枯れ果てた聖樹の源は
「これが…聖樹だってのか」
クウロは拳を握りしめた。
今まで何冊もの本を読んできた。
ユグドラシルという木は聖樹と呼ばれ、命の木として世界中のどんな木よりも輝いていて美しいそんな木ではなかったのか……
いまクウロの目の前にある木は枯れ、生気の微塵も感じさせない。
「どうして……」
クウロは言葉を失った。
ナガレも小紅も掛ける言葉がなかった。聖樹がこうなった理由を二人は知っているからだ。
「貴方がこの地を離れたから…命の源が消えかけてるのよ」
その声は小紅でもナガレの声でもない。
聞き覚えの無いどこか懐かしい声だ。
「トア……なんでここに」
小紅は目を大きく見開いて呟いた。
「愛媛がクウロを呼ぶといっていたから…」
土神であるトアはクウロに向き直った。
貴方はさっき自分をクウロと呼べとそういった。それが、己の個を失うことだと解っているのか」
トアは優しげな風貌とは似つかない言葉使いをする。それがかえってクウロを責める結果となった。
「いいんだ。知ってるから。俺はここでクウロだったことも…俺の役目も」
クウロは微笑んだ。
前原悠斗は存在しない。
それを一番よく理解しているのは何も知らないはずの悠斗自身だったのだ。
「悠斗は…死んだ」
「記憶が…戻ったのですか」
口を挟んだのは先ほどから口を噤んでいた小紅だった。クウロは小紅を一瞥して微笑んだ。
「お前たちは…大丈夫だったんだな。よかった」
そのセリフが何を意味するのかナガレと小紅は悟って泣いた。
自分が死ぬという時にすら残された者も心配をしていたクウロ。
裏切り者だと忌み嫌われていたクウロ。
自分の役目の為だけに縛られるクウロ。
いま、目の前にいるのはそのどれにも当てはまる、彼の姿だった。
「だけど……」
クウロは悲しそうに三人の神子を見た。
自分を慕ってくれたナガレと小紅たちの事も、忌み嫌っていたトアたちの事も、とても鮮明に思い出せるのに……。
――とても大切だった姫の事だけはどうしても思い出せないんだ。