1 お仕事中です
「両者、始め!」
張り詰めた空気の中、相対した一人の騎士がわずかに早く動いた。
「アイスヴィント」呪文を呟きながら、右手に持ったフルーレを前に突き出し空中に魔方陣を描く。
完成した魔方陣は輝きながら氷の吹雪を前方に吐き出した。
もう一方の騎士はかろうじて直撃を避けるが、余裕がなく移動したため隙が出来た。
それを見逃さず、すばやく間合いを詰め喉元にフルーレの先端を突き付ける。
「そ、それまで!」
一瞬の攻防。
あまりにも展開が早く、戦い慣れた者しか目で追えなかった。
めったに見ることが出来ない模範試合との噂を聞きつけたギャラリーは何が起こったのか飲み込めず、呆気にとられるばかりであった。
その場が静まりかえる中、勝った騎士は淡々と練習場を後にしようとしていた。
「た、隊長・・・」負けた騎士が追いすがるように背中に声をかけると、歩き始めた足をぴたっと止めた。
ゆっくり振り返り、頭全体を覆うヘルメットを脱ぐと白銀の髪を束ね、紫苑の瞳を持つ白皙の素顔が現れた。
美しい造りなのだが、感情がこもっていない顔はビスクドールに似て生気を感じられない。
試合後のはずなのに息の乱れはもちろん、汗もかかず頬の赤みもなくまるで磁器で出来ているかのようだ。
それが口元だけ小さく動いた。
「全員練習メニュー3セット追加。」
その場にいる騎士達の嘆きの叫び声を聞きつつ、隊長を建物に姿を消すのだった。