思い出は想いの欠片
「私があげた…あの名前の意味。覚えているかな」
姫は四神が氷付けになっている部屋にいた。神子であるトウカの作り出した氷。
簡単には解けることは無い。
だが彼女は混血とはいえ太陽神だ。
その氷を溶かす事など造作もない。
姫が手を触れると見る見るうちに氷は溶け四神は目を開いた。
「姫様…泣いて…おられるのですか?」
朱雀は心配そうに訪ねた。
四神はそれ以上何も言わずに姫の言葉を待った。
「そうね、泣いているわ」
「姫…姫がここにいるという事は…」
「えぇ。クウロもいるわ」
青龍の問いに本当に声を上げて泣き出しそうになるのを必死で堪えた。
「…クウロね、私の名前…呼ぶ権利が無いって言うの。権利なんて…私が願った。それだけで十分なのに…」
それだけで堪えていた涙が溢れてしまった。
自分の力ではどうしようもなく流れて、でも悲しみは流れていかなくて。
「私…人として生まれたかった。小紅とナガレのように想いを伝えたかった。半分は人なのに…誰かを、神子を愛してはいけない…神になんか生まれたくなかった」
先代の天照大神と人間の間には五人の子供がいた。
その中で唯一母の力を受け継いだのが自分だった。
「弟や妹は当たり前のように恋をして…名前を呼んで貰えるのに…」
いくら神の力を継いだとしてもその心は人と同じように弱く脆い。
だからトウカはクウロを殺そうとした。
ただでさえ弱い姫の心が壊れてしまわないように…。
それを誰よりも姫自身が知っていた。
全ては自分自身の心の弱さが招いた結果。
…でも、それでもやはりクウロとの思い出は消せないのだ。
なんどもなんどもクウロはこの名を呼んでくれた。
微笑みながらなんどもそれだけで満たされた。
この想いを伝えることが出来なくても、名前を呼んで、笑っていてくれれば、それでよかった。
でも、今はそれさえも、無い。