文明の周期『山と谷』説〜失われた古代文明と超技術は、どのように時を流れるのか〜
私は考古学者や地質学者、古生物学者に古典文学者はたまた天文学者や──では御座いません。ど素人です。ただの歴史好き(しかも得意という訳ではない)の戯言です。その上で、読んで頂けたら幸いです。
はじめましての方ははじめまして。
はじめましてじゃない方はいつもありがとうございます。星羽です。
私初のエッセイ投稿で緊張しておりますが、温かい目で見て頂けると幸いです。
──さて。
早速本題ですが、テーマと致しましては、今回題名にもさせていただいた通り、ズバリ『山と谷』説で御座います。
簡単に説明致しますと。
「文明って、発展しては衰退してを繰り返してるんじゃね?」
って説です。星羽の妄想全開です。
しかしこの説を提唱した理由も、もちろんあります。
まずは皆さん。文明の定義とは何か、ご存知でしょうか。
文明とは、人類が野蛮、野生的といえる段階を超え、社会的な制度やそれに伴う罰則、道具や役職をもったりして、成立します。
言ってしまえば、はっきりとした境界線はない訳ですが。
ネットの情報や私の所持する世界史の教科書を参考に致しますと、世界で最初の文明は
・エジプト文明
・メソポタミア文明
・インダス文明
・黄河文明
の四つ。
その中でも最古の文明は、紀元前3500〜4000年に誕生したメソポタミア文明です。
肥沃な三日月地帯と呼ばれる、シリア・パレスチナからメソポタミアにかけて広がる大地。
特に、ティグリス、ユーフラテスと呼ばれる川に挟まれた地帯に、都市国家が形成され始めます。それらを総称して、メソポタミア文明と呼びます。
そして、それらを創り上げたのはシュメール人と呼ばれる人々です。
……きましたね、シュメール人。
都市伝説とか好きな人はウハウハもんでしょう。目がやたらにデカい、彼らの事です。
宇宙人だのなんどのと囁かれがちな彼ら。
ですが今回のテーマは素人による説の提唱ですので、あくまで歴史的事実に基づこうと思います。
シュメール人。彼らにまつわる事実として、最もすごい事。それは、初めて『文字』を残した民族だという事です。
楔形文字と言われる文字ですね。
記録が残らない以上、それ以前の人類は何をしていたのか、分かるはずもありません。
彼らが謎の民族なのは、必然なんですよ。
だって、記録を残すという歴史は、そこから始まったのだから。
記録が始まれば早いものです。
文字があれば履歴を残せるので、研究が進みます。法律や計算ができるようになり、そこから高度な建築物の製造なども可能になる訳です。
最終的に彼らは、ヒッタイト人やアッシリアの侵入や塩害などにより、滅亡してしまいますがね。
メソポタミア文明に焦点を当てましたが、四大文明はメソポタミアから始まり、エジプト、インダス、黄河の順に発生します。
そのどれもに共通しているもので私が重要だと考えているのは『文字』ともう一つ『天文学』ですね。
まぁそれも、本題からズレそうなので今回は割愛します。
私、どうやら脱線する癖があるようですね。すみません。本題に戻りましょうか。
気を取り直して。
今度こそ、話したい事話します。
時代は飛んで紀元前8世紀。記録によると、ロムルスとレムスと呼ばれる二人の兄弟が、王政ローマを建設します。
これがのちに共和政や帝政と形を変えながらも、永く繁栄するローマの始まりです。
因みに、ローマの名前の由来は、このロムルスだとか。
エトルリア人の王を追放し、ラテン人による共和政の都市が築かれる。
そしてこのローマに、私は最もロマンを感じているので御座います。
ローマは、高度な「水道設備」を備え、さらに「ローマンコンクリート」や「アンティキティラ島の機械」、「風力装置」など、多くの素晴らしい発明を産みました。
特に「ローマンコンクリート」や「アンティキティラ島の機械」は、つい最近までオーパーツとして、謎に包まれていたくらいです。
これらの技術は千年越しに解明され、復元可能となりました。
私達は古代の技術に、やっとこさ追いついたという訳です。
ここで出ます『山と谷』説。私が思いついたきっかけは、この「ローマと現代の技術の間には、千年の谷の期間が存在した」という事実に基づいております。
ローマは結局、皇帝の四帝分治制という制度から徐々に衰退し、西ローマ、東ローマに分裂。
西ローマは様々な民族に内側から建国、独立される形で476年に消滅、東ローマはビザンツ帝国と名前を変え生き延びますが、1453年5月29日、オスマン帝国メフメト二世によって、当時都市国家にまで衰退していたビザンツは、滅びを迎えます。
この間に、面白いことが一つ。
それが暗黒時代の到来です。
暗黒時代とは、その前後の時代と比べて文献が過度に少なく、その時代の背景が掴みにくい区間の事。
現在残っている記録の中で、暗黒時代と呼ばれる空白期間は二度訪れています。
一つ目は前11世紀から前7世紀の400年間。
二つ目は先に述べた、ローマ帝国の衰退後の5世紀から10世紀までの500年間です。
一つ目の暗黒時代は、現在のギリシャ付近にあった文明「ミケーネ文明」の崩壊から、ポリスと呼ばれる都市国家形成までを指しています。
彼らは海の民と呼ばれる民族、そしてドーリア人の侵入によって滅びたとする説が有力です。
あ、そうそう。
ミケーネ文明とメソポタミア文明の位置って、とっても近いんですね。
──皆さん、気付きました?
そして二つの文明の消失、西ローマの滅亡も全て外敵の侵入……。
高度な文明の人々は、その殆どが同じ末路を辿っています。
人は散り散りになる事で、その技術を失ってしまうのです。せっかく文字が残っても、読む技術が無ければ失われてしまう。
ローマの衰退後の500年も同様です。
分裂、崩壊し、内部から喰われております。
最初の400年も次の500年も。暗黒時代は、殆ど文字の記録が残っていません。
そして、先ほど少し触れた海の民という存在。
彼らもまた、謎多き存在なのです。
──海の民とは。
文字を持たず、民族系統も不明、人種も不明で、どこから来たのかも不明。
文字を持っていない時点で、私達にとっては文明を持たぬ野蛮族でしょう。
しかし彼らは、その力で数々の文明を滅亡に導いています。
ここで私は考えたわけです。
『技術の伝達方法は、文字以外にも存在する』
と。
高度な技術を持つ文明人に対し、情報の伝達手段を持たない野蛮人が勝利するとは、考えにくいとは思いませんか?
しかし彼らは、度々歴史に登場し、葬り去っては姿を消します。
──不気味ですよね。
さて、ここで再び本題に戻りましょう。
文明の『山と谷』説。
メソポタミアという文明から、私達は『文字による記録』を用いて歴史を紐解いてきました。
それは、そこから始まった『文字による文明』の歴史です。
人類は誕生から最低でも500万年、ホモサピエンスの誕生にしぼっても20万年前には既に存在しています。
人類が火を見つけたのはいつですか?
言葉を話したのはいつですか?
──はっきりとした事は、わかっていません。
というか、わからないのです。
なぜなら彼らは文字を知らないのだから。
文字文明以前は色で情報を伝えていたかもしれない。何かに匂いを付ける手法があったのかもしれない。
はたまた、現代におけるタブレット端末が先に発明されれば、そんなもの要らなかったかもしれない。
石炭、石油や天然ガスだって、文字文明たる我々が初めて燃料として使用した。それだけの事かも知れない。
文明の定義だって、わからない。
なぜならそれはあくまで、私達の基準なのだから──。
結局、都市伝説のようになってしまいました……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




