第1節
第一話 サタンの登場
ネザー。
そこは、破壊と混沌で満たされた世界…なわけでもない、いたって普通の禍々しい魔界だ。
その一角、魔王城と称される城で長身の男性が一人、玉座に座ってワイングラスを傾けていた。
「うんむ。今日も絶好の魔界晴れだな。」
その男性は、どう見ても人間ではない。魔界に住んでいる、しかも魔王城に住んでいるのだから。黒いスーツ+マントっぽく見えるけど実は翼に、角。髪は鳶色で、目は夜色。顔立ちはイケメンな方だろう。っつーかイケメンだ。
[…暇だ。こういう時が一番嫌いなのになぁ。出かけるか?でもな…」
ぶつぶつと、誰もいない虚空に向かってつぶやき続ける。その姿は不気味極まりない。
そして、玉座から立つ。
「よし決めたぞ。どこかランダムに旅行しよう!」
両手を突き出す。白い手袋が、魔力を帯びて紫色になる。バチバチと空気中に放電しているような感じで放出されている魔力はすさまじいパワーだ。
「よし、レッツゴーだ!」
黒い光に包まれたサタンは、魔王城の屋根を突き破って《世界門》を召喚する。
『転移先は…絶望谷。転移まで3…2…1…』
門に飛び込んだ瞬間、空間そのものがゆがんだような感じがする。
『あ、大変ですよ。照準が何者かによってずらされましたよぉ~。』
そうアナウンスが聞こえたすぐ後に、野太い声が耳に入ってくる。
『フフフ…行先はニンゲンカイですよ。』
いやに粘つく声だ。耳に残る、不快な音域の声。
「…誰だっけ?」
『覚えてないならそれはそれでいいでしょう。ニンゲンカイは素晴らしいですよ。魔力が 全くと言っていいほど無いのです。そこに送ったらどうなるでしょうね?
あなたはこの世界に戻れず、ニンゲンカイで朽ち果てていくのですよ。』
「ぐうぐう…」
サタンは寝ている。野太い声は少し気まずそうに『あー…』と声を漏らす。
『まあ、いいでしょう。あなたのいないこの世界は、確実に私のものなのだから。
旅行に行こうと思った自分を恨んで、ゆっくりとバケーションを満喫してきてください よ。』
そして門の出口が近づいてくる。それにつれて、謎の野太い声の笑い声は遠ざかって行った…。