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月の裏側に、祈りは届かない  作者: ハイカラな人


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6

地球側の記録。


 ほとんど残っていない。


 断片。

 欠片。

 ノイズ混じりのログ。


 それだけ。


 ★


 月面裏側で発生した異常光。


 当然、地球の観測網にも映った。


 リング。


 その一部が歪む。


 ほんの短時間。


 赤道上空の空が――


 白く染まった。


 ★


 その直後。


 全世界の衛星通信が落ちる。


 磁気嵐。


 電力網の再崩壊。


 各地の防空壕。


 沈黙。


 ★


 それでも。


 完全には途切れなかった。


 伊吹の『対環観測・通信局』。


 地下。


 旧時代の回線。


 古い銅線。


 ほとんど遺跡みたいな通信網。


 それでも――


 細いデータを拾い続けた。


 ★


 最後に受信されたもの。


 それは。


 音。


 ★


 ノイズの海。


 その中に、


 短い旋律。


 人間の耳には、


 妙に懐かしい。


 それは。


 『月面通信同期規格』


 父の世代が作った、


 “鍵”。


 その影。


 ★


 伊吹はその音を再生する。


 一回。


 二回。


 三回。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 ★


 そして。


 理解する。


 ユウが何をしたのか。


 そして。


 何を壊したのか。


 ★


 数日後。


 月。


 観測から消える。


 正確には。


 そこにある。


 だが。


 観測できない。


 月が――


 空白になる。


 ★


 潮汐が狂う。


 海が荒れる。


 気候が崩れる。


 ★


 リング。


 完全には止まらない。


 だが。


 変わった。


 改変速度。


 遅くなった?


 違う。


 ★


 『局所的に激しく』


 ★


 地球のあちこち。


 白い裂け目。


 月面の花と同じ。


 空間の裂傷。


 そこから何かが来る?


 来ない。


 ただ。


 そこはもう地球じゃない。


 ★


 『物理仕様の不一致領域』


 重力。


 光速。


 粒子挙動。


 全部。


 少しずつ違う。


 ★


 人類は。


 改変に負けたわけじゃない。


 破裂の余波で――


 裂けていった。


 ★


 それでも。


 伊吹は席を立たない。


 最後まで。


 端末の前。


 ★


 壕の天井。


 軋む。


 空気。


 薄くなる。


 人の声。


 消える。


 世界。


 静かになる。


 ★


 それでも。


 彼女は再生を続ける。


 ユウの音。


 鍵の音。


 人間が宇宙に残した、


 わずかな傷。


 ★


 伊吹は言う。


 独り言みたいに。


 誰にも聞かれないまま。


「……やっぱり」


 一瞬。


 小さく笑う。


「英雄譚じゃないね」


 ★


 そして。


 回線は――


 途切れた。


ビターエンドにしたのは、悲惨さを盛るためではない。

「破滅は悪役のせいで起きる」という構図に逃げると、読後に安全な怒りだけが残り、肝心の問いが薄れる。

この話の相手は“悪”ではなく“仕様”だ。倫理の外側にあるものに対して、人間は論理だけで勝てない。だから最後に残るのは、正しさではなく、選択の痕跡になる。


ユウの行動は正解じゃない。

でも、不正解だと言い切れるほど、世界は人間に優しくもない。

その居心地の悪さが、この物語の核だと思う。


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