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六話 泣き虫な狼少女

「防寒着に毛布? なんだい。もう冬だってのに、いまさら慌てて冬支度かい」

「ちょっと遠くまで行くことになったんだよ。馬車のうえで凍えるなんてごめんだからさ」

「はは。最近はもう、めっきり朝が寒いもんな。だが、毛布はともかく防寒着ねえ。今は売れ残りくらいしか残ってない気がするが」


 愛想のいい店主が首をひねりながら奥にひっこんでいく。


 エルフたちとわかれた俺たちがきているのは、街の古着屋だった。

 長旅にむけた準備のためだが、水や食料品なんかの消耗品はバーデンゲンからまとめて都合してもらうことになっていたから、俺たちが用意するべきなのはそれ以外になる。


 寒さをしのぐ服とか、道具とか。

 他にも旅の途中で必要になるかもしれない細々としたものを求めて、俺はカーラと二人でギーツの街をさまよっていた。


 なにせアカデミーまでの道のりでは、人間の勢力圏をはずれることになる。

 村や町での補充だってできるとは限らないから、この街でしっかり用意を整えておく必要があった。


 主人が戻ってくるあいだ、店内に雑多に積まれたり掛けられたりしている衣服を興味深そうにながめているカーラをみていて、ああ、と思いつく。


「カーラ。このあいだ、服。破けちゃってたよな」


 イラドの集落でスラ子とやりあったとき、かなりボロボロになってたはずだ。


「あ、はい。そうですね」

「替えの服、買っちゃおう。お詫びってわけじゃないけど、こっちでもつから好きなの選んでくれ」

「えっ? いいです、大丈夫ですっ。まだゼンゼン使えるし、破けたとこも後でつくろっときましたから!」

「いやいや、遠慮なんていいって。これから先、なにがあるかわからないし、途中で無事な集落があるかなんてわからないしさ。買えるものはここで買っといたほうがいい」


 いってる途中で、あ、とまた思いついて、


「どうせなら、あとで魔法道具屋にいってみるか。どうせならちゃんとしたやつのほうがいいもんな」


 カーラは身軽さが身上だ。せっかくの長所を鎧を着込んで台無しにするわけにはいかない。

 冒険者用の装備なら、このくらいの規模の街のことだから、古着屋よりそっち向けの店があるだろう。


「えと。でも、」

「ああ、でもそれとは別に、普段着の替えもあったほうがいいよな。ということでやっぱりここでも服を買おう」

「じゃあ、マスターも買いませんか? 新しい服」

「俺か?」


 話をむけられて、俺は笑って手をふった。


「俺はいいよ。ローブなんて、今あるので十分だし」


 魔法使いなんて地味な黒ずくめが正装みたいなもんだ。


 でも、と不満そうな顔をみせるカーラに、


「ああ。それと、よかったらスケルのやつのも選んでやってくれ。あいつもこのあいだ、スラ子にばっさりやられちゃってたし。カーラとスケルなら、体格はあんまり変わらない、よな?」

「それは、大丈夫だと思いますけど」


 カーラはまだ気乗りしない様子だったが、ひらいた口から聞かされたのは少しちがった。


「ボクとスケルさんだけだと、問題あるかもなって」


 ああ、そういうことか。


「……すまん、スラ子とルクレティアと、タイリンの分も頼めないか。選び方に文句はいわせないから」

「みんな、自分で選びたいかも?」

「そのときは、そのときだ。とりあえずカーラはここで買うこと。あとで他の連中がなにかいってきたら、また別の日に買いに連れてくるから」


 そして容赦なく飛んでいく俺の小遣い。

 すでに来年分まで前借りしているはずだが、そのうち身内への借金で身動きとれなくなるんじゃなかろうかとちょっと空恐ろしくなった。


 というか、ルクレティアは果たして古着なんて着るのだろうか?

 王侯貴族よろしく、新しい服を用意するのに毎回わざわざ仕立てさせたり普通にやってそうなんだが。


「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えちゃいますっ」

「そうしてくれ」 


 渋っていたのはまわりへの遠慮があったからなのだろう。

 嬉しそうに店内をまわりはじめるカーラをみながら主人をまっていると、少しして山のような毛布を抱えてもどってきた。


「やっぱり、毛布ならいくらでもあるんだがね。防寒着っていうと、外套くらいになっちまうよ」

「それでいいよ。毛皮?」

「ああ。ところどころ虫に喰われたりしてるが、質はいいよ。ほれ、触ってみな」 


 毛布のなかにうもれた外套をひっぱりだしてみると、ところどころ薄くなってはきているが、たしかに生地はしっかりしていた。


「穴があいてる分、安くはしてくれるんだよな?」

「ま、いくらかまとめて買ってくれるならね」


 とりあえず相手の言質をとったところで、俺はさらにうなずいて、


「わかった。ああ、あと普通の服も何着か欲しいんだけど。なにかよさそうなのがあったら、そっちも見せてくれないか?」


 こういう店では、質のいいものは盗難をおそれて大抵、奥にしまいこんでいるはずだ。


「向こうにいる、あの子が着るやつ。いくつかみつくろってやってくれ」

「おや。贈り物かい? 一度に何着もだなんて兄さん、豪気だねえ」


 にやにやと店主があごをさする。

 なんだか勘違いされている気がしたが、いちいち否定するのもあれだったので、


「それと彼女の、ええと、妹の分も一着。合計五着くらいでよろしく頼む」

「妹さんの分までとは抜かりないね。よっしゃ、その気前のよさが気に入った! まかせとけ。兄さんのアピールが成功するように、とっておきのをひっぱりだしてきてやらぁ」


 意気揚々と再び奥に消える店主をみおくりながら、俺はどんだけ必死にみえてるんだろうと考えた。


 店での買い物をおえたとき、俺の小遣いは二月分ほど吹っとんでいた。

 破産待ったなしである。



 それから、革をなめしたブーツとか、外套の下に着込む毛織物とか。

 他にも色々と街中をあるきまわってから、最後に俺たちは魔法道具屋にむかった。


 大通りから外れた路地裏の、入り組んだ建物をみあげて、


「……リリィ婆さんとこといい。冒険者向きの店ってのはどうしてこう、うさんくさそうな雰囲気をかもしだしてるんだろうな」

「うーん。いわくありのアイテムとか運び込まれるから、とかかな?」


 苦笑しつつ同意してくれるカーラと店のなかへ。


「――いらっしゃい」


 店内には他の客はおらず、奥のカウンターにはいかにも堅気あがりじゃなさそうな強面の男が陣取っていた。


 冒険者向けの店は、元冒険者がやっていることがおおい。

 この店主もそうなのかもな、とあたりをつけていると、


「なにかお探しかい」


 顔に似合わず、意外と優しそうな声だった。


「なにか、軽くていい防具とかないかな。この子にあってそうなやつ」

「マスター、さっき買ってもらったので十分ですっ」

「いいからいいから。あ、防具じゃなくてもいいけど。なんか欲しいものとかあるか?」


 うー、とうなり声をあげてから、カーラがちらりと店内をみまわして、


「――あの。じゃあ、呪いを防ぐやつとか」


 呪い? 


「それって、バーサークの?」 

「あ、無理だってわかってるんですけど。そういうの、ないかなって」


 狂暴化を抑えるマジックアイテムか。


 うーん、と俺は頭をひねった。

 バーサークはカーラの一番の悩みだから、気持ちはわかる。


 だが、狂暴化は呪いってわけじゃない。

 カーラの身体に流れるウェアウルフの血がおこす特性みたいなものだから、それを抑えこむってことになると、


「……マナの働きをおさえるってことか。でもさすがにそんな便利なのは、早々――」

「ちょっと待ってな」


 あるのかよ!


 奥にさがっていく店主を見送って、カーラと顔をみあわせる。


「都会ってすごいな」

「ですね」



 それからしばらくたったが、店主はまだ戻ってこない。


 主人の帰りをまつあいだ、俺とカーラは店内をみまわって時間をつぶしていた。


 あちらこちらの棚に用途のわからない道具が陳列されている。

 使い方も値段さえさっぱりだが、客をほうっておいて主人が奥にこもったりして大丈夫なのかと心配になった。


 まあ、こういう店はたいてい街のヤバいことにも関わっている。

 盗品がはいってくることだってあるだろうし、売買ルートがあるってことだ。そんなとこを相手に盗みをやるなんてそれこそ命知らずだよなと思いながら色々と物色してまわった。


「なにか探してるんですか?」

「ん。なんか俺でも扱えそうな便利アイテムとかあるかなってなー」


 いつまでも妖精の鱗粉と体当たりだけってわけにはいかないだろう。

 せめて自分の身くらい満足に護れるか、せめて逃げる手助けになる道具でもないかなと探していると、


「マスター、聞いてもいいですか」


 真剣なカーラがこっちをみつめていた。


「どうした?」

「スラ子さんのことなんですけど。さっきの」

「さっき? ああ、ツェツィーリャの」

「はい。マスター、どう思ってるのかなって。あんまり驚いてなかったみたいで」

「いや、そういうわけでもないけど。……どうだろうな」


 心配そうにのぞきこんでくるカーラに、


「――まあ。正直いうと、ちょっと前にいわれたことあってさ」

「スラ子さんのことですか?」

「うん。ほら、俺がストロフライに拉致されたことあったろ? そのとき、別の竜にさ」

「竜――」


 竜といえばストロフライにかぎらず、死と破壊の象徴だ。

 顔を蒼白にする相手にあわてて笑いかけて、


「いや、大丈夫。それで、後のことはまかせろっていうのはその時いわれたんだ」

「ストロフライさんがいるから、安心ってことですか?」

「それはあるかもな。でも、それだけとはちょっと違って。……正直いって、スラ子のことはよくわからないんだ」

「わからない?」

「うん。さっきの矢、あったろ。防いだやつ」

「……はい」


 カーラが唇をかむ。反応できなかったことが悔しいんだろう。


「スラ子がやったらしくて、実際そのとおりなんだろうけど。スラ子がそういうふうになってるのって、多分、今日か昨日かくらいからなんだと思うんだよ」

「そうなんですか?」

「だってほら、俺、ルクレティアを追って城にいったとき、矢で撃たれてるし。他にも、ちょっぴり死にかけたりしたし」


 あ、とカーラが目をまるめた。


「そっか。そのときはまだ、スラ子さんは」

「……もしかしたら、そのときのことがあるから、スラ子が“そう”なのかもしれないけど。で、他にもあったろ、無意識で護ってるとか云々」

「はい」

「あれも、もしかしたらスラ子はわざとそうしてるんじゃないかって思う」

「どうしてですか?」

「俺とカーラを二人っきりにしようとしてるのかも、とか」

「あう」


 カーラの顔が赤くなった。


「わからないけどな。ほんとのところは、スラ子にきいてみないと――いや。……スラ子にだって、自分でもわかってないのかもしれない。それはやっぱり、怖くはあるよ」


 今のスラ子になにができるのか。なにができないのか。

 ――できないことなんて、あるのか?


 前にスラ子が宿の部屋でいった、なんでもできるようになった、という台詞。

 あれは決しておおげさなものではないかもしれない。


 エルフが、そしてあの強大な竜すらが警告を発するなにかがスラ子の内にあるというのは、間違いないのだ。


「……怖い、ですか」

「我ながらヘタレだけどな」


 でも、と肩をすくめて、


「怖がってても始まらないから。俺がスラ子を怖がってちゃ、始まらない」 


 自分にいいきかせるように繰り返した。


「スラ子がわからないなら、俺がわからせる。スラ子がちゃんと自分のことをわかるように――そんな大それたことはできなくても、一緒に考えることならできる。だからまず、自分ができることからやらないと」


 スラ子をつくったのは俺なんだから。


 じっと俺をみつめて、しばらくカーラは無言だったそれから、ついと視線をおとして、


「……マスターは、すごいなぁ」


 どこか暗い声でいった。


 俺は思いっきり苦笑をうかべて、


「なにいってんだよ。そもそも――」

「おまたせ」


 これ以上ないってタイミングで、奥にさがっていた店主が戻ってきた。


「お邪魔だったかね」

「いや。なんでもない、です」


 妙に恥ずかしい。

 あわててそっぽをむく俺とカーラに、店主はちらりとした視線をむけてから、


「さっきいってたヤツだ。こういうのならあるがね」


 カウンターにことりと置いた。


 道具屋の主人がもってきたそれをカーラと二人でみおろす。

 持ち出されてきた魔法道具は、ほとんど装飾のない、だがつくりがしっかりしていることは一目でわかるような、よく磨き上げられたなめし革の首飾りだった。



 結局、俺たちはなにも買わずに道具屋をでた。


 宿へむかう道をあるきながら、俺とカーラのあいだに会話はない。

 なんとなく気まずさをおぼえて、ちらりと隣をうかがうと、カーラはうつむきがちに黙っている。


「あー。……ごめん、カーラ」

「え?」


 びっくりしたように顔をあげた。


「なにがですか?」

「いや、ほら。さっきの」


 道具屋でだされた魔法道具。

 首飾りだなんていってたが、革づくりでしかも装飾なし。


 あれじゃ、ほとんど首輪だ。

 いくら性能が自分の求めてるものだからって、そんなのつけるなんて気分がいいはずない。


 製作者はいったいどういう趣味なんだ。

 ――ああ、元からそういう目的でつくられたやつなのかもしれないな。


「あ、違います違います、そうじゃないんです」


 あわてて頭をふったカーラが、


「すいませんっ。さっきのは、気に入らなかったとかじゃなくって。その――やっぱり、ダメだよなって思い返したんです」

「ダメ?」

「マスターの話をきいて。狂暴化をおさえる便利なアイテムとかに頼っちゃダメだって。ちゃんと、自分の力でコントロールできないって思って。だから」

「ああ、なるほど。そうか。確かにそうだよな」


 道具をつかって制御するのだってひとつの手ではあるが、それだけに頼るのもよくない。

 立派な心がけだと感心していると、


「――ウソ、です」


 カーラがつぶやいた。


「え?」 


 びっくりして立ち止まる。


 カーラも足をとめていて、前髪で顔をかくすように頭をさげている。

 両手が、ぎゅっとにぎりしめられていた。


「カーラ?」

「……ウソです。ごめんなさい。そんなこと、ちっとも思ってませんでした」 

「……そうなのか?」


 はい、とつぶやいて沈黙する。

 俺はカーラの突然の態度がわからず、困惑して相手の反応をまった。


「ホントは、――いいかなって」

「いいって。さっきのヤツが?」

「はい。見た目は、たしかにちょっとと思って。でも、あれをつけたら、もう暴れたりしなくなれるんなら。それでマスターや、他のみんなに迷惑かけなくなるならって」

「迷惑なんて、そんなことないだろ」


 バーサークはたしかに見境がなくなるが、それに助けられたことだってある。

 それに、最近は狂暴化することだってなくなってきてるのだから、


「違うんですっ」


 カーラはおおきく頭をふって、


「そうじゃなくて。もし、そうなれたら、ボクも。もっと、ちゃんと――マスターと……」


 徐々に声が尻すぼみになっていく。

 最後はまったく聞き取れなくなった、その後半部分の推測を自分なりにしてから、


「ええと、カーラ。あのな」

「変なこといってすいません!」


 こっちの台詞をさえぎるように、カーラが頭をさげた。


「そんなの、ただの逃げなのに。やっかいな力を使いこなせるようになるんじゃなくて、封じ込めるなんて、なんの役にもたてなくなるってだけなのに。そんなことわかりきってるのに、ちょっとでもそんなこと考えたのが恥ずかしくて。……悔しくて」


 抑えた声で激昂する。

 そのまま、カーラは顔をあげようとしない。


 声をかけようとして――カーラがふるえていることに気づいて、


「なあ、カーラ。さっきの続きだけど」


 俺は頭をさげたままの相手に語りかけた。


「俺がすごいとかいってたけど。それをいうなら、すごいのはカーラだ。俺があんなふうに思えたのは、カーラのおかげなんだから」


 ぴくりと肩がふるえた。


「……ウソです。ボク、なんの役にもたててないのに」

「そんなことは絶対にない」


 俺は断言した。


「俺がここにいるのは、カーラがいてくれたからだ。俺がなにかできてるなら、それはカーラがいてくれてるからだ」


 それは慰めでも励ましでもなくて、純然たる事実だ。


「一人じゃなんにもならない。二人でも駄目だ。それを教えてくれたのだってカーラじゃないか。俺とスラ子の二人じゃ、駄目なんだって」


 前にスラ子がイラドで赤子を連れ出したとき。

 自分の行動が俺のためになると確信していたスラ子を真正面から否定してみせたのは、カーラだ。


「スラ子に、友達になろうっていってくれただろ? あれ、すごく目が醒めたし、それに嬉しかったんだよ。ありがとう。……なあ、そろそろ顔をあげてくれよ。これじゃ俺、女の子にひどいことしてるみたいじゃないか」


 あたりに人目がないわけじゃない。

 周囲の冷たい視線にたえながら情けなく懇願すると、カーラがゆっくりと頭をもちあげた。


 涙に濡れた大きな瞳がみひらかれる。

 その視線は、自分の目の前に突き出された俺の手のひらに注目していた。


「――これ、」

「うん。午前中にさ、露店でちょっとみてたやつ」


 それはちゃちなつくりの石飾りだった。


 別に高価な宝石がついてるわけでもないし、意匠に凝っているわけでもない。

 もちろん魔力的な性能なんてあるわけない。


 財布にだって随分と優しいそれは、他にも似たようなものがいくつも並んでいたから、そのなかのどれがカーラの興味をひいたものだったかも定かではなかった。


「気に入ってたデザイン、それじゃないかもしれないけど」

「……ボクに、ですか?」


 きょとんとしてまばたきするカーラに、俺は渋面をつくった。

 そんな顔でもつくってみせないと恥ずかしすぎるからだ。


「当たり前だろ。今日は、デートなんだから」


 ほら、と突き出すと、おずおずとカーラはそれを受け取って。


 くしゃりと顔をゆがめた。


「ありがとう――ございます……」

「ああ。ああ、泣くなよ。泣くなって」


 ぽろぽろと透明なしずくをこぼす相手に、俺はこれ以上まわりからの好奇な視線にたえられず、カーラの手をとって無理やり歩き始めた。


 引っ張られながら、カーラは子どもみたいに泣いている。

 必死に嗚咽を押し殺そうと頑張っているのをききながら、


「なあ、カーラ」

「……っく、――はいっ。なん、ですか……」

「字の勉強がしたいっていってたよな」

「――っ……はい、」

「あれさ、今から始めてもいいんじゃないかと思うんだ」

「は、い……?」


 戸惑うような声に、後ろを振り向かないまま、


「うん。今日の夜からでも、教えられることなら教えられるし。だから、俺の部屋にくればいいよ」


 ……我ながら、もうちょっと上手い誘い方はないものだろうかと呆れた。


 女の子が泣いているのに抱きしめることもできないのかと、脳裏でスラ子やスケルにルクレティアまで揃ってなじられる想像図を思い浮かべながら、返答をまつ。


 カーラの返事はなかった。


 そのかわり。

 つながった手のひらがほんの少し、強い力でにぎり返されてきたのだった。


                                               7.1章 おわり

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