魔王の娘ですが、父が殺されそうなので「接客」で解決しました。~前世ブラック企業のトップ営業、魔物たちに地獄のノルマを課し、勇者をリピーターに変えて競合他社をM&Aする~
私は転生者である。名前はルナ・ド・マオウ。
つい五分前、実家である「奈落の底ダンジョン」の最深部で、父上(魔王)が勇者の聖剣に貫かれようとしていた。
「さらばだ魔王! 世界の平和のために死ね!」
「待て……勇者よ、せめて私の娘だけは――」
これって、感動のラストシーン? いいえ、私にとっては「最悪のクレーム現場」でしかない。
私はヒールを鳴らして、聖剣と父上の間に割り込んだ。
「失礼いたします。――お客様、武器をお収めください。本日は当ダンジョンの『不手際』により、多大なるご不便をおかけしております」
「な、なんだお前は……!?」
「申し訳ございません。名刺を切らしておりまして。私、当ダンジョンの営業責任者ルナと申します」
角度45度の完璧な謝罪。
前世、ブラック企業の営業部で年間売上1位を獲り続けた私の「営業スマイル」に、勇者一行が毒気を抜かれたように固まる。
「……父上、下がっていてください。あとの交渉は私がやります」
「ル、ルナ……お前、その顔はなんだ。魔王より怖いぞ」
私は勇者に向き直り、テキパキと現状を分析した。
「お客様、拝見したところ装備がボロボロですね。途中のゴブリンたちが『乱暴な接客』をしたのでしょう? 誠に申し訳ございません。あの子たち、まだ研修中でして」
「接客……? いや、俺たちは世界を救いに……」
「世界を救うのも結構ですが、まずは『リフレッシュ』が必要です。今ならアンケートにご記入いただければ、MP回復ポーションを10%オフでご提供いたしますが、いかがでしょう?」
「あ、それなら……いや、騙されないぞ!」
私は背後でガタガタ震えている魔物たちを振り返った。
「全員整列!! ――いいかい、ゴブリン! お客様に棍棒を振るう時は『いらっしゃいませ』のポーズからよ!
スケルトン、その骨身を削ったセルフ割引(部位破壊)は禁止! 誠意はお金で示しなさい!」
魔物たちが「ヒィッ」と悲鳴を上げる。勇者たちよりも私のほうが圧倒的に「圧」が強いのだ。
「お客様、本日はお詫びとして、魔王(父上)との記念撮影(有料)と、特製『聖剣の輝きを取り戻す砥石』をセットにした【魔王討伐・円満解決プラン】をご提案させていただきます。今、サインをいただければ、次回のダンジョン入場料を無料にいたしますが?」
「……あ、じゃあ、それでお願いします」
数分後。
勇者たちはホクホク顔で「お土産」を抱え、笑顔でダンジョンを去っていった。
手元に残ったのは、勇者たちが差し出した多額の「サービス利用料」と、彼らの装備品である。
「ルナ……お前、一体何をしたのだ……」
「父上。これからは暴力の時代じゃありません。『顧客満足度』の時代です」
私は売上金を数えながら、震える魔物たちを冷徹な目で見下ろした。
「さあ、研修の始まりよ。明日の朝までに、全員『三つ指立ててのお出迎え』ができるまでロープレを繰り返します。売上目標を達成できない魔物は、来月から『ボーナス(餌)』抜きですからね?」
ダンジョン内に、魔物たちの絶望の鳴き声が響き渡る。
*
魔王城の朝は早い。
かつては「侵入者をいかに惨殺するか」という殺気に満ちていたこの場所は今、いかにお客様(勇者)のニーズに応えるかという、ブラック企業の朝礼のような熱気に包まれていた。
「いい? 営業の基本は『3S』よ! 整理、整頓、そしてスマイル! 1階担当のゴブリン部隊、笑顔を見せて!」
私の号令に、50匹のゴブリンが顔を引きつらせて「ニチャァ……」と笑う。
……汚い。生理的に無理。でも、これが今の我が社の「受付」なのだ。
「不合格! ゴブリンA、その顔は『捕食』の顔よ! 歯茎を見せない! 相手はこれからお金を払ってくれる大切なお客様なの。威嚇してどうするのよ!」
「ル、ルナ様……でも、俺たち魔物ですし……『ギャアア』って言わないと落ち着かないゴブ……」
「語尾に『ゴブ』は禁止って言ったでしょ。今日から語尾は『でございます』に統一! 復唱!」
「……でございます、ゴブ」
私はため息をつき、手元のバインダー(魔法の板)を叩いた。
組織図を大幅に刷新し、各フロアを「部署」として再編した結果、ダンジョン内は以下のような運用に切り替わっている。
■ 1階:新人研修・カスタマーサポート(担当:ゴブリン)
ここは冒険者が最初に訪れる「窓口」だ。いきなり殺し合うのではなく、まずは「装備チェック」と「アンケート記入」。初心者の勇者が錆びた剣を持っていれば、すかさず「本日はあいにく中ボスの防御力が高めですので、こちらの砥石(通常価格の3倍)がおすすめです」とアップセル(上位商品の提案)を仕掛ける。
■ 2階:中間管理職・ソリューションフロア(担当:スケルトン)
ここでの目標は「適度なスリル」。全滅させては元も子もない。顧客が「ああ、死ぬかと思った! でも成長した気がする!」とアドレナリンを出す、絶妙なHP調整が求められる。スケルトンたちには、相手が弱ってきたらわざと空振りする「忖度アクション」を徹底的に叩き込んだ。
■ 5階(最上階):エグゼクティブ・ラウンジ(担当:レッドドラゴン)
ここは富裕層向けだ。戦うのは野蛮。ドラゴンの背中に乗っての記念撮影、あるいはドラゴンの吐息で直火焼きした最高級ステーキの提供。「魔王討伐コース」を完遂した顧客への表彰式プロデュースも担当する。
「……ルナ。その、ドラゴンまでエプロンをさせているのは、やりすぎではないか?」
玉座の後ろから、すっかり影の薄くなった父上(魔王)がおずおずと声をかけてきた。父上の膝には、私が無理やり持たせた「本日の売上目標」のボードがある。
「父上、甘いです。ドラゴンの圧倒的なパワーは、今や『ブランド価値』なんです。恐怖で支配するより、憧れで搾取する方が利益率は高いんですよ」
その時、入り口から「ギィィ」と重い扉の音が響いた。今日最初のお客様、新米勇者パーティの来場だ。
「よし、フロント(1階)! 笑顔でお出迎え!」
ゴブリンたちが震えながら整列する。
一歩踏み込んだ勇者が、抜き身の剣を構えて叫んだ。
「覚悟しろ化け物ども! 貴様らの命、今日こそ――」
「い、いらっしゃいませ……でございます! お客様、まずはあちらのカウンターで検温と免責事項へのサインをお願いするゴ……でございます!」
「…………は?」
勇者が剣を構えたまま固まる。
私はその隙を見逃さず、背後から音もなく近づき、最高に営業的な「名刺代わりのクーポン券」を差し出した。
「お客様、初来店ですね? 今なら『魔王の呪い解除保険』が初月無料ですが、いかがでしょうか?」
こうして、我がダンジョンの「おもてなし無双」の一日が始まった。
悲鳴を上げているのは、もはや勇者ではなく、接客マニュアルを必死に覚える魔物たちの方である。
*
改革から一ヶ月。
ダンジョン内は劇的な変化を遂げていた。
「おい、スケルトン! 骨密度が足りないわ! もっとシャキッとして!」
「カシャカシャ……(はい、プロデューサー!)」
最初は泣き言を言っていた魔物たちも、今や「売上」と「評価」という魔力に魅せられていた。
私が導入した『成果報酬型・生肉支給制度』が、彼らのハングリー精神に火をつけたのだ。
そんな中、今日も一組の冒険者パーティが、死を覚悟した面持ちで1階フロアへと足を踏み入れた。
「……なぁ、リーダー。本当にここ、魔王城か?」
「ああ。だが……なんだ、あの看板は」
入り口には、光魔法でライトアップされた巨大な案内板。
『本日の待ち時間:中ボスまで15分。最終ボスの機嫌:良好(※おやつ直後のため)』
困惑する彼らの前に、ビシッと制服を着こなした(布を巻いただけの)ゴブリンが立ちはだかる。腰を90度に折り曲げた、キレのあるお辞儀だ。
「お客様、ようこそ奈落の底ダンジョンへ! 本日は『死闘体験パック』をご希望でしょうか? それとも、最近人気の『手ぶらでBBQ・中級ミミック添えコース』でしょうか?」
「え、あ、いや……普通に魔王を倒しに……」
「左様でございますか。では『スタンダード討伐プラン』ですね。あいにく現在、2階のオーク部隊が清掃(血痕除去)のため10分ほど押しております。あちらのラウンジでドリンクバーをお楽しみください」
誘導されるがままに、高級なソファ(実は元ミミックを調教して座り心地を改善させたもの)に座らされる勇者たち。
提供されるのは、栄養満点の薬草茶と、魔物たちが夜なべして作った「魔王軍特製・アイシングクッキー」。
「……う、うまい」
「リーダー、あそこのスケルトン、俺たちが飲み終わったグラスを秒速で下げに来たぞ。教育行き届きすぎてて怖いんだが」
勇者たちは次第に毒気を抜かれ、戦闘モードから「レジャーモード」へと切り替わっていく。
2階へ進めば、スケルトンたちが「絶妙に痛くないけど派手なエフェクト」の攻撃を繰り出し、勇者が一撃入れるたびに「グワーッ! 素晴らしい剣筋だ! 骨が軋むぜ!」と、わざとらしいまでの称賛を送る。
「……あれ、俺、強くなった?」
「すごいわリーダー! 伝説の勇者みたい!」
承認欲求をこれでもかと満たされた一行は、ホクホク顔で5階へ。
そこでは、エプロン姿のレッドドラゴンが、完璧な火加減で「ドラゴンスマイル」を浮かべながら待っていた。
「……あ、あの。魔王さんは?」
「父上は現在、玉座で『威厳維持のための瞑想(昼寝)』の真っ最中です。お客様の満足度が一定に達しましたので、本日は『握手会』への振替も可能ですが、いかがいたしますか?」
数時間後。
勇者たちは、自分たちが何のためにここへ来たのかを忘れ、両手いっぱいの「魔王軍公式グッズ」と、「また来月も来ようぜ!」というリピートの誓いを抱えて去っていった。
「ふふふ……狙い通りね」
手元の帳簿には、前月比800%の利益。
魔物たちは、勇者から「ありがとう」と言われたことに感動し、今や自発的に「接客ロープレ」を始めている。
「ルナ様! 次回は、中ボスの断末魔を『お客様への感謝の言葉』に変えたいという提案が現場から上がっております!」
「いいわね。採用よ。ただし、イントネーションには気をつけなさい」
ダンジョンは今、かつてない活気に満ちていた。
しかし、そんな平和な「営業活動」を冷ややかな目で見つめる影が、鏡の中に映し出される。
『……相変わらず、泥臭い営業(プッシュ型)をやってるのね。ルナ』
天空の塔の主――元外資コンサル令嬢、セレスティーナ。彼女の手に握られた、「月額定額制・魔王討伐し放題」の企画書が、不敵に光った。
*
我がダンジョンが「接客」で成功した途端、隣の『天空の塔』の主、セレスが露骨なパクリを開始した。
「いらっしゃいませ! 当店……いえ、当ダンジョンは月額定額制でございます!」
看板からマニュアル、果てはゴブリンの制服まで、うちの丸パクリ。
おまけに彼女は、前世の私が最も嫌悪した「安売り」を仕掛けてきた。
価格競争。
うちの半額で、同じような「おもてなし」を謳い、顧客を奪い取っていったのだ。
「ルナ様! お客様がみんな天空の塔へ行ってしまいます! あっちの方が安いからって……!」
焦る父上や魔物たちを、私は冷ややかに見つめた。
「父上、落ち着いて。パクリっていうのはね、『仕組み(システム)』は真似できても、『責任』までは真似できないのよ」
私は前世、競合他社のパクリ商品を、さらにえげつない手法で潰してきた営業のプロだ。
私はあえて、セレスの暴走を放置した。いや、むしろ「もっとやれ」とエールを送った。
一ヶ月後。天空の塔はパンクした。
安売りで集まった質の悪い客。過剰なサービスを強いられて疲弊し、ストライキを起こす魔物たち。そこへ私は、前世のブラック企業で学んだ「リーガル(法務)と世論」の波をぶつけた。
「セレスさん。あなたのところ、スタッフ(魔物)にちゃんと『残業代(魔力)』払ってる? 労働環境が劣悪だって、勇者ギルドに匿名で通報しておいたわよ」
「なっ……!?」
さらに追い打ちをかける。
彼女がうちからパクった「接客マニュアル」には、私が密かに仕込んでおいた『欠陥』があった。特定の状況下で、魔物たちが絶対に守れない「過剰すぎるサービス規定」だ。
顧客(勇者)たちが「マニュアル通りじゃない!」と暴徒化し、天空の塔は炎上。負債とクレームの山に埋もれ、泣きべそをかくセレスの前に、私は「買収提案書」を持って現れた。
「セレスさん。パクリをするなら、『訴訟リスク』と『炎上対策』までセットで考えなきゃ。……でも、あなたのその『なりふり構わずパクる図太さ』は嫌いじゃないわ」
私は、震える彼女の顎をクイと持ち上げた。
「これからは私の支配下で、私の影として働きなさい。あなたのダンジョンは今日から、我が社の『アウトレット店(格安・訳あり専門フロア)』よ。……逆らうなら、そのパクリの証拠を全世界にばら撒いて、二度と魔王界を歩けなくしてあげるけど?」
セレスは、私の「本物の黒」なオーラに腰を抜かし、涙目で契約書にサインした。
「ひぃっ……! は、はい……専務……」
こうして、ライバルは「安売り担当の奴隷店長」へと成り下がった。パクリの代償は、一生をかけて私の利益として返してもらうことにしよう。
今もこのダンジョンの黒字化が進んでいる。
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