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第1話:地上2000メートル、落下しながら仕事中

「ちょっといいか? 今、俺はおそらく地上2000メートルあたりで、空中落下しているように思えるんだが、合っているだろうか」

全身に大気の圧を受けながら、なんとか口を小さく動かす。

いきなり空中に投げ出されたら普通のサラリーマンならパニックになるだろう。

というか、サラリーマンの仕事じゃねーだろとは思うが。

「イサム、正解だ」

なんともいえない機械的な声は、今の状況に似つかわしくないが、逆に慌てた声でしゃべられても困るなとは思った。

それに相手はAIだ。セスという。

「セス、いきなり空中に投げ出されるとは聞いてないんだが」

「セスはAIであり、間違えることがあります」

「そういう話じゃねーだろおばばば」

思わず口を大きく開けたら、大気が俺の口にナックルパンチ。

最悪だ。が、これも仕事。

俺は気を取り直してセスに聞く。

「それで方法は?」

「312でパラシュートが開く」

「OK」

俺は体勢を変え、空気抵抗を極力なくし、一気に降下していく。

視界の端に見える地平線の丸みが、この惑星、いや世界なのか、わからないが、地球と同じ球体であることを思わせる。

視界の上の方には、水色の湖面と町並みが見えた。

そして、視界のほぼすべてを占めているのは砂漠だ。

視界はクリアだが、少し日差しが強いかもしれない。

チリチリと頬を刺すようなかゆみを感じた。

こんな環境だから、特別なスーツだったのかと、一人で納得する。


もうそろそろ、地上500メートル程度か。

俺は指を動かし、仮想のキーボードを起動、312と番号を押す。

と、パラシュートが開き、真逆の力を全身で受けた。

ゆっくりと降下し、砂漠へ転がり込む。

平地じゃないから、着地が難しかったが、砂がクッションになってくれた。

「セス、これから、どうすれば良い?」

セスは俺をアシストしてくれるサポートAIだ。

この世界では、地球のネットワークは使えない。

だから、背中に背負っている。といっても、2キロ程度。主にバッテリーの重さだ。

「そこが最初の目標だ」

「ここが?」

俺は立ち上がり、周囲を見渡す。

あたり一面、砂漠なんだが。

何も見当たらない。

と、地面がいきなり揺れる。

地震か?

俺は地面に膝を付き屈む。どうやら地震ではなさそうだ。

目の前の地面が盛り上がっていくのが見える。

「おい、セス、これって」

「目標だと言ったはずだ」

マジかよ⋯。

地面の砂を払うと、硬い緑色の物質が表出した。

軽くノックノック。間違いない。

今、俺は砂漠に生息する巨大な亀モンスター サンドタートルの背中にいるようだ。

体長は、100メートルほどあるらしい。

地球では考えられない大きさだ。

まあ、恐竜って考えれば、納得できなくはないが。


そうこうしている間に、目の前の地面がどんどん盛り上がっていき、砂が俺の方へ流れてくる。

「イサム、危険!危険!」

「危険?」

俺は周囲を見渡す。

と、後ろ側の地面も盛り上がっていた。所々に、突起のようなものが見える。

「突起だと!? どういうことだよ?」

「サンドタートルの捕食活動だ。甲羅の上に乗ったエサを挟んでミンチにする」

はあ? 挟むってどういうことだよ⋯。

ちょっと待て、サンドタートルのサンドって、砂じゃななくて、サンドイッチの方かよ!

誰だよ、クソなネーミングをつけたのは⋯。

メガネをかけたニヒルな笑みが頭をよぎった。

と、今はそんなことを考えている場合じゃない。

俺は左右を見渡して、サンドタートルの頭を確認する。

距離は50メートルほどか。

俺は、全力で走り出す。

両脇から砂がこぼれ落ち、突起があらわになり、硬そうなトゲが露出した。キラリン。

言うなれば、今俺は、本を閉じるようにプレスされそうということ。トゲ付きのページで。キラリン。

間に合うか⋯、サンドタートルまではまだ20メートルほど、トゲの壁が迫ってくるのが思った以上に速すぎる。

このままじゃ挟まれる⋯こちとらオリンピック選手じゃねーんだよ!

くそったれ!

「セス!トリガーオン!」

「了解」

ブオン!という音と共に、パワードスーツが起動し、地面を蹴る力が増したのを感じた。

一気に速度がアップする。

残り5メートル、「いけー!」ホップ!ステップ!ジャンプ!

ギリ抜けたよな!

ガチッ!

どうも、右足の踵が少し挟まれてしまったらしい。

が、生身の方は無事だった。

俺はそのまま、サンドタートルの首に激突する。

グハッ。

時速30キロ程度出ていたか、軽い交通事故だ。

パワードスーツ越しでも衝撃があった。肋骨あたりが何本か折れてたかもしれない。

「セス、労災って降りるかな?」

「はい。仕事中の怪我であり、労災申請してください。また、パワードスーツは会社の貸与物です。破損した場合は、一部弁償が発生します」

⋯。

いくらかは聞くまい。

少なくとも来月の給料は飛んでいくことは間違いないだろう。

最悪だが、そんなことも言ってられない。

「よっしゃー!」

大声を出して、気合を入れ直した。


さて、今回の最初の目標は、サンドタートルのヒゲだ。

そのヒゲを異世界の案内人に渡すことで、本来の目的であるスンシヤヒの花の情報を得る手筈になっている。

飛びついたサンドタートルの首は、思ったより柔らかかったが、目の前にすると想像以上に太くて、大木のようだ。

サンドタートルの長い首から、砂がザザーと頭から肩、背中へと流れていく。

思っていた以上に首が長くて、見上げることになった。

頭までは3〜4階程度の高さがあるだろうか。

おいおい、登るにしてはちょっと急すぎないか⋯。

しがみつけてはいるが、手や足をひっかける取っ掛かりのようなものがない。

このままじゃ、ずり落ちる。

「おい、セス」

「442だ」

仮想キーボードで442を押すと、手に装着したアームの手のひらが変形し、円形の吸盤が出てくる。

「セス、冗談だろ?」

「登れはする」

「そういうことじゃないだろ⋯」

セスは最新のAI技術を使っているものの、持ち運びできるようにするために、多少機能がダウングレードされている。

端的に言えば、ちょっと抜けているのだ。

俺は手の吸盤をサンドタートルの首に張り付けてみる。

「手を握ると、吸盤の中の空気が抜けて、張り付ける」とセス。

実際に試してみると、思った以上に吸盤の吸い付きは良かった。

流石、現代科学の粋を集めたパワードスーツだけはある。

確かに、これならイケそうだ。

俺は両手を使いながら、ゆっくりとサンドタートルの首を登っていく。

そういえば、最初は気づかなかったが、ちょっと臭い。

が、鼻を塞ぐことができないから、我慢するしかないのか。

「セス、その何だ、ちょっと鼻を覆いたいんだが」

「OK、イサム」

シャキン。

首の下から、口と鼻を覆う、マスクのようなものが出てきた。

「防塵マスクだ」

「セス、最初から、そうしてくれよ」

「最初からマスクをしたら、イサムのイケメンが台無しだろう?」

⋯どこで、そんな言い回しを覚えたんだ。

というか、そもそもそんな機能必要か?

やっぱり、どこか抜けてる。

いや、メガネの設計者の問題か。

戻ったら絶対に文句を言ってやる!


そうこうしているうちに、俺はサンドタートルの頭の後ろまでたどり着いた。

周囲には何もない砂漠が広がっていて、上空からの景色とは違って、また違った清々しさがある。

サンドタートルのヒゲは、顎の下にあり、すでに目視で確認できた。思った以上に、長いヒゲだ。

ただ、頭がデカすぎて、今いる場所からでは、手を伸ばして届くというレベルではない。

「セス、ヒゲを取るプランは?」

「3つある。Aプランは、頭の上からダイブしてヒゲに捕まるという方法。Bブランは、サンドタートルの顔の横を張り付いて進むという方法。Cプランは⋯特にありません」

これもいつものことだ。

やはり設計に問題がある。

「セスはAIであり、間違えることがあります」

⋯それを言えば何でも許されると思うよなよ。マジで。

今回は、やはり無難なBプランが一番良いだろう。

慣れているとはいえ、流石に何度もダイブはごめんだ。

俺は、サンドタートルの顔の横を、ゆっくりと慎重に進む。

視界の上には、大きな目。気のせいかもしれないが、こちらを見ているような気がしないでもない。

バフッ!

何か気体のようなものが、漏れ出たような音。

バフッ!

サンドタートルが頭を上に持ち上げ始める。

うわっ、と思わず声が漏れてしまった。

なにせ、一気に10メートルほど高くなったからだ。

そして、サンドタートルは口をゆっくりと開けていく。

これは⋯もしかして⋯マジかよ!

人間がくしゃみをするときの動きは、とても素早い。

もし同じだとしたら、一瞬で10メートルほど動くことになる。

下手したら、腕がちぎれるぞ⋯。

くそったれ。

考えている暇はなかった。

俺は手を開き、吸盤の吸い付きを解除する。

身体は自由落下の状態に入った。

バッフッジョン!!!

一瞬でサンドタートルの頭が俺の下に移動する。

吸盤で張り付いていたらと思うとゾッとした。

さて、このまま落下して、うまくしがみつけるとも思えない。

俺は仮想キーボードで777と打つ。

サンドタートルの頭の脇を通りすぎ、落下しながら腕をヒゲの方へ向けた。

バシュッ!

腕から出たワイヤーが、サンドタートルのヒゲに絡みつく。

そのままワイヤーで身体を牽引しながら、振り子のようにヒゲへ吸い寄せられ、がっちりヒゲにしがみついた。

臭っ。

匂いの元はヒゲだったか。

防塵マスクしてこれかよ⋯。

すぐさま腰からナイフを取り出し、ヒゲを切る。

ヒゲ自体は、それほど苦なく切れたのだが、めっちゃ長い。あと、やっぱ臭い。

片手で巻き取るのに、手間取ったが、とりあえず、ブツは手に入れ、ポーチに収めた。

「セス、で、こっからどうすれば良い?」

「ダイブする」

「本気で言ってるのか?」

「大丈夫だ、回収部隊が来る予定になっている」

回収部隊?

この異世界に飛んだのは、俺1人のはずだが⋯。

「異世界の協力者だ」

そういうことか。

しかし、どうやって回収する気なんだ?

と、視界の端に白いものが入ってくる。

目を凝らすと、四角い布のようなものを四方に引っ張りながら、4頭のラクダのような動物と、それに乗っている人が見える。

ちょっと待ってくれ⋯。

これは、世界衝撃映像か何かか?

白い布に飛び降りろってことだろ?

「カモン!カモン!」

猛烈な勢いで近づきながら、ラクダのような動物に乗った人物が声を上げている。

まさか、ダイブしろってことか?

と、遠くで声が聞こえた。

「ウィンドカッター!」

回収部隊と思われる一段から、白い三日月の形をしたものが、こっちに飛んできた。

俺は首を曲げ、すんでのところで、それを躱す。

「殺す気か!?」

味方じゃねーのかよ!

と、重力が無くなるのを感じる。

俺はヒゲを掴んだまま、ヒゲと一緒に自由落下。

今日は、本当に落下してばっかだな⋯。

4階の高さから落ちたら、地球だったらアウトだろう。

ただ、この異世界では、重力が地球よりも小さい。

だから、同じ高さから落ちても、地球に比べれば衝撃は小さい。

俺がアクロバティックな動きができるのも、重力が小さいおかげ。

最初は歩くのにも苦労したが。

しかしだ⋯、重量が小さいとはいえ、それでもかなりの衝撃があるだろう。

速度を増して近づいてくる白い布⋯。

流石にちょっとヤバいかもしれない。

せめて低反発布団ぐらい用意して欲しかった⋯。

俺はヒゲをギュッと握りしめ、衝撃に備える。


「ウィンドクッション!」

今度ははっきり聞こえた。力強い女性の声。

と、身体に半透明なものが突然まとわりついてきた。

そして、落下速度がかなり落ちる。

魔法か⋯。まったく便利なことで。

バフン!

俺はヒゲといっしょに布に包まれた。

地球だったら、たぶん無理だったろう。

とりあえず、これで最初のミッションは達成だ。


「お主のおかげで、大量にヒゲを集めることができた」

少しハスキーがかった女性の声。

ちょっと待て。俺の役割って、もしかしてサンドタートルをおびき出すエサってこと?

「感謝する」

ラクダのような動物にのった女性が、俺に手を指しべてきた。

健康的な浅黒い肌、優しそうな青い大きな瞳が纏ったフードから見える。

「仕事だからね」

俺は極力冷静に、その手を取って握手した。

「イサム、心拍数が上昇している。問題発生か?」

それは、報告しなくていいんだよ、セス⋯。

「これだけヒゲがあれば、クスリがたくさんできるだろう。本当に感謝する」

俺には彼女が俺に微笑んでいるように見えた。

エサにさせられたことは⋯水に流そう。流してしまおう。もうジャーである。

俺は、心が広い男なのだ。

「お疲れ様です。第一ミッションクリア。残り時間1時間40分36秒。次のミッションは⋯」とセスの声。

「今は、少し休ませてくれ、流石に疲れた」

白い布に揺られながら、俺は四肢を動かす。

とりあえず肋骨あたりが少し痛むが、ほかは問題なさそうだ。

右足のパワードスーツが破壊されたのは痛いが、今回の最終目的であるスンシヤヒの花を取りに行くのは問題ないだろう。

見上げた青空は、地球の空ととても似ていた。

その青さが、彼女の瞳を彷彿とさせ、彼女の微笑みを思い出す。

「イサム、体温上昇中。問題発生か?」

仕事とは言え、流石にちょっとやりすぎだぞ、セス。

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― 新着の感想 ―
落下しながら仕事するという発想が面白かったです。異世界で地球より重力が小さいとい設定も面白いです。
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