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十二話 秘密の話し合い

 早朝、まだ誰も起きないような時間に、ジクバールからの連絡はあった。


 人目をしのぶよう、深いフードをかぶったマント姿の男から届けられた手紙。

 それを一読したルクレティアが、すぐに顔をあげてこちらをみあげて、


「すぐにでも会って話がしたいとのことです。今日、時間はいつでもかまわないと」

「場所については、なにかいってきてるか?」

「必要ならこちらで指定するが、あてがあるのなら任せるとおっしゃっています」


 手紙をもってきた人間の様子からして、会うのには他人の目に気をつけるべきなのだろうが、はじめてきた街で秘密の会合に適した場所なんて思いつきようもない。


「ディルクさんにお願いしましょう。商売をしていれば、日常的にそういう場所を知っているはずです」

「ああ、そうだな」


 俺が微妙な表情になったのに気づいたルクレティアが、もちろん、と続けた。


「商会ではなく、あくまでディルクさん個人に話をもちかけるつもりです」


 バーデンゲン商会が、ハシーナを悪用しようとしている領主側の誰かとつながっている可能性はないか、というのが俺は少し不安だった。


 ルクレティアもそうした事態は考えているから、ディルク個人をあてにするという台詞なんだろう。

 実際に人となりを知っているというのもあるし、なによりあの若い商人の兄弟は、メジハの冒険者ギルドでルクレティアの手下をやっている。

 言い方は悪いが、人質みたいなものだ。


「わかった。そうしよう」


 すぐにルクレティアがディルクに連絡をとる。


 まだ日ものぼらない時間だっていうのに、若い商人はすぐに宿までやってきた。

 寝起きのはずなのに、髭も綺麗にそって身だしなみもしっかりしている。


「早いな」


 急に呼び出された不満などおくびもない表情で、ディルクはにこりと微笑んだ。


「朝の市に間に合わないようでは、商人とは名乗れません」

「町商でもそうなのか?」


 商人には手で稼ぐタイプと足で稼ぐタイプがいる。

 町商人ってのは、典型的な前者のことだとばっかり思ってた。


「うちのような中堅の商会では、ふんぞり返っているわけにはまいりませんからね。手を動かしながら足も動かせ、というやつです」

「大変だなあ」


 ルクレティアから冷ややかな一瞥が突きささる。


「働くというのは大変なのです。どこぞにひきこもっていればわからないでしょうけれど」


 俺は渋面でだまるしかない。

 くすくすとスラ子やカーラが笑う。指までさしてきているスケルの隣には、タイリンがふてくされた顔をしていた。


「ディルクさん。急にお呼び立てしたのは、お願いしたいことがあるからです。どこか、秘密裏に人と会える場所を用意していただけませんかしら」

「要人との会合用でしたら、すぐに使える場所がありますが」


 急な商談や、悪い取引のためだろう。さらりと応じてみせる商人に、ルクレティアは豪奢な金髪をふって、


「条件がいくつか。日中。人に話を聞かれず、けれど人に近い。ある程度の広さがあり、襲撃に対しやすいこと。これらを満たす候補に心当たりはありますか?」

「なかなかに厳しい条件ですね。もちろんそれは、今日中にで」

「本日中ではなく、午前中に利用できるものであればありがたいのですけれど」


 たいそうな無理難題をつきつけられて、若い商人は逆に嬉しそうに微笑んだ。


「となると、さすがにいくつもというわけにはまいりませんが……」

「無理なら仕方ありません」

「――いいえ。ございます」


 ディルクは力強くうなずいた。


「今日は毎日の朝市に加えて、定期市があります。街広場はどこもにぎわいますが、だからこそ、その周辺には意外と人の密度が薄い場所もできるものです」

「その近辺で、おあつらえ向きの建物がありますか?」

「はい。ただし、私有地ですが、警護面でいささか不安が残ります。多少のお時間をいただければ、商会の息がかかった人数を周囲に配置できますが」

「時間の不足はこの場合、両方に等分です」

「かしこまりました。すぐに手配します」

「お願いします。それと、その場所にお客様を一人、お呼びします。足取りがばれないよう配慮をお願いします。近くで市があれば、そちらにまぎれれば難しくないはずです」


 了承した商人が早足で去っていく。

 それを見送りながら、ルクレティアが説明を補足した。


「……万全とはいえませんが、この際、仕方ないでしょう。会合場所を知られても、すぐ近くに人の目があります。昼間からそこまで物騒な手にはでないはずです」

「そこまで、ってことはある程度の反応はあるか」

「そう予想しておくべきでしょう。リアクションを得るためには、必要なアクションもあるはずです」

「了解。じゃあ、」


 他の面々へ視線をうつして、こっちをにらみつけるタイリンと目が合う。


 スラ子とカーラをみる。

 二人とも真剣な表情で、こくりとうなずきがかえってきた。


「――全員でいこう」



 ディルクが用意してくれたのは、市がひらかれる広場から程近くにある広い敷地の一軒家だった。

 今は使われていないが、偉い人間が人目をしのんで誰かに会いたいときに使われるとかいう、つまりはそういう用途のあれらしい。


 昼前、先に到着して待っていた俺たちの元へジクバールらしき男がやってきた。

 供はない。男が目深にかぶったフードをはらうと、なつかしい厳しい顔つきがあらわになった。


「お久しぶりですな。ルクレティア様」

「お久しぶりです、ジクバール様」


 にこりともしないまま席につく。

 眼光鋭い眼差しは、ルクレティアの背後にひかえる俺たちを軽く一撫でして、すぐにルクレティアへもどされた。


「お互いの近況についてなどありましょうが、早速お話から聞かせていただけますかな。事はギーツの存亡に関わる案件のようだ」


 ルクレティアがちらりとふりかえる。

 こういう話はルクレティアに一任するつもりだったから、俺はだまってうなずいた。


「ジクバール様は、こちらの代物をご存知ですか」


 相手の求めに応じて、ルクレティアはいきなり卓上にハシーナ入りの煙草をもちだした。


「……細巻きの類に見えますが?」

「はい。乾燥煙草の一種で間違いありませんわ。これは最近、ギーツの富裕層にある方々に出回りはじめているものです」

「なるほど。で、これの何処かに問題が?」

「非常に危険な成分が含まれているのです。ハシーナという瘴気性植物。人間の身体を内側から腐らせる猛毒です」


 ジクバールは厳しい顔つきを皺いっぱいにしかめて、目の前に転がった細巻きへと視線をおとした。


「猛毒というと、ただちに死に至らしめるものなのですか」

「いいえ。長い年月をかけて、人の心と身体を蝕んでいく類の毒です。使用者は、止めようと思っても止められず、精神的な家畜となってしまう。すぐには命を奪わないものの、いえ、だからこそ本人と周囲に害悪を撒き散らす、恐ろしい代物です」


 いまいち危険性がわからない、といった表情で、ジクバールがあごをさすった。


「止めるに止められないというと、酒を止めれなくなるようなものですかな」

「もっと悪質です。ハシーナは人間社会では知られていませんが、魔物たちのあいだではそれなりに知られているそうです。その魔物たちすらその使用を禁じているということから、どういったものであるかはおわかりでしょう」

「なるほど」


 ちらりと顔をあげた壮年の男と目線があう。


「では、これがどこから入ってきているのか。それが問題になりますな」

「……いえ。それもわかっているのです。少なくとも、これに使われているハシーナの一部は、メジハの近くで栽培されていました。イラドという開拓村のことはご存知でいらっしゃいますか?」


 ジクバールがうなずく。


「もちろん存じております。古い傭兵仲間がおりますからな」

「コーズウェル様ですわね。今はこちらにお戻りだとお聞きしておりますが」

「ええ。自分も久方振りに会って話をしたばかりです」

「旧知の間柄であれば、ずいぶんとお話も盛り上がったことでしょう。ジクバール様はそのときに、なにもお聞きではいらっしゃらないのでしょうか?」

「山火事のことですかな。そういえば、ちょうどルクレティア様がたの一行が寄られた夜に、あったとのことでしたが」

「はい。――そういえば、不思議なことに、その山火事について領主様からなんのお話もなかったのです。竜騒動のことで呼ばれたとはいえ、途中で寄った村で火事にあったとあれば、そのことでなにか訊ねられるものとばかり思っていたのですが」


 答えに窮したような間があった。


「それはルクレティア様がたに、お怪我がなかったからでは。皆様が長旅でお疲れだったこともあるでしょう。……そのことが、イラドとハシーナの関係についてなにか関わりがあると?」

「いいえ。おっしゃるとおり、領主様がご配慮してくださっただけかもしれません。しかしながらジクバール様、私は一言も、イラドと、そこで起こった山火事が、ハシーナやその栽培と関わりがあるなどと申し上げたつもりはないのですけれど」


 一瞬、なんのことだかわからなかった。


 それまでのやりとりを記憶に思い返して、ようやく理解する。

 ハシーナの栽培からイラドについて、ルクレティアはさも同じ話題の延長戦上であるかのように語ったが、なにも知らない人間であればそのふたつを結びつけるようなことはない。


 俺たちがそれを同じ話題にあると認識できるのは、イラドでハシーナが栽培されていたことを知っていたからだ。

 なら、俺たちとおなじように、その連続性についてジクバールが認識してしまっているということは、


「……これは、ひっかけられましたな」


 苦い表情でジクバールが頭をふった。

 ルクレティアは平然として、


「むしろその一言で、自ら証明されてしまいましたわ。さきの一言だけであれば、ただの言いがかりに近いものでしたのに」


 男は苦笑に近い笑みをうかべてみせた。


「なるほど。二重のひっかけというやつですか。のせられないよう、重々気をつけていたつもりでしたが――どうあがいたところで、自分達のような人間では敵いませんな」

「お話を聞かせてくださいますね。ジクバール様。貴方は、――貴方がたは、いったいどこまでご存知なのですか」  


 渋面になったジクバールが、むうと息をついて沈黙する。

 そのまま深く考え込む様子を見守りながら、俺は必死に状況の把握につとめていた。


 ようするに、ジクバールはハシーナについて知っていたってことか。


 ルクレティアはわかってたのか?

 ……いや、さすがにそれはないな。


 わかってたなら、それを俺たちに黙っておく理由がない。

 ジクバールとの会話のやりとりのなかで違和感をおぼえて、かまをかけてみたんだろう――はたから聞いていても、どこにひっかかったのかまるでわからないが。


 とにかく、考えろ。

 これはどういう状況だ?


 ジクバールも今回の件について一枚、かんでいた。

 まさか、ジクバールが人間側の協力者、その首謀者なのか?


 だが、目の前で苦渋に満ちた表情でいる男の態度は、そういうふうにもみえない。

 事態の意外な展開にあせりながら、俺が必死に頭をはたらかせようとしていると、隣で思案顔になっていたスラ子がはっと顔をあげた。


「マスター……っ」


 緊迫した声で耳元にささやく。

 なにかに気づいたらしいスラ子へその詳細を訊ねる前に、部屋の扉がおもいきりひらかれる。


「やあ、ルクレティア!」


 大声をあげて高らかに、堂々と室内にはいってきたのは、領主の息子ノイエンだった。 



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