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二話 商会、お使い、再会

 昨日の騒ぎなんて誰も気にしてないみたいに、街は朝からにぎわっていた。


 定期市は今日はないが、毎日の朝市があるから通りには露天の類もおおい。

 川港の近くでは、はいってきたばかりの魚介類が焼かれたり干されたりして、朝食をすませたばかりの腹を刺激する香ばしいにおいがただよってきていた。


「これ、ヤバイな。金なんていくらあっても足りなくなりそうだ」

「ですね。見るもの全部おいしそうっ」


 押しの強い露天売りのおばちゃんに渡された魚の一本串を頬張りながら、カーラと顔をみあわせる。


 塩気のつよい味付けは、いかにも「一緒にエールもどうだい」と語りかけるようだったけれど、さすがに使いの途中で酔っ払うわけにはいかない。

 かわりに果汁をしぼった飲み物をふたつ、小銭と交換で無愛想なおばちゃんから受け取って、


「ありがとうございます!」


 手渡した木をくりぬいたコップは、あとで返す必要がある。近くの木陰で口のなかのしょっぱさを洗い流しながら、休憩をとることにした。


 石レンガの壁に背中をあずけながら、こっちに一人分の距離をあけたカーラがちょこんと後ろにもたれかかる。


「とりあえず、商会はさっきのとこで終わりだよな」

「はい。あとは組合のほうが。それぞれ場所が離れてて、ちょっと歩かないとダメみたいです」


 俺たちがまず複数の商会からまわったのは、それらがほとんど同じ地区に集まっていたからだ。

 ルクレティアが手紙をだしたのはこの街でも大きな商会ばかりで、そんな大店どころが、田舎町の次期長役の使い程度に丁重な応対なんてしてくれるはずがないから、商会への使いはあっさりすんでしまっていた。


 残るは組合だが、


「まわらなきゃいけないのって、全部で……ああ、けっこうあるな。へえ、さすが都会。パン組合なんてあるのか」


 カーラがひろげてくれたメモ書きを横からのぞきこむと、他にも面白そうな名前がいくつか並んであった。

 ほんとだ、と目をまばたかせてから、カーラが首をかしげる。


「パン組合って、どんなことしてるんだろ。美味しいパンをつくったりとか?」

「してるかもな。それ以外だと多分、値段をあんまりバラけさせないようにとか、売れ残れないよう作る数の調整とか、そういうことやってるんじゃないか」

「あ、そっか。そうですよね」


 照れたように頬をかく仕草が可愛い。

 こちらの視線に気づいて頬をそめて、


「でも、ほんとにパン以外にも皮なめしとか、お肉屋さんとか。なんでもありますねっ」

「メジハと違って同業者が多いんだろうな。連絡会って意味合いも強いんだと思う。まあ、余所者や新参者を追い払うのもか。そういうのだって数は力だもんな」


 この国でギルドが盛んなのは、王様があてにならないからだ。

 集落の自衛戦力として冒険者ギルドという存在が生まれ、そうした組織的在り方に習った商工業ギルドなどが派生した。


 いずれはそうした組合が台頭するだろうというのはルクレティアの予言するところだが、こうして実際に街にある豊富なギルドの種類を目の当たりにすると、そんな未来も遠いことではない気がしてくる。


「ルクレティアは、今のうちにそういうギルドの人達と繋がりをもっておきたいってことなのかな」

「多分な。貴族なんてそのうちなくなるとかいってた。自分でそういう流れにだってもっていきそうだが――とりあえず、顔繋ぎは早いうちにやっといて損はなさそうだ」


 妖精の薬草についての取引をはじめることで、必然的にギーツとメジハの関係は変わってくる。

 今までのようなはっきりとした上下関係ではなく、商契約を結んだ、より対等な隣人関係。


 小さな町のメジハにとって、ギーツは大口の取引相手であるのと同時、余所から問題がやってきたときの防波堤でもある。そのためには、ギーツには健全な財政状況でいてもらわないと困るが、それでギーツが力をもちすぎるのも困ってしまう。


「どうしてですか?」

「今のギーツはどうも見た目どおりってわけじゃあないらしいが、それがまともになったりしたらどうなる? こことメジハじゃもともとの規模が違う。契約を盾にした対等関係なんてあっさり破られて、前みたいに従属しろ、上納しろなんて強要してくるかもしれないだろ?」

「妖精の薬草があるから、ですね」

「そうならないためには、ギーツに栄えてもらいながら、それ以上にメジハが力をつけておかなきゃならないな。ルクレティアがそのあたり考えてないわけがないから、俺たちのお使いってのも、それを見越してなんじゃないか」


 今のメジハは、ちょっと変わった特産品がある田舎町ってだけだ。

 それをギーツや余所の大きな街に負けないくらいにするために、五年後、十年後を見越してルクレティアは考えているんだろう。


「……すごいなあ、ルクレティア」


 感嘆したようにカーラがため息をつく。

 語尾がちょっぴり悔しそうだったから、俺は肩をすくめてみせた。


「ルクレティアとおんなじことを、全員がやれる必要はないさ」


 なにかを考える人間がいるなら、それを受けて動く役割の誰かだって必要だ。一人でなにもかもができないから、種族とか社会が存在するんだから。


「そう、ですね。そうなんですけど、」


 微笑しながら、カーラは完全に納得できた様子ではなかった。


 カーラとルクレティアの二人は、俺たちのところにきた直後からずっと、なにかある関係だ。

 それをライバルというのか、もっと別のものなのかはともかく。


 とりあえず俺にわかることは、女同士のそういう関係によけいな口をだしてもろくなことにはならないという、とぼしいながらのこれまでの人生経験による教訓で、


「……だからって、できないままでいいってのは。違うよな」


 カーラが顔をあげた。


「できないならできないなりに、できることをちょっとずつ増やしていかないと。ずっと同じままだもんな」

「ですね」


 魔物見習いの少女が息を吐いた。


「でもボク、字もほとんど書けないし、数字だって読めないから。やっぱりちょっと、悔しいなあって思ったりしちゃって」


 田舎で字を読める人間なんて滅多にいない。

 数字だって両手があれば足りることがほとんどで、それ以上の数字なんて商売をやっているか、やっていたって、端数はなあなあですましてしまうことだって珍しくない。


 俺は魔物アカデミーで学ぶ機会をもてたが、今のご時世でそうした教育を満足に受けられるのなんて貴族か金持ちだけだ。


 ふと脳裏にひらめいて、


「学校とか、いいかもな」

「学校?」

「ほら、タイリンとかさ。他の子たちがいるじゃないか。あの連中、メジハであずかるって話だけど、将来のこととか考えたら、そういうのを学ぶ機会があるといいなって」


 今まで殺すことだけ学んできた彼らが、それ以外のことを学ぶ機会があってもいいはずだ。


 選択肢があったっていいだろう。

 それから先、彼らがなにを選ぶかは自分の意志だとしたって。


「それ、とってもいいと思います!」

「子ども五人もただで食わせられるわけでもないし、畑仕事とか手伝ってもらわなきゃならないだろうから、メジハにそんな余裕があるのかわかんないけどな。適当に思いついただけだし」

「でも、ルクレティアに聞いてみたいっ」


 ルクレティアも案外、嫌な顔はしないんじゃないかなと思う。

 以前、メジハにある全部の店の帳簿を一人で精算してたりしてたルクレティアのことだ。町の人間が数字に強くなることは歓迎だろう。


「まあ、子どもだって立派な働き手だから、それが勉強に時間をとられるだなんて町の連中は絶対にいい顔しないだろう。費用とか人手とか、すぐにできることじゃあないだろうが、」

「五年後、十年後を考えて。ですね」


 にっこりとカーラが笑う。


 ルクレティアのように予言じみた洞察はできなくたって、五年後、十年後を考えることはできる。


「それで。もしカーラにその気があるなら、一緒に勉強とかできるんじゃないか?」

「ボクもですか?」

「ギルドの仕事の合間にでもさ。別に学ぶのなんて、いつから始めたって遅くない」


 大きな瞳でまばたきしたカーラが、うわあ、と目をかがやかせた。


「そうできたらいいなあ」

「ああ。今夜にでも、ルクレティアに話してみよう」

「はいっ」


 ちょっと元気がでたみたいでよかった。


 ――できること。

 コップのなかの果汁水に誰かの声や顔が浮かんで、波紋がおこる。それごと飲み干すように、俺は残りを喉の奥に流し込んで、


「いこう。さっさと用事を終わらせて、自分達の買い物に時間をまわそうぜ」

「あ、はい! すぐいきますっ」


 空のコップをおばちゃんに返して、追いかけてくるカーラを待ちながら、考えた。


 五年後、十年後のことを考えられるようになることは必要だと思う。

 それと同じくらい、今やるべきことだって重要だ。


 やるべきこと。できること。

 今まで洞窟にひきこもってた分、もっともっと俺は考えないといけないし、悩まないといけない。


 スラ子のこと。アカデミーのこと。洞窟のこと。メジハのこと。ストロフライのこと。

 考えるべきことはたくさんあって、それに関わる大勢のできごとが、頭のなかでグルグルと渦を巻いている。


「マスター」


 そっとした声に、気づくと隣からカーラにのぞきこまれていた。

 まっすぐで力強い視線がこちらをみつめて、


「いきましょう、マスター」

「……ああ」


 うなずいて顔をあげる。


 やるべきことはたくさんで、考えるべきこともたくさんある。

 とりあえず、まずはお使いをすませることからだ。



 それから俺たちは組合をまわりはじめたが、受けた応対は似たようなものだった。

 むしろ、外面だけでも丁寧だった商会とちがって、組合の受付で手紙を受け立った相手はうさんくさそうな目つきを隠そうともせず、こっちには茶の一杯もだされないで追い出される始末。


 そういう態度をとられるのには慣れているから、別に腹もたたなかったが、


「えらく排他的な連中だなぁ。ギルドなんてそんなもんか」


 余所の冒険者ギルド同士の仲がわるいのは、集落同士の争いになったときに実際に殺しあうこともあるからだが、それ以外のギルドにもそうした傾向はあるらしい。

 それはギルドが利益団体という一面を持っているからなんだろうが、


「増えすぎた集団は、より少数の集団として分かれて互いに争いあう、か」


 この世界に数ある生き物のなかでも、人間という種族はやっぱり特殊だ。


 集団として行動して、おなじ種族同士で争いあう。

 別に同族殺しをするのは人間にかぎった話じゃないが、人間の場合はその理由がおおすぎる。土地や食べ物だけでなく、金や信仰、個人的な恨みや全体的な思い込みまで。


 ――価値観。暗殺者ギルドで会った青い悪魔はそういった。


 つまり、人間とは価値観のるつぼなのだ。


 人間同士が争うとき、そこに正義と悪だなんて対比はない。

 価値観と価値観。

 おなじ生き物で、ときにはほとんど対極にちかい考え方をだいて突貫する、それこそが人間という生き物の特性だとしたら。

 強くも、賢くもない種族が、大陸で繁栄する理由がそれなのだとしたら。

 人間って生き物はよほど混沌じみている。


 そして、そんなカオスな生き物たちを繋ぎとめている大きな約束事のひとつが貨幣だ。

 価値観を仲介する、価値観。


「マスター?」


 隣から声をかけられて我にかえる。


「ああ、悪い。ちょっと考えごとしてた」

「なにを考えてたんですか?」

「ん。ルクレティアが、俺たちを使いにだした意味」


 二人でどこかいってこいというのはもちろんあるんだろうけれど。


 きっと、ルクレティアはそのいろんな価値観に触れてこいといっているのだろう。

 今までずっとひきこもっていて、狭い狭い俺の世界をひろげるように。

 洞窟のなかからはわからない多くの生き方を実際にみて、触れて、自分のものにするように。


 カーラがくすりと笑った。


「ルクレティアらしいや」

「だな。まあ、宿屋にこもってろとかいわれるよりはマシか」


 苦笑いしながら、カーラから受け取っていた地図をひらく。

 土地勘なんてないし、街に案内図なんてものも置いてないから、ひとつひとつ誰かに場所をきいてまわるしかない。


 それでようやく辿り着いた建物の前。

 掲げられた看板には、わかりやすくこう書かれている。――ギーツ・ギルド。


 目の前に、恐らくはギーツにあるたくさんのギルドのなかで、もっとも古くから続いている組合が姿をみせていた。



 扉をおしあけて中にはいった瞬間、すえた臭いが鼻についた。


 うすい暗がり。

 建物のなかに日が射さないってことは、窓が閉めきられていて換気がされてないってことで、つまりは空気がわるい。

 匂いがこもるのは仕方がないにしたって、ちょっとひどすぎる。


 顔をしかめて、鼻ではなく口呼吸するようにしながら、あたりをみまわした。


 ……これが、でっかい街にある由緒正しい“ギルド”なのか?


 別に大商店みたいな豪奢な内装を想像していたわけではなかったが。意外というか、肩透かしのように思えて、気づく。

 暗がりの向こうから、いくつもの敵意に似た視線がこちらにむけられていた。


「マスター」


 不安そうにささやいてくるカーラに小さくうなずいて、歩き出す。


 宿屋の食堂よりは広い程度の室内には、左右にテーブルと椅子が散乱していて、それにだらしくなく腰掛ける男たちが何人か。

 見かけや態度からしてまともじゃなさそうな連中からの、ねばりつく視線を無視して奥にむかうと、長机に肘をついた中年男がうろんな視線で見上げてきた。


「……なんだ。田舎者が二人して、恋人同士で冒険者にでもなろうってか?」


 げらげらと周囲で笑いがわく。


 むっとしたカーラがなにか言い返そうとするより早く、


「あんたがここの責任者か?」

「まず自分から名乗るもんじゃあないかい、坊や」


 小馬鹿にするように唇を歪める。また笑いがおきた。

 そんなもんか、と思いながら、


「メジハのギルドからの、使いだ。手紙をあずかってきた」

「メジハ?」


 男の眉がぴくりと持ち上がる。

 周囲の連中からの、ひやかすようだった気配もおさまって、その態度の変化を疑問におもいながら、ルクレティアの手紙を男に手渡すと、


「――ふん」


 半眼で手紙の中身に目を通した男は、ビリビリと手紙を破りはじめた。

 ぽかんとする俺に見せつけるように盛大に千切り捨ててから、


「田舎者風情が、偉そうに手紙だなんてやってんじゃねえ。挨拶したいんなら、自分で出向いてきやがれってんだ」


 吐き捨てる。


 俺は顔をしかめて、


「ずいぶんな返事だな」

「ああ? 文句あるか、小僧」


 ぎろりとすごまれる。


 なんでこんなに敵意まるだしなんだ、このおっさんは。


「いや、別に文句はないんだけどな」


 どうして手紙を破られなきゃならんのかさっぱりだが、渡したことは渡したんだから、それをどう扱おうと相手の勝手だ。

 だが、それでただ帰ってきましたっていうんじゃ、子どものお使いと変わらない。


「ギルド同士が仲悪いってのは知ってるが、随分と攻撃的じゃないか? あんたら」

「うるせえ。怪我しないうちに帰りやがれ」

「そんなこといわないで教えてくれよ。俺たちだって、所属先のことはよく考えないといけないだろ?」


 くすんだ銅貨を数枚、とりだして机の上におくと、男はつまらなそうに硬貨をつまみあげて、その表面をこするようにしながら、


「……お前ら、メジハに所属してんのか」


 お、のってきてくれたか?


「ああ。まあね」

「やめとけ。今のうちに、余所へうつっといたほうがいいぜ」

「そんなに簡単に移れたら苦労はないさ」

「うちで拾ってやるさ。どんな仕事でもいいなら、人手はいくらでも欲しい」

「そいつは嬉しいな」


 男の発言の意味を考えながら、俺は相手の様子をうかがった。

 気のない様子で硬貨をいじる男が、俺の視線に無精ひげの生えた頬をふるわせて、


「そう警戒すんなよ。だが、身内にもならないでひきだせる情報なんて、たいしたもんじゃねえと思うがね」

「にしたって、それだけってのはひどすぎないか?」


 聞かされた内容は、まだほとんど世間話みたいなもんだ。


 男はにやりと笑って、


「授業料ってやつさ」

「……勉強になったよ」


 無料で銅貨を騙し取られたかたちだが、男の言い分にひっかかるものを感じて、俺はいったん引き下がることにした。


「世話になる覚悟ができたら、また来るよ」

「ああ。帰り道には気をつけてな」


 男の台詞はただの社交辞令だろうと思ったが、どうやらそうでもないらしかった。

 帰ろうとした俺たちをさえぎるように、いつのまにか室内にいる男たちが立ち上がっている。


 めんどくさそうな予感がしてならない。


「えーと、なにか?」

「いや、新入りになるかもしれないってことなら、身内みたいなもんだろ。ちょっと酒でも飲もうぜ」

「財布はそっち持ちだけどな」


 たかりかよ!


 ほんとにひどいな、ここのギルド。

 田舎かもしれないが、メジハのギルドのほうがよっぽどマシじゃないか。


 まさか手紙を渡しにきてこんな連中に絡まれるとは思っていなかった。

 さっさと抜け出したいが、できれば穏便にすませる手はずはないものかと考えていると、それまで黙っていたカーラが俺の前にすすみでた。


「お、なんだい。やるのかい、お嬢ちゃん」

「やめとけやめとけ。彼氏の後ろにかくれときなって。それとも、お嬢ちゃんが俺たちの相手をしてくれるっていうのかい」

「そいつはいいや。ちょっと相手をするには、数がおおすぎるかもしれないけどな」


 ――穏便にすませようと思っていたのに、すっかりその気がなくなってしまった。


 こんな連中どうなっても知ったことかと、腰の袋に手をつっこんで、妖精の鱗粉がはいった小袋をつかむ。

 取り出しかけたところに、ぎいっと重々しく扉がひらく音。


 振り向くと、深いフードをかぶった二人連れが立っていた。


 ……スラ子?


 いや、ちがう。

 スラ子なら、こんな場面にでくわして黙ったままでいるはずがない。


 その二人連れは、室内の雰囲気など気にしたそぶりもなく足をすすめると、奥に向かう途中にたむろしている俺たちの前で立ち止まって、


「失礼。どいていただけます?」


 透き通った声だった。

 迫力もなければ大きさもない、けれど不思議と逆らいがたいその声色に、俺とカーラ、そして男たちが無言で後ずさる。


「ありがとう」 


 二人連れの一人が微笑する。

 顔半分がかくれているっていうのに美人だと確信できる魅力的な口元に、その場にいる全員の男の視線が吸い寄せられていた。


 ぐいっと肘をひっぱられて、横をみるとカーラが怒ったように眉をもちあげている。

 いや違う、そうじゃないんだとあわてて言い訳する前に、 


「手前は――」


 耳に響いた声には聞き覚えがあった。


 顔をむける。

 二人連れの一方が足をとめていた。


 目深にかぶったフードがとりはらわれて、素顔があらわになる。


 長く伸びた銀髪。

 流れるような髪のなかから、ぴんと立った耳。鋭い眼差し。


 あ、と声がでた。


「お前、」

「こんなところでなにしてやがるよ、ボンクラ」


 殺気のこもった半眼でこちらをにらみつけているのは、先日の竜騒動で俺たちと悶着をおこしたことのある、凶暴エルフのツェツィーリャだった。



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