忘れていた本当の意味
クウロも姫も二人の想いが、気持ちがすれ違っているのに薄々ながらも感づき始めていた。
今でも昔と変わらずに居て欲しいと願う、姫。
昔の様にはなれないと頑ななクウロ。
姫は目の前に立ったまま動かないクウロをじっと凝視した。それが意味のある行動だとは思えないが、今目を反らしたらクウロはそのままどこかに消えてしまいそうで仕方なかった。
「姫はご存知ですか?」
「?」
「一度失ったモノは…もう二度と戻らないこと……」
クウロは諭すようにそしてとても愛おしさをこめた目で姫を見た。
「俺は貴女の事が好きだけど…愛しくてたまらないけど…俺はクウロじゃないよ。クウロだけど…違うんだ。」
「意味が…解らない」
姫は聞きたくないというように首をふってクウロの次の言葉を遮った。
それでもクウロは話す事を止めなかった。
「ここに来た時、俺は貴女の事を知らなかった…それは、俺がこの世界の者ではないからなんだよ」
クウロと姫の間を冷たい風が通り抜ける。姫の黒い髪が大きくうねり二人は暫く無言のまま立ち尽くした。
「クウロは帰ってきたんでしょう?…帰ってきて、くれたんでしょう?」
縋るように問いただす姫にクウロはなにも言わずに静かに首を振った。
「言っただろう。一度失ったモノは二度と戻らないと…俺は、クウロはあの時に死んだ。正確には魂は前原悠斗として生きているがクウロとしての生はもう終わってるんだ」
一度死んだものは二度と戻らない。
それは命神であるクウロが一番よく知っている事だ。
「もう…お別れです。俺は心の底から、貴女が幸せである事を望んでいます」
知っていた。
彼女を…。
知っていた。
彼女によく似た人を…。
知っていた。
今はもう呼ぶ事の出来ない、その名を――。
「さよなら…嵐」
クウロが消える最後に呟いたその声は冷たい風に飲まれて消え、姫の耳に届くことはなかった。