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三話 賢人族《エルフ》

 銀髪とおなじ色の瞳の、見た目はひどく可憐な相手が鼻のてっぺんに皺をよせた。


「なにしてやがるって聞いてんだろうが。無視すんな、ボケ」


 相変わらず口がわるすぎる。

 そのまま胸倉をつかんで小銭を巻き上げられそうな言葉遣いに、こっちも思いきりしかめっ面で、


「そりゃこっちの台詞だ。エルフが人の町なんかでなにやってんだよ」


 森の民エルフは、自分たちの住処にこもってほとんど外界にはでてこない。

 昔は仲がよかったという人間種族とも今ではたもとをわかち、滅多な変わり者でもなければ交流をもとうとしないくらいだ。


 精霊を拝し、独特な価値観と規律に従って穏やかに過ごす賢人。

 それがエルフだ。


 知名度だけなら他のどんな魔物にだってひけをとらないが、実際に姿をみたことがある者が極端に少ないのもそのためで、今もギルドの連中が珍しいものをみて目をまるくしている。


「あ? そんなん手前に関係あるか、タコ」

「……前から気になってたんだけどな。その台詞の最後に悪態をつけないといけないのは、呪いかなにかか?」


 だとしたらかなり悪質な呪いだと思うんだが。


「うっせ。人間なんかに口きいてやるだけでありがたく思えってんだ」

「あらあら」


 睨みあう俺とツェツィーリャに、フードをかぶったもう一人がふうと息を吐いた。


「ダメじゃない、ツェツィ。エルフがみんな、そんな言葉遣いだなんて思われちゃうわ」


 その言い方。つまりこっちも――

 思わず凝視してしまう俺に、にこりと形のよい口元が微笑んで、


「はじめまして」


 フードをとった外見にその場にいる男たちの視線が注目した。


 そこに姿をみせたのは、やっぱりエルフだった。

 艶やかに伸びた白銀の髪がまっすぐにながれ、微妙にカールした内側に柔和な笑みをたたえた優しげな顔立ち。繊細な容貌は、職人が心をこめてつくりあげた彫刻のようですらある。


 全体のつくりは隣にたつ不機嫌そうなエルフによく似ているのに、発する雰囲気がまるでちがう一番の理由は、間違いなく表情の差ではあったけれど、


「――知らなかった」

「あ?」


 目の前に並び立つ二人のエルフ。

 その首から下のあたりを見比べながら、


「エルフも格差社会なんだな……」

「ぶっ殺す」

「嘘です冗談だよ悪かった!」

「マスター。ボクの影に隠れないでくださいよ」


 拳をふりあげる相手から逃げこもうとした、カーラの声がめちゃくちゃ冷たい。

 くすくすと笑ったエルフ(大きい)が、


「ツェツィ、この方はお友達?」

「んなわけねぇだろ。……話しただろ、こいつが例の人間だよ」

「ああ、あなたが」


 すっとまつげの長い目がほそまる。

 美人がそういう仕草をすると迫力がちがう。こっちの小心を知ってか知らずか、相手はすぐにやわらかい表情にもどって、


「ツェツィの姉のヴァルトルーテです。そちらのお名前は、」

「……マギです」

「ボクは、カーラっていいます。はじめましてっ」

「はじめまして。以前、妹がご迷惑をかけたみたいでごめんなさい」


 あっさり頭をさげる。

 あんまりあっさりした態度だったので、こっちがびっくりした。


 妹とちがってやけに礼儀正しいエルフだ――いや、これこそが本来のエルフのはずだ。

 出会い頭にいきなり矢を射掛けてくる、どこぞのエルフのほうが間違ってる。エルフという種族に憧れをもっている世界中の同胞たちに謝れ。


「ほんとに姉妹なのか?」

「どういう意味だ、コラ」

「いや、顔はともかく。あんまり似てない――ああ、出来がよすぎる姉がいてっていう」

「だからどういう意味だっつってんだろうが」


 怒り笑いみたいな顔で歯をむいてくるツェツィーリャから目をそらして、俺は置いてけぼりのギルドの連中をみた。

 男どもは全員、突然のエルフ、しかもそれが二人もやってきた事態についてこれないでいる。


「……エルフとはまた珍しい客もあったもんだ」


 受付机に肘をついた男が重々しくうめいた。


「なんの用だい。依頼か、それとも登録か」

「登録? いいえ、私たちはお願いがあってやってきたんです。道案内をお願いできないかと思いまして」

「案内なら俺たちがやってやるぜ。どんな店にでも連れていってやらあ。天国にだってな!」


 周囲の連中が茶々をいれてくる。

 ヴァルトルーテと名乗ったエルフがにこりと微笑んで、


「ありがとうございます。でも、案内して欲しいのはこの街ではなくて、外なんです」

「案内兼、護衛の依頼ってわけか」

「そうです。私たちは普段、森の外へ出ませんから」

「どこに行こうってんだい。王都か、それとも商都まで? どこだろうと、まあ心当たりくらいはあると思うがね」

「北へ」


 エルフが発した短い単語に、男たちの顔が一斉に渋面をつくる。


「北だって? あのあたりは魔物の巣窟だぜ」

「ええ。ですから、案内をしてくれる方を探しているんです。どなたかいらっしゃいませんか?」


 問いかけに、返ったのは長い沈黙だった。


 エルフがため息をつく。


「……やっぱり、難しいみたいですね。できれば地図とか、最近の状況。そういったものだけでも頂けたらと思ったんですけど」

「そいつあ無理ってもんだろうぜ、エルフのお嬢さんよ」


 受付の男が苦々しく首をふった。


「情報ってのはそいつが生きる証そのものだ。ものによっちゃ自分の命より大切なモンを、ほいほい安売りするやつがいると思うかい。だいたい、実際にあんたらについてもいかず口先だけでしゃべった情報なんざ、信じられるか? そんなのでいいなら、いくらでも聞けると思うがね」

「そうですね」


 エルフが苦笑する。

 もう一人のエルフが舌打ちして、


「使えねー連中」

「こら。――ごめんなさい。無理なお願いをしてすみませんでした。それじゃ、失礼します」


 ぺこりと頭をさげ、不満そうな妹をひきつれて去っていく。


 俺は隣のカーラに目配せして、あわててその後ろ姿を追いかけた。

 一緒にでればギルドの連中にからまれないですみそうだったからって打算以外にも、後を追った理由はあって、


「おい、ちょっと待ってくれ!」

「はい?」


 相手が振り返った。

 かぶりなおしたフードから顔がのぞく。


「あんたら、北の“どこ”にいきたいんだ?」


 二人のエルフが顔をみあわせた。


「それが手前になにか関係あるのかよ、ボンクラ」

「もしかしたらな。……俺はアカデミー員なんだ」


 ギーツから北の方角で王都じゃない。

 それから先は魔物の勢力下だ。


 そして――アカデミーがあるのもそこだ。


「なあ。あんたたち、これからアカデミーにいこうとしてるんじゃないのか」


 こちらの問いかけに一瞬の空白をおいてから、片方のエルフが鼻をならした。


「だとしたらなんだってんだ。やっぱり関係ねーだろ」

「それがやっぱりあるのさ。俺たちも、これからアカデミーに向かおうってとこなんだからな」

「……手前が?」


 鋭い目線を投げつけてくるツェツィーリャを負けじと睨み返して、


「エルフがどうして森から出てきて、アカデミーに行こうとしているのかはわからないけどな。同じタイミングで自分たちもいこうとしてるなんて、偶然にしちゃ出来すぎてると思わないか。少なくとも、俺はそう思う」

「だったらどうだってんだ」

「ツェツィーリャ。お前がどうして例の騒ぎからこっち、ずっとうちの近くの森にいたのか。まだ理由を教えてもらってなかったよな」

「手前にゃ関係ねーな」

「――そうなのか?」


 短く吐き捨てる相手を真っ直ぐにみつめた。


「本当に、関係ないのか? ツェツィーリャ、お前があのあたりで探ってたことが、関係してるんじゃあないのか?」


 目つきの悪いエルフが沈黙する。

 その態度がむしろ回答のように思えて、俺はたたみかけた。


「もしそうなら。俺たちには、話し合えることがあるんじゃないか。手伝えることだってあるかもしれない。……ドラゴンゾンビのときみたいに」

「冗談。誰が手前なんかに、」

「――そうかもしれませんね」


 ツェツィーリャの言葉を、隣からの声がさえぎった。


「ヴァル姉ッ」

「情報を共有することには意味があると思います。どういう偶然か、お互いに同じ目的地にむかっているということなら。でも、さっきの人が言ってましたよね。情報は、信用に足るものでなければ意味がないって」


 にこりと優しげな表情のエルフが微笑んだ。


「マギさん。あなたは私達を信じられますか?」

「……信じるさ。そっちのツェツィーリャには、竜騒動のときに助けてもらったからな」

「では、私達はあなたを信じられると思いますか」


 さらりと続けられた台詞に、答えにつまってしまった。


 ――世界の敵だ。

 はっきり俺とスラ子にむけられた、ツェツィーリャからの激しい敵意。


 それが耳にのこっているから、そのうえで信じてほしいなんて自分たちでいうのはあまりにこっけいすぎて、


「……信じてやるよ」


 横から口をはさんだのは、そのツェツィーリャだった。


「この人間の馬鹿さ加減ならオレが保証するぜ、ヴァル姉。こいつにゃ、こっちを騙そうとしたりするような上等なオツムは持ち合わせてねーよ」 

「あら。人間嫌いのツェツィがそんなこと言うなんて珍しい」


 姉のエルフが面白がるように瞳を輝かせる。


「大ッ嫌いに決まってんだろうが」


 思いきり顔をしかめるツェツィーリャにくすくすと笑みをもらしてから、こちらをみた。


「わかりました。少しお話しましょうか」


 ◇


「――で。どうして、こんなことになるんだ」


 俺は半眼でうめいた。


 話をしよう、という流れから、俺たちはなぜか一緒に街中を歩いていた。

 あら、と少し離れて歩くヴァルトルーテがやわらかく微笑んで、


「だって、マギさんたちはなにかお仕事の途中なんでしょう? でしたら、まずはそちらをすませてしまいましょう。お話はそれからゆっくりすればいいんですから」

「それで、どうしてあんたらまで俺たちについてくる必要があるんだ?」


 俺たちが仕事をすませて、あとから合流とかでもよかったじゃないか。


「私たち、人間の町というのは慣れてないんです。せっかくだから、ご一緒して色々と見学させてもらおうかと思ったんですけれど、ご迷惑?」

「そういうんでもないけどな」


 挨拶状をわたすだけのお使いに、四人も押しかけるってのはちょっと目立ちはする。

 実際、いま俺たちがいってきた組合でも、手紙をうけとった受付の男がなにごとかという顔になっていた。


「細かいことでゴタゴタ言ってんじゃねぇよ、ぶん殴るぞ」

「……お姉さん。おたくの妹さん、どうしてこんなにガラが悪いんですか? 家庭の事情ってやつですかね」

「ごめんなさい。でも、ツェツィちゃんはホントはすっごく優しいコなんですよ」

「“ちゃん”はやめろ」


 ツェツィーリャが顔を赤くする。

 姉がにこにこと表情を変えないのをみて、忌々しそうにそっぽをむいた。


 おお。誰にだって苦手な相手がいるってのは本当だな。


「ツェツィは昔っから、ヴァルにだけは頭があがんないからネ」


 唐突に声がひびいた。

 聞き覚えのあるその声は、しかし見知った姿はどこにもない。


「シルフィリア? やっぱり一緒なのか」

「そりゃそーダヨ。おひさ、精霊喰らいのマスターくんっ」


 姿はないまま、からかうような息吹きが耳にかかった。


「契約してんだ。一緒にいねぇわけがねーだろ」


 姿を消してただけか。

 まあ、精霊なんて人の目に見られたら騒動になるだけだから、正しい判断だろう。


 ふと俺は気になって、質問するために口をひらいた。


「そういえば、ヴァルトルーテさんもやっぱり精霊と契約をしてるんですか?」

「いいえ。私はしていません。精霊契約をしているエルフってあんまり多くないんです」

「へえ」


 マナをつかさどる精霊と契約することで、強大な力を行使する精霊魔法。

 エルフの代名詞ともいえる特性だが、誰にでも使えるわけじゃないんだろうか。


 エルフたちは自分たちの生態についてもかなりの秘密主義だから、そういう話にはかなり興味があったが、


「余計なこと聞いてんじゃねえ」


 殺気をはらんだ声がさっそく警告してきた。


「調子に乗んな、人の身内に馴れ馴れしくしてんじゃねえぞ。その貧相なドタマに矢を生やして飾りつけしてやろうか、あァ?」


 ……やっぱり、家庭での教育に問題があったとしか思えない。


「ふふ。ごめんなさいね」


 俺はため息をついて、左隣を歩くカーラがさっきからしゃべってないことに気づいた。


「悪い、カーラ。こんなことになって」


 使いをすませて買い物にしようって話だったのに、なんだか変な流れになってしまった。


「大丈夫です。全然、気にしないでくださいっ」


 あわててカーラが頭をふる。

 その顔は怒っているというより、どこか緊張した表情だった。


 ツェツシーリャと俺たちは前に一戦まじえたこともある。そんな相手が後ろからついてきていて、気にするなというほうが無理だったが、


「多分、大丈夫だと思う。その気なら、会った直後に弓を持ち出してるんじゃないか」


 こっそり耳打ちすると、カーラも小さくうなずいた。


「……ですね」


 それに、と決意をひめた眼差しで、


「なにかあったら、マスターのことは絶対にボクが護りますから」


 気合を込めるように、むんっと拳をにぎりしめる。

 自分より年下の女の子に庇護対象としてみられるのは、やっぱり情けなくはあったから、なんともいえないで俺が頬をかいていると、


「あれ。あいつら、どこいった」


 いつのまにか、そのエルフ二人の姿がいない。

 周囲に目をくばると、近くの露天売りの近くでフード姿の二人連れを発見した。


「見て見て、ツェツィ。とっても綺麗な石飾りよ」

「安っぽいだけじゃねーか」

「……あんたら、なにやってんだ」


 呆れて声をかけると、振り返った顔がぺろりと小さく舌をだした。


「ごめんなさい。綺麗だったものだから、つい」


 おのぼりさんじゃあるまいし、と思ってから、似たようなものかと思いなおす。


 それにしても、


「エルフはそういうの、好きじゃないんじゃないかと思ってたよ」


 人間が作る細工物なんて、自然嗜好のエルフは毛嫌いするものとばかり思っていた。


「あら、そんなことはありませんよ。私たちだって裁縫や、小物を作ったりしますもの」


 そっとフードを持ちあげると、耳たぶをかんだ綺麗な耳飾りがゆれた。


「どんな種族だって、お洒落に興味がない女の子はいないでしょう?」

「そうなのか?」

「なんでそこでオレを見やがる。ぶっ飛ばすぞ、ボケ」


 ふと、カーラが真剣な表情で露店の売り物をみつめているのが目にはいった。

 なんだか変なことになっているが、今日はカーラとのデートのはずなのだ。


 出かけ前、スラ子から渡された軍資金の重みをたしかめる。

 なるべく自然になるように声をかけた。


「なにか欲しいのとか、あるか?」

「え? あ、大丈夫ですっ」


 顔をあげた相手が、あわてて首をふってくる。


「これくらいのなら大丈夫だぞ。金ならもらってあるし、カーラには世話になってるし」  

「いえ、本当に! ちょっと見てただけですからっ」


 それに、と恥ずかしそうに顔をうつむかせて、


「ボク、こういうの似合いませんし……!」

「いや。そんなことは」

「ツェツィ、ツェツィ! こっちにも面白そうなのがたくさんあるわよーっ」


 甲高い声。

 むこうの露店で、歓声をあげているエルフが周囲の視線を一心にあつめている。


「……いったいなんのためにフードかぶってるんだろうな」

「あ、ボク、いってきますねっ」

「あ。おい、カーラ!」


 かけだしていく背中に声をかけるが、カーラはそのままいってしまった。


 露店売りのおっさんの視線。

 無言のまま、買うのか買わんのかはっきりしろと迫られて、頬をひきつらせる。


「あれだよネ。女に上手く贈り物を渡せるかってのも、男の甲斐性だよネ」

「甲斐性ってツラかよ、あれが」


 後ろから、どうでもよさそうなエルフとシルフの茶々がきこえてきた。



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