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九話 蛇の謀略

 爆音がとどろいた。


 足元が崩れるような揺れに姿勢をくずしかけて、あわてて窓際にむかう。

 ガラスの向こう、広がった青空にもくもくと煙がのぼっているのがみえた。


「何事です――」

「わからん! とりあえず外だ!」


 嫌な予感を胸にだきながら、部屋をとびだす。

 他の魔物たちも驚いて顔をみせるなか、廊下を駆け抜けて空へでて。


 ぎょっとした。


 立ち上る煙のしたに瓦礫の山ができあがっている。

 そこにはさっきまで、五年前から残っていた数少ない建物がたっていたはずだった。


 古い、石造りの塔。それが根元から爆砕されてしまい、今では見る影もなくなってしまっている。

 その瓦礫の上空に浮かんでいるのは、遠目には真っ黒いかたまりにしかみえない相手。


「スラ子……!」


 真っ黒いマナをまとった黒スラ子が手のひらをむけると、目に見えない力に押しつぶされるように建物がひしゃげ、音をたてて崩れ落ちていく。


 まるで積み木の玩具が崩落するさまをみているような光景に、


「ふふー」


 喜悦にみちた笑い声が耳元にひびいた。


「スラ子、やめろ!」


 まるで届くはずのない距離の相手への呼びかけに、視界には手のひらにのりそうなくらい小さくしか映らない黒スラ子が、それでもこちらを振り向いたのがわかった。


「どうしてですか? マスター」


 不思議そうにささやかれる。


「ここにあるのは、ずっとマスターをいじめていた人たちの建物でしょう? とっても愛らしいマスターを、無能だの、ただの人間だのといって。そんなくだらない人たちの建物なんて、全部なくなっちゃえばいいじゃないですか――」

「な……っ」


 思わず声をうしなう。

 くすりと耳元に笑みの残滓をのこした黒スラ子が、再び手をかざす。


 立て続けに建物が爆砕される。

 目についた端から吹き飛ばされていくそれらがどれも古い、俺にとって見覚えのある建物ばかりであることに、俺は今さらのように気づいた。


 もちろんそれは偶然なんかじゃないのだろう。

 黒スラ子は、俺の知る建物だけを狙って壊している。俺が辛うじて感じることのできる、アカデミー時代に対する名残を消し飛ばすように。


 そのスラ子の行為の意味をさとって、わなわなと全身がふるえる。

 はっきりとした怒気をだいて、吠えた。


「あ……っほか! 俺の大事な真っ暗い青春を、勝手にお前がなかったことにするな!」

「大丈夫ですよ――」


 黒い声が微笑む。


「これからのマスターの未来は、とっても素晴らしいものになります。私が、そうします。ううん、本当なら過去にもどって、昔のマスターを救い出してあげたいくらい。――なのに」


 そこでふと、声にかげりがまじった。

 空をみあげたツェツィーリャが絶望したようにうめいた。


「なんだよ、ありゃ……」


 ぞっとするほど膨大なマナの気配が、空中のスラ子に集まっていた。


 さっきツェツィーリャの使った質と量がまるで児戯としか思えないくらい、圧倒的なマナ。

 それが集まり、凝縮してぶつかりあい、結合して純度をまし。俺たちが知っている“それ”とはまったくちがう気配さえ持って――ふっと、突然かききえるように消失した。


 耳元でため息がもれる。


「……やっぱり。過去にはもどせないみたいです。マスターが身に着けてるそれが、私からの干渉をさえぎってしまって――たった鱗一枚だっていうのに、やっぱり竜の力ってものすごく強力ですね」


 それ?


 視線をおとすと、そこには自分の胸元でうっすらと輝く黄金色の光。以前、ストロフライにもらった鱗が服のしたで淡く輝いていた。


「竜の加護。マスターがいくら傷つこうが、苦しもうが、護ろうともしないくせに……マスターの在り方そのものに関わる力が働こうとしたときだけ、それを遮断するなんて。……本当に、ストロフライさんって傲慢です。まるでマスターに、もっと苦しめって言ってるみたい――」

「……ストロフライがなんだって?」

「でも、大丈夫ですよ。マスター」


 こちらの言葉なんてきいてもないように、自信にみちた声がくりかえした。


「どんな傲慢な呪いだって、すぐに私が解き放ってあげます。どんな頚木からも私がマスターを自由にしてみせます。だから、ちょっとだけ待っていてくださいね。まずは身近なところから。この場所からはじめてしまいますから――」


 まるで掃除でもするかのような軽い口ぶりで、黒スラ子が魔力を身にまとって。

 建物への破壊活動が再開される。


 突然、空から降ってわいた大規模破壊行為に、周囲からは俺たち以外にも大勢の魔物たちが姿をみせていた。

 口々になにかを怒鳴り、宙にうかぶ黒スラ子を指さす。彼らからしてみれば、黒スラ子がやっていることは敵対行動以外のなにものでもなかった。


 無数の魔物たちが怒りにまみれ、咆哮をあげる。

 自分たちの領域にはいってきた侵入者に彼らが殺到する前に、まずアカデミーを護る門番の像がその姿をあらわした。


 都合三つあるアカデミーの門。

 それぞれの前に設置された石像の魔物が、内部ではおこなわれる破壊行為に反応して巨体をおこし、侵入者の排除のために宙を駆ける。


「なにかご用です?」


 スラ子の声に、守護だけを命じられて創造された彼らは言葉では応えない。

 かわりに三体の石怪鳥が開いた咢から、一気に電流がほとばしった。


 供給されるマナを転用して放たれた雷のブレスが、三方からスラ子の全身をからめとるように巻きついて、


「ふふー」


 生身ならひとたまりもなく焼け焦げる攻撃を浴びて平然としたまま、スラ子が笑う。


「私と遊びたいんですか? でも私、忙しいですし……別に今は、お腹も空いてないんです」


 だから、と底冷えのする声が耳にふれた。


「壊すだけになってしまいますけど、許してくださいね――」


 言葉と同時、遠い上空の黒スラ子の姿がはじけた。

 魔法――いや、そうじゃない。自分の姿を無数の針そのものにかえて、一気に周囲へ打ち放つ。


 無数の針が頑強な石像の身体をやすやすと貫いて、さらにそのまま切り開くように縦横無尽に断ち切っていった。

 三体の石像は一瞬で解体され、ぱらぱらと細かい石粒にかわって地上に降り注ぐ。


 空から落ちてくる欠片のなかには、まだいくらか原型をのこしている大きなものもあったが、


「ふふっ」


 それも地面にぶつかる直前、一気に上空から落ちてきた黒スラ子が、いつの間にか元に戻った姿で念入りに踏み潰してのけた。


「――あら?」


 顔をあげた黒スラ子が小首をかしげる。

 その周囲には、無数の魔物たちが黒スラ子を取り囲んで、全身に殺気をまとっていた。


「貴方たちも、私と遊びたいんですか?」


 んー、とあごに指をあてて、


「まずは建物からと思ったんですけれど……でも、順番なんてどうでもいいですね。昔のマスターに嫌な思いをさせたのが貴方たちなら、きっちりとお仕置きをしておかないといけませんし。――いいですよ、遊んであげます」


 殺戮がはじまった。



 黒スラ子の強さは圧倒的だった。


 怒り狂う魔物の群れが、それぞれの武器をたずさえて一気に押し寄せる。

 連携もなにもあったものじゃない。

 固い爪や牙をもつ魔物はそれをいかし、高度な知能や魔力をほこる魔物は遠目から狙いすまして、一斉に波状攻撃がしかけられた。


 それに対する黒スラ子は表情ひとつ変えず、それどころか笑みすら浮かべたまま、自分の力をふるい、周囲の敵を打ち倒していく。


 遠い相手にはまとったマナを撃ち放ち。

 近い相手には自身の身体を変化させ、刃物や鈍器として叩きつける。


 一方、黒スラ子にむけられる攻撃は、それがどんな種類のものであれ、まるで効果がなく受け流されるだけだった。


 物理攻撃への耐性なら、スライムのもつ特性そのものではある。

 だが、スライムなら同時にその身に抱える、致命的な弱点ともいえる魔法攻撃にさえ、黒スラ子は耐えるどころか、ダメージを受けるそぶりひとつなかった。


 天から紅蓮の雨がふりそそがれようと眉ひとつ動かさず、ほこりを払うように手を振るだけですませ、自分の数倍の大きさの岩石に身体ごと潰されても、地面の隙間からぬるりと這い出るようにしてまたすぐに元の姿を取り戻してしまう。


 魔法の効かないスライム。

 そして、それにはさらに、知性までもが兼ね揃えられているのだから――微笑をたたえたまま、自分を取り囲む大勢をひたすらに撃退していく黒スラ子の姿を遠目に、俺はぞっと背筋をふるえあがらせた。


 スラ子の、特に最近のスラ子の能力が、ほとんど際限がないくらいに飛び抜けてしまっているということなら自覚していた。

 水精霊や土精霊を身体にやどして、エルフや竜が危惧してしまうほど、スラ子が異常な存在に成り果ててしまいかけていることも、理解していた。


 だが、今、実際に目の前でそれを目撃すると、そのあまりの非現実さ加減に目をうたがうしかなかった。


 この世界で、極まった質はほとんど絶対的な力をもち、しかしその絶対的な質さえ、それ以上の量の前には最終的に敗れさる。

 それが、魔王竜グゥイリエンによって滅ぼされかけ、全種族・全生命の力をあわせて退治することに成功した生物たちが手に入れた教訓だった。――だったはずだ。


 だが、目の前の黒スラ子は、そんな常識を笑い飛ばすように、たった一人で無数の魔物をあしらってしまっている。


 もちろん、この“スラ子”はスラ子ではないし、それが対峙している相手にも竜や精霊はふくまれていない。

 アカデミーに所属する魔物たちは、魔物世界ではどちらかといえば弱小な連中ばかりで、それは個人の力量に自信がないからこそ集団という力にたよったということからも明らかだった。


 この黒スラ子の蹂躙を、百年以上前にグゥイリエンが全世界規模で行ったそれと同一視するのは間違ってる。


 だけど。

 それでもなお、その光景は、俺に不吉な未来図を想像させるのには十分だった。


「スラ子、待――」


 黒スラ子を止めにはいろうと声をあげかけて、気づく。

 黒スラ子とおなじように、俺たちの周囲にも多くの魔物たちが集まっており。その視線が、好意的なそれとは正反対のものだということに。


 無数の敵意にあてられて、俺は頬をひきつらせた。


 ……そりゃ、おかしなやつが暴れていて、近くに見慣れない人間がいれば警戒もするか。


 黒スラ子を止めるどころか、自分の命すら危うい状況に、俺たちが身構えようとしているところに、


「――やめなさい」


 制止の声がかかる。

 集まった魔物の群れに道をあけさせて俺たちの前にやってきたのは、人身蛇体のラミア族、エキドナだった。


「その方々は、我々アカデミーの大切なお客様です。無礼を働いてはいけませんよ」


 穏やかな表情の相手に助けられたこと以上に、その余裕ぶった態度がいけ好かなく、また疑問にも思ったから、俺は素直に口にしていた。


「随分と余裕だな」

「そうですか? これでも、内心ではドキドキしていますよ。ですが、なにか騒動が起こるのはここではよくあることですから」


 ちらりと遠くで大立ち回りを続ける黒スラ子をみやって、


「それにしても。今日はまた随分と派手なことになっているようではありますけれど」

「ふざけるな」


 思い切りはきすてて、にらみつける。


「あいつはなんだ。スラ子は、他の連中はどこにやった!」

「なにをおっしゃっているのかわかりませんが……」


 眉をよせた蛇の女が社交的に笑った。


「スラ子さんなら、あちらで元気になさっているではないですか。確か、そうお呼びしていましたよね。前に聞いたところでは、洞窟前にある湖の新しい管理精霊だとか。他の方々はどこかにいかれたのですか? 客室にはいらっしゃらないので?」


 相手の発言は白々しすぎた。

 白々しいことを自分で隠そうともしないくらい、そうだった。


「……いい加減にしろよ」

「ですから、なにをそんなに怒っていらっしゃるのか」


 エキドナが肩をすくめる。


「なにかご不満がありましたら、どうぞご遠慮なくおっしゃってください。マギさんは大切なゲストです。ええ、最大限の配慮をもって、お応えいたしますとも」


 わざわざ口調をつよめた皮肉っぽい物言いにかちんときてすかさず怒鳴りかけるが、


「――なるほど」


 俺の横にすっと進み出たルクレティアが、冷たい眼差しをエキドナにむけた。


「つまり、貴女の発言は始めからこのことを示唆していたわけですか」


 示唆? はじめから?

 いったいなんのことだと、視線で問いかける俺にきづいたルクレティアが、


「……昨日、こちらの方がおっしゃっていたことですわ。統一意思をもたない魔物たちの集団に、はっきりとした方向性を与える。魔族。その為の象徴が必要だと」

「覚えてるさ。だから、それに竜を、ストロフライを巻き込もうだなんていう馬鹿げた話なんだろう?」


 ルクレティアがゆっくりと首をふった。


「ご主人様。貴方も昨日、おっしゃられたはずです。その考えには致命的な欠陥があります。竜の利用。そのような大それたことを考える輩は、まずもってその竜の怒りに触れ、その身を滅ぼすことになります」


 それは、そうだ。わかってる。

 だからこそ俺たちも、アカデミーがそんな馬鹿げたことを考えているのなら、それを止めようとしているのだから――


「はい。まさに、だからこそ、なのですわ。ご主人様」


 金髪をふったルクレティアが、


「以前、私は申し上げました。もし竜を利用しようというのなら、竜の怒りに触れないような何かが必要だと。竜の怒りに対する切り札。あるいは、竜そのものに対する切り札です」

「それは、まさか――」


 ヴァルトルーテが息をのむ。

 顔色を蒼白にしたエルフの視線が、さまようように泳ぐ。その視線の先にあるものを追いかけて、俺は顔をしかめた。


 そこでは、黒い不定形の生物が、おびただしい数の魔物に囲まれて戯れるようにそれを蹴散らしている。


「……スラ子? スラ子が、なんで」


 いいかけて、ようやく理解できた。

 理解したのと同時、全身の血がさあっとひくのを感じて、俺はエキドナに視線を戻した。


 蛇人族の美女はにこりとした笑みのまま黙している。


 肯定はしない。

 しかし否定しようともしない、それは雄弁な沈黙だった。


「あのスラ子を、ストロフライに対する切り札に? そんな馬鹿なことを考えてるってのかっ」

「馬鹿なこと、でしょうか」


 エキドナが小首をかしげた。


「マギさん。あなたのつくった魔法生体はとても優秀です。壊れたスケルトンから、自分でまったく別の命として新しく創造する――とても、我々の知る常識の範疇を超えています。あなたがそれをどうやって作ったのかはともかく……その力は精霊を超えるのではないかと。そう考えた私の勘は、そこまで見当はずれでもなかったようです」


 むこうで思うがままに暴れまくっている黒スラ子を嬉しげにみやって、


「本当に、想像以上です。事前の想定では、竜に対する交渉材料の一つにでも使えれば十分だと考えていたのですが……本当に、あの竜と互角に渡り合えるかも」


 そこで言葉を区切り、


「いいえ。それどころか、本来なら竜族に担ってもらうべきと考えていた立場についてもらうことさえ可能かもしれません。彼女にはそれだけの力があります」


 竜の担う立場?


「あのスラ子を、魔族の王にとでも? 馬鹿馬鹿しい!」

「あら、そうでしょうか。十分に考えられることだと思いますよ?」


 余裕たっぷりの表情で微笑んでくる。

 反対に、俺はほとんど追い詰められたような心地で、


「ふざけるな。そんなことがあるもんか。アカデミーの連中だって従うわけがない」

「気にする必要はありません。魔物というのは結局、強い者にかしづくものです。ええ、まさに彼女は今、“新しい秩序”を築いているところなのですよ。それを理解できない守旧派や、頭の固い年寄りはこの際、死んでしまってもかまいません」


 今も量産される同胞の死をさらりと許容してみせた相手に、俺はいよいよ相手を睨み殺す勢いで目線をおくりつけた。


「クーデターでも起こすつもりか……!」

「そこまで大層なものではありませんよ」


 エキドナは苦笑してみせたが、目の前の相手が口にしたことはまさしくそれに違いなかった。


 何人かの有力勢力、有力者による寡頭合議制という今のアカデミーの在り方を破壊して、唯一人を頂点とした魔物たちの勢力――“魔族”をうちたてる。

 その頂点には竜、あるいはそれに比する何者かを迎えるという、目の前の相手の誇大妄想とか思えない発想に、俺はほとんどめまいをおぼえる気分で、


「本当に、なにを考えてやがる。ストロフライが、それにあのスラ子が、お前のいうことなんてきくと思ってるのか!」

「それはどうでしょう。確かに、あなたの洞窟の上に棲むあの黄金竜の方は、なにかの賛同を得るのにもなかなか難しいところはありますけれど」


 すっと蛇の目をほそめて、


「もう一人のほうについては、まだやりようがあるようにも思えますからね。なにしろ目的と嗜好がはっきりとしています」


 獲物をみる眼差しが、ひたりと俺をとらえた。


「……それで、“ゲスト”か」

「その通りです」


 エキドナが微笑む。


「皆さんの身柄は、細心の注意をはらって保護させていただきます。下手に傷をつけたら、それこそ私達が彼女に殺し尽くされてしまいそうですからね」

「だったら。俺に下手なことできないってわかってるんだろう」

「それはどうでしょう」


 エキドナは悠然と首をふった。


「彼女に大切なのは、あくまでマギさん。あなたお一人なのではありませんか? 確かに、私達からマギさんに手をだすことはできませんが――それ以外については、その限りではありません」


 そういえば、とわざとらしく手をたたいた。


「他のお連れの方々の姿が見えませんね。お部屋にいらっしゃらなかったのでしたか。それは心配ですね」


 ――人質。


 歯噛みして、睨みつける。

 俺の視線を平然と受け流して、


「さて。事態を理解していただけたなら、お部屋にご案内させていただいてもよろしいでしょうか。こちらも、急なことで少し忙しくしているところなのです。不慮のことでお怪我でもされてしまうと台無しになってしまいますし――」

「シル!」


 突然、ツェツイーリャが吠えた。


 暴風が俺たちの周囲をつつんで巻き起こる。

 ほとんど一瞬で視界が巻き起こり、遅れて内臓の負荷にうっと胃のなかのものを吐きかけた。


「ツェツィーリャ、なにを!」

「うるせえ! あそこで捕まったらおしまいだろうが! 一時撤退だ、ボケ!」


 風精霊の力で一気に運ばれた上空。

 轟々と耳にひびく風にまじって、怒鳴り声が届く。


「だが、っクソ! どこに逃げりゃいい! これがはなっから仕組まれてたってんなら、周り中が敵ってことじゃねえか! いっそのこと近くの集落まで――」

「待て!」


 俺は少し考え込んで、すぐに決心した。


「ツェツィーリャ、行ってほしい場所がある。昨日の、アラーネ先生の家だ。あそこがいい!」

「手前は馬鹿か! あの蜘蛛女が逃げ込んだオレ達の味方をしてくれるって根拠がどこにある!」

「先生は誰の味方でもない! あの人は自分だけの味方だ、問題ない!」


 断言。

 そして続ける。


「それに、逃げるために先生のとこにいくんじゃない。戦うために、いくんだ!」


 風の膜に包まれた狭い空間で、忌々しそうに俺を振り返ったツェツィーリャが、


「……下手うったら殺す! うたなくても殺す!」

「なにか他に代案があるか!?」


 ふん、と目つきの悪いエルフが鼻をならして。

 そのまま風が方向をかえ、俺たちを見覚えのある景色にむかって高速で運んでいった。



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