彼女がくれた至宝
生まれた前から、ずっとこの定めは決まっていた。
片時も離れずに姫を守り、永遠と呼ばれる時を生きる。
逃げる事など出来ない。
それは神子として生まれてしまった者が辿る道だ。
名前もなく、自分の存在を確かにしてくれるモノもない。
他の神子は少なからず自分の自由を持っているのに、俺にはない。
だから自分の存在も疎ましく思っていたし、皆に守られる姫さえもが憎かった。
俺を縛り付けるユグドラシルさえもが……。
髪は漆黒なのに、俺の瞳は海のように、空のように、青かった。
この瞳のように、どこまでも自由な海や空でありたかった。
名も、声も、顔すら知らない姫。
俺を縛り続けるのなら、その姿を曝せ。
「…ここには……も、いないから…大丈夫ね」
…なんだ?だれかいるのか?
俺は自分がいた場所から反対側に三人の人影があることに気が付いた。
真紅の髪の女に背の高い男、それに綺麗な衣を身に纏った緑の黒髪をもった女。
真紅の髪の女と背の高い男には見覚えがある。多分神子の誰かだろう。
でも…あの女は知らない。
神子の中にあんな姿をした奴はいなかったはずだ。
「誰だ?」
無意識の呟きを聞かれたらしく、女は振り返った。
「貴方も…神子なの?」
俺はその問いには答えなかった。変わりに答えたのは真紅の髪の女。
「姫様…あの方が生命の神子です」
「そう…あなたが…」
「姫…我らはこれで…」
背の高い男と真紅の髪の女は一例をして姿を消した。
「あんたが、姫なのか…」
もしそうならこの物言いはとても失礼だと言うこともしりながらあえて言葉使いを変えることはしなかった。
「えぇ。貴方の瞳は、とても綺麗ね。そらいろね!」
姫は優雅に微笑むと名前を教えてくれを言った。
「名前なんて…ない」
俺に名前などない。それは俺だけじゃなく神子である皆に言えることだ。
姫を守るためだけに創られた神子に名など必要ないのだから。
「じゃぁ、クウロなんてどう?漢字にすると空色と書くの。ぴったりでしょう?」
「クウロ…」
「そう。…いや?」
姫は小首を傾げて訪ねてくる。俺は…クウロは微かに笑って一言、気に入ったといった。
あの日から、俺はクウロとなった。なんども彼女がその名を呼ぶたびに、主である彼女が愛しくて仕方なかった。
神子として生まれた事を、無条件に彼女の傍にいられる事を心から嬉しいと思った。
「私はクウロの事がとても好きよ。だから、私の名前を教えてあげる。私の名前は――」
ふと目を開くと常に自分傍らにいた筈の姫の姿がない。
「…夢、か」
大きな聖樹の幹にうつかっていた。ここは初めて彼女と出会った場所だ。
名前を貰った。
恋をした。
永遠の別れをした。
そんな場所だ。
それなのに再開した今、クウロは大切なモノを失っていた。
彼女がくれた想いを…その名を俺は…忘れてしまった。
それは、自分の名前以上に大切な至宝だったのに…。
「なんで…思い出せないんだよ」
クウロのその悲痛の叫びは、どこまでも悲しく響いただけだった。