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十二話 紅蒼

 一歩を踏み出す。


 眼前では暴力的な魔力が渦を巻いている。

 息苦しささえ感じる濃密なマナの洪水のなかで呼吸にあえぎ、視線の先では紅と蒼の二色が呼応するように光り輝いていた。


 対峙する二人の一方、ルヴェが得意とするのは発する魔力光の色からわかるとおり、火属性だ。


 世界中に満ちる魔力という力の源。

 それを行使する技術である魔法のなかで、火属はもっとも使用者が多い。

 魔法を覚える人間が決まってファイアから習うように初心者向けだが、初心者向けというのは、決してその属性の程度が低いということじゃない。


 熱量にせよ、運動量にせよ。なんらかの現象を起こす力とは、まず“動くこと”だ。

 そして火属の本質とは燃え上がることではなく、熾すこと。


 だからこそ火属性は全ての基礎であり、生活にしろ戦闘にしろ、その応用の幅にはほとんど限界がない。

 高度に熟練した火属魔法は、本人の腕前次第でまったく次元の異なる現象さえ可能だった。


 その火属性を扱うルヴェ本人は、魔法使いとしての実力は決して高くない。

 少なくとも俺の知る限り、彼女は難度の高い魔法を操るような技術は持ち合わせてはいなかったはず。


 様々な属性を使い分ける器用さもない。

 「マナを自在に操る術」を魔法使いの力量と定義するなら、ルヴェはスラ子どころかシィやルクレティアにも及ばないだろう。


 だが、魔法使いとしての腕もまた、本人の戦闘能力の高さとは必ずしも比例するわけではない。


「――――!」


 紅蓮の炎が立ち昇る。

 マグマのような鮮烈さで、迸る奔流が闇を裂いた。


 その渦中にあるルヴェは、炎をまとうというよりむしろ炎そのものといった感じで、火精霊サラマンデルと見間違いそうだった。


 そして、突進する。

 火の玉と化したルヴェの接近に、赤子を抱いたスラ子は引くことなく片手を掲げて迎えうつ。



 ッ――――!



 二人のまとった魔力光が触れた瞬間、大量の水が蒸発するような鋭い音が耳を打った。

 実際には蒸気も爆発も起こらないまま、周囲のマナが属性の違う干渉を受けて暴れ狂う。四方に跳ね散る魔力が暴風を巻き起こし、それに足をとられて転びかける。


 魔法合戦と呼ぶのもはばかられる、正面からのぶつかり合い。

 その結果、後ろにさがったのはスラ子のほうだった。


「っ……」


 並外れた魔力を持つスラ子が圧される。

 それは純粋に、互いの前面に展開された力の差だ。


 個人が持つ魔力の総量も、それを扱う技量も、操る魔法の種類もスラ子のほうが圧倒的に上。

 だが、ルヴェがスラ子より勝っていることがある。


 火属性を扱ううえでごく初歩的な魔力利用。燃焼反応と、その熟練。

 ルーヴェ・ラナセはその一点において、アカデミーでも誰一人敵う相手がいなかった。


 燃焼、膨張、爆発。


 遠くの目標に精密な狙いをつけることは苦手なので、その発現はもっぱら至近か、あるいは自分そのものが引き金となる。

 ルヴェの使う魔法はたった一つだけで、その一芸に特化してアカデミーでも屈指の破壊力を誇ったのが彼女という存在だった。


 炎をまとった自分自身を武器にした突貫攻撃を基本として、複数に囲まれれば自分を中心に爆炎で吹き飛ばす。

 巻き込まれる周囲にとっては迷惑すぎて、ついたあだ名が『やかましい夜明け(ノイジィドーン)』。


 轟々と炎をたぎらすルヴェはまさしく地上に落ちた太陽の苛烈さで、近づくだけで燃え尽きてしまいそうな熱量があたりに放射されている。


 一旦はそれに押されて後ずさったスラ子が、こちらは蒼く冷厳なたたずまいで魔力光を立ち上らせる。

 スラ子がまとっている魔力光は見慣れた水属性のそれに見えるが、果たして本当にそのとおりなのか自信はない。


 水精霊や土精霊をとりこみ、ついこの間は精霊を取り込む過程すら抜きにして闇属まで使ってみせた。

 今のスラ子がいったいどこまで魔法を習熟しているのか、もう俺なんかでは計り知れない。


 ――あなたはいずれ、あれをもてあますようになる。


 若い竜の、予言じみた台詞が脳裏にうかんだ。

 まぶたの裏にまだその相手が棲みついている気がして、頭を振って粘つく不安を追い払う。


 再び、ルヴェがスラ子に迫る。

 殴りあうかのような接近を受け止めて、今度はスラ子はその場から押し込まれなかった。


 目の前の熱量と正面からせめぎあい、押し返す。

 空間がきしみ、閃光と轟音が立て続く。

 火と水の争いというよりは、異なる力場同士の反発じみた反応。


 あれだけの魔力が荒れ狂う真ん中に飛び込めば、人間なんかひとたまりもない。

 俺はせめぎあう二人にむかって走りながら腰の袋に手を突っ込み、妖精の鱗粉を包んだ小袋を取り出して、思いっきり投げつけた。


「ファ、――っ?」


 着火の魔法を唱えるようとした矢先、あふれたのは虹色の閃光。


 目の前に、ほとんど真っ昼間の輝きが発現した。

 直視しただけで目をつぶしかねない光の怒涛に面食らい、思わず目を閉じて腕でおおう。


 閃光は一瞬で途切れ、すぐに静寂が戻る。

 恐る恐る腕を外すと、視界はまださっきの強烈な光が影に残ってくらんだまま、スラ子とルヴェが互いに距離をとっていた。


 二対の眼差しがこちらを見て、


「……なにしてるんですか、マスター」

「……なにしてるのさ、マギ」


 冷ややかな視線に気圧されそうになりながら、


「二人とも、やめろ」


 精一杯、声を低く抑えて告げる。


「どっちも迷惑すぎる。周囲のこと考えろ、ここにハゲ山でもこさえるつもりか?」

「だったら、マギから返すようにいってよ」


 スラ子から目線を離さないままでルヴェがいう。


「お断りします。マスター、耳を貸さないでください。その人はマスターをだまそうとしてるんです」

「だから、そんなんじゃないって言ってるじゃんか! わっかんないかなあ」

「わかりたくもありません!」


 顔のつくりの似通った二人が烈しく睨みあう。 

 ああ、と空を仰ぎたくなった。


 スラ子がちらりと視線をはずし、俺の後ろに向けて、


「カーラさん。マスターを連れて遠くに離れていてくれませんか?」


 声をかけられたカーラは迷うように眉を寄せてから、


「……ごめん。出来ない」


 かぶりを振った。


「カーラさんも、マスターに怪我させたくないはずです」

「マスターは、自分の怪我なんかより、スラ子さんを止めたがってるんだ。だったら、ボクは止めない」 

「カーラさんッ」

「スラ子。赤ん坊を、渡せ。それから話をしよう」


 俺がいうと、スラ子は顔をくしゃっとして泣き出しそうな顔になって、


「どうして。わかってくれないんですか」


 いった。


「この子は危ないんです。マスターがそんなふうに感じられないのは仕方がありません。でも、私がいってることを、私を信じてください」

「信じるよ。その子が普通じゃないってのもな」


 息を吐いて、


「だけど、だからってお前がその子を殺すだなんてことにはならない。なにがおかしいのか、この赤ん坊がどういう存在なのか。どういう対処が必要かは、それを聞いてからだ」

「殺すことも、含めてですか?」

「本当にその子が、そんなに危険だってんならな」

「……無理ですよ」


 スラ子が弱々しく頭を振った。


「無理です。マスターにはそんなこと、できっこありません。だから私が――」

「俺に無理かどうか、お前が決めるのか?」


 ぴたりと、スラ子が口を閉じた。

 半透明の表情が取り残されたみたいに不安げに歪んで、


「マスターのことは、私が一番わかってます」


 声も、おなじように不安そうだった。


「そうですよね。マスター。……そうじゃ、ありませんか?」


 小さな子どもが親にすがる表情でいわれ、それに対してなんと答えるべきか迷いながら口をひらきかけて。


 ――ちりと、首筋が焼けるような感覚をおぼえた。


 視界が白む。

 それまで黙っていたルヴェが、沈黙したまま一気に全身の光と熱を高めて、スラ子へ駆け出した。


「くそ!」


 あわててこちらも駆け出す。

 スラ子がルヴェを迎えうとうと身構える。二人が接触する前に、


「ルヴェ!」


 腰からだした小袋を投げつけた。


 投げつけられた鱗粉は、やはり俺が着火するまでもなく、いつも以上に烈しい燃焼反応を起こす。

 そして、それには目くらまし以上の効果があった。


 ルヴェは火属を扱うスペシャリストだ。

 だが、一方でルヴェはあくまで生身の人間でもある。


 身体は高温には耐えられないし、周囲を炎に包まれれば息が続かない。

 全ての魔法使いが自身の放った魔法の反動から身を護らなければならないように、ルヴェはまず自分の炎の高熱から自分を守る必要があった。


 ルヴェが燃焼魔法を得意としているというのも、優れている部分はむしろそちら。

 炎が自分に害が及ばないように抑えきる卓越した制御が可能だからこそ、彼女は全身火の塊だなんていう無茶苦茶な魔法が行使できるのだった。


 そして俺が投げつけた妖精の鱗粉は、そのものが極めて純粋な魔力の結晶体だ。

 それは、容易に他からの干渉を受けて反応を起こす。


 膨大なマナが渦を巻き、魔法が行使される場に投げつけられた鱗粉の固まりは、焚火の近くに投げ込まれた可燃性の燃料と同義だった。


 至近で起こった爆発的な燃焼反応が、ルヴェの周囲のマナをかき乱す。

 それは大雑把に見えて、実は完全に炎の反動を抑えていたルヴェの制御をみだして、


「っ……!」


 目の前の全てを粉砕しようとするかのようなルヴェの突進がとまる。

 自らの制御を越えて暴れだそうとする炎に身を焼かれるのを防ぐため、ルヴェの意識がそちらに集中した瞬間、


「――はっ!」


 俺の背後から飛び出したカーラが掌底を繰り出した。

 とっさに腕をあげてルヴェが防ぐ。


 いくらミスリル銀の手甲を装備しているとはいえ、ルヴェの炎にあてられたら無事にはすまない。

 カーラも追撃はしないが、その一撃は、俺に腰から次の鱗粉包みを取り出す猶予を与えてくれるのに十分だった。


 ほとんど目の前にいる相手へ、全力で投げつける。


 三度の閃光。

 ルヴェの間近で、今度こそ許容範囲を超えた炎が炸裂した。


「痛った……!」


 爆風を受けたルヴェが吹き飛んでいく。

 しかしもちろん、爆発はルヴェだけでなく、俺たちのほうにも同等の爆風が襲い掛かってくるわけで、


「マスター!」


 カーラが俺の前にかばおうと立つのを、その小柄な身体を抱え込んで身体をひねった。


「ぐぁ!」


 背中にストロフライにど突かれたような衝撃。

 ごろごろと地面を転がり、止まる。


「――スター、マスターっ」


 意識が飛んだ気がするが、気絶してたとしたって一瞬だっただろう。

 耳元で懸命な声がして、


「目をあけてください、マスター!」

「……大丈夫、だ」


 身体のあちこちが痛んだが、多分。


 ほっと安堵して頬をゆるめたカーラが、表情を鋭くして立ち上がる。

 ――朦朧とした視界の端でなにかが動いた。


 闇にまぎれるように疾走するその影に向かってカーラが駆ける。

 手甲の一撃。

 それを受け止めたのは、鋭く変化した腕を伸ばしてルヴェに襲い掛かろうとしていたスラ子だった。


 追撃の機会を邪魔され、不満そうに眉をしかめたスラ子が、


「どいてください、カーラさん」

「……嫌、だっ」 


 刃物と化したスラ子の腕が跳ね返される。


「私がやってるのは、マスターのためなんです。それを邪魔するんですか?」

「ボクだって。……それに」


 ウェアウルフの血をひく少女は続けた。


「スラ子さんのやってることは、きっとマスターのためにならないから。だから、止めなきゃ」


 それを聞いたスラ子が眉をつりあげた。


「――あなたが」


 苛立たしげにかぶりを振って、


「あなたが、マスターを語らないでください!」


 走った。

 目の前の障害をとりのぞこうとカーラに襲い掛かる。


「カーラ!」

「平気ですっ。マスターは、そっちを!」


 振り返らないままカーラ。

 その意思を理解して、俺は痛みをこらえて立ち上がった。


 ずきんと身体中が痛む。

 特にひどいのは背中で、きっと火傷でひどいことになっているだろう。


 呼吸するだけで皮膚にはりつく痛みが走るので、薄い呼吸でそれをごまかしながら、


「……ルヴェ」


 遠く離れた相手に呼びかけた。


 かなりの距離を吹き飛んでいったルヴェがむくりと起き上がる。

 身にまとったままの炎の奥にみえる、その表情にダメージを受けた様子はない。


 爆風にあらがわず、自分から後ろに跳んで爆風の威力をころしたのだろう。まるで何事もなかったように立ち上がる相手に、


「やめてくれ。スラ子を傷つけるなら、ルヴェだって許せない」

「死なせたりはしないってば」


 服の汚れを落としながら、ひょいと肩をすくめたルヴェがいった。


「それでもだ。……赤ん坊はきちんと取り戻す。そしたら、説明してくれるんだろ?」

「あたしはそれでいいけどさ」


 でも、と俺のうしろに目線をやって、


「向こうはそういうつもり、ないじゃん」


 俺の隣まで、地面をすべったカーラが音を立てて吹き飛ばされてきた。


「カーラ!」


 振り返った先で、濃い魔力光を立ち上らせたスラ子が微笑んでいる。


「……スラ子」

「マスター、離れていてください。この赤ん坊を処分する前に、まずその人がマスターの知ってるルヴェさんなんかじゃないって証明してみせます。――そうすれば、信じてもらえますよね?」


 スラ子の表情にはまるで悪意がみえない。

 心の底から、俺のためだと信じきっていた。


 ――間違ってる。

 スラ子は、間違っている。


 それを指摘するのは俺しかいないはずで、


「マスターは――ルヴェさんと。話、続けてください」


 口をひらきかけた俺を、静かな声でカーラが制止した。

 ふらりと立ち上がりながら、


「スラ子さん、間違ってるから……。マスター以外の誰かが、教えてあげないと」


 意思を固めた眼差しが、淡く輝く不定形をにらみつける。


「ここにいるの、ボクだけだから。ボクが伝えなきゃ」


 スラ子がくすりと笑う。


「私、間違ってなんかいません」

「間違ってるよ」

「……間違ってません」

「――マスターは、スラ子さんだけのマスターじゃない」


 スラ子の笑みが凍った。


「マスターは。……私のマスターです」

「ボクらの、マスターだよ。ボクや、ルクレティア。シィちゃんやスケルさん。みんなが、そう思ってる。だから――スラ子さんは、間違ってる」

「それは、」


 口ごもるスラ子に反論する暇をあたえず、


「そんなのには、負けない。ボクは、強くなるんだ」


 きっぱりと言い切って、カーラはミスリル銀の手甲をにぎりしめた。


「ボクらみんな、スラ子さんとおんなじだよ」


 その台詞を聞いて。

 俺はスラ子にかけかけた言葉をのみこんで、二人に背中を向けた。


 ――間違ってたのは、俺もだ。

 スラ子を叱るのは自分だけの役目だなんて、とんだ思い違いだ。


 スラ子の周りにいるのは、俺だけじゃない。

 それをスラ子に理解させたいとかいっておきながら、カーラたちのことをまるで考えもしていなかったのだから。


 ちらりと俺をみたルヴェが、


「あの子一人に任せるわけ?」

「ああ」

「一人で止められるとは思えないけど」

「任せたんだ。俺はこっちを任された。なら、ルヴェとの話からだ」


 ふうん、とからかうように目が笑う。


「信用してるんだ」

「……ルヴェ。炎をおさめてくれ。スラ子は、俺たちが止める」 

「信じないわけじゃないけどさ」


 ふと、ルヴェは思いついたようにぽんと手をうった。


「まあ、こういうときはあれでしょ。アカデミー式でいこ」


 アカデミー式?


「それは、つまり……」

「マギがそうしたいっていうなら。力ずくで、あたしを止めてみせてよ」


 力こそ全て。

 それは、魔物たちの世界では一般常識みたいなものだ。


 俺は思いっきり顔をしかめて、


「そういうの苦手なの、知ってるだろ」

「知ってる」


 あははとルヴェが笑う。


「でも、うだうだ言い合うより、わかりやすいでしょ。それとも自信ない?」

「――いや。それで、ルヴェが退いてくれるんなら」

「おっけ」


 軽くうなずいたルヴェがにっこりと微笑んで、


「じゃ、いくよ」


 それまで収まっていた熱量が、一気に上昇する。


 炎の衣を何重にもまとったルヴェが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 触れるもの全てを燃やして焦がす、炎の化身と化したルヴェの接近に、まだ距離があるうちから息がつまった。


 肺から焼かれてしまうのではないかと思える熱量に、腕をかざす。

 もちろん、そんなことでは近づいてくる熱の塊をさえぎることはできない。かざした手のひらにじりじりと痛みをおぼえた。


 これだけの熱量から身を護るような魔法力は俺にはない。

 腰から鱗粉入りの小袋を取り出す。


 地面を踏みしめながら近づくルヴェが、炎のむこうで目を細めた。


 俺にはルヴェを止められない。

 わずかな勝ち筋は、妖精の鱗粉をつかった過剰反応を引き起こし、ルヴェの自滅を狙うしかないが――そんな意図はさっきの一幕でとうにばれてしまっている。


 不意打ちだったさっきはともかく、同じ手が二度通じるとは思えなかったが、


「――ちゃんと防御してね。殺す気はないけど、手加減だってするつもりないからさ」


 他の手立てを考えている暇はなかった。


 灼熱の炎がせまる。

 全身を焼き焦がす熱量に、まともに目をあけていることすらできない。


 薄い呼吸さえ許されず、このまま待っていても蒸し焼きか窒息かしかなかったから、覚悟を決めて手につかんだ小袋を投げつける。


 投げた直後に、爆発した。


 至近距離で爆風が生じて、吹き飛ばされる。

 受け身もとれず、何度も頭をうちながら転がって、火傷した背中をひきずって激痛が走った。


「……っ!」


 あまりの痛さに声もでない。

 涙がでた。

 地面をごろごろと転がってから、顔をあげる。


 ――閃光がおさまり、爆煙の向こうから炎の衣をまとったルヴェが姿をあらわした。

 妖精の鱗粉がひき起こした過剰燃焼を完全におさえつけ、傷ひとつない。


「のいて?」


 ルヴェがいった。


「……嫌だ」


 口のなかにたまった唾ごと吐き捨てた。

 痛みしかない全身に鞭をうち、がくがく震える膝に力をこめて立ち上がる。


 ルヴェがため息をついた。


「そういう頑固なとこ、変わんないね」

「そっちは……、らしくないんじゃないか。手加減するなよ」


 吹き飛ばされたこちらに遠慮するように、歩みをとめている相手に告げると、苦笑された。


「わかった」


 気負う様子もなく、まっすぐに歩いてくる相手をみすえて、


「――アンチマジック」


 体内にあるありったけの魔力を練りこんで、抗魔力の防御魔法を身体に張る。

 だが、俺の乏しい魔力と下手な腕前じゃあ、シィが使うような効果は期待できない。


 せいぜい、燃えつきるのを数秒、先延ばしする程度だ。


 だから。

 まだ防御魔法の効果がうしなわれないうちに、俺は自分から相手にむかって走り出した。


「マギ?」


 こちらの思惑をはかりきれずに顔をしかめるルヴェに、握りしめた右の拳を叩きつける。


 ルヴェの左手に防がれる。

 右腕が一気に燃え上がり、神経ごとひっくり返すような痛みがかけぬけた。


「馬鹿! なに、自棄になって――」


 咎めるようにいうルヴェに、俺は気絶してしまうこともできない激痛に葉を食いしばって耐えていた。


 自棄じゃあ、ない……!


 手のひらを。ひらく。

 そこにあるのは小さな包み。


 さっきは、ルヴェの手元に届く前に、妖精の鱗粉は反応させられてしまった。

 今度はアンチマジックのかかった手のなかにそれを握りこみ、強制的な反応をおさえつけた鱗粉の固まりを、ルヴェの手のひらに押し付けて、


「ファイア!」


 互いの手のひらのあいだで、凝縮した魔力が炸裂した。



 ――目をあけると、呆れたような眼差しがみおろしていた。


「バッカじゃないの!」 


 叱りつけられる、ルヴェの周囲から炎が消えている。

 月明かりと周囲に飛び散った炎に浮かび上がった表情が、思いっきり怒っていた。


「腕一本犠牲にして自爆? 信じらんない、なに考えてんのさ!」

「……すいません」


 ルヴェに怒られるのも、そういえばすごく懐かしい。

 はあっとため息をついたルヴェが、


「マギって、いっつもこんなことしてるわけ?」


 そうでもない、といいかけて。

 タイリンの件なんかを思い出して、案外そうかもしれないので口をつぐんだ。


「他に手が、なかったし――」

「やっぱりバカじゃん!」


 デコピンされた。

 痛い。


「でも、上手くいったわけで――」

「どこが上手くいってんの」


 もう一回された。

 超、痛い。


 ルヴェはうーんと腕をくんでからしみじみと、


「おっかしいなあ。マギ、昔はこんなことする奴だったかなあ」


 それからおかしそうに笑った。


「ま、五年たってるんだもんね。変わったりもするか! ……にしてもホント、バカだなあ」

「……なあ。勝負は?」


 ルヴェはまたあきれ返った表情になって、


「そんなのどうでもよくなっちゃったよ。それにしてもバカだなあ、アホだなあ」


 そう何度も繰り返されるとさすがに傷つくが、とりあえずは――よかった。


 ほっと息をする俺をみおろしたルヴェが半眼のまま、


「あのさ。右腕のこと、聞かないの? 感覚ある?」


 あえて考えまいとしていたことを聞かれて、俺は泣きそうになった。


「痛みないんですけどこれどうなってますか」

「見てみたら? ひどいことなってるよー」


 そんなことをいわれたら、どんな惨状になってるのかと恐ろしくて見ることも出来なかった。


 それでも覚悟を決めて、右腕に力を込める。

 そのほとんど全体に力がはいらないことにぞっとしながら、目の前にもってきた右手は――たしかに、ひどい惨状になっていた。


「まあ、炎のなかに手をつっこんで、爆発なんてしでかしたんだし。千切れるとか、そっくり炭化しなかっただけでもマシでしょ」 

「……これ、元に戻るかな」

「さー?」 


 いくら動かそうとしてもぴくりともしない右手に泣きたくなったが、命があっただけマシだ。


 さすがに今回は無茶がすぎた。

 こんなことしてたらそのうち死んでしまう。


 あとでスラ子に治してもらおう。そう考えたところで、思い出す。

 ――スラ子は? カーラはどうなった。


 あわてて起き上がろうとして右手をついてしまい、途端にそれまでなかった痛みが全身をつらぬいた。


 悶絶する。

 と同時に、神経がなくなってしまったわけではないことに少し安堵もした。


「とりあえず」


 うずくまって痛みにたえる俺の上から声。


「マギ、勝負はそっちの勝ちでいいよ。だから、任せる」


 でも、とルヴェの声が続いた。


「――止められなかったら、その時はあたしがやるから」


 顔をあげる。

 息をのんだ。


 涙でぐしゃぐしゃの視界に、蒼く冷ややかな魔力を輝かせるスラ子と、その前にぼろぼろになって倒れこむカーラの姿がうつっていた。



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