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月の裏側に、祈りは届かない  作者: ハイカラな人


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この物語は「勝てない戦争」を描く。

敵が悪意を持っていないなら、人間の正義はどこに刺さるのか。交渉や理解が成立しない相手に対して、人は何を“選ぶ”のか。

宇宙戦争という題材を使いながら、本当に書きたかったのは、破局の中で人が無意識に欲しがる「意味」そのものだ。

救うために行動するのか。救った気になりたいだけなのか。

その差は、案外、自分でも見えにくい。


 目が覚めた時、

 防空壕の天井は、本日もいつも通りに泣きわめいていた。


 遠雷みたいな振動。

 金属が軋む、低い鳴き声。

 コンクリの粒がパラパラ落ちてくる音。


 そして、その隙間を埋める、どうしようもなく人間くさい雑音――息、咳、すすり泣き、祈り、罵り。

 ここは地獄の待合室。

 しかも、地獄のくせに、空気代だけはやたら高い。


(うわ……今日も、空気が命の値段してる……めんどくさ……)


 僕――『ユウ』は、壁に背を預けて、膝の上に端末を置く。

 画面には『本日の地表マップ』が淡い青で表示されている。

 海岸線も都市名も、昔のまま。

 見た目だけは、な。


 だが、その上空には、赤い輪がいくつも浮かんでいる。

 『落下予測』。

 『着弾確率』。

 『退避不能区域』。

 この赤が、毎日、確実に増えていく。


 ――増える、というか、増やされている。


「ユウ」


 隣で『伊吹』が小さく呼んだ。

 声を張るのは贅沢だ。騒がしくすると空気が濁る。

 ここでは、空気のほうが、冗談抜きで命より高い。


「今日の更新、出た?」

「うん。……『第九環』、こっちにも伸びてきてる」

「そう」


 伊吹は、それ以上、何も言わなかった。

 言ったところで、状況が変わるわけじゃない。

 ――なんなら、言えば言うほど、心が削れるだけだ。


 ただ、僕らの仕事は、状況を変えるためにある。

 ……という建前になっている。

 本音は、違う。


(変えるって、どうやってだよ。空に穴あいてんだぞ。だる……)


 僕は端末を閉じ、胸ポケットの小さな金属片に指をかけた。

 リング状のプレート。真ん中に穴が空いている。

 外縁には、古い番号が刻まれている。

 父の遺品だった。


 ――『宇宙戦争』。

 そう呼ばれている。呼ぶしかない。


 最初の三週間、人類はそれを『事故』だと言い張った。

 隕石の異常接近。

 衛星の誤作動。

 観測機器の故障。

 テンプレみたいな言い訳セット。

 現実逃避ランク100。


 けど、第四週。

 月面の裏側から、一斉に光が立ち上がった夜。

 その瞬間、誰ももう『事故』とは呼べなくなった。


 月の影の縁が、青白く燃えた。

 火じゃない。

 表現するなら――『観測の裂け目』。

 現実の布が裂けて、空に穴が空いて、その穴から、規則正しく並んだ光点群が出てきた。


 光点は、ひとつの巨大な構造を形作っていた。

 黒い。淡い紫を帯びた。幾何学的な輪。

 ――『リング』。


 それが、今も空にある。

 星みたいに見える。

 でも、星じゃない。

 そして、そこから落ちてくる“何か”が、地上を削っていく。


 落下体は爆弾じゃない。

 爆発は起きる。

 けど、目的が破壊じゃない。ここが一番、気持ち悪い。


 地形が変わる。

 磁場が乱れる。

 大気の成分が、ほんの少しズレる。

 雲のパターンが変わって、海流が変わる。


 ――つまり。


 地球が『別の場所』に書き換えられていく。


 僕らは、それを『改変』と呼んだ。

 敵の名前も、兵器の名前も、結局は、人間が理解できる形で勝手に名付けただけだ。

 わかっているフリをするためのラベル。

 ラベリングランク99。


 理解できているのは、ひとつだけ。


 この戦いは、地上では勝てない。


 ★ 


 防空壕の天井は、また同じ音を立てた。

 遠雷みたいな振動。金属の軋み。コンクリの砂。

 いつも通り。

 いつも通り、世界は壊れていく。


 僕は父のリングを握りしめた。

 番号が指に食い込む。


(父さん。これ、なんなんだよ。

 “遺品”ってことは、答えを残してくれたってことだろ。

 頼むから、テンプレみたいに「気合いでなんとかしろ」だけはやめてくれよ……)


 伊吹が小さく息を吐く。

 その音すら、もったいない。


 そして、端末の赤い輪が、また一つ増えた。

 増えた、というより――増やされた。


 僕らの仕事は、状況を変えるためにある。

 ……だから、変えられない現実に、今から殴りかかる。


 地上では勝てない。

 なら、地上じゃない場所で勝つしかない。


 それが『ユウ』の、今日の結論だった。


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