九話 口の悪いエルフと道具屋のリリアーヌ
「……リリアーヌの婆さんが?」
振り上げかけていた鍬の手をとめて、俺は目の前の相手をみつめた。
両耳の横に長くたれた遅れ毛を揺らしながらカーラがうなずいて、
「ただの、風邪みたいです。そんなに酷くないって、本人は言ってるんですけど」
俺が洞窟で暮らすようになってからずっと世話になっているメジハの道具屋の店主、リリアーヌ婆さんはかなりの年輩だ。
正確な年齢はしらないし、俺がきいても多分ナイフを投げられて終わるだろうが、すくなくともあの町では最高齢の一人であることはまちがいない。
病気の治療は回復魔法でもむずかしいといわれる。
それは、いったい身体のなかのなにを促進させて、どれを抑制させればよいかがわからないからとされていて――ともあれ、ただの風邪ならしっかり栄養をとって、ぐっすり寝ていれば良くなるものではあった。
けれど、カーラが心配する気持ちはよくわかる。
それがちょっとした風邪でも、赤子や老人はそもそもの体力がないし、体力っていうのは寝たきりでいるとどんどん低下する。アカデミーのあとの俺がそうだったように。
特に病気をしたのが年寄りの場合、一度寝込んだだけですぐに足腰が弱くなってしまう。
それまで年齢を感じさせないくらいピンピンしてたのに、一回の病気ですぐに寝たきりになって、そのまま嘘みたいに衰弱していって死んでしまう。
そういうことだってざらだ。
カーラにとって、リリアーヌはメジハで一番の親交があった相手だ。
家計をたすけるために親元をはなれて冒険者をめざし、魔物まじりと町中から嫌われていた自分をずっと気にかけてくれていた人物。
ほとんど身内のように慕っていた相手が病気になって、平静でなんかいられるわけがない。
「わかった。……カーラ、こっちはいいから婆さんについててやってくれ。あの偏屈な性格だ、町の人間の世話なんてうけないだろうし、なにか滋養にいいもんでも作ってやってくれよ」
カーラがぱっと顔をかがやかせた。
命の恩人にするみたいに、深々と頭をさげてくる。
「ありがとうございますっ!」
「お礼をいわれるようなことじゃないだろ」
俺は苦笑して、
「俺も午前の分の作業をおわらせたら、顔みせにいくから。持ち合わせあるか? 大丈夫だって、カーラの顔みたらすぐ元気になるさ」
「大丈夫ですっ。マスター、本当にありがとう!」
いそいで町にむかって駆け出していく背中をみおくって、俺は手にもった鍬をにぎりこんだ。
振りかぶって――振り下ろす。
少しでもはやく今日の分のノルマをこなそうと、黙々と目の前の作業に没頭していると、
「――意味がわかんねえな」
声。
そちらに顔をむけると、近くの岩に腰をおろした銀髪のエルフがつまらなそうにこっちを眺めている。
「手前はなんでこんなとこで土なんかイジってやがる。暇人かよ」
「エルフだって農作業くらいやるだろ」
かいたあぐらに肘をついたツェツィーリャが、ふんと鼻をならした。
「他にやることはねえのかって話だ、ボケ。トカゲやサカナが洞窟であれこれ忙しくやってるって時に、その親玉の手前がどうしてこんなとこでのんびり鍬なんぞ振ってやがる」
「俺があそこにいてもやることがないからな」
俺は肩をすくめた。
現在、洞窟の改装はかなりの急ピッチですすめられている。
主だった連中を集めて話し合い、方針を決定する。それにむけて詳細な計画を策定するのがルクレティアで、その指示をうけて実際に作業しているのは蜥蜴人族に魚人族。スケルやシィなんかがそれを監督するといった形ですすんでいるが、そのなかで俺が関わっているのは最初の方針決定だけだ。
あとはやることがない。そして居場所もない。
非力なうえに魔法力もない俺なんか、怪我されても困るからいるだけ邪魔といった感じだった。
は、とエルフが口の端をつりあげて、
「手前なんぞにできるのは、こんなところで土イジリくらいってわけだ」
「そういうこった」
洞窟にいる面々は、偉い立場は指示だけだしてあとはふんぞりかえっていればいいなどというが、だからって、ただ座ってたりスライムちゃんたちを鑑賞したりしてても身体がなまってしまうだけだ。
だったら、こんなところでリハビリかトレーニングもかねて、鍬でもふるっていたほうがいい。
それに、考え事をするのにも外はいい。
土は掘れても岩は掘れない非力な身でも、考えることはできる。そして、考えなきゃいけないことなんて腐るほどあるのだから。
「ツェツィーリャ。お前こそ、こんなところでなにやってんだよ」
「オレは手前の護衛だ」
「知ってるよ。じゃあ、俺が洞窟に戻ったらお前も洞窟の工事を手伝ってくれるのか?」
「バーカ。どうしてオレが手前らの作業を手伝わねえとならねーんだよ。死ね」
「……だったら、俺がどこでなにしてようが変わらないだろ」
ふっと一陣の風がふいて、ツェツィーリャのそばに風精霊が姿をあらわした。
「ダメダメ。ツェツィにエルフらしい勤勉さとか、そういうの求めてもムダだよー、精霊喰らいのマスターくんッ」
「シル、黙ってろ」
「エルフの里でも、周りの言うことを聞かないで好き勝手ばーっかやってたんダヨ。ああしろ、こうしろって口うるさい長老連中に反抗ばーっかしてネ。もう、生まれながらの反抗期っていう?」
「だろうな」
「余計なこと言うんじゃねえ」
ぎろりと精霊をにらみつけたエルフが、目つきの悪い眼差しをこちらにむけた。
「なんだ。文句あっか、ボンクラ」
チンピラかよ。
「別に。それより、そのボンクラっていうのやめてくれ。俺の名前は――」
「私の名前は魔法使いです、ってか? はっ、手前にはボンクラがお似合いだ、ボンクラ」
俺は肩をすくめて、それ以上のやりとりをあきらめた。
「気にしないでいいヨ――」
耳元にくすぐるような声がささやく。
体重のないままこちらにしなだれかかるようにしてあらわれた精霊が、こっそりと耳打ちしてきた。
「ああ見えて、本人もキミにはけっこう感謝してるんダヨ。こないだのアカデミーのこととかね。護衛って言ってるのも結局それサ。壊滅的に素直じゃないから、悪態しかつけてないけどネ」
「気にしてないさ。護衛だって、まあありがたい話だしな」
口にしてから、俺はふと気になって小声でたずねた。
「……シルフィリア」
「なーんダイ」
「俺のまわりには――今も。スラ子の気配ってあるのか?」
今、俺のそばにスラ子はいない。
洞窟で作業の様子をみてくれている。
俺の近くにいなくとも、スラ子が意識的か、あるいは無意識に俺の周囲をつつみこむ無形の加護。
それはスラ子のきわどい在り方を端的にしめす代物だった。それから色々とあって、あるいはそれにも変化があったのではないかと思ったが、
「バリバリあるヨー」
そっか、と俺は息をはいた。
「まー、しょうがないんジャン? 意識的ならともかく、本能でそれなら本人にだってどうしようもないってもんデショ。キミらだって、息を吸うのはやめられないし、心臓だってとめられないんだし」
風精霊からきかされた言葉が意外におもえて、俺は目をまばたかせた。
「なぐさめてくれてるのか?」
「んなわけないジャン!」
風精霊の顔がずいとちかづいた。
「あたし、キミのことを許したつもりも、“アレ”と仲間になったつもりもないからネ。……精霊喰らいなんて、絶対に許さない。許せない。許しちゃいけないンダ」
「……わかってるよ」
殺意をやどす精霊の瞳に、俺はそっとうなずいた。
「なあ、シルフィリア」
「なにサ」
「今夜とかに、うちの洞窟にいるノーミデスも一緒に話をきかせてくれないか。色々、ききたいんだ」
「あたしなんかに聞かなくても、“アレ”に聞けばいージャン」
俺は黙って首をふった。
たしかに今のスラ子は、普通の精霊よりたくさんのことを知っているかもしれない。
でも、スラ子は精霊じゃない。
それに――きっと、自分の知っていることをすべて話してもくれない。
もちろんそれは、スラ子に悪意があっての話じゃなかった。逆だ。
「精霊っていうものの立場が知りたいんだ、もっと詳しく」
精霊とマナとの関わりや、それ以外についても。
ちらりとこちらをみた風精霊が、
「――ヤダ」
「……わかった」
「冗談ダヨ」
シルフィリアが舌をだした。
「いいヨ。教えてあげられないことだってあるけど、ヴァルがもうけっこう言っちゃってるし。その方が、“アレ”の危険性だってわかってもらえるだろうし」
ただし、とつづける。
「あたしだけじゃなくて、ツェツィも一緒にネ」
「わかってるよ。契約相手の同意なしになにかを聞き出そうとなんかしないさ」
「そーじゃなくて」
風精霊はもったいつけるような表情で人差し指をもちあげて、
「――ツェツィは寂しがりだから、仲間はずれにしちゃ拗ねちゃうんダヨ」
意味ありげな視線をおくる。
俺もつられてそっちをみやって、
「おい、手前ら。さっきからコソコソなに話してやがんだ。ぶっ殺すぞ」
不機嫌そうな渋面のエルフに、ほらネ、と風精霊が肩をすくめた。
「なにしに来やがったんだい。とっとと帰りな、この穀潰し」
休みの看板札がさがった店にはいり、その奥にある扉をあけた瞬間。
ベッドのうえから飛んできた罵声に俺はうんざりと頭をふった。
「どいつもこいつも……」
「なんの話だい」
「なんでも。なんだよ。元気そうじゃないか」
「当ったり前だろう」
道具屋の店主リリアーヌは、皺くちゃの顔にいっそう皺を深くきざみこんで、
「ちょっと朝から熱っぽいってだけさね。それなのにカーラが勝手に心配して、人を病人扱いして。こっちはいい迷惑だよ――」
憤懣やるかたないといった表情で布団から這い出ようとするのに、
「ダメだよっ!」
向こうの部屋から顔をだしたカーラが、眉をつりあげて声をあららげた。
「ちゃんと寝てて! マスターも、扉をしめてくださいっ」
「あ、はい」
かなりの剣幕で叱られてしまい、あわてて後ろの扉をしめる。
リリアーヌの婆さんと目があう。
やれやれと頭をふって、婆さんは布団のなかに戻った。町でも店でも尊大な態度の婆さんだが、“孫”を相手にするときだけは甘かったりする。
「……なんだよ」
じろりとねめつけるような視線に、俺はにんまりと微笑んで、
「ちゃんと寝てなきゃ。おばあちゃん」
――カッ、と耳元にナイフが突き刺さった。
さっと血の気がひく。
「……ベッドに投げナイフなんて持ち込んでるんじゃねえ!」
「護身用だよ」
ほとんど身動きすらとらずに手首だけで投げてきやがった。とんでもない婆さんだ。
「またカーラに怒られてもしらねーからな。怖いんだぞ、カーラが怒ると。すっごい怖いぞ」
「うるさいよ。さっさとそのナイフを抜いてこっちによこしな」
「自分で投げつけといてそれかよ」
俺がぶつぶつと文句をいいながら婆さんにナイフを手渡すと、そのお礼をいわれるより先に顔をしかめた婆さんが、
「なんだい。汚れちまってるじゃないか」
「さっきまで鍬ふってたんでね」
「病人の家にそのままやってくる奴があるかい。さっさと手を洗ってきな」
「へいへい」
俺は口答えせず、流し場につづく扉へむかった。
「カーラ。ちょっと手をあらわせてくれ」
「あ、はい。じゃあそっちの桶のやつで。ちゃんとうがいもしてくださいね」
「あいよ」
汲み置きの水をつかって手をあらい、のどをゆすいでから気づく。
「カーラ、そのエプロンは?」
「おばあ――リリアーヌのです。おかしいですか?」
恥ずかしそうに小首をかしげる。
「いや、似合ってる。……そういやうちって、エプロンもないもんな」
うちの食卓に毎日ならぶものは、大抵スラ子かカーラがつくってくれる。他のメンバーが係になることもあるが、この二人のつくるものなら大抵うまかった。
逆にひどいのはスケルだ。
手先が不器用ってわけでもないのに、すべての要因は雑なことだろう。本人いわくキャラを大事にしてるとのことなのでいうべきこともない。
「マスターもお昼、食べていきますか? お粥つくったんです」
「ああ。じゃあ、もらう。量は大丈夫か?」
カーラはにっこりと笑った。
「いっぱい作ったから大丈夫です」
「了解。手伝うことは?」
「あ、テーブルの準備をお願いします。そうだ、ツェツィーリャさんは食べないかな……」
護衛といって俺がいく場所についてきているエルフだが、店には足をふみいれようとしなかった。
「どうだろうな。ついでにきいてくるよ」
「お願いします」
外にでてフード姿をさがしてみるが、どこにもみあたらない。
俺はちょっと考えてから、そっと短い言葉をくちずさんだ。
「……ツェツィ」
カッ、と足元に弓矢がつきたつ。
「勝手に人を愛称でよぶんじゃねえ」
屋上から顔をのぞかせたエルフが、すごい顔でみおろしてきた。
「よう。昼飯、食おうぜ」
「ざけんな。誰が手前ら人間どもの家で――」
「護衛なんだろ。このなかにいる婆さんは凶暴なんだよ。屋上で日向ぼっこしてるあいだに、俺が死んでても知らねえぞ」
顔をしかめたツェツィーリャが、しばらくの沈黙のあとにひらりとおりてくる。
素直でよろしい。
「……あんま調子にのんなよ、ボンクラ」
「はいはい」
肩をいからせてすごんでくる相手を受け流しつつ、俺は店の扉をひらいてエルフを誘導した。
シルフィリアじゃないが、だいぶこのエルフの扱い方もわかってきた気がする。
うさんくさい道具がずらりと陳列される店内の様子に、顔をゆがめたエルフが歩いていくうしろから、声をかける。
「ああ、ツェツィーリャ」
「んだよ」
ぎろりとにらみつけてくる相手に、
「ちゃんと手あらえよ。寝込んでる婆さんから投げナイフくらいたくなければな」
「うっせ。知るか、どんなババアだ」
吐き捨てるようにいったエルフがドアノブに手をかけて、扉をあけたほとんど次の瞬間。
その顔のほとんどすぐ横を、ものすごい勢いでナイフがとおりすぎていった。
思わず硬直するエルフに、俺は肩をすくめた。
「そんな婆さんだよ」
というわけで、今日の昼飯は道具屋のリリアーヌ婆さん宅で、俺とカーラ、ツェツィーリャ、家主の婆さんという顔ぶれでとることになった。
どんな面子だ。
あまりの物珍しさに、それを見学しようとシルフィリアもわざわざ姿をみせて天井あたりからこちらをみおろしている。
その精霊はいかにもニヤニヤした表情。
まあ、俺も他人事なら確実にそんな顔になっていただろうが、実際に食卓にすわる身でそんなことをしたら命がない。
「あ。これ美味いな」
「おかわりもあるから、いっぱい食べてください」
カーラが用意したのは病人でも食べやすい乳粥で、具には栄養分のよさそうな肉や野菜が柔らかく煮詰められていた。
保存のきかなそうなものも多いから、多分、看病にくる前に町で材料をかいこんできたのだろう。
「カーラ、これ」
「はい?」
にっこり笑いかけてくる相手に、俺はひらきかけた口をとじた。
町の人間がカーラに対する態度は、前より少しずつよくはなってきていた。
それでも、まだ大半の人間がカーラと仲良くしようとはしないし、なかには品物をうろうとしない輩だっているはずだ。
材料をそろえるのも大変だったにちがいない。
でも、目の前のカーラはそんなこと気にしていない。内心では傷ついてるかもしれないけど、そんなの顔にはみせていない。
「……ほんと美味いよ。うん」
「そうですか? よかった」
ああ、とうなずいて、俺は嬉しそうなカーラからそれ以外の顔ぶれに視線をうつした。
「あんたらも、もうちょっと美味そうにもの食えないのかよ。二人して渋い顔しやがって。毒でも食ってるみたいじゃないか」
は、とエルフが鼻をならした。
「手前らが用意したメシなんざ、毒とたいして――」
どんっと。
食卓がゆれた。
それまで黙々と乳粥をたべていたリリアーヌの婆さんが顔をあげる。
「――うちの孫がつくった料理が、なんだって?」
そこらへんの夜盗が逃げ出すようなものすごい形相で、無礼なエルフをにらみつけた。
ああ?と口をひらきかけたエルフが、手にしたお椀に目をやって、びっくりしているカーラに目をやって。
「……悪かったよ」
おお、あやまった。
貫録の迫力をみせたリリアーヌの婆さんが、
「だいたい、なんだいその頭のやつは。飯のときは外すもんだよ、そういうフードは」
「うるせえ。どこでどんな格好しようがオレの勝手だろうが」
「そしてここはあたしの家さ。そのあたしがそうしろって言ってんだ。他所の食事に招かれてんだから、そこの家のルールに従うもんだろう。それとも、エルフってのはそうじゃないのかい」
あっさり婆さんが口にした単語に、それをきいた俺やカーラが驚いた。
ツェツィーリャがフードをしていたのは、もちろん性格もあるが、まずなによりも長い耳をかくすためのものだ。
もちろんエルフだなんて、俺たちからは一言もいっていなかったのだが、
「なんだい。驚いた顔して。さっきから部屋のなかに誰か妙なのがいるだろう。そのくらいわかるさ」
「リリアーヌ。あんた、魔法使いなんだっけ?」
馬鹿にしたように婆さんが哂った。
「人間だってね、これだけ長くやってちゃそのくらいわかるようになるんだよ。ほら、そんなことはいいからフードをとれって言ってるだろ」
じっと押し黙ったツェツィーリャが、ゆっくりとフードをとる。
綺麗な銀髪と、その横からのぞく長い耳があらわれた。
ふんと鼻をならした婆さんが、
「それでいいんだよ。せっかく綺麗な顔してるんだ、こんなところでまで隠さなくたっていいだろう」
もっとも、とつづけた。冷ややかな眼差しをこちらにむけて、
「見せる相手がこんな貧相な男しかいないんじゃ、意味がないけどね。あたしにカーラにあんた、これだけの美女が三人も揃って、本当もったいないったらありゃしない」
ちょっと待て。
「なに自分までさらりとなかにいれてんだ、婆さん」
「なんだい。違うってのかい」
「心からちがうわ!」
「うるさいね。食事中に大声だすんじゃないよ、品が悪い。そんなんだから顔まで品が悪くなっちまうのさ」
病気とかまったく関係ない毒舌っぷり。
それまで天井でみまもっていたシルフィリアがすいとおりてきて、
「ねえねえお婆ちゃん、あたしはドウヨ?」
「おや、精霊だったのかい。あんたも別嬪だね」
「へへー、わかってんジャン!」
「おいこら、シルフィリアは黙ってろ。婆さん、今の台詞は聞き捨てならないぞ、だいたいあんたは昔っから口が悪すぎるんだ。いくら俺が温厚だからってな、」
「うるさいねえ。病気の老人相手に怒鳴るんじゃないよ、みっともない」
「手前のような病人がいるか!」
俺の怒りなんかどこふく風とばかりに、リリアーヌの婆さんは空になった皿をカーラにつきだした。
「カーラ、おかわりをおくれ。まったく、うるさくてゆっくり味も楽しめなかった」
くすりと笑ったカーラが皿をうけとった。
「よかった。ツェツィーリャさんは、おかわりはどう?」
黙って皿がおしだされる。
「……ツェツィでいい」
きょとんとまばたきしたカーラが嬉しそうに、
「うん。すぐに持ってくるから待ってて。ツェツィ」
足取りかるく、おかわりをとりにむかう。
ツェツィーリャがこっちをみる。
ものすごく物騒な目つきだった。
「なんだ、ボンクラ」
「なんでもねえよ。ツェツィ」
「手前は呼ぶな」
うわ、ひどい。
「ツェツィ、お茶はどうだい。これもたしかエルフが大昔に人間に教えてくれたものだったはずじゃなかったかい」
「さあ、そうかもな。……くれ」
「はいよ」
「婆さんはいいのかよ!」
「いいに決まってるだろうが、ボケ」
「いいに決まってるじゃないかい。なに言ってんだ」
にこりともしないでいってくる。
年も種族もまったくちがうのに、まったく鏡写しのような表情に俺が絶句していると、けらけらとシルフィリアがわらった。
「いやあ。似たような性格っているもんだネー」
「……とんだ二人をひきあわせちまった」
劇薬同士で打ち消しあうどころか、相乗してさらにやばいことになっている。
ルクレティアあたりがここにいたらどうなってたんだろう、と自分の想像に我ながら怖い思いをしていて、ふとした拍子に笑えてきてしまった。
「なんだい、にやけた顔なんかして」
「いや別に。まあ、あれだ。たまにはこういうのもいいんじゃないか、婆さん」
またなにかいわれるかと思ったが、婆さんはそれをきいてなにもこたえない。
長い沈黙のあとで、
「……ま、たまにはね」
婆さんは皺の深いまぶたをおとして、素直じゃない口調でつぶやいた。




