大切だと自信を持って言えたのに
「姫…どうかされましたか?」
悲しそうに俯いたまま動かない姫を心配そうに見下ろす影があった。
「クウロ…どうしたのこんなところで…私なら平気よ」
姫は涙を拭いて立ち上がった。泣き出してしまいそうだった。
昔と違う事。
それはクウロの私に対する態度。
昔のクウロはあんな丁寧な物言いはしなかった。
主としてではなく、対等に一人の人として接してくれた事がどれほど嬉しかったか…クウロは知らなかっただろう。そしてこれからも知ることはない。
生まれた時からあがめられて対等なモノなどいなかった。神子も四神も自分に使える為に創られた存在。
「姫…本当に大丈夫ですか?」
クウロは本当に心配そうにしているが姫はそこでせきをきった様に泣き出した。
「そんな風に言わないでよ……そんな、他人みたいに…」
クウロは暫く黙って姫を見ていたがやがて拳をキュッと握りしめて俯いた。
「他人だよ。俺と貴女は…他人だ。神子と神…それは決して相容れない」
「…クウロは、全部忘れちゃったの?約束は覚えてるのに…あとは、皆忘れちゃったの?私の事守るって…悲しませないって言ったのは嘘だったの?」
「本当だったさ。でも俺は忘れてしまったから…貴女が教えてくれた名前も貴女の顔も…忘れてしまった。そんな俺に…今更どうしろって言うんだ!」
そう、姫がユグドラシルの発した光の中から現れたとき、小紅が姫といわなければ、クウロはそれが姫であると解らなかった。
だからわざと丁寧に話した。
わざと、近づかなかった。
「昔は…自身を持って貴女の名を呼べたし、大切だといえた。でもいまは…あなたの知っているクウロはこの世界にはいないんだ」
昔は大切だと…自信をもって言えたのに…もう、いえない。