第6話 カタチづくるもの
「プリム……?」
「うん」
(今までどこに隠れておった、この糸目)
「い、いや……。お前――本当にプリムか?」
「別人に、見えるの?」
俺を散々探し回らせた張本人の探し人は自ら姿を現した。
足首まで丈のある野暮ったい深緑色のローブ。肩まで伸ばした茶髪。白銀のロッド。そして細い糸のような垂れ目。
その外見は間違いなく俺の知っているプリムであると認められる。
……だが、理性とは裏腹に、俺の本能はそれに従ってくれない。「あれはお前の知っているプリムじゃないぞ」、とひたすら警告を発してくるのだ。
「いや……偽物とかよく似た他人、ってことはないんだろうけどさ」
プリムはいつもの"ぽやん"とした表情のまま、俺の言葉を聞いている。
「その、トラックスのことだけど」
「うん。知ってる」
プリムはトラックスが埋まる土砂の山を指さし、「そこでしょ」と呟くように言った。
「そうか……かたき討ちってことか?」
「彼の? どうして?」
「え、どうしてって、それは――」
――お前の仲間じゃないのか。
二人で、グルになって俺を騙して。……って、あれ? ちょっと待てよ。俺を騙して、一体どうするんだ?
「彼は、別口」
「べつくち? 仲間じゃないのか?」
「出口は一緒。入り口は別」
(なんじゃ、要領のつかめん話じゃのう。何が言いたいんじゃこやつは)
「でも。あなたと戦う命令。それは一緒」
「俺と? そんなことして何になる」
俺のいたってシンプルな質問にプリムは首をひねって悩み始める。しばらくうんうん唸って考えた末に彼女が出した答えはこうだった。
「……さあ? わからない」
(この娘、自分が何をしようとしとるか分かっておるのか? こやつはあのような大岩を持ち上げるバケモノじゃぞ?)
「やかましい」
「……わたし、うるさい?」
しまった。シリアスなシーンにいちいち水を差すダリアの抜けたコメントに、我慢しきれず反応してしまったじゃないか。
「あ、いや、何でもない」
「ジールくん、多いね。独り言」
ああ、ついに指摘されてしまったか。毎回「何でもない」「こっちの話」でごまかし続けるのはさすがに難しかったらしい。
あと、じつはそれ、独り言じゃないんです……。ちゃんと相手がいるんです。
え、いるよね? 俺の妄想だったりしないよね、こいつ。
俺に戦いを挑もうとするプリムに興味津々なのか、ダリアは彼女の周りをウロチョロしながら(ほう、着やせするタイプじゃな)とか(どれどれ……おお、大人しそうな顔のわりに中身は)とかそんなことを言っている。
もしこれが妄想なんだとしたら最低すぎるだろ、俺。
「彼の命令は『殺す気で行け』。私は『殺しても構わない』」
「いや何だよその命令。物騒すぎるだろ」
「ジールくんも。物騒」
再びあの小山を指さされ、自分のやらかした結果を再認識させられる。
裏切られての正当防衛とはいえ、やはり心中はすっきりしない。
「プリムの言うとおりだよ。見てたんだろ。俺たちの戦いを」
「うん。すごかった――」
「じゃあ」
「――でも。勝てると思う」
やめておこうぜ、の提案はプリムの衝撃的な一言によって言葉になる前に霧散してしまった。
彼女はこういったのだ。『元とはいえ精霊騎士に、自分は勝てる』と。
「……本気で、言ってんのか」
「彼は。勝つ気がなかった」
「勝つ気が?」
いや、割とエグかったよ? 背後からの初撃とか。真空の刃とか。
あれで勝つ気がないって言われるのは、力及ばず散っていったトラックスをバカにされているようでちょっとカチンときた。
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「切り札。使わなかった」
「トラックスの切り札……? あれ以上があったってことかよ」
プリムはこくりとうなずく。そして――
「でも。私は。違う」
と、言うと――
プリムが、プリムでなくなった。
(い、糸目娘が! 娘になりおった! ここ、これは何かの前触れかっ!?)
「お、おおお、落ち着け! ぷぷぷ、プリムが、めめ、目を開けただけだっ!」
「……そこまで、驚かなくても」
いやそれは驚くでしょう。
爆笑しようがムッとしようがドン引きしようが、決して開かなかった彼女の目が開いたのだ。これで驚かない方がおかしい。
「す、すまん。つい」
(お主はなにを『敵』に謝っておるのじゃ! この唐変木めが!)
「やかましい」
しまった。またダリアと独り言をしてしまった。
あっちが一生懸命対決ムードを盛り上げようとしているのに、こっちはこの体たらくである。
……いや、もしかしたら、俺に(いろんな意味での)危うさを感じて戦意がなくなってくれるかもしれない。……などという、都合の良いほうに転がることは当然なく。
「――"鑑定、開始"――」
――彼女の瞳は準備完了とばかりに金色に妖しく輝き始めたのだった。
*
「……そういう、ことだったの」
「プリム。お前のその目――」
「そこにいるのは。ダリアさん」
「なっ!」(ぬっ!)
「お前、ダリアが見えるのか!」
おいおい? なんだか予想外の方向に転がり始めたぞ?
俺にしか見えず聞こえず触れない……いや、触るのは俺にもできないのだが、そんな謎概念のダリアの存在を言い当てただと?
いやもう、戦いどころじゃないでしょ、これ。
(なんということじゃ!)
だよな、こんな衝撃的な――
(――先ほどの肌着覗きもバレておったか!)
「……どうしたの。突然滑って」
「い、いや。なんでもない……あ、いや、待て。プリム。お前、『聞こえて』はいないのか?」
今のダリアのボケに耐えられる人間はそうはいないはず。確かに、プリムは感情の抑揚が小さいようではあるが、それでも反応すらもないということは……。
「視ただけ。ジールくんを」
「俺を……。そうか、お前のその目は」
「そう。"鑑定眼"」
(か、"かんていがん"――)
「ああ。まさかこんな所でお目に」
(――ってなんじゃ?)
「……どうしたの。突然転んで」
「もうお願い、お願いだから黙ってて……」
そろそろいい加減、俺のニヒルでクールでシリアスなイメージを崩すのをやめてくれえ。
「と、とにかくだ。"鑑定眼"は確かに超が付くほどレアな能力だってのは俺でも知ってる。でも、人の情報を読めるほどの力はないって聞いたぞ」
「わたし。特別」
強引に話を戻し、持てる限りの知識でケチをつけてみた俺に対し、自分は特別なので。とシンプルな一言で終わらせたプリム。
その金色の瞳はさらに妖しさを増し、夕闇に染まろうとしてる峡谷の谷底で異色の輝きを放っていた。
「お前らは俺のことを最初から知ってたってことだよな」
「うん。知ってた。ジルバ=ストラトスさん」
俺を指さし、本名をフルネームで呼ぶ不思議系少女。
どうやら、最初の最初から『こういうこと』だったらしい。にしても、俺を消したいにしてはあまりに少数精鋭すぎるのではないだろうか。
「俺を狙ってるんだろ? 他のお仲間の姿が見えないようだが?」
「いない。わたし、一人」
(お主とお揃いじゃの)
俺は好きで一人でいるんだから。ほっといて。
「なめられたもんだな。俺も」
「仕方ない。ルールだから」
「ルール?」
これは実戦。訓練所や魔法学校でやる模擬戦じゃあるまいし、『一対一で正々堂々戦いましょう』なんて綺麗事を言っていられる世界じゃない。
こんなことは言いたくないが、生き残った者が勝ち、という言わば『何でもあり』がルールの世界のはずである。
そもそも、トラックスの不意打ちの時点でルールも何もあったものではないと思うし。
「そう、ルール。だって。私が」
プリムがローブの袖から1枚の紙を取り出す。
そしてこちらへ向けて内容が書いてある面を見せてきた。
「あれは……"依頼書"?」
そこに書かれていたのは、この10日間ですっかり見慣れたフォーマット。そして――
「――"金色の魔女"、ね。なるほど、ずいぶんと手の込んだことをするもんだ」
「それは、そう」
(じゃが、ここまでせんとお主は戦わんと思われてたんじゃろ)
それも、そう。
まあ、あの受付嬢まで巻き込んでるかまではわからないが、恐らくあのギルドもグルだ。
でなきゃあんな雑で適当な、子供のいたずらのような依頼を預かるわけがない。
「ちなみにさ。ダリアのこと……どうしてわかったんだ?」
「書いてあるから。あなたの中に」
「あー、そんなイメージなんだ」
アイテムの鑑定と一緒か。モノに宿った魂に書かれた情報を読み取り、効果や価値を読み取るっていう。
それの、人間版。
……って、この子はこんな場所じゃなくて裁判所に行くべきでは?
「内容、知りたい?」
「それはいい」
即、断る。
『敵』から施されたせっかくの親切だったが、何がどう書かれてても俺が損するルートしかなさそうなので、丁重にお断りすることにした。
「でもさ。霊器がないとはいえ、俺は"精霊騎士"だぞ」
「知ってる。"元"、精霊騎士」
俺が自分の強さを分かりやすくアピールした途端、即時にそれをへし折られた。
「……なるほど、精霊のいない俺なんて敵じゃねえ、ってか」
「うん。あなたは私に指一本、触れられない」
いつもの肩掛けカバンからいつもの白銀のロッドを取り出しながら、いつもの抑揚のない声で、俺を完封する、とプリムは宣言した。
トラックスとの闘いを見てなお、そう言うか。
(ほー。この娘、ずいぶん自信ありげじゃなあ)
「ああ。ここまで言われて黙ってられるほど、俺も大人じゃないぞ」
ダリアの感想に相槌を打つ。
もう、ダリアがバレているプリムの前だけなら気にしなくてもいいだろう。
いや、別にこいつがいたから勝てるとか、元気が出るとか、そういったことは毛の先ほどもないのだが。
(お主は十分ジジイじゃろ)
「な、俺はまだ21だ!」
(いや、なんというか、心がな。それと、顔も怖いぞ。とりあえず、その眉間に寄りすぎて凝り固まった皺を何とかしたらどうじゃ)
「その皺の半分以上はお前が原因なんだが」
(やれやれ、そうやってすーぐ儂のせいじゃ。そんなんだからモテんのじゃぞ)
「はあ? それ、今関係ありますかぁ?」
(そういうとこじゃ――ってお主!)
ダリアとの掛け合いに気を取られる俺に向かって飛んできたのは、真っ黄色をした魔法弾だった。
「あぶねっ!」
間一髪でそれを横っ飛びで回避し、勢いのままゴロゴロと転がっていく俺。
着弾地点には……なんだあれ?
妙な……子供の落書きのような……ニコニコの黄色い顔のようなモノが浮かんでいた。
そして、「ハーイ!」とこちらへ向かってやたらフレンドリーに挨拶をすると――
「っ! なんじゃそりゃああっ!」
――大爆発した。
転がって距離があった分、何とか伏せることには成功したものの、小石やらなんやらのシャワーまでは避けようがない。
「いで、いでででで!」
何だかよくわからない攻撃を食らってしまい、混乱から抜け出せないまま、とりあえず立ち上がる。
「……ジールくん」
「は、はい」
「いま、戦ってる相手は?」
「ぷ、プリムさんです……」
ついダリアとのプライドを賭けた戦いに興じてしまい、目の前の『敵』を疎かにしてしまった。
プリムに「いい加減にしとけよ」とお叱りを受けるのも当然だろう。
さらに、普段は眠そうに垂れている糸目がバッツリ開き、瞳はギラギラにキマっていて、とても言い返せそうな感じではないのだ。
「ダリアさん」
(な、なな、なんじゃ!)
金色の魔女から発せられる、地の底から響いてくるような迫力のある声に、ダリアはガチでビビっている。
「ジルバくん、少し貸して。すぐ、返す」
(そそ、そのような朴念仁でよければ好きにするがよいぞ!)
当然、二人の間で会話が成立するわけもないので、俺が通訳? してプリムに伝えてやる。
「……だ、そうです」
「よかった。じゃあ。遠慮なく。行くね」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もし気が向いたら作者のモチベーションになりますので評価、ブクマいただけますと飛び上がって喜びます。




