合言葉を使うのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第32弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「選んでほしいのは、君のほう。」の後の話です。
起きるまでに時間がかかる。
しばらくぼーっとして……ぼんやりして…………それから、覚醒する。
村に居た時は……こんな風になったことは一度もない。王都に来てから……ここで暮らしてしばらく経ってからだ。
「おはようございます」
「…………」
微笑むノインと視線が合うけど、最初はうまく反応できない。
ま、またやってた……?
(寝てる間に抱き枕みたいにしちゃうのやめたいんだけど……)
ノインの腰にまわしてる手と、絡めてる脚を離そうとする。
(はなれたく、ないなぁ……)
「ふふっ……このまま、まだ寝ますか?」
「っ!」
ハッとして起き上がる。
「ダメだよ! ノイン、今日も仕事でしょ!?」
「ははは……そうですけど、君と離れがたくて」
「わあああ! 早く起きてよ!」
ホントは。
(知ってる)
知ってるんだよ。
(私が起きるまで、待っててくれてるの)
ゆっくり起き上がるノインが、微笑んでくる。
嬉しいなあ。幸せだなあ。
(世の中の夫婦って、こんな気持ちになるのかな。私も仲間入りできたってことかな)
あ。
そういえば、と気づく。
*
「き、騎士団に、行ったほうがいいかな!?」
ノインが驚いたように食事の手を止める。
「結婚したでしょ? あ、挨拶に……行くべきじゃない?」
「……不要です」
あっさりとそう言って、もぐもぐと朝ご飯を再開した。
騎士団の炊事場に臨時の手伝いに行っていた頃、オルガはまだ結婚を前提とした幼馴染だった。
実際は、ノインが勝手に婚姻誓約書を提出していたので正式な婚約者だったわけだけど。
「教会から正式な通達がいっているはずなので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「えっ?」
そうなの?
「俺が騎士団の所属なので」
???
(どういうこと?)
「騎士団は公式機関ですからね」
「ん?」
「騎士は危険な仕事ですし、死ぬ可能性があるので」
「…………」
死、ぬ?
真っ青になるオルガに、ノインが困ったように苦笑する。
「そういう仕事でもありますから」
「え……と」
「任務で死んだ場合、配偶者が遺産相続人になりますからね。扶養や補償の記録が必要になるので、教会から騎士団に必ず知らせが届くんです」
す、すごいしっかりしてる……け、ど。
「団長や副団長は知ってると思いますから、わざわざ騎士団に行かなくてもいいです」
「そ、そっか」
妻です、って一度はやってみたかったんだけど。
(ノインの隊の人に挨拶したかった……)
いやいや、そういう機会はきっとまたあるはず!
「オルガ」
「んー?」
咀嚼しながら返事をすると、ノインが穏やかな表情で言ってきた。
「来月から給料が少し増えます」
「げほっ」
なんて!?
「え……あ、ま、な、なにか、危ないこと……?」
またするってこと?
(魔物討伐も危険なのに、まだやるの!?)
「結婚したので、家族手当がつくんです」
はい???
「たしか……妻一人につき、銀貨二枚から三枚はつくはずです。
住宅補助金も出るので、月に銀貨四から五枚ほど増えますよ」
「…………」
まだ増えるの……?
子どもができれば当然お金はもっと必要になるし、そりゃあ……。
(ないよりは、あったほうがいいけど)
この、もやもやしたものはなんだろう。
「さっき俺が死んだ場合のことを少し言いましたけど」
「えっ、あっ」
「騎士団には遺族補償制度があるので、君は路頭に迷うことはないです」
なんでもないように言ってるんだけど……。
「一時金と、遺族年金がきちんと出ますから暮らしていけ……」
「…………」
「すみません! 泣かせるつもりは……」
「泣いてない……」
ただ。悲しくなっただけ。
そっと手を握って、優しく見てくる。
「きちんと伝えるべきだと思ったので……」
「ううん、大丈夫」
「もちろん死ぬつもりはありませんけど、万一のことがあった場合に知っておいたほうがいいはずですから」
死んでほしくないし。
怪我もしてほしくない。
(でも)
私だって、なにかがあって、死ぬかもしれない。
病気だったり、事故だったり。
ノインが死んじゃったら、私はひとりぼっちになっちゃう。
村に帰ることもできるけど、自分の居場所はきっとない。
でもノインはどうなんだろう?
(私が死んでも……)
思考が暗闇に沈みかけていたら、握られている手に力が込められた。
横に座るノインを見遣った。
「お互いいつ死ぬかなんてわかりませんけど、一生懸命生きていけばいいと思ってます」
「ノイン……」
「後悔もしますし、悲しいこともあると思います。
でも幸せなことも、嬉しいこともたくさんあります。
辛い結末が互いに訪れた時のためにも、一歩一歩、二人で色んな経験を増やして、重ねていきませんか?」
「…………うん」
人間なんだし、誰だっていつかは死ぬ。
だから。
オルガはしっかりと、手を握り返した。
「うん! 私、ノインとたくさん色んなことしたい……!」
「はい。俺も、君とたくさん思い出を作りたいです」
思い出か……。
あ。
「ノイン、そういえば明日だ」
「……そうですね。体はどうですか?」
「ちょっとまだ腫れてるんだよね? 私は特になんとも思ってないけど」
「今月が終わる頃には、腫れなくなると思います」
「そっかぁ。なんかいい名称ないかなぁ」
「名称?」
オルガは握っている手に楽しそうに揺らす。
「夜の生活、とか、夜伽、とか? なんか、違う感じする」
「???」
不思議そうにしていた彼が、ちょっと思案した。
「二人だけの合言葉を作りたい、ということですか?」
「それ!」
「うーん……でも、来月は毎日しますよ?」
「そ、そうかもだけど! ノインに夜勤が入ったり、魔物討伐の要請が入ったりするとそうもいかないでしょ?」
「…………まあ、はい」
「すぐには思いつかないから考えよう! 今日帰ってくるまでの宿題ね!」
「わかりました」
優しく微笑むノインに、オルガもにっこり笑ってみせた。
**
引っ越しまでもう一ヵ月もない。
来月の頭にここから荷物を持って移動するので、今のうちに荷造りに着手しておかなければならない。
持っていくものは。
(えーっと、衣服と、食器……買ったカーテンと、日用品かな)
すくな……。
自分の衣服は、寝室にある木箱の中の端にある。
ノインの季節外の服もそこにあるのは確認している。予備の敷布もいくつかあった。
「ん?」
そういえばあのいくつもあった同じ敷布……。
あれ?
記憶に引っかかったそれに首を傾げつつ、思い出そうとする。
「???」
思い出せないまま、二階の寝室へ行く。
木の扉を開けて中に入る。目立つ家具は、壁に沿うようにして右手にあるベッドのみ。
部屋の奥へと進んで、カーテンを軽く寄せて小さな窓を押し上げた。
室内に入ってくる外の空気は夏の匂いを含んでいて、心地良い。
窓の外に見える、王都の通りの屋根。赤茶の屋根瓦が多く、その向こうの煙突から細い煙があがっている。
街の生活の音がとてもよく聞こえた。あと少しで、ここともお別れだ。
「…………やっぱり村とは、全然違うなぁ」
見える景色も、匂いも、音も。
「よーし! ノインが仕事に行ってる間に引っ越し準備を進めておこう!」
気合いを入れて寝室を振り向いて眺めた。
木枠の簡素なベッドは質素で実用的な作りで、羊毛のマットの上に薄い毛布が一枚と、枕が二つ。クッションもある。
(最初はクッションで、次に枕が一つ増えて……)
ちら、と視線を動かす。
ベッド脇のサイドテーブルの上には別の毛布が畳んで置かれていた。
大丈夫だと言っているのに……。
「はぁー……」
これ以上増えないといいけど……。
他の夫婦がどうかなんてわからないけど、あんなに心配されているのに自分にはなにもできない。
なにかできない? って訊いても。
(君はなにもしなくていいです、って言うんだもん……)
でも、こう……。
(なにかないの!? なにか!)
毎回毎回、薬草水を含んだ布で体を拭いたあとに軟膏塗るノインのあの顔……。
自分の体なのに!
(ずっとこんな感じだったらどうしよう……。痛い? 熱い? のは、減ったと思うんだけど、勘違いだったらどうしよう!?)
ぐぬぬぬ、と顔をしかめていてハッと我に返る。
今は引っ越し準備をするわけで、それはそれ。後回しだ。
寝室にある木箱の前にしゃがみ込み、ゆっくりと蓋を開ける。
使われていないノインの服と、隅のほうにある自分の多いとは言えない服。
一見すると、衣装しかないふつうの木箱ではある、が。
「…………」
自分の衣服の下へと手を差し込み、それを取り出した。
小さな布の包みを丁寧に取り出して、そっと開く。
鈍い光を帯びた金貨を目にすると、視線を逸らしたくなる。
(うう、慣れない……)
自分にとって銀貨でさえ高価なもので、普段遣いは銅貨のみ。
隠し場所としてここを選んだものの、心許ない。
元通りに布で包んで衣服の下に押し込む。
盗まれたらどうしようという危機感は当然ある。ある、けど。
(やっぱり教会の預かり箱に預けたほうがいいかな!? ノインに訊いてみよう……)
まだ二十枚ありますよ、と笑顔で言っていたノインの顔を思い出し、「はあ」と溜息をついた。
(手元に二枚だけ残して、残りは全部預けよう……。引っ越し前には預けておかないと)
王都に来てから、したことのないことばかりだ。
「ん?」
気になっていた、まったく同じ敷布数枚に目がいく。
そもそもこれはなんのために使うんだろう?
取り出してから広げる。大きい。
「ベッドの敷布みた……」
あ。
「ああああああああ!」
そういえば、寝る前に必ず敷かれている。いつから? と思い起こせば。
(二回目から……! 毎回、あっ、そ、それ……)
でも洗った覚えはないし、片づけた覚えもない。
ということは。
(ノインが洗ってるってこと!?)
真っ赤になって、畳んでからゆっくりと木箱に戻す。
「………………」
こ、これは……後回し。
次に綺麗に畳んであるノインの服を取り出す。
冬用と思える厚手の上着に、厚手のズボン。古いシャツが二枚。
(……うぅーん)
シャツが多少くたびれているのはわかるけど、上着は長く使っている感じもする。
靴下もちょっとだけある。
「作ろうかな……」
本格的な寒さは秋を半分くらい過ぎた頃だし、今からなら冬物を作るのに余裕が持てる。
「…………」
買ったあのかわいい書き机で、作る。
想像して「フフフ」と変な笑いがもれてしまった。
「よいしょ」
ノインの服を全部抱えて階下に向かう。
自分の服で冬物はないから、そこもどうにかしなければ。
(ノインは身長高いし、布をふつうより多めに買うとして……余ったもので私のも作ろう)
引っ越してから買い物に行って……足りないものを……。
考えながら居間に戻ってきて、荷物を入れるための箱に衣服を入れていく。
ついでにと、ノインが普段使っている衣装箱として使っている居間の木箱の蓋を開けた。
「うーん」
こっちはまだ使いそう。
洗って畳み、ここに入れているのはもっぱらオルガだ。
騎士団から支給されていた普段着は、隅のほうにある。
「…………」
オルガがノインの服を作ってから、彼はそればかり着ている。
あんなに着るのを渋っていた頃がちょっと懐かしい。
(まあ、最初の一着は汚さないようにってぎくしゃくしてたけどね……)
今ではシャツを三着と、ズボンが二つある。脚が長いとは思っていたけど、兄など比べ物にならない感じだった。
「このあたりはまだ使うし……前に使ってた普段着は処分しちゃおうかな」
もったいないなあ、とちょっと思ってしまう。
でも、支給品だけあって、ノインは少し動きにくそうなのだ。既製品だろうから、サイズが合っていないのだろう。
「…………」
処分しよう。
この借家の家具は置いていくし、月末に向けて掃除もしていって……。
(そういえば……衣装箱買うの忘れてた……)
まあ、なんとかなるか。いざとなったら買えばいいし。
箱で代用できればそれがいいけど……難しいかも。
「お金を教会に預けて、少しずつ荷物をまとめて……」
朝食でのことを思い出し、自然と顔が俯いてしまう。
自分と違って、ノインは本当にしっかりと色んなことを考えてくれてる。
だからこそ、自分の親はなにも言わなかったんだろう。
(どう見ても優良物件扱いだったんだろうし……)
騎士になっただけでも十分だったのに、死んだあとのことまで細かく考えていたのなら……断る理由は一切ない。
頭を軽く振って、クララが置いていった本を縛ろうとする。
まだ全然読めないし、また今月も新しい本と色んなものを置いていってくれたけど。
(おめでとうございますうううう、ってすっごく喜んでくれたな……)
誰かに結婚を祝われたのは初めてで、くすぐったい気分だった。
天井を見上げる。
「来月でお別れかぁ」
たった二ヵ月ほどの生活ではあったけど、色んなことを経験した。
一番強烈だったのはやはり、恋、だろう。
**
「よーし、では宿題の発表!
まずは私から!」
もぐもぐとノインが夕食を食べながら頷く。
オルガは胸に片手を置き、カッと瞳を見開く。
「ノイン、いとなみましょう!」
「ブッ」
ノインが前のめりになって小さく震えた。
「ええー!? だ、ダメかなぁ……。夫婦の営みとも言うんでしょ?
ノインは?」
「うーん……閨? 情事……秘め事……睦み合う? とかですかね」
「ねや……? ジョージ? むつ、むつむつ?」
「すみません……」
そんな落ち込まなくても……。
「じゃあ、仲良くしましょう、とかですか?」
「……それだと、ノインがキスしてきたり抱きしめてくるだけのも入らない?」
「却下ですね」
しーん……。
「なくても困らないと思いますけど」
「………………ノインの好きなスモモ」
「ん?」
「明日はスモモの時間があります、とか」
「???」
しっくりは、こない。
「思いつかないんだもん~!」
がくぅ、と肩を落としたが、ノインは少し思案して笑う。
「それでもいいですよ。
スモモの花言葉は、甘い生活、というものがあるので」
あまい、生活?
耳まで赤くして、オルガは視線をノインに向けた。
「そ、そういう意図で言ってないよ?」
「明日はスモモの時間がありますね、オルガ」
「うっ!」
短い唸り声をあげたあと。
「……うん。忘れないでね、ノイン」
目を見開いたノインが、真っ赤になってから「はい」と小さく頷いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




