守る事の出来なかったモノ
小紅もナガレも、トアさえもが言葉を失ってしまった。
俯くクウロと三人の間を冷たい風が流れる。それはまるでクウロの心を否定しているかのよう四人の頬を指す。
枯れ果てたユグドラシルからは黒い気が止め処なく溢れ、風に乗って広がった。
「約束を……したことは覚えてるのにな」
クウロはゆっくりとユグドラシルに近づき、その幹に手を触れた。
その瞬間、溢れるようにあたり一面を覆っていた黒い気が消え、ユグドラシルから眩い光が放たれた。
それはもう何年も見ていなかったユグドラシル本来の輝きだった。
枯れ果て、むき出しになっていた枝には緑の葉が生い茂り、聖樹と呼ばれるに相応しい美しさだった。
「姫!」
その声は小紅のものだった。
聖樹から放たれた光が一人の女を包んでクウロの元へと降りてくる。
クウロはその女の体を受け止めたまま動かなかった。
しばらくすると腕の中で眠ったままだった女が身動ぎし、微かに呻き声を発したのを感じた。
「…ん…」
やがて目蓋を開き、自分を抱える者の顔を確認すると女は両手で顔を多い、泣き出した。
「ソラ…ごめんなさい。私が、きちんと母の力を受け継いでいれば、もう貴方に辛い思いをさせなかったのに…私が無力だから……」
クウロは女を、姫を抱く腕に力を込めた。
それをみた小紅たちはなにも言わずにどこか遠くへと消えていった。それを見たクウロは姫の肩口に顔をうずめて、彼女から顔を見られない様にしながら言葉を探した。
「姫…すみません。約束…を、守れなかった。傍にいると、守ると…約束をしたのに……姫が、この木に閉じ込められたのは、俺の……せいです。離れても、決して忘れはないと…誓ったのに、俺の中から…貴女は消えてしまった。だから…ユグドラシルは枯れ、姫を……」
ずっと力なく下に向けられていた手がクウロの背に回り、弱弱しくも抱きしめられた。
「そんな事、どうでもいいのです。貴方のせいでは、ありません。私の…名を……名を呼んで下さい。私は…貴方にだけは姫と、呼ばれたくないの……お願い」
クウロはその願いを聞いて力強く抱きしめていた腕から彼女を解放した。
「すみません…俺は、俺にはもう…貴女の名を呼ぶ権利が……無いみたいです」
クウロは泣き顔にも似た微笑みを絶やさずに一言、そういっただけだった。
姫の頬からは幾つもの涙が止め処なく流れ、衣に落ちては消えた。