとマーメイドを主力とした部隊編成はもう考えてあったが、それが実際にどうかはやってみないとわからない。
「はい。その為にも上層と中層の完成に注力して、ダンジョンとしての運用を始めるべきでしょう」
「わかった。スケル、そういうことで頼む」
「了解っす」
「改装班から他にないか。シィ、リーザ。移住班はどうだ?」
テーブルをちょこちょこと歩こうとするドラ子をつかまえて、話し合いの邪魔にならないよう胸に抱えていたシィがちいさく首をふった。
「大丈夫、です。……今のところ、問題ありません」
「問題、ナい」
シィとリーザには、リザードマンの若手が洞窟の外で生活していく試みの指揮をとってもらっている。今は少数の若いリザードマンが、妖精族の泉で体験生活をはじめているところだった。
「ルクレティア、ギーツからの連絡は?」
「アカデミーとの経過報告、王都の動きも含めて特にありません。我々がこのダンジョンを運用するにあたって、もっとも危険な存在が王都の騎士団と魔導士団の存在ですが、この一か月以内にそれがやってくることはあり得ないでしょう。逆に言ってしまえば、安心できるのは一月程度ということでもありますが」
王立騎士団に魔導士団といえば最精鋭だ。
落ち目の王家とはいえ――いや、だからこそ、直接的な武力の確保は彼らにとって生命線であるはずだった。生半可な体制では抗えない。
「それまでに、少なくとも運用を始めとかないとな。まあ、じゃあそういうわけで明日からも作業をたのむ」
俺が話し合いをまとめようとしたところで、あっ、とスケルが声をあげた。
「どうした?」
「大切な報告があったのを忘れてましたっ」
だん、とテーブルに両手をついたスケルが、
「えー。先日より関係各位に対して意見を集めておりました、このダンジョンの“コンセプト”について意見の聞き取りを終了。それを集約した結果が大決定いたしましたっ!」
「おー!」
「ちょっと待て」
ぱちぱちぱちと拍手するスラ子の横で、俺はあわてて口をひらいた。
「なんだそれ。コンセプトを決めるだなんて話、きいてないぞ」
「そりゃご主人には言ってないっすから」
スケルはしれっとした顔でいってのけた。
俺は愕然として、
「お前……! せめて話し合いのときくらい、俺も輪にいれさせろよ! 一人だけ仲間はずれとかやめろよな!」
「ちょ、ご主人。目が怖い。目が怖いっすよ、いきなり昔のトラウマスイッチ発動させるのやめてくれませんかねぇ!」
テーブル向かいのスケルの肩をつかんでがっくんがっくん揺さぶると、顔をひきつらせたスケルに必死に反抗された。
「別にご主人をハブにしてたとかってんじゃありませんよ。だいたい、そんなもんご主人にいったら他に意見を聞くまでもなく決まっちまうじゃないですか」
「当たり前だ。そんなもん、スラ――」
「だー! それをやめろってんですよ!」
貫き手で喉をつかれた。
地味な激痛にうずくまる。呼吸もできずに悶絶する俺の背中を、よしよしとスラ子が後ろから撫でてくれた。
涙目で顔をもちあげると、びしりと白い指先をつきつけられて、
「いいっすか、ご主人。このダンジョンは地下のリザードマンさんやマーメイドさん方、それにここにいる全員が関わって作ってるんです。ご主人なんざ便宜的にそのトップってだけっす」
「お、思ってても口にしちゃいけないことを平然といいやがったな!?」
「ふふーんっすよ。ご主人が勘違いしちゃいけませんからね。びしっと言っとかないと」
こちらを見下ろした相手の眼差しがふと真剣みをおびた。
「いいですか、ご主人。このダンジョンは全員のものっす。ここにいる誰も、このダンジョンを作るのに強制なんかされてません。ですからこのダンジョンはご主人だけのものじゃありませんし、ここで起こることもご主人だけの責任でもないんです。――そこんとこ、間違えないでくださいよ」
いつものふざけた口調をおさえて、念をおすようにいってくる。
この付き合いの長い相手がなにを伝えようとしているのかをさっして、俺は息をはいた。
「……わかってるよ。別にそんな勘違いなんてしてないぞ」
「ならいいんすけどね。貧弱な肩にガラにもなく必要以上の責任感を背負ってみせて、早々と潰れてもらっても迷惑ですし」
普段の調子にもどってにんまりと笑ったスケルが、
「とゆーわけで、この洞窟のコンセプトですが。――ずばり! “スライム”に決定いたしました!」
ぱちぱち、とまばらな拍手がおこる。
拍手をしたのはカーラやシィ、それにスラ子だけで、あとの全員はほとんどなんの反応もなかった。
そのメンバーの感想を代弁して、俺はいった。
「……そのままじゃねえか」
「そのままっすよ」
スケルは平然と、
「別に奇をてらう必要もないですし。ただですね、ご主人。ここはやっぱり、コンセプトを代表する仕掛けが必要だと思うんすよ。このダンジョンといえばこれっ、みたいな」
「ほほう?」
「そこで! ご主人が長いひきこもり中に無駄に心血をそそいで完成させた、相手の衣類だけ溶かすというどうしようもなくくだらない改造スライム――通称エロスライムの群れが満杯の落とし穴を、上層のメイン仕掛けとして用意したいと思うんですかいかがでしょう!?」
「よっしゃ採用!」
いえーい、とハイタッチをしてからふと我にかえると、ひややかな眼差しが周囲からむけられていた。
「……別によろしいのではありませんかしら」
代表したルクレティアが冷え切った顔と声で口をひらいた。
「やってくるのはほとんど殿方ばかりだと思いますが。ご主人様がそれを楽しめるご趣味をお持ちなら、止めはいたしません」
「問題ないっすね!」
スケルは晴れやかにうなずいた。
「ご主人が楽しめなくても、あっしが楽しめるんで! むしろそれがイイ!」
「ちょっと待て」