第7話 二つの『眼』
*
少し、昔話をしよう。
つまらなさそう? なあに、すぐに終わるから、聞いてくれ。
今では一つにまとまり、世界で唯一の国となったこのエルセリアだが、昔はいろんな国に分かれていたらしい。
当然、国同士での戦争、なんてものもあったそうだ。で、そうなると今の『人対魔物』と違って『人対人』での戦術なり戦法なりが発達していくわけだな。
そうすると、だ。やっぱり飛び道具、っていうものの重要性がどんどんと高まっていくんだよな。
これは俺たち人間が歴史を何度繰り返したって一緒なんじゃねえか。
でよお、その中でも魔法ってやつ。あれはすっごく便利だよな。
遠くまで攻撃できるし、威力も高い。複雑な道具や部品も必要ないから休息や補給さえケアできてれば"武器"としての寿命も長い。
ただ、相手だってバカじゃない。
魔法戦術が流行すれば今度は突破力のある兵を魔法部隊に突っ込ませてぐちゃぐちゃにする、なんてのが流行るわけだ。
その次はそういう連中を止めるために魔法部隊の前に防御に特化したシールダーを入れて、今度はそいつらを相殺するために重装歩兵を入れて……。
とまあ、何が言いたいか、っていうとだな。
魔法使いが活躍するには、周りのサポートがあってこそなんだぜ、ってことだよ。
~精霊騎士選抜訓練場3回生向けテキスト "戦術の歴史"より~
*
……という、やけに砕けた文体で書かれた謎の学問書を十年くらい前に読まされたことを思い出した。
基本的に俺たちは魔物との戦いに特化するよう訓練していたので、対人間はあまり想定していない。
それでも、そもそもの基礎スペックが違う。
どんなに凄い魔法を持っていようが、守りのいない魔法使いなんて速攻で近づいてポコンと殴れば終わるはず。
――と思っていた俺がいかに甘かったのかを現在進行形で思い知っている次第である。
「すごい。避けた」
紫の魔法弾の着弾点から現れたのは大玉に乗った謎の道化師。
だが、彼はすぐに玉から滑り落ちると、なぜか玉のほうではなく道化師本体が体を水平に保ち、腕を伸ばした姿勢ですっ飛んできた。
俺はそれを上体をそらして何とか躱すことに成功。
そして道化師は「バーイ」とこっちに手を振りながら、岸壁に激突して消えていった。
「な、何なんだよ、お前の、それ」
スタミナ的にはまだまだ余裕のはずなのだが、プリムの放つ魔法はあまりに奇想天外すぎて予想が全く追い付かず、どちらかというと精神的に持ちそうにない。
「見た通り。魔法」
「どこがだよ! 普通、魔法ってのはこう、火の玉がゴーッとか! 雷がバリバリーっとか! そういうんだろうが!」
(いやいや、これは実に面白いではないか!)
そりゃね。見てるだけのあなたはね。楽しいでしょうとも。
こっちが必死になって避けたり防いだり転がったりしてるすぐ傍で、新ネタが出るたびに(おおっ!)とか(そうくるかぁっ!)とかすぐ後ろでキャッキャされる俺の身にもなってほしい。
しかも、未だに底が見えないときたもんだ。
もしこれに『普通の魔法』も混ぜられたら……。
「そういうの。できない」
「え……。"火球"とか"風刃"が?」
「怒られてた。学校でも」
「でも昨日とか"検知"使ってただろ」
「あれは。見せかけ」
「なんだよそれ」
「使ったの、実はトラックス」
なんという種明かし。白い魔法弾も『そういう想像』をしていただけなんだろうな、多分。
「……ていうかさ。『敵』にそんなこと話しちゃっていいの?」
「あ……」
ぽかんと開けた口を慌てて抑えるような仕草を見せるプリム。やっちゃった、ってことなのだろうか。
「ついでにさ、ああいうの、何種類くらいあるの?」
「……うーーーーん」
まさか教えてくれるわけないよな、とダメ元で聞いてみたのだが、意外や意外、プリムは顎に手を当てて考え始めた。
もしかして、本当に教えてくれたり……?
「さあ。わからない」
「……まあ、だよなあ。教えてくれるわけないかあ」
勝敗に直接かかわるような情報を敵から聞きだそうだなんて馬鹿なことをした自分が恥ずかしくなり、自嘲する俺。
「そうじゃ、なくて」
だが、俺のその思い込みをプリムは否定してきた。
「数えきれない。私が、思った物だから」
「それって」
「出てくるの。想像したものが」
……なんてことだ。それって、実質無限ってことじゃないか。
そんなんじゃ、俺の唯一の得意分野が――
「――だから、言った。私が、勝つって」
「なるほど。俺とプリムは相性最悪だった、ってわけか」
「私は。最高」
そう言いながら白銀のロッドを振り、今度は桃色の魔弾を飛ばしてくるプリム。
何が出てくるかわからない以上、ダメージ覚悟で突っ込むなんて選択肢を取るわけにはいかない。
最初の方に見た粘着質の液体をばら撒く噴水――あれと似たような効果だったら最悪の事態になりかねない。
(お、おいお主、一体どういうことじゃ!? 相性が悪いとかなんとか)
「前に話しただろ」
(前と言われてもいつのことか分からんのう)
「ほら、"得意技"の話だよ!」
(ああ、ええと、確か、"戦術眼"というやつじゃったかの」
「そうそう!」
俺は着弾地点に現れた上半身が人間で下半身が四足歩行の動物、という謎生物が放った矢を短剣で叩き落とす。
謎生物は、肩をすくめて「オーノー」と言い、そして消えていった。
爆発に近接、射撃にトラップ、そしてたまに「ハズレー」とかいう何も起きない腹の立つ効果まであって、まったくもって作戦の立てようがない。
(確か、戦場にあるもの――モノだけではない、地形やら天候やら、時には相手すらも利用するとか、そんな感じじゃったか)
「いろいろ抜けてるがそんなとこ、だあああっ!」
頭上にできた絵にかいた雲のようなモノから放たれたのは雷撃。
バチバチバチッと脳天直撃をかろうじて躱したが、足元まで回り込んだ稲妻が俺の左くるぶしを直撃する。
ビリビリと痺れた足で転げ回りながら、思わず叫ぶ。
「ふざけんな! 落書きのくせにっ!」
(どうして使わんのじゃ、その、えーと)
「"戦術眼"だよっ! いい加減覚えろ!」
(だってぇ……あれ……地味じゃし……)
地味とか言うな! 俺の唯一の得意技を! いい加減にしないと、泣いちゃうぞコラ!
「無理。ジールくんは、使えない」
(お主、使えん奴と言われとるぞ!?)
ダリアの声が聞こえなくてもさすがに失言だと気づいたのか、"金色の魔女"はこほん、と可愛く咳ばらいをして言い直した。
「"戦術眼"は、発動できない」
(そ、そうなのか、お主)
「……お前の言うとおりだよ、プリム。俺の"戦術眼"はすっげーワガママなやつでな」
ワガママ、のところでダリアをちら、と見てやった――のだが、本人は(どうしてこっちを見るのじゃ?)という表情をしていた。
え、あの謎存在、もしかして、『自覚』を遺跡に置き忘れてきちゃったのかな?
「外部条件。内部条件」
「……そして、敵条件」
そう、この戦いにおいては地形、場所、気候、天候といった外部条件に加え、俺のコンディションなどの内部条件はとっくにクリアしている。
しかし、今回の敵に限り、敵条件だけがどうしても埋まらない。
「わたしは、『無限』。条件は、埋まらない。永遠に」
「まいったね、こいつは」
相手の使ってくる技や魔法なんていくら多くてもせいぜい数十程度。しかも、似通った効果なら『同じもの』として扱える。
それらを全て『入力』できさえすれば、俺の"戦術眼"は動き出す。どんなに劣勢な時であっても、絶体絶命の危機であっても、だ。
そして、発動さえすれば俺の頭に勝利できる条件を満たす戦術が瞬時に流れ込んでくる。
あとはそれを実行するだけ、なのだが――
「――ジールくんは、勝てない」
「はっ。確かに、そうかもな。でも、お前の攻撃だって致命傷にはなんねーよ」
相性が悪くても、"戦術眼"に頼らなくても、勝ち筋が皆無なんてことはない。
相手は所詮、『人間の枠』に収まった存在なのだから。
殆どの場合は殴れば一発で終わるし、殴って勝てない、または殴れないような相手なら相手が疲れてぶっ倒れるまで耐えるだけ。
「それに、ずいぶんと豪勢に魔力を使ってるけど持つのかよ」
「平気。昨日、たくさん寝た」
あ、だから今日は寝坊してきたのか、ってそういうことじゃなくて。
「あっそ。でもな、俺だって何オーズ……いや、何日でもいけるぜ」
「そこまでは……。困る」
とまあ、耐久戦をちらつかせてはいるものの、実は"戦術眼"を使うまでもなく――プリムに勝つ手段はある。
その方法は簡単。距離を取って、足元に転がる石を拾って投げつけてやればいい。
もちろん、遠隔攻撃に対する何らかの防御手段――たぶん"防壁"くらいは仕込んでいるだろうが、それなら防壁を破るまで繰り返す。何個でも、何十個でも投げ続けるだけ。
幸いにも、ここは峡谷。石ころなんて無限にある。
だが、もしその戦術を選んだ場合、プリムのダメージがどの程度まで及ぶのかが予想できない。
もし本当に彼女が『普通の魔法』を使えないのだとしたら……下手したらトラックスと同じ結果になってしまう可能性だって――
「――じゃあさ、この辺にしておこうぜ。今回は引き分け、ってことにして」
「それも、困る」
「別にいいだろ。今回じゃなくても。懲りずに何度も来ればいい」
「ダメ。命令違反になる」
うーん。ぽやんとしてる割に変なところが真面目だよなあ。
だからと言ってまともに食らって死んでやるわけにもいかないし。
しょうがない、ぶっ倒れるまで付きやってやるか……と、考えたその時。
「……できれば。これは、使いたくなかった」
プリムの"観察眼"の輝きが、更に光を増していた。
ついに本気、ということだろうか。
「なんだよ、切り札は最初に使ったんじゃなかったのか」
「何枚あっても。別にいい」
「そりゃそうなんだけど」
1枚しか切り札がなく、しかも出したいときに使えない俺のと違って、何とも贅沢でうらやましい話である。
「……っていうかさ、プリムの"上"っていったい誰なんだ? もしアレだったら俺から言ってもいいんだぞ」
まあ、何のコネもツテもないけどな。追放されたときに全部抹消されたし。
「それは、言えない」
「そうか。じゃあ、仕方ない。――来いよ、プリム。お前が魔力切れでぶっ倒れるまで、付き合ってやる」
「これは。わたしの知っている……最強の存在」
プリムはそう言うと、何やらモゴモゴと唱え始めた。詠唱だろうか。
次第にプリムの足元が白い光を放ち始めると――
「――魔法陣、か?」
ここまで意味不明でシュールな謎魔法ばかりを見せられ続けた俺は、この戦いで初めて見た『魔法らしい』視覚効果を見ても頭がついてこない。
「これが、本当の切り札」
魔法陣からモコモコとスライムのようなものが出てきて、それが徐々に何かの形を作っていく。
「あ、あいつは」
胸当てに軍服、刺繍が入ったマント。毛先を揃えたボブカットにプライドの高そうな勝気な目、高い鼻。右手のサーベル、首から下げたペンダント型の霊器、"クレイデル"。
全体的に薄い青色のため完全再現まではいかなかったようだが、どう見てもあれは俺の同期であり、もう一人の精霊騎士である――
「ブラークじゃねーーーーかっ!」
ブラーク=セークネイラスの、レプリカだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もし気が向いたら作者のモチベーションになりますので評価、ブクマいただけますと飛び上がって喜びます。




