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一話 ギーツへ向かう道すがら

 百年以上前。

 あるドラゴンが起こした災禍が、大陸全土に影響をおよぼした。


 人類各国にエルフなどの他種族。魔物と忌み嫌われ、それまでは友好的どころかはっきりと敵対関係にすらあった連中とも一致団結し、共闘しての大騒乱。


 そりゃそうだ。

 大陸そのものが明日にもなくなろうって事態に、縄張りや他種族排斥だなんて理由で争ってる余裕なんかありはしない。


 それはただ、生存戦争だったのだ。


 この大陸にある全ての生き物の総勢といってよい集団が、その総力を挙げて対したのはたった一匹の黄金竜。

 魔王竜。または“狂竜”グゥイリエン。


 今まで魔王と冠する災いは、歴史上にいくつか残っている。

 それは人災だったり、疫病だったりと様々だが、そのなかでも記録と記憶の双方でぶっちぎりのワールドレコードが、その竜個人が残したものになるのは間違いない。


 死傷者なんて、数にもならない。

 そもそも統計なんて期待できる時代じゃなかったし、それは今もたいして変わらないけれども、言葉は悪いが何人死んだなんていうのは端数みたいなものだ。


 その被害を端的にあらわすなら、国や種族という単位で数えたほうがいい。

 あるいは、竜。

 同族の暴挙に、多種族連合勢力へと加勢してくれた竜が、その争いで百人から戦死している。そういう記録が残っている。


 何故、その一匹の黄金竜が世界を滅ぼそうとしたかはよくわかってない。

 というか、わかるはずがない。


 ――だって竜だもの。


 どんな謎や憤りも、この一言以上の回答にはいきつかない。


 理不尽の権化。精霊すら容易に凌駕する、世界の規格外。

 それこそが竜なのだから。


 生き物としての次元が違うから、思考を理解しようとしたって無理がある。


 ただ、だからといって粛々と滅ぼされるわけにもいかない。

 結果的に、なんとか人類やその他の種族は、自分たちの大陸を護りきることができた。


 壮絶な戦いの結末をうたう伝承歌は数あるが、しかし物語とちがって現実は「めでたしめでたし」では終われない。


 生き残れたのなら、次は生き続けなきゃならない。

 敵がいなくなったら、味方だった連中とまた争うことになるだけだ。


 そして、その戦いが終わったあと、大陸各地に残された傷痕はひどかった。

 大陸北方は濃い瘴気に満ちて、生き物がそこで生活することを許されず。住むところがなくなれば、別の場所に移住するしかないから、多くの種族間で土地争いがおこった。

 空では日照の時間さえ代わり、天候の変化が作物の日照りをうみ、食糧不足から飢饉へといたって疫病まで巻き起こし、そんな状態で統治、統制する能力は、竜との争いで疲弊した国家主導層にはもうのこっていなかった。


 王や領主は自分たちの周りのことだけで手一杯になり、そこから離れた集落や農村は自分たちの身を自分たちで守る羽目になった。

 外に出れば、すぐさま賊や魔物に襲われてしまう。

 そんな状況で、よそとの連携など簡単にとれるわけもない。各地の在り方は、ほとんど大昔の都市国家レベルにまで落ち込んだ。

 文化の衰退や教育水準の落ち込みはいうに及ばず。


 魔王竜グゥイリエンはたしかに一度、世界を破壊したのだ。


 そこから百年。長い復興をかけて、今がある。

 そして、もちろんそれは、百年前に壊される前とおなじというわけにはいかなかった。


 変化は国や種族によって様々だが、俺たちの住むこの大陸の小国に限っていえば、それはギルドという組合組織の成り立ちや、王権の権威衰退による封建領主の台頭が代表だろう。

 あるいは、魔物たちによる人間社会を模した「アカデミー」という存在も、明らかに百年前のその騒動をきっかけに生まれたものではあるが、それはおいとくとして。


 とにかく。

 この百年で影響力を強めた、封建領主という在り方があった。

 そして、その封建領主の一人、この地方に限っていえばほとんど王様といってもいい権力を持っている男の下へ、俺たちは向かっていた。



「そんなのダメです!」


 右耳のそばで、大声が鳴り響く。

 水に濡れたような妖艶な声。聞きなれたその声音が、今は小石を投げられた水面みたいに跳ねている。


 つかまれた肘ごとがっくんがっくんと揺さぶられ、視界が思い切りぶれた。馬車の揺れとあいまって、上下左右のシェイクで二倍、酔いそうだ。


「デートなんて! そんなの、私だってしてもらったことないのにーっ」


 非難するような上目遣い。

 半透明の質感が細かく震えて、身体の持ち主の感情をあらわしている。至近距離から恨みっぽいスラ子の眼差しを受けて、俺は逃げるように視線をそらした。


 逃れたその先には、こちらは機嫌がよさそうなもう一人が膝をかかえている。


「えへへ」


 幌の向こう側に座ったカーラが、もみあげだけ伸ばした髪の先っぽを揺らしながら、照れくさそうに笑った。


「約束したんだもん。このあいだ、マスターと」

「ホントですか、マスターっ?」

「……ああ。本当だ」


 少し前に立ち寄った開拓村、イラドであった騒動の最中、俺はたしかにそういう約束をしていた。

 それを嘘をつくわけにもいかないので、詰め寄られてうなずいてみせると、スラ子はがーんとショックを受けた表情でかたまって、


「ううっ」


 がっくりと肩をおとした。

 ふるふると全身を震わせる。どうやら泣いているのだとアピールしているらしかった。


「ずるい。ずるいです。私なんて、洞窟の外じゃ一緒に歩いたことだってほとんどないのに。いつも影ながら、姿を隠しながらお守りするばっかりで――」

「それはまあ、お前の姿を町の連中に見られるわけにはいかないしな」


 魔法で外見をカモフラージュした状態ならともかく。ウンディーネみたいな姿で外を出歩いてたら、何事かとなってしまう。


「マスターのばかー! いけずー! 陰険マギ野郎ー!」


 道中の食料をいれた麻袋をつかみ、顔を突っ伏せる。


「まあまあ」


 と声をかけたのは、御者席からこちらを振り返ったスケルだった。


「スラ姉も、ギーツでデートしてもらえばいいじゃないっすか。なにも街にいるのは一日だけってわけじゃありませんし。そうっすよね、ご主人」

「まあ、そんなにゆっくりもするつもりはないけどな」


 元々は、ルクレティアを降ろしてすぐにアカデミーに向かうつもりだったが、イラドの一件で、そういうわけにもいかなくなった。

 ルクレティアが領主と面会をすることも含めて、色々と調べてみたいことがある。はっきりと決めているわけではないが、数日は滞在することになるだろう。


 ぴたりとスラ子の泣き声がやんだ。


 ちらりとこちらを見上げて、


「……デートしてくれるんです?」


 俺が黙ってカーラを見ると、苦笑っぽい笑みを返される。

 ため息をついて、


「わかったよ」

「わーい!」


 さっきまでの嘘泣きはなんだったのか、満面の笑顔で万歳するスラ子にやれやれと首を振って、ふとスラ子からの眼差しに気づく。


「なんだよ」

「デートって、朝からですかっ。昼コースですか、夜コースですかっ。真夜中ありありですかっ」 


 期待に満ちた顔で立て続けに聞かれても、生まれてこの方デートなんざしたことがない俺である。


「……なんでもいいぞ。俺が死なない程度なら」


 一晩中、ということになれば、死んでしまうことは十分以上にありえる。


「きゃー!」


 スラ子は嬉しそうに手を叩いて喜びを露わにした。


 その隣で、こちらはなぜか顔を真っ赤にしているカーラと目があった。恥ずかしそうに目を伏せる。

 スラ子と違う意味で、こちらも一晩を共にすることに生死が関わる可能性があったから、俺は表情に困ったあげく仏頂面を選び、二人から視線をそらした。


「どうします、カーラさんっ。なんでもありみたいですっ。どんなデートにしちゃいますかっ。カーラさんが先に決めちゃってください。私は、残った時間だけでもいただければ十分なので!」

「ぼ、ボクは別に、一緒に街を歩けたりしたら、それだけで……」

「なんでですかもったいないですっ。せっかくなのですっごいプラン考えましょう。お買い物とか、ご飯とか! あ、お夕飯を食べてそのまま部屋へっていうのはなんかいいかもしれませんね! せっかくだからちょっと良さそうな宿を探しちゃいましょう。大丈夫です、家計は私があずかってます! カーラさんに素敵な一夜が来るように、高めの宿でも全然おっけーです!」

「え、えええええ!」


 かしましく騒ぎ始める二人に、こっそりとため息をついて、俺は気づかれないよう二人から距離をおいた。

 なんとなく、こういう話題には加わらないほうがいいだろうと俺のなかのなにかがささやいている。


 幌から外にでると、御者席には残る旅の連れの全員が顔をそろえていた。


「おや、ご主人。たまらず逃げてきましたか」


 おっとりした目つきをからかわせ、全身真っ白い元スケルトンの魔物少女が笑う。


「無理だ。俺には耐えられん。スケル、かわってくれ」

「いやあ、残念ながらちょっと今は動けないっすねえ」


 スケルがいった理由はすぐにわかった。

 手綱を握ったスケルの膝にタイリンが座っていて、こっくりこっくりと船をこいでいる。


「それとも、ご主人があやしてくれますかい?」

「……」


 俺のことを激しく嫌っているタイリンが、膝のうえで気を休めてくれるはずがない。


 あきらめてもう一人に視線をうつすと、


「お断りですわ」


 視線もあげないまま、ルクレティアににべもなく断られた。


「バーデンゲンからの報告を読んでいるところです。くだらない話に関わっている暇はありません」

「イラドからか? どんな感じだ」 

「ひとまず、水と食料は予定していた分を運び終えました。瘴気に汚れた土壌はすぐ回復するものではありませんから、しばらくは様子を見守るしかないでしょう」


 俺たちが寄った開拓村では最近、村人の奇行などが問題になっていた。

 討伐された竜の呪いではないかと噂されていたそれは、実は村の近くの山で栽培されていた瘴気性植物と、そこから発生する瘴気の影響によるものだった。


 色々あった結果、瘴気性植物は畑ごと火にまかれ、村人たちの奇行もおさまったが、問題は瘴気の始末だ。


 一旦発生した瘴気は、ひどく長く残る。

 長い時間をかけて濃度を薄めていくしかないが、そのあいだ土壌の汚染はそのままだ。

 瘴気に汚れた水や食べ物を口にすることは身体によくない。イラドの村人たちには、メジハの余剰食糧と、つきあいのあるバーデンゲン商会から物資を調達して運びいれたが、村人をそこに住まわせ続けていいのかどうかという問題は、未解決のままだ。


 それに、イラドから移住させるべきだという結論にいたったとしても、それを実行する権利は俺たちにはない。

 イラドでおこなわれていた瘴気性植物の栽培は、領主の命令でされていたことらしいからだ。


 村人どころか、近隣にまで悪影響を与えるようなことを、本当に領主が命じたのか。その意図はなにか。

 それらについて直接、問いあわせるためにはギーツに向かうしかない。


 領主に訊ねるのはメジハの町長の代理であるルクレティアの仕事だが、俺としても他人事というわけにはいかなかった。

 瘴気性植物。ハシーナなんていうものを、連中がどうやって手に入れたのかが俺には気になっていた。


 瘴気環境下で生きるそんな代物が、そうそう簡単に市場へ出回っているわけがない。

 俺がそれについて知っていたのも、魔物アカデミーというおかしな場所に在籍していたからで、だからこそ俺には嫌な予感があった。


 もしかしたら、領主にハシーナを都合したのはアカデミーかもしれない。

 もっと具体的にいうなら。アカデミーの人身蛇体のとある人物の影が、俺の脳裏にはちらついているのだった。


「どうやらあちらの様子はよろしいようですわね」

「あちら?」


 物思いの途中で声をかけられて、なんのことかわからなかった。


「スラ子さんです。いささか、わざとらしい風ではありますけれど」


 ああ、と苦笑する。


「そうだな。まあ、手探りってとこだろう」


 幌のなかでさわいでいる二人の声を背中に聞きながら、うなずいた。


 このあいだから、スラ子とカーラは少し仲良くなっていた。

 今までも、決して二人の仲が悪かったわけではない。


 ただ、今までは他者に対して距離をとっていた――というより、スラ子にとっては俺以外のことはどうでもよかったのだ。自意識過剰とか、そういうことではなく。


 それはカーラに対してだけではなく、シィやスケル、ルクレティアも含めてのことだ。

 害意もないが、思い入れもない。

 もし、俺が殺せと命令すれば、なんの躊躇もなくそれを実行してしまうような、そんな関係性。


 考えてみれば、スラ子がカーラや他の誰かに対してはっきりと嫉妬や、それに近い感情をみせたことはなかったように思う。


 それは多分、スラ子が相手を対等に思っていなかったからなのだ。

 自分の敵になりえないから、そんな感情を抱きようがなかった。


 だから、今のスラ子の在り方はよい傾向のように俺には思える。

 スラ子が、どういう心境でいるかまではっきりと把握しているわけではないが。少なくとも、スラ子が努力しているように思えるからだ。


 俺という存在以外との関係について。

 それはスラ子にとって、きっといいことだろう。


「まあ、何事も形からといいますし。自分も最近のスラ姉はいい感じだと思いますよ。ま、ご主人第一主義ってのはなかなか治らないとはおもいますがね」


 スケルが、にやりとしたいやらしい目つきで俺を見た。


「ところでご主人。デートの権利は、あっしにもいただけるんですかい。こういっちゃなんですが、前回の一件じゃあ自分もそれなりに頑張ったつもりなんですが」

「いいぞ」

「へ?」


 びっくりしたようにスケルが目をまばたかせた。


「なんだよ」

「いえ、……なにがいいんで?」

「だから、デートだよ。デートっていうか、お礼か。このあいだだけじゃなくて、お前にも助けてもらってるからな」

「……お、」


 お?


「おお、おおお……っ。――我が世の春がきたあ!」 


 ガッツポーズを高々と天にかかげ、スケルが吠えた。


「苦節五年! 骨からはじめたこの再人生、洞窟に閉じ込められたり誰かに頭を砕かれたり、果てにはなんだかよくわからん生き物にされながらダメ主に仕え続けたこの人生、ついにむくわれる時がきやがりました!」

「おい。なんだかその言い方じゃ、人がえらく不当な扱いしかしてこなかったみたいじゃないか」

「不当に決まってるじゃないっすか! よっしゃ、そういうことならあっしもデートしてもらいましょう。もちろん真夜中ありありでお願いします! むしろ朝までコースで!」

「……俺は寝るぞ。寝るからな、悪いけど」

「寝かせるわきゃないでしょう! なんならスラ姉からちょいと無理やり元気になる薬を用意してもらって――」

「やめろ。それはマジでやめろ」


 真顔でいいながら、ふと気づく。


 手綱をにぎるスケルの隣で、さっきからルクレティアは黙って手紙に見入っている。

 その背中から、やけに物々しい気配が立ち昇っていた。


 考える。


 ギーツで、カーラとデートをする。

 スラ子と、そしてスケルともそういう流れになった。


 ここでルクレティアにだけ声をかけないというのは、どうなのだろう。


 先日のイラドの件も含め、世話になっているのはルクレティアだっておなじだ。むしろ、メジハでギルドや洞窟の地下工事など、細かいことでなにからなにまで頼ってしまっている。

 だから、日頃の感謝をこめてというなら、ルクレティアにもそれをいうべきだったが、


「――なあ。ルクレティア」

「刺しますわよ」


 ですよね。


「いいことを教えてさしあげますわ、ご主人様」


 心から冷えた言葉が飛んだ。


「……なんでしょう」

「女に餌をおやりになるのなら、時と場所をお選びになることです。ついでのような誘いに乗る者がいても、その内心は煮えたぎっているものですわ。灼熱の劫火にあてられて、その身を焼き尽くされたくはないでしょう」


 台詞は氷のように冷たくとも、そのなかに含まれた感情はまさしくあふれだしそうな溶岩のそれだった。

 からからとスケルが笑った。


「ルクレティアさんのおっしゃるとおりっす。笑顔でナイフを刺されないよう、もう少し気をつかうってことを覚えてもらいたいもんですねえ」

「……マギ」


 むにゃむにゃと、スケルの膝のうえで眠るタイリンがつぶやいた。

 あどけのない口調のまま、続く。


「――死んだほうがいい」


 俺は沈黙した。


「ご主人様。申し訳ありませんが、ここに四人もいては狭いのですけれど」

「はい。すみません……」


 御者席からおりて、すごすごと歩くしかなかった。 



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