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十話 湖にすむ精霊を彼女はたべた

 やっかいな訪問客が去り、あたりには静けさが戻った。


 近くの生き物全てが巣穴に身をひそめて、静寂があたりを支配している。森も、そこに住む生き物たちも、嵐が遠くへいったことにほっと息をついた気配だった。


 ともかく、無事に帰ってもらえて本当になによりだった。

 不意打ちのせいで取り乱しはしたが……結果的には二日後にやってくることが、今日やってきただけのことだ。なにごともポジティブにいこう。ポジティブに。


 みかじめも払えたことだし――胸を撫で下ろして、となりで思案顔のスラ子に気づく。


「どうした?」

「いえ。やっぱり、竜族ってすごいなあと。あの方にお願いして、うちのダンジョンのことをなんとかできたりしないものでしょうか?」


 まあ、はじめて竜を目の当たりにすれば、誰だってそう考えるか。


「スラ子。俺は運動が嫌いなんだ。なんかこう、先天的にそういう才能が欠けてるらしい」

「まさにインドア派って感じ、します」

「アカデミーで体育会とかがあったら、前の日にてるてる坊主を作ったりしてな」

「可愛らしいですね」

「ああ。雨が降ってくれるように、逆さまに吊るしまくったりしたもんだ」

「…………」


 可哀想なものを見る視線。


「そんなことをしても、もちろん当日に雨が降ったりはしないよな」

「まあ、そうですね」


 天候を変えるなんて大魔法、アカデミーのおちこぼれにできるわけがない。

 俺はうなずく。


「それでだ。一方には、翼をふるわせるだけで嵐を呼ぶような連中もいる。吠えれば火山が噴き、飛べば雲が裂ける。そういう連中はもう、自然そのものだ。それをなんとかしようなんて思うのは、俺がやったてるてる坊主と同じじゃないか?」


 婉曲な例え話を聞き終えて、でも、と控えめにスラ子がいった。


「ストロフライさんは、マスターのことをお気に入りの様子でしたし……」

「ああいうのをこっちの尺度ではかっても虚しいぞ。一千年も生きる連中だ、俺たちと同じ感覚なんざあるわけない。今日いくら機嫌がよかろうが、明日は笑って俺を踏み潰すさ。そういう連中だ。間違ってもなにか期待するようなことを考えるな、待ってるのは破滅だけだ」


 俺の台詞をよく噛んで吸収するように時間をかけてから、スラ子は神妙な顔つきでうなずいた。


「すみません、マスター。よくわかりました」

「いや、気持ちはわかる。けどやっぱり、危うきには近寄らずだぞ。俺がヘタレなだけかもしれないけどな」


 いいながら、洞窟へと帰るよう歩き出して、


「相変わらず、分だけはわきまえている」


 響いた声には感情の凍えるような冷ややかさがあった。


 俺は顔をしかめる。

 そこにいたのはどこかスラ子と似た雰囲気のある相手。

 湖のうえ、水上に立つその透き通るような透明感が相手の素性そのものでもある。


 水の精霊。それは洞窟近くの湖を領域とする一体だった。

 竜が魔力という力の権化なら、精霊は魔力という質の象徴だ。妖精やエルフより純粋な存在。魔物としてはもちろん上級に位置する。


 いったいなんなんだ、今日は。竜の次は精霊か。厄日かなにかか。


「なにか用か」

「うるさい竜がこのあたりをかきまわしてくれていったから、落ち着かせにきた」


 精霊は火や水といったそれぞれを象徴する場所に住む。そこの魔力と、魔渦を調整する役割を受け持つ、いわば自然の管理者だ。


「そうか。ご苦労様」

「お前のためにやってはいない」


 彼らは人間という種族を見下している。ほとんどは関心をもっていないが、なかには積極的に嫌っている者もいた。精霊たちがいくら無関心でいたくても、人間は自然を切り開いてどんどん彼らの領域に進出してくる。


 精霊たちが人間を毛嫌いするのはわかるし、俺だって種族でいえばその人間だ。好かれている理由がないことはわかっていたから、


「そうか。それじゃあ失礼する」

「待て」


 これ以上お互いに嫌な気分にならないよう、二人を連れてさっさと引き上げようとした後ろから声がかかった。


 振り返ると、スラ子より鋭さのある眼差しがひたりとこちらを見据えている。


「昨日の夜、このあたりを出歩いたな」


 たしかに俺とスラ子で、湖のまわりで薬草を採取してまわった。シィの羽の光を見つけて拾ったのがそのあとだ。


「それがなにか? なんかまずいものでも採っちゃってたか?」

「いいや。お前が採り尽くすような愚か者ではないことは知っている」


 ただし、と精霊は俺のとなりに視線をうつした。


「そこにいるモノ。そちらは湖に近づけるな」


 精霊に鋭い視線を向けられたスラ子が眉をひそめた。


「スラ子を? どうして」

「場が乱れる」


 簡潔だが不足した説明に、俺とスラ子は顔を見合わせる。


 場? 周辺の魔力のことだろうか。スラ子がいるとそのバランスが乱れるって?


「すまない。もう少し詳しく教えてくれないか」

「必要ない。近づけるなといっている」


 そこではじめて、俺は精霊の眼差しに浮かんでいる感情に気づいた。


「それが聞けないなら。そのときはわたしがそれを滅ぼす」


 絶句する。

 決して攻撃的な性格でもないはずの精霊がスラ子には向けているものは、間違いなく敵意だった。


「あの、私がなにか昨日、失礼なことをしてしまったんでしょうか」


 なぜいきなりそんなことをいわれるのか理解できず困惑するスラ子に、精霊は露骨にさげすむような表情で、


「お前のようなモノは、いるだけで迷惑だ」


 突き放すようにいった。


「……気にするな。いくぞ」


 声をうしなうスラ子の肩を抱くように促して、俺は洞窟にむかって歩き出す。


 相手のいっていることはまるで理解できない。

 ただし、スラ子のことを疎ましく――ほとんど憎んでいるような思いを抱いていることははっきりしていた。


 精霊が理由もなくなにかを嫌うとは思えない。なにか、彼らが忌避するものがスラ子にはあるということかもしれない。

 それがなんなのかは見当もつかないが、考えてみる必要はある。スラ子には、俺自身もまだ把握できていない部分があるように自分でも思っていたからだ。


 初対面の相手にそんな激しい敵意を向けられるとは思っていなかったのだろう。ショックを受けた様子のスラ子を連れて、洞窟の入り口にさしかかったところで、


「――まがい物」


 どうあっても侮蔑する意図を隠せない、声。

 それを聞いたスラ子の足が止まった。表情が強張り、細い眉がつり上がる。


「許せない……」


 はじめて聞くスラ子の怒りのこもったつぶやきに、俺が反応するよりも早く、スラ子が動いていた。


 後ろを振り返り、そのまま一気に駆け出す。

 その先には冷ややかに湖に立つ水精霊の視線が待っている。


「とめろ!」


 悲鳴のような声で俺はいった。やめろ、ではなく。


 一瞬だけ見えた横顔を見れば、やめろなんていったところで聞くはずもないとわかっていた。

 それくらい、スラ子は怒っていた。ものすごく。


 ――無茶だ。スラ子がかなうような相手じゃない。


 精霊というのは妖精と比べても比較にならないくらい強い魔力を持っている種族だ。

 そして、スライムという生命体は総じて打撃には強いが、魔法には弱い。


 特殊な性質を持っているとはいえ、スラ子の身体を構成しているものは他のスライムと変わらない。

 スラ子が向かっていこうとしているのは、彼女にとって天敵といってよい相手だった。


「……っ」


 俺の命令を受けたシィが動く。

 その後を追いかけて俺も駆け出した。


 スラ子に飛びかかってでも動きをとめたかったが、初動におくれたうえにもともとの身体能力でも負けているので、とても追いつけない。体重の軽いシィにだって無理だろう。


「いったぞ。近づくなと」


 精霊の表情はあくまで冷ややかなまま、その全身に魔力の輝きが増す。


 スラ子はそれに答えず、まっすぐに相手に向かって。


 手を伸ばしても間に合わない相手へ手を伸ばしながら、絶望的な気分で叫んだ。


「待て、スラ子……!」


 あたり一帯に魔力が膨れ上がる。

 光と音が生まれ、続いて飛沫と轟音に包まれた。


  ◇


 熱魔法でも使われて蒸気が発生したのか、それとも目くらましのなにかか。一気に発生した白い霧が視界を白濁させる。

 むっとした密度の大気がおしよせて、身体が包まれた。


「スラ子! ……スラ子っ!」


 白い闇に閉ざされたなかで姿のみえない相手に向かって、俺は大声で呼びかけた。

 一度、魔法が発動したらしい光と音のあと、大きな物音がない。


 まさか――と青ざめながら、とにかく湖に向かって足をすすめていると、やがてゆっくりと濁った大気が流れ始めた。


「――ありがとう。シィ」


 視界の晴れた水面に笑顔を浮かべたスラ子が姿をあらわす。


 半透明の生命体が、同じく透きとおった生命体につかみかかっている。

 スラ子の伸ばした右手が相手の両手首をひねりあげ、左手は相手の喉首を絞めあげていた。


「き、さま……ッ」

「残念でしたね。私一人なら、最初の一発で全身が吹き飛んでいたんでしょうけど。シィがいてくれたおかげで助かりました」


 スラ子の腹部周辺は、なにか強力な一撃をくらって吹き飛ばされていた。

 ほとんど上半身と下半身がちぎれかけている、その普通なら致命傷どころじゃない穴が、ゆっくりと周囲の細胞がひきあってふさがれていく。


「やっぱり私、魔法に弱いんですね。シィにアンチマジックのアシストをもらってこれだなんて。……ほんと、運がよかったです」


 俺はシィを見た。

 緊張した表情で、二人に向かって両手をかざしている妖精。その手のひらと背中の羽がうっすらと輝いている。


「妖精……が、――こんな真似をっ」


 自分に近しい存在であるはずの相手の思わぬ造反に、精霊が怒りに顔をゆがめる。

 暗い表情のままシィは答えない。


「誰にだって事情があるんです。そんなことより、自分の心配をしたほうがいいんじゃないですか?」


 楽しそうにスラ子がいう。


「ふざけるな、貴様などに、わたしが――」


 精霊がスラ子を睨みつける。


 手を封じられても、それで魔法という手段が封じられるわけではない。 

 半透明のスラ子の表面、精霊に触れた両腕を起点に霜がおりた。白く濁り、ぴしぴしとひび割れの音がここまで届く。凍りはじめていた。


「っ……!」


 シィが唇をかみしめる。


 アンチマジック。対象の耐魔法力を上昇させる魔法のうえから、ものともせずに精霊の魔力がスラ子の細胞を破壊していく。

 シィの加護のおかげでさすがに速度は鈍いようだが、いずれ全身までそれが至れば、氷漬けの彫像ができあがることになる。


「スラ子! もういいやめろ! ウンディーネ、すまなかった! 頼む、お願いだからそいつを許してやってくれっ」


 スラ子がじわじわと死んでいくところなんか見たくない。

 大声をあげる俺を振り返って、スラ子は微笑んだ。既に顔の左半分が変色し始めている。


「マスター、安心してください。私は平気です」


 徐々に身体を侵食されながら、スラ子は悠然としていた。

 スラ子の根拠のない自信の理由がわからない。そんなことをしているうちにも、少しずつ死が近づいているというのに――


「貴女と私って、似ていますよね」


 憎悪をはらんだ相手をのぞきこむようにして、スラ子がいう。


「貴女は水の精霊。私は形をもったただのスライム。もちろん魔力から存在から、なにもかも違いますけど。だからあなたが私をどんなふうに思ってくれてもかまいません」


 でも、と低い声が続く。


「――マスターを馬鹿にするようなことだけは、許しません」


 あざけるように精霊が笑った。


「許さなかったら……どうする……」


 挑発する台詞にこたえるようにスラ子は微笑んで、


「こうします」


 その言葉をきっかけになにが起きたのか、すぐには理解できなかった。


 いつの間にか、白い霜がスラ子だけではなくて、精霊の身体にも浮かび始めている。

 魔法が逆流している? いや違う。これは――


「貴様……、身体をっ――わたしと」


 精霊が驚きの声をあげた。


「貴女と私は似てる。だからとてもわかりやすい。イメージだってしやすいです。……ほら、どうしたんですか? 自分の顔まで凍っちゃってますよ」


 スラ子の右手と左手、それぞれ相手をつかんだその箇所が、今では相手に埋もれるように同化していた。


 さっきまではスラ子にだけ向けられていた魔力が、つながった本人にまで影響を及ぼしはじめている。


「本当は、躾けてあげるのもいいかなと思っていたんです。二度とマスターに失礼な口がきけないように。けど今の私じゃ、やっぱりまだそこまでは余裕がないみたいですね」

「ふざ、けたことを……っ」

「ふざけてなんかいません。私、怒ってるんですよ?」


 スラ子は笑顔のままだった。


「知ったことか……」


 吐き捨てて、精霊がさらに魔力を強める。


 相手にかけた魔法が自分にまで影響を与えようが気にしない。

 もともとが精霊とスライムでは魔法への耐性が違う。自分も多少のダメージを受けることは覚悟で、スラ子を凍らせてしまおうというつもりだった。


 スラ子の危険な状況は依然として変わらない。

 だというのに、どこまでものんびりとした態度のまま、スラ子は優しげに微笑んだ。


「貴女と私は似ていますから。――だったら。私が、貴女になってもいいですよね」


 不定形の生体が、溶けた。


 全身がどろりとした液状に変化して、白く凍りついた箇所は放棄して、そのまま精霊の身体を伝い、這っていく。


「なっ……」


 思わず声をあげる精霊の口元に液状のそれが襲いかかって、ふさぐ。手も足も、全身を拘束して絡めとる。


「ひ――」


 全身をおおう異物に、はじめて精霊が弱い悲鳴をあげかけた。

 なかのものを吐き出して、一瞬だけ自由になりかけたその口を再度、スラ子だったものが覆い包みこむ。


「や、め……っ」


 水を司る精霊が溺れている。


 そんなありえない光景を目にして、俺は言葉がなかった。


「シィ。あと少しだけ、お願い。すぐにすむから」


 もはや人型の原型もとどめていないスラ子が、どこから発しているかもわからない声をだす。顔色を青ざめさせたシィが、こくりとうなずいた。伸ばした両手がわずかに震えている。


「っ……、っ!」


 精霊はもう声すらあげられない。

 全身を包まれ、いたるところから犯されている。


 ――精霊は、スラ子に喰われていた。 


 空気を求めてあおぐように、透明な身体が身悶えた。地面に倒れこみ、なにかに向かって助けを求めて手を伸ばす。

 二つの存在が絡み合った姿はもう、どこまでが水の精霊で、どこまでが水の精霊ではないものなのか、まったく見分けがつかないほどになっていた。


 少しずつ精霊の抵抗が弱まっていく。

 身体が弛緩するようにだらけて、消化されつくすように全身の輪郭があいまいになり。


 やがて、一個の球状のスライムだけがその場に残った。

 まるでなにかの大きな卵のようなその物質がふるっと揺れて、徐々に形を成していく。


「――ふう」


 元の姿を取り戻したスラ子は、大きな仕事をやりおえた達成感らしきものを顔に浮かべていて、


「お待たせしました、マスター。ありがとう、シィ。さすがにちょっと、時間がかかっちゃいました」


 湖の精霊をその身に取り込んだスライムは、そういって無垢な表情で笑った。



「かかっちゃいました、じゃないだろ。この馬鹿っ」


 得意げなスラ子に向かって、おもいっきり怒鳴りつけた。


「精霊相手にケンカうるなんて、いったいなに考えてんだっ。命がいくつあっても足りないだろうが!」


 怒声を浴びせられたスラ子が、俺の剣幕に身をすくめる。


「だって。マスターがつくってくださった私のこと、まがいものだなんて――」

「だからっていきなり特攻するやつがあるか! シィがいなかったら、どうなってた!」


 アンチマジックが間に合っていなければ、間違いなくその時点で勝負はついていたはずだった。スラ子の行動はあまりに考えがなさすぎた。


「……すみません」


 スラ子がしょんぼりと肩を落とす。


 横から服をひっぱられた。シィの静かな眼差しが非難の意思をこちらに向けてきている。俺が悪いのか、おい。


「……もういい。身体は。おかしな感じはしないのか。気分はどうだ。精霊なんて食べて、どうにかならないわけがないんだ」


 腹を下すどころじゃない。猛毒だっておかしくない。


「別に、なんともありません」


 ちょっと不貞腐れたようにスラ子は答えた。

 俺はため息をついて、スラ子の細い肩を抱いた。半透明で綺麗な瞳を見つめながら、


「スラ子、頼むから真面目に答えてくれ。お前がいってくれないと、これからどうすればいいか考えることもできない」

「ですから。本当になんともないんです」


 俺を見るスラ子の表情には、嘘をついている様子はなかった。


「……本当に、なんともないのか?」

「はい。お腹は、いっぱいになっちゃいましたけど。今日はもう、シィにお願いしなくても大丈夫っていうくらい」


 そりゃ、なんといっても相手が精霊だ。人間一人を消化するのや、妖精から手に入る量とは魔力の桁が違うだろうが。


 俺はシィを見た。


 理由はない。あえていえば、シィなら俺に同意してくれるはずだと思ったんだろう。

 俺の無言の問いかけを受けた寡黙な妖精は、じっと俺を見上げて、小さく首を振った。否定、あるいはわからないというように。


 お腹がいっぱいだって? そんな程度の話か、これは?


「……とにかく。なかに戻るぞ。スラ子、お前はしばらく安静にしてろ」

「わかりました。……あの、マスター」

「なんだ」


 じろりと見やる。


「……すみません。ご心配かけて」


 頭をさげるスラ子を見て、俺はため息をついた。勝手なことばかりするのに、こんなふうに素直だから怒るに怒れない。


 俺は目の前にある半透明の頭頂部に、ぽん、と手を置いた。


「……もういい。俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、頼むから無茶はしないでくれ。お前にいなくなられたら寂しい。また俺を一人になんかするなよな」


 雑っぽく撫で回すと、えへへ、と嬉しそうにスラ子が笑う。


「とにかく、お前はしばらく絶対安静だ。魔方陣のうえで寝てろ。今日は飯もつくらなくていい。ただひたすら寝てろ。わかったな」

「はい。でも、夕飯はどうするんです?」

「俺のぼっち歴がどれだけだと思ってる。いいから今日はもうなにもするな」

「わかりました。――あっ」


 スラ子が声をあげる。

 なにかあったのかと俺は眉をひそめる。


「どうした」


 スラ子が上目遣いで見上げてきた。恐る恐る、といった感じに、


「あのぅ、マスター。今夜は……」

「今夜?」

「はい。可愛がっていただけると……」


 ぷつん、と自分の血管が切れる音が聞こえた気がした。


「あほかあああああ! そんなことやってる場合か、もういいからさっさと家に帰って今から寝ろ! 腐るほどに寝ろ!」

「すいませんーっ」


 スラ子を洞窟のなかへ追い払って、その背中を見送りながらやれやれと頭を振る。


 スラ子の様子はたしかにいつもどおりだ。

 精霊を取り込むなんてことをしでかしておいて、まるで平然としている。


 考えすぎならいい。

 だが、どうしたって俺のなかからは漠然とした不安がなくならなかった。


 精霊なんていう魔力の塊みたいな存在を丸ごと食べておいて、なにも変調がない。

 ……そんなこと、本当にありえるのか?



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