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二話 留守番していた妖精と、その頭の上のちんまい小人

 洞窟の入り口にひとり、ぽつんとシィはたっていた。

 頭のうえにちんまいドラ子をのっけて。七色の鱗粉をこぼす背中の羽をせわしなくふるわせて、寒くないはずもないだろうにじっと立ち尽くしている。


「お、シィ。わざわざ待っててくれたのか」


 森をぬけた俺たちが姿をみせると、寡黙な妖精はおおきく目をみひらいて、黙ってこちらに近づいてきた。


「……お帰り、なさい」


 ちいさくつぶやくと、おおいに迷うような間隔をおいてから、遠慮がちに抱きついてくる。


「ただいま。長いあいだ、留守番ありがとうな」


 ドラ子に気をつけながら頭をなでると、マンドラゴラをはやした小人がきゃっきゃと嬉しそうに飛びついてくる。

 シィはこくりとうなずいて俺から離れると、スケルとカーラ、タイリンに順番に抱きついて、少し離れた場所にいるツェツィーリャを不安そうに見てから、最後にスラ子の前にたった。


「……」

「ふふー。ただいまです、シィ」


 やわらかく微笑むスラ子を心配そうにみあげる。

 それからぎゅっと抱きついた。


 シィが抱きついていた時間は、スラ子のときが一番ながかった。



「うおお。なつかしい。なにもかもが懐かしすぎる」


 一歩、洞窟のなかへとはいった瞬間、全身を気配につつまれる。

 温度、湿度、匂いに反響音、濡れた地面の感触。それらすべてをひっくるめて五感にひしひしと感じるなつかしさに、自然とため息がでてしまう。


 我が家だ。

 薄暗くてジメジメした、貧相な洞窟。


 入り組んだ迷路の奥底に宝が眠っているわけでも、どこかの秘境につながっているわけでもない。

 たいした魔素もないせいでうまれる魔物も雑魚ばかり。洞窟にあふれかえっているのは、ほとんどスライムと蝙蝠くらいしかいないとはいえ。


 やっぱりこの場所は、俺にとってはとても大切な――


「じゅ」

「じゅじゅ」


 よう、と気さくに手をあげながら、二人のリザードマンとすれ違う。


 そのまま洞窟の外へむかう後ろ姿をみおくってから、俺はシィをみおろした。

 怒られるのをこわがるような表情でこちらをみあげる寡黙な妖精に、


「……とりあえず、話をきかせてくれるか。三か月もあったんだもんな。色々あったに決まってるよな」


 頭に手をおいてなるべく安心させるよう、笑いかけた。


 ◇


「……木を、採りたいって。言われて」


 ひとまず洞窟奥の生活スペースに戻って、荷物をおろす。

 相変わらずの雑っぽい手つきでスケルがいれてくれたお茶をのんで一息をつきながら、洞窟の状況についてたずねると、シィは背中の羽をこすらせるようにしながら、ぽつぽつと現状をおしえてくれた。


「木? ああ、そうか。貯蓄分、なくなったら自分たちで採りにいきたいっていってたもんな」

「じゅ。木……採っタ」


 重々しくうなずいてみせるのは若い蜥蜴人。

 洞窟地下にすむ蜥蜴人族のリーザが、たどたどしい精霊語で説明を補足してくる。


「問題、ナイ。シィと、他ノ妖精タチも。一緒」

「採りすぎてなんかないってことか。まあ、そのあたりはあんまり心配してないんだが……」


 近くの森は妖精たちの勢力圏だ。

 リーザたちがどのくらいの木を伐採したかは確認しないといけないが、それで妖精たちと悶着がおきていないのなら、ひとまずはいいとして。


 問題は、


「……木の伐採のとき以外でも、外にでるようになってるのか?」


 俺たちが森で出会ったリザードマンとか、さっきの二人連れは、どちらも道具をもっていなかった。

 妖精を連れていた様子もない。つまりは丸見えだ。


「外、気に入ったみたい、で」

「気に入った?」

「はい。……散歩とかで。最近、よく」

「外、イイ」


 爬虫類の瞳を細めたリーザがいう。


 なるほど、と俺は息をはいた。


 地下の蜥蜴人たちがどのくらい昔からこの地下にすんでいたのかはわからない。

 外にでてそのまま活動できる視力や身体的特徴をうしなっていないということは、気の遠くなるような昔からというわけではないのだろうが。彼らにしてみれば、暗い洞窟の奥深くからでてみた外の世界は、それこそ極採色のものだったに違いない。


 あふれるばかりの木だけでなく。草や花。虫に動物。

 冬とはいえ、洞窟の地下にくらべたら比較にもならないそれらに心を奪われるのは当たり前のことかもしれない。


「木材いじりみたく、今度は外の散歩が流行ったってことか。伐採するときとちがって、そっちはずっと妖精連中と一緒ってわけじゃないよな?」


 姿を消してないなら、それを誰かに見られている可能性はある。たとえばそれは、近くのメジハの住人とか。


「……ごめん、なさい。なるべく、一緒についていくようには、してたんです。けど」

「ああ、いや。シィのせいなんかじゃないぞ」


 俺の膝のうえにすわるシィが委縮するように身をこわばらせるのに気づいて、俺はあわてて目の前にある頭をなでた。


「洞窟の留守番をたのまれてたんですもんね。ずっと留守にするわけにはいきませんよね」


 よしよしと隣から手をのばしてくるスラ子に俺もうなずいて、


「ああ。それに、リザードマンたちが洞窟の外に興味をもつことくらい予想しておくべきだった。自分たちの見通しが甘かったってことだからな」


 正直、これから冬になるって時期に連中が外にでてくることはあっても、その寒さを物怖じしないとまでは思っていなかった。

 連中の体温調整機能、あるいは外にでたときの衝撃の度合いを読みちがえていたんだから、結局はこっちの不手際だ。


 俺は洞窟地下のもうひとつの居住主種族、その代表者に目をむけて、


「エリアル。そっちはどうだったんだ?」

「こちらはあまり。何度か同行させてもらったが、水中ならともかく、地上であの寒さというのは我々には少し辛いな。大人しくさせておいてもらっていたよ。生まれた子らの世話もあったからな」


 肩がけをななめに巻いた美貌のマーメイドが肩をすくめてくる。


 魚人族は少し前、地下湖につながる外界からここの地下に移住してきたばかりだ。水中とはいえ、外の世界のこともリザードマンたちよりは知っているから、そう目新しさもない。ということだろう。


「そうか。……シィ、リザードマンたちがよく外にでるようになったのは、ここ最近だよな。まだ一月もないか?」

「はい。このあいだ、洞窟の、地下と地上がつながって。行き来するのが楽になったから……」

「なるほど」


 以前はシィやノーミデスの力がなければ地上にあがることはむずかしかったが、掘削工事がすすんで別の昇降手段ができたことで、大勢が外にでるきっかけになったわけだ。


 一月という目途をたてたのは、俺たちがアカデミーをでたのがそのくらいだからだ。


 アカデミーにいるあいだ、数回だがギーツとのあいだでやりとりがあった。

 バーデンゲンとメジハのギルドを介したその手紙では、メジハの様子についても変わったことがないか確認していたが、そこに「最近、町の外でリザードマンを見かけるようになった」なんて報告はなかった。


 アカデミーからの帰り、ギーツに数日よったときにもバーデンゲンの商人連中からそういう話はでていない。


 今まで、このあたりでリザードマンが生息しているなんてことはなかった。

 もし、偶然でも連中が外にでているところを誰かにみられたら、噂にくらいなるだろう。つまり現時点ではまだ物事が表面化していない可能性が高いということなのだが、


「……ルクレティアに話をきかないとな。向こうは向こうで、忙しくしてるだろうけど」


 メジハの町連中にしてみれば、次期町長とされる相手がようやく戻ったのだ。

 町のことについてはバーデンゲン商会にたのんでいたから、おおきな問題もおきてはいないはずだが、それはそれ。


 ルクレティアはギルドのとりまとめでもあるから、今頃はさぞ多くの報告にかこまれてうんざりしていることだろう。


「今日、明日は無理かもしれないが、なるべくはやく話し合いたいな。……シィ、悪いけどおつかいをたのめるか」


 俺のことをみあげたシィがこくりとうなずく。


「悪い。ルクレティアの周辺は人がたくさんだろうから、こっそり耳打ちしてきてくれ」

「マスター。わたしが行ってきます」


 といってきたのはスラ子だ。


「シィとドラちゃんは、……マスターと会うのは久しぶりですから。一緒にいてあげてください」

「そうか? わかった。じゃあ、たのむ」

「りょーかいですっ」


 びしりとこめかみに手をあてるスラ子の隣から、カーラが口をひらいた。


「じゃあ、ボクも。ちょっとギルドに顔だしてきます。なにか話がきけるかもしれないから。リリアーヌのお店にもいってきたいし。――タイリンも一緒にいかない?」

「?」


 タイリンが首をかしげる。


「ほら、仲間の子たちがさ、メジハに来てるはずでしょう? あんまり迷惑にならないよう、顔を見にいくくらいできるかもって」


 頭のてっぺんで結った髪の毛が、ぴょこんと勢いよくはねた。


「いく!」

「んじゃ自分もおつきあいしましょ。昼間っから酒場にたむろしてるダメ男サンたちから、最近なにか変わった出来事はなかったか探ってみますー」


 次々にたちあがる仲間にとりのこされて、俺は顔をしかめさせた。


「なんだよお前ら、みんなして。帰って来たばっかりだってのに疲れてないのか」

「そりゃご主人みたく、毎日怪我したり火傷したりしてませんでしたからねぇ。ギーツに着いたときにたっぷり休めましたし。シィさんたちとゆっくりしててくださいな」


 ああ、とスケルがぽんと手をうって、


「それに、ご主人にはご主人でやることがありますぜ」

「スライムちゃんたちのことか。安心しろ、三か月分きっちり愛であげるつもりだ」

「ご主人の特殊な嗜好のことじゃありませんよ」


 半眼で呆れてから、すっと指をさす。

 方向は――上。


「ずいぶんと留守にしてたんですから、ご挨拶にいくべきでしょう」

「……わかってる」


 顔面を蒼白にする俺をけけけと笑って、洞窟の外にむかっていくスケルの横から、


「マスター。ストロフライさんにご挨拶に行くときは、わたしもご一緒していいです?」


 スラ子がいった。


「それはいいけど。……なんでだ?」


 スラ子はちょっと困ったような顔になって、


「そのほうがいいような気がして」

「……わかった」


 あいまいな返答に、俺はそれ以上深く追求しなかった。

 にっこり微笑んで、とぷりと地面に姿をけすスラ子の姿をみおくりながら、考える。


 そのほうがいいっていうのはどういうことだ?

 理由はある。でもそれをいえないのか、それともスラ子自身にもあいまいなのか。


 竜は未来を知り、世界すら渡るという。


 ――今のスラ子なら、ちょっと先の未来を知ることくらいできたって不思議じゃない。


「……シィ。ノーミデスはどこかで寝てるかな」


 膝のうえの妖精にたずねると、小首をかしげる。


「スライムたちの、部屋、かもです」


 洞窟にすんでいる土精霊は、しばらく前からそこがお気に入りの場所になっていた。


「そっか。ちょっと話したいんだよな」

「……あの人のこと。ですか」


 膝のうえから、まっすぐな視線がみつめてくる。


「ああ。ちょっとな。精霊のこととか、色々。聞いてみたいことがあるんだ」


 スラ子は精霊じゃない。

 精霊どころではない、というのが正しいのかもしれないが、精霊に近い部分があることも間違いない。


 なら、精霊について知ることは、スラ子のことを考えるうえでも意味があるだろう。


「わたしも、いきます」


 ささやくようにシィがいった。

 控えめな表情に、意思の光がかがやいている。


「……そか。じゃ、いってみるか」


 さっそくスライム部屋にいこうとして、残っている相手に顔をむけた。


「ああ、エリアル、リーザ。わざわざ出向いてもらってありがとう。自分たちのとこに戻ってくれ。長いあいだ留守にしてすまなかった。工事も無事にすすめてくれて。他の連中が戻ってきたら、夜にでもお祝い――じゃないけど、宴会みたいなことやろう」

「わかった。群れの者たちに伝えておこう」

「じゅわら」


 俺はうなずいて、壁際でむっつりと黙ったままの最後の一人に目をむける。


「ツェツィーリャ。疲れてるだろうし、あんたはどこか適当な部屋で休んでてもらって――」

「アホか。こんなとこで寝れるか。寝たかったら勝手に寝る。手前がどっか行くなら、オレも一緒だ」

「ああそうかよ」


 俺は肩をすくめて、シィが不安そうにしているのに気付いた。


「そうだ。悪い、紹介もしてなかった。エルフ族のツェツィーリャ。これからしばらくこの洞窟でくらすことになった。ちょっと口が悪いけど仲良くしてやってくれ」

「いらねーよ。仲良くなんざしてたまるか」

「言ってる台詞と思ってることが正反対だって思っておくと、精神衛生的にいい。じゃあ、エリアル、リーザ。またあとで」

「じゅら」


 若いリザードレディに服をひっぱられた。


「ん、悪い。なにか話あったのか?」

「話。アる」


 知性のある爬虫類の眼差しがこくりとうなずいて、


「外、イる」

「……木材が足りないのか? それなら、あとからでよければ俺やシィも一緒にいこうか」


 若いリザードレディが目をほそめて、ちらりと舌をだす。

 どうやら違うらしい。


「木材採りじゃなくて、ただ外にいきたいのか? 町の連中に見つからないようにしてくれれば、別にかまわないけど」


 舌はちらちらと振れたまま。

 どうやらこれも違うらしい。


 リーザは短期間でよく精霊語を学んでくれているが、さすがに細かい内容だと通訳が必要だ。

 スラ子か、ノーミデスがいればそれでいいんだが。


 付き合いの長さからなにか閃かないかと、ためしにシィをみてみるが、シィにもやっぱり相手の意図はわからないようで、俺は頬をかいた。


 やがて、苦悶しているようにはみえない表情でしばらく沈黙してから、かっと目を見開いたリーザが、


「――外、イきる」


 ……いきる?


「生きる? 外って、洞窟の外のことか。誰が? リーザ、お前がか?」

「違う。――我々、生キる。外」


 目をほそめて、人間からは笑っているようにみえなくもない表情で、若い蜥蜴人はそういった。



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