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地球側の記録。
ほとんど残っていない。
断片。
欠片。
ノイズ混じりのログ。
それだけ。
★
月面裏側で発生した異常光。
当然、地球の観測網にも映った。
リング。
その一部が歪む。
ほんの短時間。
赤道上空の空が――
白く染まった。
★
その直後。
全世界の衛星通信が落ちる。
磁気嵐。
電力網の再崩壊。
各地の防空壕。
沈黙。
★
それでも。
完全には途切れなかった。
伊吹の『対環観測・通信局』。
地下。
旧時代の回線。
古い銅線。
ほとんど遺跡みたいな通信網。
それでも――
細いデータを拾い続けた。
★
最後に受信されたもの。
それは。
音。
★
ノイズの海。
その中に、
短い旋律。
人間の耳には、
妙に懐かしい。
それは。
『月面通信同期規格』
父の世代が作った、
“鍵”。
その影。
★
伊吹はその音を再生する。
一回。
二回。
三回。
何度も。
何度も。
何度も。
★
そして。
理解する。
ユウが何をしたのか。
そして。
何を壊したのか。
★
数日後。
月。
観測から消える。
正確には。
そこにある。
だが。
観測できない。
月が――
空白になる。
★
潮汐が狂う。
海が荒れる。
気候が崩れる。
★
リング。
完全には止まらない。
だが。
変わった。
改変速度。
遅くなった?
違う。
★
『局所的に激しく』
★
地球のあちこち。
白い裂け目。
月面の花と同じ。
空間の裂傷。
そこから何かが来る?
来ない。
ただ。
そこはもう地球じゃない。
★
『物理仕様の不一致領域』
重力。
光速。
粒子挙動。
全部。
少しずつ違う。
★
人類は。
改変に負けたわけじゃない。
破裂の余波で――
裂けていった。
★
それでも。
伊吹は席を立たない。
最後まで。
端末の前。
★
壕の天井。
軋む。
空気。
薄くなる。
人の声。
消える。
世界。
静かになる。
★
それでも。
彼女は再生を続ける。
ユウの音。
鍵の音。
人間が宇宙に残した、
わずかな傷。
★
伊吹は言う。
独り言みたいに。
誰にも聞かれないまま。
「……やっぱり」
一瞬。
小さく笑う。
「英雄譚じゃないね」
★
そして。
回線は――
途切れた。
ビターエンドにしたのは、悲惨さを盛るためではない。
「破滅は悪役のせいで起きる」という構図に逃げると、読後に安全な怒りだけが残り、肝心の問いが薄れる。
この話の相手は“悪”ではなく“仕様”だ。倫理の外側にあるものに対して、人間は論理だけで勝てない。だから最後に残るのは、正しさではなく、選択の痕跡になる。
ユウの行動は正解じゃない。
でも、不正解だと言い切れるほど、世界は人間に優しくもない。
その居心地の悪さが、この物語の核だと思う。




