神の砦
嵐はすぐに帰ってしまった。仕方ないことだとは解っているがやはり一年に一度しか兄妹に会えないんは寂しい気がするものだ。
「前原…君?」
ふと誰かに声を掛けられた。悠斗は聞き覚えのないその声聞いた瞬間さっきまでの柔らかい笑顔を消した。変わりに嵐に会う前のさめた目をした。
悠斗はふと声の主を確認するために振り返った。
「さっきの人…彼女ですか?」
声の主は悠斗の予想通り女だった。微かに頬を赤らめている。でもそんなことは悠斗には関係ない。
女は怖い。
いつでも悠斗を落としいれようとする。
女の質問に悠斗は無言を持ってして返した。
「やっぱり…そうですよね」
ひとりでに納得する女を悠斗は一瞥した。
その女の存在を視界から消すために悠斗はさっき嵐にもらった本を開いた。
題名は…神の砦。どうらや異世界のファンタジー小説の様だ。
嵐にしては珍しい。
嵐が毎年くれる本は恋愛とかそういった部類のだった。
「あ!神の砦…前原さんも読むんですか?私それ好きなんですよ…でもなんか…変ですね。それは一冊完結のはずなのに。変えてもらったらどうですか?」
悠斗は自分の手にしている本を見た。嵐のくれた本についている帯にはこう書いてあった。
――これは未完の大作になる。その結末はあなただけが知っている。
確かにおかしい。一冊完結の物語に「未完の大作になる」なんて帯をつける奴はそういない。っていうかいない。
「いいよ。べつに」
この本が読みたくて買ったわけじゃない。
この本は嵐がくれたモノだから。嵐のくれるモノに変わりなんてない。
例え不良品だろと悠斗にとっては意味のあるモノになるのだから。
「結末が一番感動的なんですよ!それ…好きな人と離れ離れになっちゃうんですよ。それをみないなんて…」
悠斗は席をたって女を見た。
「やかましい。俺は女が嫌いなんだ。二度と話しかけるな!」
テーブルには女一人が残された。
「離れ離れに…なっちゃうんですよ…」
あれは一冊完結の物語ではない。
この世にはあの本は一冊しかないのだから。
未完の大作…。
そう…悠斗の持っている神の砦が、その一冊なのだ。
彼は知らない。これから起こるたくさんのことを…。
女は振り返った。そこにいるのは先ほど去ったはずの嵐がいた。
「悠斗兄…いないなぁ」
女は嵐に声を掛けた。
「悠斗さんの妹さん?」
嵐は首を傾げた。
「はい…これを渡しに来たんですが…兄のお知り合いの方ですか?」
「えぇ。友人なの。今日はこられないからって代わりに私がまっていたの。これをあなたに…」
女が差し出したそれは先ほど悠斗が嵐にあげたそれと同じだ。
「ありがとうございます。ではこれを兄に…」
嵐は女に「蜂蜜の花」という本を渡した。
それはとても簡単な恋愛小説だった。
「渡しておくわ」
「ありがとう。兄をよろしくお願いします」
嵐はペコリと頭を下げて去っていった。
この本が兄の手に渡らないとも知らずに……
「あの本を読んだら……もう終わりよ。それでも私は自分の役目を果たさなければならなかったの」
あの本は扉なのだ。




