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七話 土と習性

「昨夜はゆっくりお休みになられましたかな」


 翌朝。食卓でコーズウェルに訊ねられたが、俺はもちろん笑顔ではい、とうなずける気分じゃあなかった。


 昨晩、村人たちが館に押し寄せてくることはなかった。

 しかし、すぐに襲われるかもしれないって状況でくつろぐなんてそうそう出来るわけがない。


 と思ったが、俺以外は案外そうでもなかったらしく、


「おかげさまで、移動の疲れがとれましたわ。ありがとうございます」


 ルクレティアの返答は社交辞令もあるとはいえ、その他のメンバーも、けっこう平然とした様子だった。


 ようするに、俺なんかより女性陣のほうが肝がすわっている。

 性差関係なく俺がヘタレなだけともいう。


 それはともかく、気になるのはコーズウェルの態度だ。


 昨夜、村ではあんなことが起こっていたというのに、まるでなにごともなかった風。

 それはつまり、昨夜のできごとが日常茶飯事といえるほど慣れきっててしまっているからだろうか。


「ところで。お一人どなたか姿が見えないようですが、具合でも?」


 スラ子の不在を問われ、ルクレティアはやんわりとした態度でとりつくろう。


「旅の疲れがでたようですわ。申し訳ありません。少し彼女を休ませたいので、出発を遅らせていただいてもよろしいでしょうか」


 コーズウェルが眉をひそめる。


「それはかまいませんが……。お連れの方は大丈夫ですか。ここでは満足な医者も用意できません。なにか薬などは」

「ただの疲労だと思いますので、お気になさらないでください。医者が必要なようでしたら、メジハに引き返させようかと」

「では、果物かなにかを用意させましょう。食べられるだけでも、なにか腹に収めておいたほうがいい」

「ありがとうございます」


 そうやって集落への滞在理由をつくって、俺たちは村を調査する時間を得た。

 食事のあと、すぐに出られるよう手荷物の準備をしてから外へ。


「気をつけてください。昼とはいえ、近くにはよく魔物も下りてきます」


 俺たちが外にでようとしていることを聞いたコーズウェルは、あまりいい顔をしなかった。


 まあ、呪いが蔓延してる村なんてあまり余所者にじろじろ見られたくはないはずだ。

 それに、ギーツに向かう途中のルクレティアの身にもしものことがあれば、自分に責任がかかってしまうというのもあるかもしれない。


「誰か護衛につけさせましょう」

「皆さん、お仕事がお忙しいでしょう。わざわざそのようなことをされては申し訳ありませんわ。気晴らしに少し近くを歩いてくるだけです、どうぞお気遣いなく」


 コーズウェルからの提案を謝絶したルクレティアは、だったら館のなかで大人しくしておいてほしいというコーズウェルの渋い顔には気づかない振りをしていて、さすがの面の皮の厚さだった。


 とはいえ、さすがに全員でぞろぞろと歩くのは目立ちすぎる。村の様子をみにいくのは俺とルクレティア、それからスケルの三人ということになった。


 館に残るカーラとタイリンにはそのあいだ、闇属の探知魔法であたりの異常をさぐってもらう。

 ルヴェは赤ん坊がぐずっているからその世話が必要だ。


 出かけ際、心配そうにルヴェが俺へ告げた。


「この子、滅多に泣いたりしないんだけどさ。その分、泣いたときって良くないことが起きたりするんだよ。気をつけて、無茶しちゃ駄目だぞ」

「……わかった。そっちも気をつけて」


 脳裏にスラ子のことを思い出しながら、外にでた。



 昨日の夜、あれだけ徘徊していたゾンビもどきな村人たちは、日の出とともにどうなったか。

 答え。どこかにいってしまっていた。


 外には、彷徨う人影はひとつも残っていなかった。

 あちこちで午前の仕事にとりかかっている村人たちがいるが、彼らは頭をふらふらさせたり変なうめき声をあげたりしていない。

 やっぱりちょっと覇気のない様子で、黙々と仕事に熱中している。


 まるで、昨夜の出来事はこっちが幻覚をみてたんじゃないかというようなその違和感に、


「いいえ、そうではありません」


 ルクレティアが指し示したのは、すぐそこの小道の脇。

 そこにある小屋の壁が、なにかを激しく叩きつけられたようにボロボロになっていた。


 他にもよく注意してみれば、転がっている木桶は踏み壊され、そばに植えられた木の枝は半ばから折れてしまっている。

 おかしな形跡は、それこそいくらでも見つけることができた。


 なかには血痕や、なにかを隠そうとして、とりあえず土をかぶせただけというお粗末な低い土山もあって、


「……あの下に死体とかあったら、嫌すぎるな」

「村の方々の朝は、路上に落ちているうーあーさんの後始末から始まります――確かに、テンションはあがりそうにないですねぇ」


 それどころか、徘徊していたのが村人なんだとしたら、連中はどうやって朝、目がさめるんだろう。

 ふと気づけば、外を徘徊してたとかそんな感じか? そりゃ陰気にもなる。


 そんなことを考えながら、視界のどこかでこっそりこちらを見つめているスラ子の姿はないかと俺は探したが、


「スラ姐、いないっすね」

「だな。……こんなとこで大声だしてあいつを呼ぶわけにもいかない。呪いのほうから調べよう」  

「よろしいのですか?」


 意味ありげな視線をむけられて、俺は渋面で頭を振る。


「とりあえず、こっちの姿が見えてればスラ子も安心するだろう。あとで、ちょっと人目につかないとこにいってみるさ」


 そこで声をかければ、スラ子も姿をみせてくれるかもしれない。


「スラ姐なら、今もこっそりこっちを見てくれてるでしょうよ。なんだかんだ、ご主人のことは心配してるはずです」

「ああ。だから、俺たちはまずしっかり調査することだ。あいつがこの件で、無理に力を使わなくてもすむようにな」


 ルクレティアが小さく眉を持ち上げた。


「なんだよ」

「いえ。……少し意外でした。もっと取り乱されるのかと思っておりましたわ。優先順位もなにもかも放り出して、スラ子さんを探しにむかうものかと」

「スラ子のことが心配だから。自分たちで、ここの調査くらいやってみせたいんだよ」


 俺がなんにもできないから、スラ子がなんでもやろうとしてしまうのだ。

 それとも――スラ子の望むとおり、なんにでもスラ子の手を借りないと動けない、いつまでも手のかかるマスターでいたほうがあいつの為か?


 ……絶対に違う。

 俺は、スラ子とそんな関係でなんかいたくない。


「いくぞ。スケル、ルクレティア! お前たちにかかってる。見事、呪いの正体をさぐりあてて、俺にイイカッコをさせてくれ!」

「自分ひとりで解決してやるだなんて息巻かないあたり、分を知っているというか、情けないというか……まあ、暴走されるよりはマシっすかね」

「よろしいのではありませんか。自分の器量もわきまえず、とち狂ってもらわれては迷惑なだけですわ」


 呆れ交じりの二人とともに、調査に乗り出した。



 それから村のあちこちを歩いてまわったが、呪いの正体につながりそうな手がかりは見つからなかった。

 徘徊があった痕跡なら、いくらでもある。


 しかし、肝心の徘徊した連中はまったく見つからない。

 いや、その当人たちだと思われる村人はまわりにいくらでもいて、それぞれ働いているのだが――話を聞こうとしても彼は皆、迷惑そうに顔をしかめるだけだった。


 仕事が忙しい。

 なにもおぼえていない。


 そんなこんなで話を打ち切られることが続いて、調査はあっさりと頓挫してしまった。


「メジハより余所者に冷たくないか? ここの連中」


 コミュニケーション能力の欠如は、まったく他人のことをいえる俺ではなかったが。


「あからさまに信用されてませんが、仕方ありませんわ。村の醜聞を外に広めてほしくないのでしょう」

「もう一泊して、徘徊してるとこを捕まえてみるのが早いかもっすねぇ」


 スケルがそう提案したが、ここの集落の呪いについて調べるのはいいが、何日も足止めをくらえばそれだけギーツやアカデミーへの到着も遅れる。

 その手をとるまえに、できることはやっておきたかった。


 ……さっきの土の山でも掘り返してみるしかないか。それも、村人の目があったら止められてしまいそうだが。


「ルクレティア。スラ子がいってた嫌な気配。お前、感じるか?」


 訊ねられた令嬢は、周囲の小さな音を聞くようにしばらくじっと動きを止めてから、


「……おかしな雰囲気なら、村の人々や、あちこち壊された光景などから感じますが。マナの異変や、そうした変化は私には掴めません。悪い地面というのも……わかってはいましたけれど、スラ子さんと私では感知能力に大きな差があるようです」


 ルクレティアは人間の魔法使いとしてはかなりの実力者だ。

 そのルクレティアが難しいとなると、俺なんかでは到底、察知できそうにない。 


 魔道に長けたシィは洞窟で留守番。

 闇属という変わった属性魔法を扱えるタイリンも、昨夜は特におかしなことを見つけられなかった。


「スラ姐にごめんなさいしちゃいますか?」

「いや、別にスラ子とはりあってるわけじゃないけどな」


 スラ子に無理をさせるつもりはないが、力をセーブしたまま協力してもらえるなら、それに越したことはない。

 調査は中断して、まずはスラ子と話をしにいくべきかもしれなかったが、


「土。……良くない、土」


 そこに含まれた魔力的な要素。それを察することのできる、なにか――


 俺はふと思いついて、ルクレティアに訊ねた。


「ルクレティア。このあたりの地図、あったよな」

「ありますわ」

「川とかあるよな。そう遠くない距離に」

「あったはずですが、それがなにか?」

「その近くに、暗かったり、ジメジメしてることも多分あるよな」

「あるでしょう。それがなんですの」


 苛々と訊ねてくるルクレティアへうなずいて、


「いいこと思いついた。――スライムだ」


 怪訝そうに二人が眉をひそめた。



 スライムは雑食性の魔物だ。

 下級というカテゴリーが意味するように、知性はない。


 その習性はいたって簡単。

 食べること、そして増えることだ。


 暗くジメジメした環境を好み、魔力の吹き溜まりを基礎とした食物連鎖関係においては、下位に位置する。

 下位とはいっても、それは決して偉い偉くないという話ではない。


 スライムはもっともポピュラーな魔物の一つといってよく、世界中のいろんな場所に発生する。

 一般的なスライムは暑さ寒さに強いとはいえない。決して高い環境適応力があるわけではなかったが、それを補う生物的特性をもっている。


 それが、雑食性。

 魔物が生きるのに必要な魔素。魔力とも呼ばれる、様々な物質中に含まれるそれを得るために、スライムはなんでも食べる。


 消化できるということは、そこから魔素をとりだす術があるということ。

 獲物を追いかける爪でも、強敵を罠にかける知能でもなく、スライムは自分たちが繁殖するために消化という特性を手に入れた。


 農業でいわれるところの良い土には、地中の目にみえない生き物の働きが関わっているといわれている。


 スライムは光に集まったり、逆にそれを嫌がったりする習性はない。

 走性という意味では、むしろ走魔性というべき、つまり自身の栄養分となる魔素がより濃い方へと近づく習性を持っている。


 だったら、悪い土からは、それを嫌がる可能性だって十分にありえる。

 魔力的な意味での「良い土」や「良くない土」を、スライムには察知できるはずだ――



 俺の意見を聞いたルクレティアとスケルは、どちらも半信半疑といった顔だった。


「捕獲したスライムにそこらの土を食べさせることで、その土の良い、悪いの判断をさせようということですか」

「そうだ。スライムはシンプルな分、反応だって正直だ。俺たちじゃわからない些細な違いにだって気づくかもしれない」

「雑食ってんなら、良い悪い関わりなく、なんでも食べてしまうだけでは?」

「スライムはなんでも食べるが、好き嫌いがないわけじゃない。近くによりよい餌があれば、そっちに向かうさ。今まで、伊達にひきこもって洞窟でたわむれてたわけじゃないぞ。スライムの習性ならよく知ってる」

「確かに。そこに関しちゃ、ご主人の台詞は説得力ありますからねぇ」


 スケルが苦笑する。


「スライムに土の良し悪しがわかるのなら……その反応から、なにかの手がかりになるかもしれませんわね。スラ子さんにも、あいまいな感覚でしかおわかりにはなってなかったのですから」

「まあ、確証ってわけでもないけどな。やってみる価値はあるかもだ」

「やってみるべきでしょう。現時点では他になにかやれることがあるわけでもありません」

「村から距離をとれば、スラ姐にも声かけられますしね」

「ああ、そうだな」


 俺たちは、さっそく地図を確認して川辺に向かった。


 洞窟があれば一番楽だったが、さすがにそこまでは地図にも載っていなかった。

 川辺の近くで木陰をさがし、スライムが発生していないかを調べてまわる。その前にスラ子を呼んでみたが、返事はかえってこなかった。


「こりゃ、本格的にスネちゃってるかもしれませんぜ。ご主人」

「……とりあえず、こっちからどうにかしよう」


 それから小一時間ほどで、一匹のスライムを発見することができた。


「よーしよしよし。こっちだよーこっちさーああ、いい肌艶だねー。やっぱり場所によってずいぶんと違うもんだなあ。うちの洞窟のスライムちゃんたちもみんな可愛いけど、君も負けてないじゃあないかぁ。いいよーすごくいいよー」

「スライムに肌艶なんてあるんすかね」

「知りませんし、興味もありませんわ」


 冷ややかな視線を背中に感じながら、手早くスライムを誘導する。

 いざ村へと戻ろうとしたところで、見知った二人がやってくるのが見えた。


「カーラ?」


 カーラとタイリンの二人だった。


「どうした。村でなにかあったのか? ……ルヴェはっ?」

「あ、いえ。大丈夫です。館で、赤ちゃんと一緒に。タイリンが、おかしなものを見つけて――」

「おかしなもの?」


 タイリンをみるが、ぷいとそっぽを向かれる。

 もう、と頬をふくらませたカーラが、


「山のなかに、村のひとたちが集まってて。一人とかじゃなくて何人もいるみたいで、怪しいかなって」


 山に?


「狩りとかで山に入ってるだけじゃないのか?」

「そういうのじゃなくて、そこでなにかしてるみたいなんです。なにをやってるかまでは、タイリンにもわからないみたいですけど」


 山っていうのは人間ではなく、魔物の領域だ。

 そこで狩猟や採集をすることはあるが、危険だって大きい。


 だからこそ一人でなく複数人で山にいることは、必ずしもおかしいことではないはずだが、タイリンが気づいたということはなにか違和感があるからかもしれない。


「……いってみるか。村からそう離れてるわけじゃあないんだよな?」

「はい。多分、ここからなら、往復しても暮れるまでには戻れます」

「わかった。いこう」


 スライムを連れて山には入れない。

 俺はスライムの一部を採取して水袋のなかに放り込むと、本体を解放した。


 カーラとタイリンの案内を受けて山道をすすむ。

 道なき道をかきわけ、ゆるやかな傾斜をのぼって歩き続けた。


 山では方角を失いやすい。

 迷う素振りすらなく歩き続けるタイリンの姿に、少し不安をおぼえはじめたころ、急に視界がひらけた。


「これは――」


 そこに広がっていたのは、畑だった。


 深い山の内をわざわざ切り拓いてつくられた農地。

 そう広くはない面積に、ちらほらと何人もの人が鍬をふりあげて働いている。


 別に珍しい光景ではない。

 ただ、それが山のなかで繰り広げられていることが異常だった。


 俺は腰元の水袋をひっくりかえして、スライムの欠片を落とした。


 ぽたりと畑に落ちた小さなスライムが、ゆっくりと動き出す。

 ――足元の畑から、逃げるように。


 背後を振り返った。

 不思議そうにしている面々のなか、ルクレティアだけが厳しい面持ちでこちらを見つめてきている。


 説明せずとも事態を把握している令嬢から、その他のメンバーに視線を向けて、


「帰るぞ」


 宣言した。


「ルヴェたちが危ない」



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