夕
特にありません
一人、今日も一人、心細くはない、島の風景は飽きないものだった。山に登れば虫がいる、海が引けば干潟を歩いた。友達が欲しいとも思ったけれど、よそ者の僕は回りと妙に壁みたいなものがあったんだ。その日は曇り空で薄暗く一人で歩くのが不安になる日だった。干潟を歩いて石をはぐった。カニやミミズみたいなのがいっぱいいた。ダンゴムシみたいに見える何かが岩に張り付いていたり、石をはぐった先に穴があってその先にタコがいたり、海の探検は楽しいものだ。ふと、1つ絶対たくさん生き物がいると確信できる隙間の空いた大きな岩があった。僕はそれを目を輝かせて持ち上げようとする。でも、父ちゃんとは違う僕の小さな手では少しだけ浮くのが限界だ。泥だらけの手で額の汗を拭う。『はー』と息を吐いて汚れることも気にせず隣の岩に座り込んだ。僕がしばらく休んでいると後ろから声が聞こえた。
「こんなところにいたら危ないよ。」
優しい声だった。何処かお母さんを思い出させる声色だ。僕が振り返るととても背の高いお姉さんがいた。
「ここはもうすぐ沈んじゃうから移動したほうがいいよ。家族は近くにいる? 」
お姉さんは言う、そうかもうそんなに時間が経ってたんだ。周りを見ると小さな波がこちらに入り込んできていた。早く上がらないと、そう思って立ち上がる。でも、あの岩の中をみたくて少し帰りたくなくなった。僕がモジモジとその岩を見つめていると
「一人なんだね。その石の下が見たいの? 」
とお姉さんは言った。僕はすぐに「見たい!」と言う、お姉さんは微笑んで軽々とその岩をはぐってくれた。中にはたくさんの貝とカニがいた。咄嗟にカニを捕まえる。それをバケツに入れてお姉さんに「ありがとう! 」と言う
「いいよいいよ、大量だね。貝はとらないの?」
「貝は退屈だからいいの。」
僕はカニだけをバケツに放り込んだ。お姉さんはしゃがみ込んで小さな貝をバケツいっぱいに入れていた。あんなの集めてどうするんだろう? そう思って僕は言った。
「そんなの集めてどうするの? 」
「ハハ、どうすると思う?」
「わかんない。」
そんな話をしているとお姉さんはにっと笑って言った。
「多くのことに意味なんてないよ。すべてのことは地続きで終わってみなきゃわからない。」
僕が意味がわからず首を傾げるとお姉さんはくすっと笑って続けた。
「おじいちゃんの受け売りだけどさ、すぐに分かるからおいで、この格好じゃ家族にも怒られちゃうでしょ?」
優しい、優しい声色だった。僕はお姉さんについていく、新品のきれいな自転車のペダルの前に足をかけてお姉さんの家へ、知らない人について言うのは良くないってお母さんは言ってたけど、この人は悪い人じゃないと思った。お姉さんの顔を見上げる。優しい顔、僕はお姉さんと友達になりたいと思った。
「少年! ついたよ。ようこそ我が家へ。」
自転車を降りて家を見る。大きな大きな家だ。この今で一番大きいかもって思えるほどおおきな家、僕は家の前で立ちつくしていると、お姉さんが手招いて裏口の方へ行ってしまう。置いて行かれないようにと僕も走って家の裏口へいった。お姉さんはバケツに塩と水を入れてかき回している。
「何してるの?」
「はは、何してるんだろうね。」
お姉さんははぐらかすようにそういった。僕が隣で何も言わずに見つめているとお姉さんは小さく「よしっ」と言った。
「本当は1日くらい欲しいんだけどこんなもんでいいでしょ。」
そう言うとお姉さんは、バケツの水を捨てて立ち上がった。
「あ、今更だけど、君の名前はなんて言うの? 」
「ゆうすけだよ。」
「そっか、じゃあゆうくんだね。」
「私はゆいっていうんだ。でも好きなように呼んででいいよ。」
「それじゃあ……、ゆうくん動かないでよ? 」
お姉さんはそう言うとニコニコしながらホースで水を僕にかけてきた。
「ちょっ! やめてよ! 」
僕がそう言ってもゆい姉さんはゲラゲラと笑いながら水をかけ続ける。
「ごめんごめん、さすがにその手足じゃ家にはあげたくないからさ、さぁ、おいで」
僕は思うこともあったけどため息をついて家に上がった。家の中はすごく立派だった。家族はいないのかな? すごく綺麗な家だけど人の気配を感じさせないすこし寂しい部屋だった。
「お風呂入ってきなよ。服は洗って乾燥しといてあげるから。」
僕が口を開く前にゆい姉さんがそういった。言われるがままにお風呂場に行く、馴染みのないいい匂いがする。僕が服を脱ごうとすると、お姉さんがお風呂に入ってきた。咄嗟に脱ぎかけの服を着直す。僕が恥ずかしくて固まっているとお姉さんはニコニコしながら
「早く脱いでくれないと洗えないよ? 」
と言うもじもじと「恥ずかしい」と言葉を漏らすとお姉さんはより心の底から面白そうに言う。
「脱がしてあげよっか。」
「大丈夫……! お風呂のなかで脱いで服渡すから!」
すぐそう言って僕は服をお風呂のなかで脱いで扉をほんの少しだけ空けてゆい姉さんに渡した。
知らない人のお風呂、感じたことのない感覚、馴染みのないシャンプーの匂い、僕は今日のことを考えながらシャワーを浴びる。今までで一番楽しい日だ。一人じゃないだけですごく嬉しい。体を洗ったけど扉の向こうからゴソゴソと音がする。出ようにも出るタイミングがない……。
「ゆい姉さん、出ていい? 」
「いいよ! 」
ゆい姉さんはそう言うけど一向にお風呂場から出る気配がない……。
「恥ずかしいから出ててほしいかも……。」
僕がそう言うとお姉さんはくすくすと笑っている。
「あと5分もすれば乾燥終わるから自分で出せる?」
「わかった。」
ゆい姉さんがお風呂場から出る音がして僕は安心してお風呂扉を開けるとお姉さんがいた。僕が恥ずかしくてお風呂に戻るとお姉さんの笑い声が扉越しに聞こえた。
「ごめんごめん。ゆうくんの反応が面白くてさ。」
面白い……?? 何が面白いんだろう、ただただ恥ずかしい、今度こそお風呂場から出る音が聞こえて目だけをお風呂から覗かせて確認する。ゆい姉さんはいなかった。今度こそ安心してお風呂を上がるとすごくいい匂いがした。磯の匂いに似たすごくいい匂い。何の匂いだろう? 乾燥が終わるまで僕はバスタオルで体を拭いて立ち尽くしていた。でも多分一番短い5分だった。まだ少しだけ冷たい気がする服を着てお風呂場を出る。より一層いい匂いがした。お姉さんが最初に入れてくれたリビングに戻るとあの貝が大きなお皿に積み上がっていた。
「上がったね。食べようか。」
ゆい姉さんは爪楊枝で器用に小さな貝の中身を取り出して食べている。
「おいしいの?」
僕は思わずそう聞いた。はっきり言っておいしそうに見えない。でもすごくいい匂いだ。
「どうだろうね? 」
ゆい姉さんはそう言って僕に爪楊枝を渡した。僕がゆい姉さんの真似をして貝を取ろうとしても上手くいかない、上手く取れずに困っているとゆい姉さんは貝の中でひときわ大きな貝の中身を取って僕に渡してくれた。僕が受け取ろうと手を伸ばすとゆい姉さんは
「あっ」
と声を漏らしてから引っ込める貝の茶色っぽいところを取ってもう一度差し出した。
「ごめんごめん、内臓は子供の口には合わないなぁって思って。」
僕はムッとした、なんだか子供扱いされたのが嫌だったから、僕は不機嫌さも隠せずに
「そっちも食べれるもん」といって手を伸ばす。
ゆい姉さんはくすくすと笑ってじゃあとそっちも渡してくれた。食べてみるとすごくおいしかった!でも……内臓の方は苦い後味を口の中に残して僕は顔を顰めてしまった。ゆい姉さんのくすくすと漏れ出た声に恥ずかしさを感じたけど、確かにこっちは苦手だ。
「やっぱり茶色いのはない方がいい……」
「でもおいしかったでしょう?」
「うん、おいしい」
お姉さんはまた貝の中身を取って内臓を取らずに渡してくれた。僕はその内臓を取って貝だけを食べた。
「意味、あったでしょ。終わってみたら悪くなかったでしょ? 」
ゆい姉さんは何処か寂しそうにそういった。悪くない。やっぱり今日は今までで一番楽しい日だ。でもやっぱり一番短い日だった。あっという間の帰り道、夕日が海を燃やす頃、ゆい姉さんに自転車で家に連れて行ってもらった。家の少し前で降ろしてもらって僕は「ありがとう! 」と言った。お姉さんはニコニコしながら「いいよいいよ、今日のことは2人の秘密ね」と言って僕の頭を撫でた。それから毎日干潟に行った。ゆい姉さんには会えなかったけど、友達ができた。すごく強くて元気なケンちゃんとすこし不真面目だけど勇気のあるカズくん、すっかりお姉さんのことを忘れかけた頃、カズが言った。「新しい道を見つけたんだ。」
特にありません




