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一話 カーラとデート

 ――朝がきた。


 誰かの手で開けひろげられた木窓から差し込む、白々しい陽射しに目をほそめる。

 染み入るまぶしさに痛みすらあったけれど、不快なんかじゃなかった。


 つうっと頬をつたう冷えた心地に、震える腕をもちあげる。

 まったく力がはいらない指先でふれると、カサカサの肌に涙で一筋の道ができていた。


 それは荒野にできた一本道。

 長い時間を過ごし、苦しみに耐えて足を踏みしめつづけて手に入れた、轍だ。


 ……そう。そうなのだ。


 どれだけ激しい雨が降ろうと。

 どんなに深い闇に覆われようと。


 世界に。

 必ず、朝はやってくるのだ――



「おはよぅございっすー。なぁに真っ白い感じで燃え尽きちゃってんですか、ご主人」


 人生におけるとても大切なことを学んだ気がしていたところに、底抜けに明るい声がきこえてくる。

 ふりむくと、そこには全身真っ白の魔物娘。


「おぅ、おはよ……」

「あーっはっはっは!」


 俺の顔をみたスケルが、下がり気味の目をめいっぱいに見開いて大笑いした。


「ご主人! 洗面桶でご自分の、か、顔を! ミイラ! 生きたミイラがそこにィ!」

「こ、この野郎……」


 指さすどころか、涙まで流しやがる……。


 手もとの枕をつかんで投げつけたが、一晩中イビられ続けた身体ではそんなことすらかなわない。

 ひょろひょろぽすんと足元に落ちた枕をひろったスケルが、目尻をぬぐいながら、


「いやー。昨晩はまた、ずいぶんとお楽しみだったようっすねぇ」

「どこがお楽しみだ! 拷問だ! 死ぬかと思った! いや、俺のなかのなにかは昨日、確実に死をとげたぞ!?」

「隣の部屋どころか、その隣にまで響いてたそうですぜ。タイリンさん、ベッドで震えてらしたそうで、カーラさんが寝かしつけるのに苦労したとか。よく、他のとこからも苦情がこなかったもんっすねえ」

「……カーラ?」


 一晩の疲労で朦朧とした頭に、それでも聞き逃せない名前をきいてぴくりと体がふるえた。


「あの、――スケル。スケルさん」

「はいな?」


 絶対にわかってる顔で、元スケルトンの現スケルゾンビスライム的なナマモノが首をかしげる。


「えーと。カーラとスラ子は、……どんな感じだ?」

「んー?」


 人のわるい顔でにんまりと笑って、


「どんな感じって、なぁんのことっすかァー。ちゃんと言ってくれないと、わっかんないっすよォー」

「てめえ! ――ぐあっ」


 掴みかかろうとするのをひらりとかわされ、そのままベッドから落ちた。顔面から床にぶつかって、その痛みにあたりを転げまわる余力も残っていない。


 あまりの情けなさに、しくしくと俺は泣いた。


「ああ、もう。なにやってんすか」


 やれやれと貸された肩にしがみつくようにして起き上がろうとして、


「ま、マジで一人じゃ立てないんだが……」

「さすがはルクレティアさん。あちらのほうもタダモノじゃないっすね」

「ただモノどころか、ケモノだ! マモノだ! 淫魔が全裸でダッシュかまして逃げ出すレベルだぞ!」

「そりゃあ、昨日こっちまで響いてきた声と、今のご主人をみればだいたいのとこは想像できますがね。ルクレティアさんのことにゃ、ご主人のせいだってあるでしょうし。――それより、いいんですかい?」

「……なにがだ?」


 スケルに背負われながら、えっちらおっちらと廊下へ。


 ほとんど引きずられるように階段をおりながら、


「そんななりでスラ姐やカーラさんの前にでて、よろしいんで?」


 とぼけた風をよそおった声に、俺はだまってスケルの肩からはなれた。


 ぐらりと視界がゆれる。

 あっさり腰がくだけそうになるのを、壁に手をついて踏ん張った。

 薄い息を無理やり肺におくりこみ、歯をくいしばる。

 顔をあげた。


「……いくぞォ、スケル」

「お手はどうしましょ」

「いらんっ」


 ほとんどヤケクソ気味に、手すりにしがみつきながら一段、一段、階段をおりていく。

 ひどいへっぴり腰を後ろから笑われて、それが止まったかと思うと、今度は一転してしみじみと、


「ご主人。女を囲うってのは、実に大変なことっすねえ」

「うるさい! ……スケル」

「はい?」


 肩越しにふりかえった先で、ぼさぼさの白髪でにやけている相手に、


「――すまん。助かった」


 おっとり目がぱちくりとまばたきする。

 それからくふっと目を細めたスケルに、おもいっきり背中をたたかれた。


「なーにいってんですかい。これくらい、当たり前っすよっ」

「叩くな! 転ぶ!」 

「ほーれほれ、はやく進まないと危ないっすよー、大怪我しちゃいますぜー」

「や、やめろ。やめろォ……っ!」


 ちくちくと後ろから小突かれながら、必死になって這うように食堂へむかった。



 食堂には、俺以外の全員が顔をそろえていた。


 スラ子、カーラ、ルクレティア。そしてタイリン。

 丸テーブルに均等な距離をおいて座るスラ子たち三人に、タイリンだけがどこか居心地わるそうにしているのは、多分気のせいじゃない。


「あ。おはようございます、マスター」


 やってきた俺に最初に気づいたスラ子が、フードの下からにこりと微笑んできた。

 はっと顔をあげたカーラが心配そうに俺をみて、頬をそめてから、


「おはようございますっ」

「――おはようございます」


 ルクレティアの澄ました態度は昨日までと変わらず。ただし、いつも白磁のような肌が、今朝はいつにもまして血色がよさそうだった。

 この野郎。返せ、俺の精気。あと尊厳。


「おはよう」


 できるだけ平静をよそおって挨拶をかえし、席につく。


「やー。遅くなってすいません。ちょいとご主人とじゃれついてました」


 頭をかきながらスケルも俺の隣にすわって、朝食がはじまった。


 厨房からどこどこと大皿が運ばれてくる。

 それを全員でとりわけながら、


「ルクレティアさん。昨夜はいかがでしたか?」


 天気の話でもするように卓上にもちだされた話題に、俺は飲んでいたスープを思いっきりむせかけた。


「そうですね。ようやく、今夜からは悪夢を見ないで眠れそうですわ」


 ごほごほと勢いよくせき込む俺をよそに、そ知らぬ顔のルクレティアがこたえる。


「それはよかったですねっ」


 ぴくりとルクレティアの眉がふるえた。


「……ええ。おかげさまで」


 一瞥は、昨日まで自分に悪夢をみせ続けていた張本人をみすえて冷えに冷え切っている。

 それを受けたスラ子は変わらず笑顔のまま、フードの奥の口元を妖しく揺らして、


「でも、そんなに辛かったのなら、いってもらえたらわたしがいつでもお相手しましたのに」

「――面白くもない冗談ですこと」


 ルクレティアが唇をゆがめた。


「あのような不快な経験は二度と御免です。できれば記憶ごと燃やし尽くしてしまいたいくらい。もちろんその時は、そうしてくださった誰かさんと一緒にですが」

「そうですか? ふふー。わたしはとても楽しかったですけれど」


 ほとんど睨みつけるようなルクレティアとあくまで柔らかい表情のスラ子のあいだに生じる、火花ではない、もっと深刻ななにか。


「二人とも、やめなよっ。タイリンだっているんだから」 


 カーラの仲裁がはいった。

 スラ子とルクレティアがさりげなく互いの視線をはずす。


 無言のまま微妙な空気がのこるテーブルで、スケルだけが嬉々としていた。


「これはまた、絵に描いたような修羅場っすねえ」


 喜び勇んで耳打ちしてくる相手を睨みつけて、


「……どうしてお前はそんなに嬉しそうなんだよっ」

「おやご主人。こいつを楽しめなかったら、これから先、長生きできませんぜ?」


 細かく千切ったパンを頬張りながら、スケルは舞台の芝居でもみているような能天気さだった。


「楽しめるかっ」


 ただでさえなかった食欲が、今のやりとりで完璧にどこかにいってしまっていた。


「それでも、見栄を張らなきゃいけないのが男ってもんでしょう」

「……わかってる」


 わざとらしく肩をもんでくるスケルを遠くに追いやって、俺は手もとの皿にのった白パンをひっつかむと、思いっきり口のなかに放りこんだ。

 よほど上等な小麦をつかってるはずなのに、石みたいな味しかしない。


 なんとかそれを嚥下しようと苦戦する俺の隣で、


「スケル。シュラバってなんだー?」


 子どもながらに周囲の気配を察したらしいタイリンが、いつもよりだいぶ大人しめの口調でたずねている。


「それはですねえ」


 したり顔のスケルがいった。


「激しい戦闘とか、抜き差しならない状況なんかをさす言葉ですが、この場合は男と女の揉め事って意味っす。往々にして、ブンフソーオーな行いをしてやがるヤカラにおとずれる当然のキケツってヤツっすかねっ」


 わざとらしい言い回しをつかうスケルに、タイリンはむうっと難しい顔で考え込んで。

 かっと目をみひらいた。


「つまり、マギが悪いんだな!」

「そういうことっす!」


 いえーい、とハイタッチをしている二人は無視してかかって、俺は黙って手元のカップをもちあげた。


 湯気のたちのぼる紅茶を口にふくむ。

 まだ熱い液体で舌の先を火傷しそうになりながら、無理やり喉の奥にながしこんだ。


 涙目になりながら。


 ◇


「では、これからの予定についてお話を」


 朝食後。

 口直しの紅茶が用意され、それを優雅に一口したルクレティアにうながされる。


「ああ。――とりあえず、俺たちはこれからアカデミーに向かうつもりだ。だけどその前に、こっちの街ですませとかないといけないことがあると思う」


 俺はルクレティアに視線をむけた。


 うなずいたルクレティアが、


「この街の全般状況については、落ち着くまでしばらくかかります。薬草の運搬や、その取引についての詳細を詰めることもですが、他にも色々と手をつけなければならないことが多いですから」

「それだけ、街の状況がヤバかったってことか」

「酷すぎます」


 ルクレティアが切り捨てた。


「魔物からの融資と、ハシーナ。私達が訪れるのがもう少し遅ければ、それらはこの街の奥深くまで食い込んで、もはや後には引き返せなくなっていたでしょう。多くの土地や利権を手放して、ほとんど首が回らなくなっていたようですから」

「そんな状況で、よく竜に懸賞金5000枚だとか大盤振る舞いしたもんだよな。というか考えなしすぎだろ」

「内情を知ってしまえば、違った見方ができますわね。むしろ、それほどまでに困窮していたからこそ、竜という無類の価値を秘めた存在にすがるしかなかった。あるいは、それが融資の条件にでも含まれていたのかもしれません」

「なんだよ。またアカデミーかよ。勘弁しろよ」


 うんざり気味の俺にくすりと笑った金髪の令嬢が、


「なにもかも陰謀に結びつける思考は好きではありません。しかし、その頃と前後する時期に、領主様とアカデミー間での取引は行われていたはずです。そのあたりについては、領主様方から詳しくお話を聞かせていただく必要があります」


 人間と魔物の取引、か。


「……別に、そういうのがあったっていいんだとは思うけどな」


 たとえば、留守にしている洞窟の地下に住んでいるリザードマン族やマーメイドたちは、少し前から、内職、というか木材いじりや生地いじりにやたら熱中している。

 そういうもので売り物になるような物ができてくれば、それを売り買いして食料事情の厳しい洞窟での生活に役立てるというのは“あり”だろう。


「はい。現在、この大陸に繁栄しているのは人間種族ですが、その人間の支配地域はせいぜい、全体の四半分もありません。それ以外を占める多くの他種族との関わりは、むしろ積極的に考えていくべきだと思います」


 しかし、と金髪の令嬢は頭をふって、


「それには前提もあれば、協定などを取り決めた上でのことでなければなりません。ハシーナなどという迷惑極まりない代物を、見境なく垂れ流されては困るのです」

「そりゃそうだ」


 使用者の身心に障害をおよぼす嗜好品だとか、植えたら瘴気をふりまく苗。そんなものを好き勝手に取引されたりしたらとんでもない。


 人間とその他の種族では生態もちがえば、慣習もことなる。

 それを無制限に距離を縮めてしまうような真似は、人間社会と魔物社会のどっちにも片足つっこんでる俺のような立場からみたら恐ろしすぎた。


「魔物との取引を行うのであれば、領内法や商いに関わる取り決めを整備する必要があります。そうした認識を領主様やノイエン様はお持ちではありませんでした。一歩間違えれば、それを名目に他の大領主から目をつけられかねないほど、慎重になるべきだというのに――」


 やれやれとルクレティアはため息をつく。


「そのことは、私からあのお二人にはしっかりとお話をさせていただきます。薬草供出という商いをメジハ・ギーツ間で始める以上、この街の失態はそのままメジハへ降りかかってきますから」

「ハシーナが広まったりしないなら、ひとまずは安心です?」

「はい。ですが、この街の財政問題の改善も含めて、私はしばらくこの街に留まらなければなりません。この街で商う商会の方々や、その他の利権者の人々との折衝もあります」


 ルクレティアの立場は、これからギーツと商いをしようとしているメジハの利益代表者兼、ギーツに指導、助言するアドバイザーみたいなところにおさまっている。

 頭もまわれば、商売や経済なんてものにまで知識のあるルクレティアならではだが、じゃあルクレティア以外の俺たちにその手助けができるかというと、あんまりというかまったく思いつかない。


「必要ありませんわ」


 ルクレティアがいった。


「商売についての話なら、バーデンゲン商会の方々が相談にのっていただけます。ディルクさんや商会長さんも、ギーツでの商いを大きくできる機会だと張り切っていらっしゃいましたし」 

「そっか。なら、こっちで受け持つのは、――アカデミーだな」

「はい。この街に入り込んでいた勢力は、ギルドごとスラ子さんに“壊滅”させられました。全員を捕らえられたわけではありませんが、組織的な行動は不可能でしょう」


 たった一人で組織を粉砕したスラ子は、自分がやったことをなんでもないことのように、にこにこと微笑んでいる。

 前みたいに無理をしたとか、それを我慢してるだけなんじゃないかとかいう不安をまったく感じさせないことに不安をおぼえながら、ルクレティアの声をきく。


「アカデミー所属のご主人様は、メジハの近くの洞窟管理者。それが余所の街で問題を起こしたとなれば、組織内での問題になりかねません。そうですわね?」

「え? ああ、そうだな。ただ、ハシーナなんて物騒なもんが扱われてたんだ。他人事じゃあないからな。そのことも、アカデミーにいったら問題にしとこうと思う。下っ端の俺なんかがいったところで、どうなるもんでもないかもしらんが」

「はい。アカデミーの組織構造について私は詳しくありませんが、ご主人様の序列が最底辺に近いということは理解しているつもりです」

「……まあ、そうだけどな」


 息をするように俺をけなさんと生きてられんのか、この女は。


「組織での発言力は、その者がもつ立場と背景、つまりは権力によります。今のご主人様がアカデミーに出向いたところで、はなから相手にされないでしょう。ですから、それに必要な立場をこちらで用意してさしあげますわ」

「立場?」


 俺は顔をしかめた。


「アカデミーとは関係ないお前が?」

「経緯はどうあれ、ギーツとアカデミーの間でやり取りが行われたことは事実です。融資、借金。書面に残らずとも契約は契約です。アカデミーの方でも、今までのことをすべてご破算にされてはたまったものではありません。しかし、それについてギーツ側と折衝するアカデミー側の存在が、今この街にはおりません」

「なるほど」


 スラ子がくすりと笑った。


「そこで、マスターですね?」

「その通りです。ギーツとアカデミーとの仲介を、我々が折衝役として担ってしまえばよろしいのです。そうすれば、アカデミーもご主人様の存在を無視するわけにはいきません」

「ギーツへの立場と、アカデミーへの立場。その中間にいれば、そのまま交渉の主導権を握れる立場にもなれますね」

「人間と魔物との取引という流れは、恐らくこれから先、前に進むことはあっても戻ることはないでしょう。アカデミーがそうした認識を持った以上、ここで駄目なら他でやるだけです。ならば、そうした流れを否定するのではなく、より良い方向で実現するよう努力するべきでしょう。そして、それをできる立場にいらっしゃるのが、ご主人様なのですわ」


 全員分の視線をあびて、俺は頬をひきつらせた。


「に、荷が重いなんて話じゃねえぞ……」


 人間と魔物連中の関わり方に責任をもてだなんていわれても、目まいがする。


「誰もお一人で背負えなどとは言ってませんし、期待していませんわ」


 冷ややかにルクレティアがいい、スケルがからからと笑った。


「貧弱なご主人の肩じゃあ、すぐペシャンコでしょうよ」

「悪かったな」 


 くすくすとカーラまでが笑っているのに俺は憮然として、ルクレティアへ話の続きをうながした。


「そちらについても、私から領主様に話を通しておきます。ですから、アカデミーへの出立は少しだけ待っていただければと思います。その後も、私はギーツに残ることになるかもしれませんが」

「ああ。そうだな」


 いくらルクレティアが有能でも、やらなきゃいけないことが多すぎる。

 メジハとギーツのことは任せて、アカデミーについては他のメンバーでやるくらいで考えておくべきだろう。


「アカデミーだって、全部が悪ってわけでもないしな。ちゃんとケリをつけなきゃならん話があるから、そこだけは譲れないが」

「はい。それにはやはり、ご主人様が直接あちらまで出向かわれる必要があるでしょう」

「わかった。……じゃあ、とりあえずルクレティアが段取りをつけてくれるまでは、ギーツで待機しよう。ルクレティア、なにか俺たちに手伝えることがあったらいってくれ」


 色々と思いつくのはルクレティアにしかできなくても、手足くらいにはなれるはずだ。


「ありがとうございます。それではさっそくですが、――スラ子さん」

「はい?」


 フードをかぶった不定形の生き物が、小首をかしげた。


「コーズウェル様や、その他の方々からもなるべく迅速に話を聞きたいのですけれど、お手伝いしていただけませんかしら」

「ふふー。了解しましたっ」

「スケルさん」

「はいな」

「タイリンさんと同じ立場で保護された方々がいらっしゃいますわね。彼らはメジハで保護するべきだと思いますが、向こうへの連絡や準備などもありますし、しばらくはここに留まってもらう必要があります。本人達も不安に思っているでしょうし、タイリンさんと顔合わせにいってきてはもらえませんか?」

「ああ、なるほど。らじゃっす。タイリンさん、ご一緒しましょうかっ」

「わかったー!」

「カーラ」

「うん」

「この街の幾つかの商会や組合に、領主様を経由せず個人的に顔を繋いでおきたいところがあります。親書を送りたいのですけれど、使いに立ってもらえませんか? メジハギルドからということにしておきたい場所もありますから、ギルド員のカーラに行ってもらえると助かります」

「うん、わかったっ」


 きびきびとだされる指示に、それを了承していく面々。

 最後にルクレティアが俺をみた。


「ご主人様」

「おうっ」

「別になにもしてくださらなくてけっこうです」

「……」

「なんですか、その目は」

「ナンデモネーデス」 


 ふんと鼻を鳴らしたルクレティアが、


「別になにもしてくださらなくてもけっこうですけれど。それでは暇をもてあますとおっしゃるのでしたら、カーラについて、外回りへいってきてください。アカデミーに向けた準備も必要でしょう」

「あ、そうですねっ」


 ぽんと手をうったスラ子がいった。


「食べ物とか、飲み物とかもですけど。着替えとか、そういうのもしっかり用意しておかないと! アカデミーまで、大きな町とかなくなるんですもんね?」 

「ああ。まあ、そうだな」


 食料や水ならまだしばらくは補充先に困らないだろうが、それ以外の細かいものだったりは、恐らくギーツ以上に揃っている場所はない。


「でしたら、ご主人様とカーラにはそちらの準備で街をまわっていただきましょう。カーラに頼んだ用件は急ぎではありません。今日中に行って来てもらえれればそれでかまいません」

「ふふー。お金はたっぷりお渡ししておきますから、お二人にはじっくり時間をかけて、よいものを選んでもらいましょうか」


 なんだお前ら、急にその連携は。


 冷ややかな視線のルクレティアとにこやかに微笑んだスラ子。

 話題にされたカーラは、顔を真っ赤にして顔をうつむかせている。


 会話の流れについてこれずきょとんとするタイリンと、くつくつと忍び笑いをもらすスケルをみてから、俺はため息をついて。


「……じゃあ、カーラ。そうしようか」

「あ。は、はいっ。よろしくお願いしますっ……」


 今日の予定は、そういうことになったのだった。



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