十二話 巡回中の遭遇
深夜ごろ、戻ってきたカーラに起こされて巡回を交代した。
俺のそばではドラ子の浮かんだ水槽に寄り添うようにシィが眠っている。それを起こさないよう、注意してカーラと場所を変わる。
「お疲れ、ゆっくり休んでくれ」
「はい。マスターも気をつけてください」
水槽からドラ子が手を振ってきてくれて、拍子にぱしゃんと水面をうった。
口の前で人差し指をたててそれに応え、防寒具のローブをしっかりとまとってから外にでる。
すぐそこで待っていてくれていたスケルと合流。
さっそく歩きだしながらこれまでの状況について訊ねると、
「騒動なんかは起こってませんね。広場のあたりで深酒した何人かが騒いでたくらいっす」
「他の夜警の連中とは遭遇したか?」
「会いましたよ」
嫌そうな声で、その遭遇がどういったものだったかはわかった。
「絡まれたか」
「いえ。そのかわり、えらい形相で睨まれました。こっちから挨拶しても無視でしたし。いったいなんなんですかね、ありゃ」
「町門の見張りや夜の警護なんて仕事は、手当は安いが仕事そのものは絶対になくならない。ギルドの冒険者にとっちゃ安定した収入源ってわけだ。ルクレティアの声がかりとはいえ、俺たちがそれを横から奪うつもりなんじゃないかって警戒してるのかもな」
「ああ、なるほど」
「……それに、カーラも一緒だからな」
そっちについては冒険者だけではなく、町の人間にもあてはまる。
過去、メジハを襲ったウェアウルフという魔物の血をひくカーラは、そのことでずっと町中から疎まれてきている。
「人間てのは面倒ですねぇ」
事情を察したスケルがやれやれとつぶやいた。
「そうだな。面倒だ」
「ご主人だってニンゲンじゃないっすか」
あのなあ、と息を吐く。
「そういうのにとけこめなかったら、俺は魔物なアウトローをやってるんだよ」
「それもそうでした」
確かに、人間社会というのは複雑だ。
魔物という生き物は強さが全ての指標だから、そういう意味ではわかりやすい。
だが、人間はそうではない。
それは強さが絶対ではないというよりは、むしろ強さという指標の在り方の違いなのかもしれない。
……その象徴が、貨幣ってことか?
ルクレティアが講義よろしく伝えてきたあれこれを頭に思い出しながら、もう一度息を吐く。かすかに目の前の暗がりに白いものが散った。
弱く愚かな生き物。ルクレティアは自分たちについてそう評した。
そして、それにもかかわらず人間はこの大陸でもっとも繁栄してきている種族だ。
俺の在籍していた魔物アカデミーは、いってみればその“人間”の不可解さを理解するためにつくられたのだろう。大陸中が疲弊した魔王竜グゥイリエンの災い、そこからまた復興しつつある人間に対する警戒という面はもちろんとして。
「今回の件も、わかりやすい敵がばあんとでてきてくれたら楽なんですがねー」
「そうもいかないのが人間社会なんだよ」
今ある状況はこのあいだの竜騒動から連なったものだが、それだけじゃない。
問題はメジハにもともとあった潜在的なものだ。
麦の栽培だけを主とするような辺境の田舎町。そこに王都からやってきて、将来は長になるだろうといわれているルクレティア。
この二つの存在はあまりに違いすぎる。
違和感をおぼえないほうがおかしい。
「だから、ルクレティアさんが長になるのに反対してるってことですかい?」
「ならいいんだけどな。面と向かってお前が跡をつぐのが気に食わねえ! って展開ならいっそわかりやすい。公然と敵対する立場の相手なら、懐柔なり排除なりすればそれでおしまいだからな。だが、本当にやっかいな相手はそういうんじゃない」
「どういうんです?」
「消極的な不服従。声にだして文句まではいわないが、なんとなく気に入らない。会ったときは笑顔で接しておいて裏で陰口をたたく。敵として顕在化すらしてない連中が、メジハにはたくさんいるんだろ」
ほほう、とスケルが感心したようにうなずいた。
「よくわかりますね、ご主人っ」
「メジハにいたら、俺もそういうのの一人になってただろうからな」
得意げに胸を張る。
一気に冷たくなったスケルの半眼に見据えられながら、
「ある意味、ルクレティアもただの余所者なんだよ。町の連中からの信用を得るには時間がかかる。それか、手っ取り早くなにか町のためになる功績をたてるとかな」
「それを邪魔したのがご主人とスラ姐っすね。それどころかルクレティアさんの悪評まで町に広めてしまうとはなんたる鬼畜!」
「あのルクレティアが相手だったんだぞ、手加減する余裕なんかあるか。……まあ、それで町の人間の不審を招いたってのは確かだな。バサのこととか、竜騒動の後処理である程度うまくいきつつあったが、その竜が別のやっかいごとも呼び込んじまった。ルクレティアが完全にメジハを掌握しきる前にだ」
それが、外からの介入。
今まで麦の栽培くらいしかない田舎町だったメジハが、竜という存在とその利用価値によってまったく異なる価値をともなってしまった。
それを利用しようと、様々な連中がメジハに目をつけているかも知れず、実際にその一端がすでにメジハにははいりこんでいて、
「消極的な不服従の皆さんが、そそのかされてしまうかもしれない事態ってわけっすね。公然とした“敵”ではない状態のままだからこそ、その対応も面倒っと」
「そういうことだ。そういうのに対処するには、まず相手をはっきりとさせないといけない。だから、ルクレティアは罠をはった。自分自身、それから俺たちだ」
腕をくんで難しい顔になったスケルが、
「もしかして、この夜警もですかい?」
俺は黙ってうなずいた。
スケルはしばらく沈黙して、
「――めんどくさいっすねぇ」
まったくの同感だったから、俺も大きくうなずきかえしておいた。
「まあ、小さな町っていっても人口は千人近いんだ。全員の心をひとつにするなんてできるわけないし、そういうのを調整しながらまとめあげるのなんて俺には無理だからな」
おどし、根回し、話し合い。交渉、折衝、なんとかしよう。
考えただけで頭が痛くなる。
「町のことはルクレティアに任せてあるんだし、メジハの現状が安定しないと洞窟を留守になんてできない。アカデミーに向かうためにも、できることなら協力するさ。けど――」
いいかけて、途中で言葉をきる。
「けど、なんですかい?」
「……いや。面倒なことはなるべくさっさとすませて、洞窟に帰りたい」
「ですねぇ。こっちでの寝泊りも悪くないですけど、あのじめじめした空気が懐かしいっす」
スケルに誤魔化しながら、胸のなかでは飲み込んだ言葉がしこりのように残っている。
協力するのはいい。容易に姿をみせない連中を相手どるのに罠をはるのも、その餌に利用されるのも。
だが、それが誰かを傷つけるようなことになるなら話はべつだ。
具体的にいえばそれはカーラのことに他ならず、そのことについてあらかじめてルクレティアに念を押しているつもりでも、どうしたって不安だった。
「カーラさんのことでお悩みで?」
のぞきこんでの台詞にぎょっとする。
「よくわかったな」
「そりゃ、ご主人とのつきあいも長いっすからねー」
とスケルは嬉しそうにいって、
「色々あるっちゃあるんでしょうけど、大丈夫だと思いますぜ」
「簡単にいうなよ」
顔をしかめた俺へにんまりと笑う。
「ご主人はノックアウト中だったんで覚えてらっしゃらないでしょうが、さっきも酒場で声かけてくれてた人がいましたよ。カーラさんに」
「そうなのか?」
「ええ。気にすんな、って感じで。こないだの騒動の後からそういうふうにいってくれる人もいるっておっしゃってました。少しずつ、馴染んでいけてるんじゃないですかい」
「そっか。……そうだな」
だとしたら、それはとてもいいことだ。
「おや? おやおや~」
「なんだよ」
「いえいえー。どことなく、ご主人が不満そうだなあっと。カーラさんにちょっかいだす相手がでてきたのがご不満で?」
たまにスラ子がしてみせる小悪魔の手先みたいな表情だった。
俺は渋面で黙り込んだあと、返事をせずに歩き出す。
「あ、無視っすかっ。図星だからって無視するんすかー!」
「うるさい。いくぞ、あほスケル」
「なんですと、ばかご主人っ!」
近くの家屋で休んでいる住民を起こさないよう小声でいいあいながら、静んだ夜の町を進んだ。
◇
結局、スケルとの巡回中にはなにも起きなかった。
それから一旦町はずれの家に戻ってカーラと交代してからも不審人物は見かからず、ほとんど散策のように二人で歩き続けている。
「そういえば、カーラ。さっきの酒場で知らない顔は見たか?」
「注意してましたけど、全員メジハに登録してる人たちだったと思います」
俺達が今日いったのはメジハにいくつかある酒場で特に冒険者たちが集まるとされている店だ。
新参やモグリには近寄りづらいかもしれないが、だからってそうした連中が、町の人間のたむろする店に出向いたりするだろうか?
……まあ、今日はたまたまいなかっただけかもしれない。明日以降、そのうち顔を見る機会はあるだろう。
警戒した相手が動きを控えることもありえるが、それはそれで俺たちがこうして町を出歩いていることの成果だ。
“餌”である俺たちがそうやって注意をひいているうちに、ルクレティアがギーツに出した使いも戻ってくるだろうし、それ以外にも裏であれこれと手を尽くすはずだ。
そのあたりはルクレティアの手腕に期待しておこう、などと考えていると、
「マスター」
カーラがささやいた。
「――なにか、聞こえます」
魔物の血をひいているせいなのか、カーラは視力や聴力がいい。
そういう感覚が鋭くない俺は、せめてと耳元に手をあてて目を閉じて――ほんの小さく、声が聞こえたような気がした。
目を開けてすぐそばの相手を見ると、
「そんなに遠くないはずです」
「わかった」
俺は手のひらに集めた魔力を地面に向けて放ち、スタンプの痕を残した。
スラ子には土や水を通じた広い探査能力がある。今、こちらを知覚しているかはわからないが、地面の合図に気づいたらすぐにこっちの行動をフォローしてくれるはずだ。
「……よし。いこう」
町の中央、広場から少し東に離れたあたりに松明の炎が集まっていた。
三人、四人。
夜警の冒険者たちと町の自警団の連中の揉め事かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
松明を持った男たちは、誰かを取り囲むようにしていた。
おなじく松明を持って近づくこちらに気づいた男たちが振り返る。
俺と、その隣のカーラの姿を確認した連中が不快そうに顔をしかめた。
「お前らは……」
「――ルクレティアの配下の者です」
「知ってるよ。わざわざご苦労なこった」
髪を短く刈り上げた若い男が吐き捨てるようにいう。
まあ、この組み合わせで好意的な反応を期待するほうが無理か。
「なにがあったんですか」
「見てわからねえのか? 変なやつがいたからとっちめようってしてんのさ。不審者がこの町にどうこうってのは、お前らのご主人様のいったことだろうが」
その取り囲まれた相手を見て俺は声を失った。
「お前、」
「マギだ! マギ、おはよ! わは、違った。こんばんはだ!」
そこにいたのは先日洞窟に侵入してきた例の自称暗殺者だった。
小柄な身体をすっぽりとフードに包んでいて、どこからどうみても怪しい。
「どうしてこんなところに――」
「……なんだ? お前らの知り合いか?」
取り囲む男たちに浮かぶ不審の色が強まったのを見て、俺はあわてて首をふった。
「いや、知り合いってわけじゃ」
「わは! マギ、ひどいなー」
「ああ、うるさい。こんなとこでなにしてるんだよっ」
「そんなの決まってるじゃん! 仕事! 仕事!」
「仕事って、」
――暗殺の?
あわてて身構えようとしてから、まずいことに気づいた。
今、近くにはほとんど非武装の町の人間たちがいる。
彼らはそれぞれ護身用のナイフくらい持参してるかもしれないが、もし目の前の少女が“本物”だとしたらそんなのまるで意味をなさないことくらい想像がつく。
「……あんたら。ここは俺たちにまかせてくれないか」
「なにいってやがる。いきなり横からやってきて、そんな勝手が許されるとでも――」
「説明ならあとでするから、さがってくれ!」
男たちは互いに顔を見合わせて、
「……ふざけんな。お前らのこと、俺らが信用してるとでも思ってんのか? お前らがこいつを逃がそうとするかもしれないだろうがよ」
そんなことするか。
怒鳴りつけたくのを我慢しながら、うまく相手を説得する言葉が見つからずに歯噛みする。
――この目の前の少女は普通じゃない。
下手に刺激すれば、どうなるかわからない。
前に襲撃を受けたとき、あの洞窟で感じた不気味な気配を思い出して、
「マギ、この人たちをどうにかしたいのかー?」
それをなぞるように、声。
「わは。あたいがそれ、したげる!」
闇が放射された。
夜のなかでさらに“闇”というのもおかしな話だが、実際にそうとしか表現するしかないのだから仕方ない。
魔力の闇が一瞬で膨れ上がる。
それは前の霧のような質量をもたず、ほとんど瞬時に四方に広がっていき、
「……っ!」
防御する間もなく目を閉じる。
痛みはなかった。
すぐに目をあけて、
「カーラ、無事かっ?」
「大丈夫です!」
安堵の息をつくのに重なるようにしてどさどさと重い音が続いた。
見れば、近くにいた町の人間たちが倒れている。
「お、おい。大丈夫かっ」
あわてて抱き起こしてみると、全員が意識をうしなっていた。
スリープ? ……いや、違う。
だが、それに近い効果を及ぼす魔法的な仕業には違いなかった。
「タイリン、なにをしたんだ!」
「わは? だってマギ、この人たちが邪魔だったんじゃないの?」
にこにこと笑ったまま、子どものようにいってくる。
「いや――邪魔っていうか。……無事なのか?」
「わはっ。殺してないよ! 気をうしなってるだけ!」
「本当か?」
あの魔力の闇がもたらしたものなら、どんな効果がふくまれているかわかったものじゃない。
「ホント、ホント! だってこの人たち、悪いヒトじゃないでしょ?」
まあ、良くも悪くもないただの町人だ。
俺はうなずいて、
「ああ。……じゃあ、しばらしくしたら気づくんだな?」
「わはっ。そだよ!」
「後遺症とか、そういうのもナシ?」
む?と幼い容貌がかしげられて、
「コーイショ、ってなに?」
「いや、元気ならそれでいいんだ。――ええと、それで、タイリンはいったいなにをやってんだ?」
「だから、仕事チュー!」
「……仕事って。誰かを殺しにきたのか」
ごくりとつばを飲んで訊ねる。
なにがあっても反応できるよう、カーラの身体が微妙に沈み込む。
俺を見上げる大きな瞳がきょとんとまばたきして、
「なんで? あたい、そんなことしにきてないよ?」
「そうなのか? だってこないだ、暗殺者だって」
「孤立の暗殺者!」
「……孤立の暗殺者って。そういう仕事をするもんじゃないのか?」
わははは、とタイリンが笑った。
「マギはものすごくバカだなー!」
なんだかひどい侮辱を受けた気がしたが、それはともかくとして相手に説明を求めると、
「暗殺者が殺す以外にも仕事あるんだよ! 忍び込んだり! 盗み出したり!」
「それじゃ泥棒だろ」
「違うよ! あたい暗殺者だもん! あーんーさーつーしゃー!」
「ああ、わかった。わかった、悪かったよ」
噛みつくようにいってくる相手にうなずきかえしながら、ほっとした。
なんだ。暗殺ってわけじゃないのか。
盗み出すようなものもこの町にはないだろうし、ということは――密偵か。
「なあ、タイリン。その仕事って誰に頼まれたんだ?」
もしかしたらころっと教えてくれるのではと思ったのだが、
「わは! それはヒミツ! 依頼人を明かすのは暗殺者失格!」
そういうところは案外しっかりしてるらしい。
「そうか。……ところでタイリン、お腹とか空かないか?」
「む。そういわれれば、空いたような。そうでもないような……?」
腹のあたりに手をあてる相手に、
「なにか美味しいものおごってやろうか」
「ほんとっ? マギは優しいな!」
タイリンは両手を万歳して今にも小躍りしそうだった。
「そのかわり、タイリンの依頼人のこと教えてくれ」
「むむ!」
両手を振り上げたまま硬直する、自称暗殺者。
「それは……駄目だ!」
「駄目か」
「そう! なぜならあたいは立派な暗殺者だから! 暗殺者は誘惑には屈しないのだ!」
「そうかー。甘いお菓子もつけてやろうと思ったのになあ」
「むむむむむ!」
頭を抱えて屈みこんでしまう。
ちらりとカーラを見ると苦笑していた。
よし。あともう一押しだ。
俺はうーんうーんと苦悶の唸り声をあげるタイリンの頭上から、容赦なく悪魔の囁きを降らせる。
「あまーい紅茶もあるぞ。あったかいぞー。ふんわりした焼き菓子とかもう、ほっぺたとろけちゃうなー。おいしいよー、あーまいぞー」
「ぐあああああ! 誘惑の魔の手がー! 声がー! 歌があたいをサイラムうううう!」
それをいうなら、さいなむだ。
呪いの言葉に耐えるように身もだえすること数分。ぴたりと動きを止めたタイリンが、すっくと立ち上がった。
きっと決意の眼差しがにらみつけて、
「立派な暗殺者は依頼内容を漏らさない!」
ここまでして駄目なら聞き出すのは無理だろう。
あきらめかけたところに、
「だがしかし!」
同じ勢いのまま声が続いた。
「友達にならこっそり教えてあげてもいいような気がする! きっとそう!」
それでいいのか、暗殺者。
「だからマギがあたいの友達なら、仕方なく甘いお菓子をもらってあげても仕方ない!」
「じゃあ、俺はタイリンの友達か」
「――マギ、あたいの友達?」
ふと、それまでの表情と違ってタイリンが真剣な顔になった。
なんだ? 友達というのがそんなに大切なのか?
あっとすぐに思いついて、
「タイリン。もしかして――友達、いないのか」
小さな女の子はしゅんとして肩を落とした。
「……あたい、今まで友達いたことない」
「そうか……」
脳裏にアカデミーのころの思い出がよみがえった。
友達どころか知人すらろくにいなかった学生時代。
話しかける相手がいないのをごまかすために読書に没頭する振りをして、珍しく他人から話しかけられたと思ったらただの人違いでぬか喜びだった。
輪になっておしゃべりしながら昼食をとる連中を遠目に一人でとるボッチ飯。保存のために塩気を強めていた弁当の、あの必要以上のしょっぱさよ!
気づけば俺は目をうるわせて、タイリンの小さな肩をつかんでいた。
「マギ? どした?」
「……わかる、わかるぞっ」
俺はあの頃、ずっと誰かから声をかけられるのを待っていた。
今ならそんなことじゃ駄目だったのだとわかってはいるけれど。
でも同時に、もし自分と似たような相手がいたら――そのときは絶対に自分から声をかけていこうと心に決めていたのだ。
「タイリン、俺はお前の友達だ! 俺でよかったら友達になろう!」
「……わはっ」
タイリンは真剣な表情のまま笑いのかけらをこぼしてから、ぱっと満面の笑みになる。
「わははっ。友達かー! じゃあしょうがないなー! 困ったなー!」
やけに嬉しそうにはしゃぎまわる姿はほとんど子どもにしか見えなくて、俺とカーラは顔をみあわせて笑った。
暗殺者だ闇属だなんてなにかと物騒な女の子だが、決して悪い相手じゃなさそうだ。
「んじゃ、タイリン。ここは寒いし、よかったらこれから俺たちの家にこないか」
「お呼ばれかー! マギは手がはやいなー! いいヤツだー!」
「いや、そういうんじゃないだろ。それに、いい奴でもないぞ。どっちかといえば悪い人だ」
なにしろ魔物だしな、といいかけて。
それを聞いたタイリンの表情が止まった。ぽつりと、
「――マギ、悪いヒトか?」
「ああ。そう――」
「マスター!」
返事を終える前に強引に引っ張られて。
次の瞬間、目の前をなにかの切っ先が縦に裂いた。
「なっ……」
タイリンの手に、いつの間にか大降りのナイフが握られている。
「おい、タイリンっ」
「マスター、危ない! さがってくださいっ」
カーラが耳元で叫ぶ。
俺はタイリンの突然の変貌が理解できず、
「タイリン、どうしたんだよ! なにかあったのかっ?」
「――殺す」
返事は、小さな声量に途方もない不吉さを含めて耳に響いた。
「悪いヒトは、殺す」
駆け出してくる。
俺とカーラとタイリンのあいだにほとんど距離はない。
一息もかからずに距離を詰められて、
「アイスランス!」
降り注いだ氷の槍がその危険な接近を阻んだ。
後ろに跳ねるように距離をあけるタイリン。
その小柄な暗殺者と俺たちのあいだに、地面からゆっくりとせりあがるようにして、スラ子があらわれた。
「遅くなりました、マスター」
こちらを振り返らないままの声に、俺は動転したまま答える。
「ああ。タイリンが。いきなり……」
「はい。――完全に、マスターを殺す気です」
「殺すって、」
あらためて伝えられるその言葉の意味を一瞬、うしないかける。
タイリンが、俺を?
けど、さっき誰かを殺しにきたわけじゃないって。
「出来る限り遠くにさがってください。カーラさん、マスターをお願いします」
「わかった」
カーラに腕を引っ張られながら、俺はスラ子の背中にむかって口を開いた。
離れる前に伝えなければいけないことがあった。
「スラ子。まってくれ、あいつは」
「わかっています。……可能な限り、善処します」
ですが、と続ける。
「手加減ができる相手ではないかもしれません」
その声は、竜騒動の際にあの口の悪いエルフと一対一で対峙したときとは比較にならないほど緊迫したものだった。