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十話 祖母と孫と遠くて近い明日のこと

「――それで。あんたはいつまでそうしてるつもりなんだい」


 騒々しい昼食がおわり、食後のお茶をのみながらゆっくりしていると、婆さんが口をひらいた。


「そんなにすぐ追い出すなよ。いわれなくても、もうちょっと休んだらでていくさ」

「そうじゃないさ。いつまでそんな中途半端なことをやってんだいって言ってるんだよ」

「中途半端?」


 リリアーヌ婆さんが肩をすくめて、


「ここしばらく町に姿をみせてないと思ったら、最近また外れの開墾なんてやってるそうじゃないか」

「ああ。そりゃ、そういう決め事だったからな。おたくの町の次期長からも春先には間に合わせろっていわれてるんだぜ」


 タイリンとの戦闘でメジハの麦を台無しにしかけた罰則として、町会できめられた内容が町外れの開墾に従事することだ。

 ルクレティアは来年から、そこで麦作以外にも色々とやっていくことを考えているらしい。アカデミーにいって留守にしていた分、これから遅れを取り戻さなきゃならない。


「そうじゃなくてね」


 婆さんが頭をふった。


「畑を耕すのはいいさ。……あんたがこの町に関わっていこうってんなら、もっとやり方ってもんがあるだろうって話だよ」


 この町に関わる?


「察しが悪い男だね。この町に住んだらどうだって言ってんのさ」

「……ああ、そういうことか」


 ようやく相手のいいたいことが理解できて、俺は婆さんから、両手でつつんだ手元のコップに視線をおとした。


「いつまでも自由人気取りでもないだろう。町に仕事がないなら、この店で働きゃいい。家ならカーラに貸してた部屋があるさね。あそこに二人して住んじまえばいいだろう」

「ここで働くってなると、えらくこき使われそうだなぁ」

「それが嫌なら、自分で職を探すことだね。ルクレティアが色々やろうとしてるんだろう。ギルドにでもいけば、なんとか食いつなぐくらいの仕事はあるはずさ」

「ギルドなんて入ったらイジメられそうだ」

「ふざけてんのかい」


 眉をつりあげかける婆さんをみて、俺は頬をかいた。


「そういうわけじゃないって。でも、やめとくよ」

「まだ外でフラフラしてたいってわけかい」

「そうじゃなくて。――ただ、俺って魔物だからさ」


 それをきいた婆さんが眉をもちあげて。

 息をはいた。


「……なんだい。ようやく、中途半端をやめようってとこだったのかい」

「やっぱり驚かないんだな」


 年をとると大抵のことじゃ驚かなくなるっていうが、目の前の反応はそれだけじゃない。


「そりゃあね。わざわざ集落の外で暮らそうとするなんざ、普通じゃない。それを五年もなんてよほどの風変りか、それともそういう素性かだろうさ」

「まあ、そりゃそうか」

「町の連中は、どこかの集落の爪弾き者だとでも思ってるんだろうけどね。近くの洞窟に住みついてるなんて気づいてる奴はいないだろうから、安心おしよ」

「そこまでバレバレか」


 婆さんは得意がるでもなく、


「前にルクレティアのことで色々あったろう。調査隊やらなにやら。あんなことがあって、気づかないわけがないじゃないか」

「おみそれしました」


 さすがの年の功というべきか。


 俺にとって意外だったのは、そのことに感づいていた婆さんが今まで黙ってくれていたことだったが。それもわざわざ聞くまでもなく、理由はちょっと考えたらわかる。

 なんだかんだ、俺のことも気にかけてくれていたのだ。この婆さんは。


「ありがとうな、婆さん」

「なにがだい」


 婆さんはおもいっきり顔をしかめてみせた。


「あたしはなんにもしてないよ。なんにもしてないことで、お礼を言われる筋合いなんてないよ」

「……なんにもしなかったことで、お礼をいわれることだってあるさ」


 そっぽをむいていた婆さんがちらりとこちらをみて、


「どうだろうね」


 ゆっくりと頭をふった。


「なんにだって口をだせばいいってわけじゃないことくらいわかってるさ。自分で体験しなきゃ物事の辛さなんてわからないし、言ったら言ったで、次からは教えてもらえることを当たり前だと思っていくらでも甘え腐るからね。あんたみたいなだらしない男の場合、特にそうさ」


 左様でございますか。


「……だけど、そういうのも結局、ただの甘えってことになるからね」


 ん?と俺は首をひねった。


「どっちの話だ?」

「どっちもさ」


 婆さんは肩をすくめた。


「甘やかすわけにはいかないから、なにもしない。それでいいんだなんて決めつけてる時点で、そっちも甘えてるんだよ。誰だって甘えてるし、甘えられてるもんだ。誰かとの関係なんてそんなもんだろう。それができないなら、四六時中、誰を相手にしてる時だってピリピリしてないといけなくなるからね」

「……それはなんか、胃に悪そうな関係だな」

「ああそうさ。だから、鈍化するのさ」


 鈍化?


「俺はあいつのことをわかってる。あいつも俺のことをわかってくれてる。そうして皆が皆、誰かや何かに甘えてんだよ。信頼とか、愛情だとか。そういう耳触りのいい言葉を使ってね」


 ――脳裏に、誰かの顔がうかんだ。


 俺は顔をしかめて、


「じゃあ。信頼とか、愛情とか。そういうのはダメなのか? 別にいいじゃないか。安心できるって相手が、そう思える相手がいるってことが悪いことだなんて思わないぞ」

「そうとも」


 婆さんはあっさりとうなずいた。


「それでいいのさ。甘えるってことは、認めるってことだろう。……知ってるかい。子どもはね、生まれた時にはなにも認めちゃいないんだ。母親の身体からでてきたばかりの時は、もう周り中が恐ろしくって、だからわんわん泣き叫ぶんだよ。怖い、いらない。安心して眠れる、自分が思いっきり甘えられるお母さんのなかに戻しておくれ。ってね。それから、ちょっとずつ外にふれることで、わかってくる。おや、どうやらこの世界もそれなりに安心できるようだ。安心していいんだなって――甘えられるようになるのさ」


 婆さんの話をききながら、俺はアカデミーでアラーネ先生から教えてもらった言葉をおもいだしていた。

 愛着という、うまれたばかりの赤子が近しい相手にもとめるもの。


「年をとるってことは、自分以外の何かを認められるようになることだよ。生きるってことは、甘えられるものを探すってことなのさ。だけど、自分の甘えられるものが、他人も甘えられるものとは限らない。自分が甘えさせてくれるだろうって思ったことが、相手もそう思ってるとは限らないから、すぐ喧嘩になっちまう。相手はわかってくれるはず、相手も自分ときっと同じ考えのはずだなんて、“甘え”てね。……甘えていいけど、甘えちゃいけないのさ。甘えながら、甘えないことだよ。人生なんてそんなもんさね」

「……むずかしいな」

「いい年して家庭も持ってない若造に話すには、ちょっと早かったかね」


 意地悪そうに口をゆがめたリリアーヌが、


「あたしもね、甘えてたんだよ」


 ぽつりといった。

 ひどく、年齢をかんじさせる声で。


「……旦那が死んで、ひっそりと余生をすごすつもりでここに暮らしてたけどね。結局、あたしは線をひいてたってだけさ。この町と自分とのあいだにね。だからずっと、傍観者気取りだったんだ」

「カーラのことか?」


 となりの流し場で洗い物をしている少女のほうを気にしながら、俺はたずねた。

 リリアーヌは肯定か否定か、あいまいに首をふって、


「カーラのことだけじゃないよ。あの時、この町が魔物に襲われた時も。ルクレティアのことも、なにもかもさ。――仕方ない。しょうがない、で済ませてきたんだ」


 落ち着いた声からにじむように、後悔がふくまれていた。


 それなりに長い付き合いだけど、そんな台詞をこの婆さんが口にするのなんてはじめてだったから。

 俺はおどろいて声をうしなって、それをあわててごまかすようにとりなした。


「誰だって、自分ひとりでやれることなんて限られてるだろ」


 婆さんひとりが気を吐いたところで、メジハの閉鎖的な在り方がかわったとは思えない。婆さんが表にたってカーラをかばってしまえば、それで問題が解決したかなんてわからないんだから。


「そうだね」


 婆さんは力なく笑った。


「……ようするに年をとったってことなんだろうよ。年をとったってことで、また自分に甘えてるんだ。そして、それじゃ駄目だろうって思える気概すら、この老いぼれの身体にはもう残っちゃいないのさ」


 俺は口をつぐんで相手をみやった。


 ――はじめて、目の前の相手が年相応の年齢にみえた。


 五十年、六十年、あるいはもっと。

 俺の今までの人生の倍以上をすごしてきて、すべてに疲れ果ててしまったような。疲れ果てて、なにもかもを許容してしまおうとしているような、そんな姿に。


 ……まるで、死ぬことすら。


 自分のその連想にぞっとして、


「……やめてくれよ」


 俺は口をひらいた。


「いきなりなんだよ、遺言みたいなこといいださないでくれ。熱のせいで弱気になってるのか? らしくねえよ。大丈夫だって、あんたさっき、おかわりだってしたじゃないか。あれだけ食欲あればすぐ元気になるさ。風邪なんて――」

「あたしはもう十分生きたさ」


 突き放すように、婆さんはいった。


「別に今日、明日死ぬってわけじゃない。それに、生きるか死ぬかなんて大したことでもないんだよ。毎朝毎晩、思うからね。ああ、まだ生きてる。まだ生きれた。その繰り返しさ。今さら明日死ぬことになろうが、驚きゃしないよ」


 ただ、とちいさな呼吸でつづける。


「……心残りがないってわけじゃないからね。やっぱりそれは、未練なのさ」

「それが、カーラやルクレティアや。この町のことなのか」


 婆さんは答えなかった。

 締め切った木窓をながめる。


 ――その達観した表情に、かちんときた。


 俺はベッドの反対側にまわると、家主の了解もとらずに、締め切られた木窓を押し開けた。

 光と風。そして身を切るような寒さが肌にふれる。


「なんだい。閉めとくれよ、寒いじゃないか」

「……婆さん、あの連中がみえるだろ」


 視界の遠くで、数人が駆け回っている。

 それはタイリンと、ギーツの街で暗殺者ギルドに使われていた数人の子どもたちだった。


 ギーツからつれてこられた彼らは今、ルクレティアの家で保護されている。

 アカデミーで特殊な技能をもたされ、かたよった教育をうけてきた彼らをそれまでと異なる環境になじませるのには時間が必要だった。


「カーラからきいてないか? ルクレティアが、あの連中にこっちの常識やら、最低限の教育やら教えるための学校みたいな場所を計画してるんだ。あいつら以外にも、この町の子どもたちも受けさせられるように。もちろん、そんなのはそれぞれの家庭の生活に余裕がないとできないから、それができるだけの農業の効率化だとか、そういう難しいこともあわせてやってくつもりらしい。元々、それはカーラがいいだしたことで、だからカーラも協力するって話になってる」

「……へえ。知らなかったね」

「他人事みたいにいうなよ。婆さんだって関係あるんだぜ」

「あたしが? なんのことだい」


 眉をひそめる相手に、当然だろうと大きく頭をうなずかせて、


「当たり前だろ。学校ったって、生徒ばっかりいても意味ないだろ。誰が教えるんだよ、あの連中に」

「ルクレティアがいるだろう」

「ギルドのトップで、そのうち町長も継ぐのにか? さすがに無理だろ」

「……なら、あんたがいるじゃないか」

「俺か? 馬鹿いうな、俺が教師なんてなってみろ」

「なったらなんだい」

「――威厳がなさすぎるだろうが」


 それまでこちらの会話をみまもっていたエルフと精霊が、ぷっ、と吹きだした。


「笑うな! ……カーラもダメだ。自分も一緒に学びたいっていってるからな。ようするに、学があって、暇で、ガキどもを叱り飛ばすくらいの怖―い教師役が必要なんだ」

「それを。あたしにやれってのかい」

「ああ、そうさ」


 俺は腕をくんだ。


「ほんとに人間かよってくらい長いこと生きてきて、そのあいだひたすらため込んできた知識やら悪知恵やら。どうせやってる道具屋は、ほとんど誰もこないくらい寂れてて年中暇だし、そのうえ、性悪のエルフだってビビらせるくらいの迫力だ。そんなもん、あんた以外の適役なんてこの町にいるわけがない」

「知らないよ。嫌なこった、今さらそんなことに駆り出されるなんて――」

「婆さん、あんた言ったじゃないか」


 渋面の婆さんにいわさないうちに、たたみかける。


「カーラのこと、ルクレティアのこと、この町のこと。これは、それなんだよ。これからこの町は変わるんだ。あんたが気にしてた二人が、変えるんだ。……カーラには魔物の血がまじってる。でも、だからカーラは人間だって魔物だって、誰とでも仲良くなれるんだ。ルクレティアだって。あの究極の利己主義者はな、人間だろうが魔物だろうが関係なしにこの町をよくしようとしてるんだよ」


 ふと、流し場の音がとまっているのに気づいた。

 そして大声をだしている自分の恥ずかしさも自覚して――ええい、今さらと羞恥心を振り払う。


「あんたが気にかけてた孫娘たちが、それをやろうってんだ。もちろん俺も下っ端として働かせてもらうさ。それを、まだ生きてるあんたが、他人事みたいに素知らぬ顔なんてするのか。それこそ、“甘えんな”って話じゃあないのかよ」


 皺のたるんだ眼差しで、じっと婆さんが俺をみつめてきた。

 ため息をはく。


「……あんたに発破をかけられる日がくるなんてね。情けないやら、悲しいやら」


 やれやれと頭をふって、もう一度深い息をはきだした。


「もういい。わかったよ」

「……なにがわかったんだよ」

「うるさいね。わかったって言ってるだろ。調子にのるんじゃないよ」


 ぎらりと目つきをするどくする。

 その眼力にビビりながら、いつもの婆さんの調子がもどっていることに俺はほっとしていた。


「わかればいいんだよ。今日はこのくらいで勘弁しといてやる」

「まるっきり雑魚の悪役な台詞ダネ」


 うるせえよ。


「じゃあ、そろそろいくよ。うるさくして悪かったな。婆さん、お大事に――」

「待ちな」


 逃げ出すように扉にむかって、背中からかかったドスのきいた声に、俺は恐る恐るうしろをふりかえった。


「なんだよ。調子にのって悪かったよ」

「うるさいよ。そんなことじゃないさ――棚の右側、二番目の奥だ」

「は?」

「棚の右だよ。いいから早くしなっ」


 怒鳴るように命令されて、俺はあわてて部屋棚までむかうと、その二番目の引き出しをあけた。


 なかには綺麗にたたまれた衣服が詰め込まれている。

 その奥、ということで手をつっこんでみると――指先になにか硬いものが触れて、俺はそれを引き出しの奥からひきずりだした。


「これは、」


 短剣だった。

 別に凝った意匠でもなければ、高価な材質を使われているわけでもなさそうな。ありふれているとまではないが、そこそこ大きな町にいけば手に入りそうな一振り。


「やるよ」

「……くれるのか? なんで。これ、すっごい魔法道具とかなのか?」

「馬鹿だね。抜いたらわかるだろ、なんの価値もない、ただのどこにでもある短剣さ。売ったって大した金にもなりゃしない」


 そっと刃をだしてみると、たしかにいわれたとおり、マナの気配もない、普通の鉄製だった。ただし、ひどく念入りに手入れされていることだけは一目でわかる。


「だったら、なんで」

「形見分けだよ」


 俺は思いっきり顔をしかめた。


「なんだよそれ。冗談にしてもタチがわるいぜ。だいたい、あんたまだ生きてるじゃないか」

「あたしのじゃない。旦那のさ」

「旦那さんの?」


 旦那の形見もなにも、俺はリリアーヌの旦那さんと面識さえないわけだが――喉元にあがった疑問を、俺はよく磨かれた刃の輝きで納得させて、のみこんだ。


「……じゃあ、もらっとく。サンキュ、婆さん」

「ああ。手入れ、サボるんじゃないよ」

「わかってるよ」


 そっと刃を鞘に納めようとして、その前にもう一回、確認する。

 ――吸い込まれそうなくらい念入りに手入れがされている刀身だった。きっと、この持ち主が亡くなってから、ずっと大事にされてきたのだということがわかる程に。


 たしかに、これには。価値なんてつけられない。


「……ほんと、どうせすぐに愛想なんて尽かされるに決まってると思ってたんだけどねぇ」


 しみじみとした口調で、婆さんがいった。


「カーラか? ……明日にでも愛想つかされるかもしれないぞ」

「そうしてくれるとありがたいね。どうせならもうちょっと甲斐性のある男とくっついてほしいもんだ。こっちは早いとこ、可愛いひ孫の顔がみたいんだからね」

「気のはやい婆さんだな。……カーラ、帰れるか? 俺たちはでるけど」

「――あっ、はい! じゃあ、ボクも」


 流し場からカーラがやってくる。顔が赤くなっていた。


「んーじゃあね、お婆ちゃん! お大事にネ!」

「じゃあな」


 エルフと風妖精の二人が外にでるとき、あ、となにかを思いついたシルフィリアが文字をかくように人差し指をおどらせた。


 緑色のマナが部屋にながれこむ。

 そのまま、ただようように宙におちついた。


「楽しかったお礼! これでしばらく悪い風は来ないヨ!」

「ありがとよ。またおいで。あんたもね、ツェツィ」

「……気が向いたらな」


 ぶっきらぼうな台詞でツェツィーリャがでていく。

 その後ろに俺もつづきながら、ふりかえって舌をだした。


「それじゃあな、婆さん。ひ孫ならそのうちみせてやるから、それまで長生きしてくれよ」

「馬鹿いってんじゃないよ」


 婆さんは、ふんと鼻先でこちらの軽口をわらいとばした。


「ひ孫から恋の相談されるまで、あたしは死にゃしないよ。いいから、さっさと帰って子どもの一人や二人でも仕込んできなってんだ、この馬鹿孫が」


 まるで死にそうにない台詞に、俺は安心して肩をすくめて。

 隣では、カーラがますます顔を真っ赤にしていた。



「カーラ。しばらく、婆さんの看病みてやってくれないか」


 洞窟への帰り道をあるきながら、俺は隣をあるく相手にむかってたのんだ。

 カーラは、まだ少し頬の赤みがとれない顔をにっこりとして、


「そうさせてくださいって、ボクから言おうと思ってました」

「うん。多分、大丈夫だとは思うけど。長引けば長引くほど、足腰だって弱っちゃうしな。それで、」

「それで、なんです?」


 カーラが小首をかしげる。


 それをちらりとみて、


「――カーラの実家って、メジハから数日とかだったよな」

「え? あ、はい。そうですけど」


 いったいなんの話だろうと眉をひそめる相手に、俺はうんと頷きかけた。


「リリアーヌ婆さんの体調がよくなって、こっちも余裕が出来たら。忙しくなる前に、カーラの家にいってみようか。婆さんも連れて」

「え、ええっ?」


 足をとめたカーラが驚いた表情でこちらをみあげた。


「それは、――別に、大丈夫だとは思いますけど。でも、どうしていきなり?」


 緊張した上目遣いでたずねてくる相手に、


「いや、婆さんだって会ってみたいかもしれないし。それに、俺だって雇用主として、やっぱり挨拶しとかなきゃ駄目だしな。いい機会だと思ってさ」


 きょとん、とまばたきしたカーラが、ほうっと息をはいた。


「どうした?」

「――いえ。ちょっと安心して。わかりましたっ。ご案内します、お婆ちゃんも一緒に」

「うん、そうしよう」


 嬉しそうな残念そうな顔のカーラにうなずいて、俺は洞窟への歩みを再開させた。


 カーラの表情の意味だったり、そのことに触れないようなしたことだったり。


 色々と思うところはあるわけだが、とりあえず。

 やろうと思ついたことは、やっておいたほうがいいはずだ。


 そう思った。

 ――人生なんて、短いのだから。



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