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十四話 作戦開始、初出撃、初戦闘

 作戦決行の朝、朝食を終えたシィはすぐに偵察に向かった。


「――シィ」


 出発する前、呼びかけて振り返った表情は、いつものように感情が読めない。


「気をつけてな」


 こくりと頷いて、小さな妖精は外へと歩いていった。


「あいつ、なんでいつも羽を使わないんだろうな」


 前々から感じていた疑問をつぶやくと、スラ子が微笑む。


「多分、気をつかってるんだと思います」


 気をつかってる? 俺たちに?


「そんな必要ないだろう。別に飛べるんだから飛べばいいじゃないか。そりゃ羽がない身分には羨ましいが、いくら俺でもそんなことまで僻むほどじゃないぞ」

「そうですね。そうなんですけれど――」


 半透明色の眼差しが、こちらを見る。


「……なんだよ」

「いえ。いずれ、マスターにお願いしたいことが。……やっぱり、シィから直接お伝えしないといけないことでした。すみません、忘れてください」


 なんのことだかさっぱりわからない。


 最近では二人並ぶと姉妹みたいだなと思っていたら、いつの間にか二人だけの秘密まで共有する仲らしい。けっこうなことだ。別に羨ましくなんかないぞ。


「まあ、この作戦が終わってからな」

「そうですね。まずは今日の作戦を成功させないと」


 うなずいて、食事に戻ろうとするがどうにも食欲が沸かなかった。


 恥ずかしい話だが、俺はかなり緊張していた。

 なにしろアカデミーでも実技はまるっきり駄目だったのだ。この洞窟に来てからもずっとひきこもっていたから実戦経験なんて積んできていないし、相手がルーキーだろうが怖いものは怖い。


 作戦では、自分で戦闘に立つことはないことになっていたが、不測の事態なんていくらでも起こりうる。


 それに。冒険者が所属しているギルドでは、魔物に捕まった冒険者を身代金と換えてくれることがある。

 そういう取り決めが一応、魔物たちの組織であるアカデミーと結ばれてはいるが、魔物たちが捕まった場合についてそうした取り決めはない。


 魔物の世界は弱肉強食だ。

 人間に負けるようなやつは死んでしまえ。そういうことだ。


 いくらこちらが冒険者たちを殺すつもりはないなんて考えていようが、向こうも同じようにしてくれるわけがない。


 負けたら、上手く逃げられなかったら。

 俺たちは殺されてしまうかもしれない。


 時間のなかで練りに練った作戦。仕掛ける相手も慎重に選んだうえでの決行とはいえ、万が一にでもそんな可能性があるというだけで、どうしたって震えてくる。


 ビビっているのだ。我ながら情けないが。


「大丈夫です」


 震えを隠そうとしてテーブルに押しつけた手を、スラ子にぎゅっと握りしめられた。


「私と、シィがついていますから。たくさんのスライムたちだって」


 不安なんてひとかけらもないような笑顔。

 昔の知人の顔でそんなことをいわれると、自分がその頃からまったく成長できていないようで、ますます情けなくなってくる。


「当たり前だ」


 過去の幻を振り払うために、わざと悪ぶってそっぽを向いた。


「……スラ子」

「はい」

「勝つぞ。……いや、やっぱり負けてもいいから、無茶だけはするな」


 スラ子はくすりと笑った。


「わかりました。必ずそうします」


  ◇


 反応石から合図がはいったのは、そろそろ昼を迎えるかどうかというところだった。

 予想していた時間帯。奥まで半日もかからないここの洞窟には、昼前から夕方の時間帯を使って探索にやってくる冒険者がほとんどだった。


 俺は息をのんで、冒険者たちが洞窟のなかに進んだあと、シィが反応石に連中の詳細を伝えてくれるのを待った。

 その内容によって作戦を決行するか、次の標的を待つかが判断されることになる。


 短い発信と長い発信を組み合わせた信号が送られてくる。


 ――数、4。――剣2。杖1。不明1。


 不明というのが少し気になるが、構成としてはまずオーソドックスなものだった。


 前衛を二名、後衛を一名。残る一名は支援か、後衛。恐らく探索者かなにかだろう。罠避けなどのスキルに長じたその役割は、ダンジョン探索において決して小さくない。


 四人という人数も、前もって想定していた数字だ。

 欲をいえば、三人のほうがさらに危険は少なくはなる。今回の相手を見逃して、次のパーティを待つこともできるが――


 判断をじっと待つスラ子の視線に気づいて、俺は覚悟を決めた。


 次が三人で来てくれるなんて確証はない。

 確率なんて不確かなものさえ求められないデータしか揃っていないなら、そんなのは考慮に値しない。それはただの臆病風というのだ。


「やるぞ」

「はい、マスター」


 スライムたちの部屋にいくと、スライムの世話係をしているスケルトンが俺たちを待っていた。


「――いってくる」


 声をかけると、震える腕を持ち上げて敬礼じみたものを返してきてくれる。なんだかんだでつきあいの長い相手に笑いかけ、スライムたちをつれて隠し部屋をでた。


 広間へ向かい、スラ子が灯りの魔法をつけると、そこにはすでにいくつかの魔物が生まれていた。


 灯りに反応したコウモリたちが飛びたっていく。

 濡れた壁際に、数匹のスライムがはりついていた。


 広間から続く行き止まりの道にスライムたちを配置して、自分たちもその一つに待機する。

 スラ子が灯りを消した。


 きぃきぃと、遠くでコウモリの羽音が響く。しばらくするとそれもなくなって、あとには沈黙の闇だけが残る。


 ぴちょんと、水音がしたたった。

 闇のなかでは、それが近くのものか遠いかもわからない。


 距離感が失われていく。

 ついで平衡感覚までうしなってしまいそうになって、ぐらりとよろめいて近くの岩肌に手をついた。


 どくどくと、さっきから鼓動がやけに高く鳴り響いている。それがスラ子にまで聞こえているんじゃないかと心配していると、そっと背中にやわらかいものが押しつけられた。


「私はここにいます。マスター」


 スラ子のあたたかさに触れるだけで、どこかでほっとしている自分がいた。なんとなく悔しかったので、返事はしないでうなずいておく。気配だけは伝わったはずだ。


 あとは待つ。待つ。ひたすら待つ。


 音はしない。

 洞窟は決して広くない。冒険者たちは、もうすぐそこまでやってきているはずだ。その後ろから、シィもついてきているだろう。


 連中がきたことがわかるのは足音。それに、光もみえるはず――


「来たぞ……」


 無意識の声は、自分でも驚くほどにかすれていた。


 白い光。

 はじめは霧のような淡さだったそれが、徐々に強さを増す。徐々に足音も聞こえてくるようになっていた。それから、なにかの話し声。


 声にはあまり緊張感が感じられなかった。

 まさか、探索に慣れているからか――一瞬、恐怖が沸き起こりかけて、理性でなんとかそれをおさえこむ。


 そうじゃない。慣れてないからだ。――連中は、ピクニック気分でいる。


 本当にそうか、と弱気がささやいた。


 あまり人間を見たことがないというシィには、冒険者がルーキーかそうでないかの判断はできない。

 相手が強そうだったら、合図に含めて送ってくれとはいいつけていたが、それがひどく解釈のあいまいな命令であることは否定できなかった。


 もしも、やってくる四人が熟練の冒険者だった場合。

 最悪の可能性を考えて、おもわず今からでも作戦を中止しようかという考えが浮かぶ。


 それを俺が口にしようとしかけたとき、


「いきましょう」


 絶妙のタイミングで、スラ子の声が俺の弱気を封じてくれた。


 ――暗闇のなかでよかった。

 多分、今の俺はひどい顔になっていたはずだ。


「……ああ。俺たちの記念すべき、初戦闘だ」


 光がより一層、強さを増した。



「ライト」


 若い男の声に反応して強い光が生まれる。

 魔力でつくられた光の球がふわりと浮きあがり、広間を高くから照らし出した。


 なかに進んできたのは、いずれも若い冒険者たちだった。

 クエストの目的地を前にさすがに無駄口もなくなり、緊張した表情で剣を構えた男女が油断なく左右に注意をはらい、そのあとに素手の女の子と杖をたずさえた男が続く。


 俺はほっと息をはいた。

 遠くからとはいえ、そのたたずまいはまだ探索に不慣れなルーキーのものにみえたからだ。


「いくぞ。スラ子」

「はい」


 スラ子が一歩前に出て、物陰から様子をうかがう。

 同時に、他の物陰からも配置していたスライムたちも動き出していた。


 俺が研究用に飼っていたスライムには、いくつかの条件付けをしてある。

 もともとスライムは視覚や聴覚ではなく、魔力の濃さを感知してそこへ食事に向かう習性があるが、今回は特に、光の刺激を受けるとその行動が活発になるよう習慣づけていた。


 それを冒険者たちから見た場合どうなるかというと、彼らが部屋にはいった瞬間、奥からぞろぞろとスライムがたくさん這い出てくるように見えるわけで、


「なっ……」


 四人のルーキーから悲鳴を押し殺したような声が漏れた。

 あわてて臨戦態勢をとりながら、周囲を警戒する。


 スライムに剣は有効ではない。剣を使う魔法使いもいないわけではないが、専門的な魔法使いは灯りの魔法を使った一人だろう。


 残りの一人はよくわからない。

 だが、たとえ魔法を専門に扱うのが二名とはいえ、広間に集結しつつあるスライムの数は対応できるような数ではなかった。もともと広間にいた数も含めると、そこには二十匹近くのスライムが存在している。


 四人のルーキーたちが顔をみあわせてなにかささやきあっている。

 逃げ出すかと思ったが、違った。

 彼らは陣形を組んだまま、ゆっくりと部屋の中央に向かい始める。クエストを投げ出すつもりはないらしい。


 一匹のスライムがその足元に近づいた。

 先頭をいく女剣士が懐からなにかをとりだす。そのまま手にもったアイテムを投げつける。マジックアイテム。いや、あれは――


「塩かっ」

「塩ですね」


 冷めた声でスラ子が同意した。

 白い粉末をふりかけられたスライムが、表面に付着した大量の塩に水分を奪われる。溶けていく。


「おのれ、なんてひどいことを……!」

「そういう対処をしてくるだろうって、マスターもいってたじゃないですか」

「だが、塩だって高いんだ! それをあんなに惜しげもなく……、許せんっ」


 生活感ただよう台詞で憤慨する俺に、スラ子が息をつく。


 そんなことをしているうちに、ルーキーたちはどんどん塩をふりまいていった。

 床がまっ白くなるくらいにまかれれば、それだけでもうスライムたちは近づけない。恐れるように退いていく。


 祝福された道をいき、広間中央の白石鉱まで進んでいく。その冒険者たちに聞こえないように、スラ子がささやいた。


「ウォーター」


 指定された場所にあふれた水は攻撃を目的としていない。

 地面にぶちまけられたそれが、近くの塩の結界を洗い流す。


「水がっ……。なんで、どこからっ?」


 異変に気づいた冒険者の一人が声をあげた。なにごとかと周囲を見回す、それに隠れるようにしながらスラ子はさらに水を呼び出す。


 違う場所からも魔力の波動が生まれていた。冒険者たちのあとを追跡していたシィが、スラ子とは別方向から水を生み出しているのだった。


「塩が……!?」

「全部撒いちゃえ、石までもう少しだ!」

「もうほとんど残ってないよー!」


 予想外の出来事にパニックにおちいるルーキーたち。その足元に水分を得て復活したスライムがせまり、


「ファイア!」


 あわてて魔法使いの男が迎撃する。

 魔法の炎を浴びて痙攣するスライム。その上空から、一斉にコウモリたちが襲い掛かった。


「うわあああっ」

「くそ!」


 前衛の二人が剣を振るう。

 そのあいだにも周囲にはどんどんスライムが集まってきている。スラ子とシィは彼らの近くに魔力のなごりが濃く残るよう、場所を指定して魔法を使っていた。


「か、囲まれたよっ」

「駄目だ! いったん引こう……!」


 よし――狼狽する連中の様子を見つめていた俺は、内心でガッツポーズをとった。


 作戦はうまくいった。

 これでクエスト失敗となったルーキーからは、ギルドにスライムの異常な数が報告されるだろう。どこからか塩を洗い流した水についても、覚えているかもしれない。


 この洞窟がおかしい、という意識をもたせるきっかけをつくることは十分できた。

 あとは連中をうまく外へ逃がしさえすればいい。


「スラ子、スライムたちの誘導だ。道をあけさせよう」

「はい、マスター」


 従順にうなずいたスラ子が、


「でも、少し待ってください。もう少しだけ、あの人たちに怖い目にあってもらいたいんです」


 俺を振り返った瞳には、悪戯を楽しむような無邪気な輝きがあった。



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