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スラスト→トラスト ~最強騎士と半透明ヒロイン、嘘にまみれた世界をぶっ壊す旅に出る~  作者: 羽久間アラタ
第1章 落ちぶれ精霊騎士、旅に出る
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第5話 力の証明

 闘気とは違う、空気を歪める透明の刃が俺に迫る。あれは真空の刃。闘気で受け止めようものならこっちの腕がバラバラになる。


「ちぃっ!」


 俺を真っ二つにする不可視の刃を横っ飛びで躱す。

 はるか後方で岩にでも命中したのか、甲高い衝突音が峡谷に響き渡った。


「おっ。やるねえ」


 受け身を取り、素早く体勢を立て直した俺には既に次の刃が迫っていた。

 無色とはいっても、空気の揺らぎで形状は分かる。今度は下半身への横薙ぎ――


「っぶねえ!」


 両腕で地面を押し込み、その反動で空中へ飛び、何とか回避に成功。


(お主! 何をしとる! 防戦一方ではないか!)

「うるせえ。近づけないんだよ!」


 こんな状況でのんびりバックパックを漁って使えそうなものを探してたら、その間に俺は細切れになる。

 奴は実力を隠していた。俺を油断させ、『中級』のふりをして、『仲間』のフリをして、決定的なスキを見せるこの瞬間が来ることを待ち続けていたに違いない。

 そして、その結果がこの刃の嵐、というわけだ。


「ジールくん。簡単に人を信じちゃあいけないよ?」

「騙した方が言うセリフかよっ、それ!」

「ほら、教えてあげたじゃないの。やばいパーティーもあるよ、って」

「命まで奪いに来るなんてっ、ヤバいで済むかよっ!」


 奴は俺に当てられない、というより動きを封じるかのように絶妙な読みと速度で刃を放ち続けていた。


「それにしてもさ、コングはひどいよね」

「なにをっ、言ってんだよっ」

「俺もさ、もう少しカッコいい名前にしてくださーい、って"上"に抗議したんだけど」


 そんなどうでも良いエピソードを話しながらもトラックスの曲刀は止まらない。上下左右、斜めに突きに――


(お主! 何をしておる! このまま奴に殺される気か!)

「んなわけねえだろ!」

(ほ、ほら、あの"追風"とかいう術はどうじゃ!)

「あん!?」

(アレで奴に一気に近づいてじゃな!)

「無理っ!」


 "追風"は本来、ただの移動補助魔法だ。

 自分が向いている方向に推進力を得るという効果の魔法で、発動後はほぼコントロール不能となる。

 例えば、底なし沼を跳び越すとか、高い場所に昇るとか、そういった場面でのみ使われる――所詮は初級魔法である。

 一応戦いに使えないことはものの、軌道を変えたり停止したりすることはできないため、飛び道具を持った相手に使えばただの的になるだけという致命的な欠陥があるのだ。


(何かないのか! 何とかせい!)

「ギャーギャー喚くな! 集中できねーだろ!」


 くそ、一体どうしろって言うんだ。

 俺に、国と民を護る象徴であれと言われ続けてきた俺に、手を下せというのか?

 人間トラックスに――


「うーん。ここまでされてもやる気にならないとはね。俺、舐められてる?」

「うるせえ! トラックス! お前、一体何でこんなことするんだよ!」

「残念。それは言えないんだよね」


 転がり、跳び、捻り、伏せてひたすらに躱し続ける。

 改めて、トラックスの目を見たが異常はない。洗脳や操られているという線も無さそうだ。


「お前、正気なんだなっ!?」

「うん、正気だよ。俺は、本気で……君を殺すつもりでやってるよ」


 理由は分からない。何をどう間違えたら一体こうなるのか。

 でも、奴は自分の意思でここにいて、ついさっきまで笑って冗談を言い合っていた俺の命を奪おうとしている。


 ……いや、ちょっと待て。

 そういえば、一人足りないじゃないか。俺達の"パーティー"は、俺と、トラックスと――


「トラックス! プリムはどうした!」

「プリムちゃん?」

「そうだよ! さっきまで一緒にいただろ!」

「ああ、捨ててきちゃった。ここにいると邪魔だからね」


 ――そうか。

 何が何だか未だに分からないけど、やっとこれだけは理解できた。

 こいつは、俺の敵なんだな――


「トラックス。分かったよ」

「……目つきが、変わったね」


 "固着"で前髪を固定し、戦闘モードへの移行ルーティーンは完了。頭の中に湧き上がった"崖下で血の海に沈むプリムの姿"を無理やり振り落とす。

 そんな雑念は、"敵"と相対する戦士には不要なモノだ。


「"闘気よ。我が腕に宿れ"」

「……ははは、今更"闘気"とは。まさか、ここまで近づいて俺をぶっ飛ばすつもり?」


 そんなことをさせる訳ないだろう、とトラックスはステップを踏み、更に速度を上げて曲刀を振り回す。その剣捌きはまるで踊っているかと誤認してしまいそうなほど流麗だった。


「これで、トドメだねっ!」


 剣の舞によって生み出された真空の刃は、もはや間隔すらなくなり、十を超える斬撃が嵐の如く俺に向かってくる。

 おまけに崖とは反対側の回避スペースもカバーするという、気の利くトラックスらしいありがたい心遣いである。


 ――でもな、トラックス。お前は知っているか?

 魔法もダメ、剣もダメ、気配察知や戦闘指揮もダメ、得意科目の一つを除いて何をやらせても合格スレスレだったこの俺が、"最強"と呼ばれる"精霊騎士"にまで昇りつめた、その理由を――!


「よっと」


 俺は、迷うことなく崖を飛び降りた。

 理由は、俺の体がそうしろと言ったから。理屈はたぶん、後から付いてくる。


「え」

(お主!?)


 驚く二人と反対に、俺の頭は恐ろしいほどにクリアだった。

 重力に引っ張られながら、先ほどまで立っていた"戦場"の見取り図を脳内で再現する。

 ……えーと、多分この辺か。

 岸壁側の目星をつけた場所に向け、視線の向きを調整。そして――


「――"わが身を運べっ、追い風よっ!"」


 別に大声で詠唱したからと言って効果が強くなるわけではないけど、まあこういうのは"気合い"だ。

 そう、気合いがあれば大体解決できる。


 "追風"の効果によって急激に前方へと体を引っ張られた俺に、切り立った壁面がぐんぐん迫る。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 気合を込め、俺は"崖を殴った"。

 闘気を纏った拳により、岸壁が爆発を起こしたように弾け飛ぶ。


「おらおらおらおらぁ!」


 "追風"の推進力のまま、息継ぎもせず両腕をひたすら岸壁へと叩きつけ続ける。


(お、お主はモグラかっ!)


 呆気に取られつつも俺にくっついて来ていたダリアは、とりあえず突っ込んだ方が良いと思ったのか、適当な思い付きっぽいことを言ってきた。

 あ、いや、確かにそんな感じかも。もう崖じゃなくてとっくに"地中"な感じだし。


 後ろを確認してみると、そこは人間一人が余裕で出入りできるくらいの、穴というより洞窟のような空洞ができていた。


「よし、ここだ」

(何をする気じゃ。お主、まさか――)


 "追風"の効果が切れた丁度いいタイミングで、目的地に到着したようだ。

 拳の先の固い感触。目の前にあるのは地表に出ていた大岩の"胴体部分"で間違いない。

 俺は、それを抱きかかえるように掴み――


「"わが身を運べ、追い風よ"」


 視線を真上を向けた状態で"追風"詠唱した。

 同時に、腕に力を籠め、俺の力で大岩を大地から引き剥がす。べりべりと、糊付けを剥がすように。


 ぼこおっ!


 無理やり俺に引き剥がされ、大地の戒めから解放された4トール四方もありそうな巨大な岩石は俺とともに戦場を舞い上がる。


「……さすがにそれは反則でしょっ」

「先に反則したのはお前だろ。だから……これは俺からのペナルティだ。ありがたく――」


 地上で出方を待ち構えていたらしいトラックスは、一瞬呆気にとられながらもすかさず攻撃を仕掛けてくる。

 その一撃は、俺の姿が見えなくなってからずっと力を溜めていたらしく、先ほどまでとは比べ物にならないくらいに大きかった。

 あまりに空気が歪んでいるせいかはっきりと目に見える、1トールを超える真空の刃。


「――受け取れや!」(――食らうのじゃあっ!)


 俺はダリアの叫びと当時に、頭上に抱えた大岩をトラックスに向かって投げつける。


「あー……」


 真空の刃と大岩が正面衝突。だが、『ぱきん』と何かが割れるような音がしただけで、大岩は勢いが衰えることもなく、方向が変わることも無く、何事も無かったかのように当初の目標に向かって飛んでいく。


「だから無理って言っ」


 トラックスの最後の言葉は、大岩と地面が衝突した轟音によってかき消され、俺の耳に入ることは無かった――


 もうもうと立ち込める土煙。地中にめり込んだ大岩の存在とトラックスの下半身らしきものはかろうじて確認できるものの、全容までは把握できそうにない。


(ふん、ざまあみろ、じゃな! ……って、お主どこへ行く!)


 俺の足は、何故か『敵』の元へ向かっていた。


「トラックス!」

(……むう。なんという甘ちゃんじゃ)


 俺の声色ですべてを察したのかダリアは少し呆れたような声を上げた。


 ――分かってる。

 あいつは俺とプリムを裏切って、本気で俺を殺そうとした。俺はそれに対して反撃しただけ。身に掛かる火の粉を払っただけ。やらなきゃこっちがやられてた。

 全部分かってる。

 だけど、この十日間の全てが嘘だっただなんて、どうしても思えないんだ。

 "中央"にいたころにも悪い奴なんていっぱいいた。でも、お前はあいつらの濁った目とは全然違ってたじゃないか。どうしてなんだ。その理由が、知りたいんだ。どうしても。


(あのような状態で生きておったらそれこそお主以上のバケモノよ。だから、その、なんじゃ。お主は見ぬ方が良い)


 徐々に土煙が晴れてくる。

 同時に、大岩と地面の境目も視認できるようになってきた。

 そして、そこにあったのは――


「――トラックス!」


 トラックスは恐らく衝突の瞬間に回避しようとしたのだろう、右腕と上半身の右側を大岩に圧し掛かられているような格好ではあったが、なんとか即死は免れたようだ。


「う…う…」

「しっかりしろ、今こいつをどけて……」

「……甘いよぉ、ジルバくん」


 ああもう、知ってる、分かってるよ。何回言われるんだそのセリフ。

 そんなことより今はこの邪魔な岩塊をトラックスに負担を掛けないようにどける手段を――


「もっと……足元も見なきゃ、ねぇ」

「何を言って――」

「――"空圧弾"」

「ぅがっ!」


 トラックスが自由に動かせた左手から放ってきたのは、空気を圧縮した弾で相手を吹き飛ばす攻撃魔法――"空圧弾"。

 そう、紛れもない、『魔法』である。山賊のような格好をしていた見た目に、すっかり騙されていた。まさか彼に魔法の素養があったとは。

 予想外の攻撃をまともに食らい、すぐそばまで駆け寄っていた俺は見事に吹っ飛ばされていた。崖とは反対の方向に――


「――何する」


 と、言いかけた瞬間。

 トラックスの周りに小さなひび割れができ、そして、瞬きする間もなく地割れとなり、崖崩れとなり、無精ひげの山賊風な冒険者――トラックスは俺が投げつけた大岩とともに崖下へと消えていった――。


「トラックス!」

(よさんか! 今は危険じゃ!)


 子供でも分かる。

 ただでさえ乾燥しているこの峡谷の崖上で、崖に大穴を開けた上、巨大な岩塊を投げつけたらどうなるか。

 俺の掘ったトンネルも、俺の投げた大岩も、それに圧し掛かられたトラックスも――今では跡形もなく消えてしまった。


「……プリムを、探そう」

(そうじゃな。賢明じゃ)


 俺はのろのろと立ち上がると、トラックスが"どこかに捨てた"らしいプリムを探すべく足を前に運び出し始めた。


(どうせ、今のお主には届かんじゃろうが……)


 労わるような、定位置からのダリアの声。


(お主は何も悪くない。よくやった。全てあれで、良かったのじゃ)

「……わかってるよ、ダリア」


 俺の心情を表すかの如く、"固着"の効果が切れたらしい前髪がゆっくりと垂れ下がり始め、目元を隠してくれたことだけが今の救いだった。



「どこだ……プリム」


 あれから、元来た道を辿りながらプリム――とその痕跡を探し回る俺の目に、それらしきものは一向に映らなかった。


(案外、街に戻っておるのかもしれんぞ)

「……それは最後にしよう」


 もし、トラックスがうまく言いくるめたりしていて、彼女を戻していたなら「ああ、良かった」でこの捜索活動も骨折り損で済ますことができる。

 だけどもし、まだこの辺りにいて、俺の呼びかけに答えられない事情があったのなら――後悔どころじゃ済ませられなくなるだろう。

 すでに日は傾きかけている。ここでサンダリアに戻り、捜索を呼びかけたとしても出発は明朝になる可能性が高い。

 だったら、街に戻るのは完全に日が落ちてからでも遅くはないはずだ。


「プリムーーーーっ!」

(糸目娘ーーーー! いたら返事をせんかーーーっ!)


 何度目か分からない、呼びかけの声。

 やはり、それに反応するものは皆無だった。


「――ダリア、下に行こう」

(……本当に良いのか)


 小さく頷き、俺は崖下の谷部分への捜索を決意する。

 もし、プリムがそこにいたのであれば、生存の確率は絶望的だろう。

 だけど、もう日没まで幾ばくも時間がない。可能性がゼロではない限り、生きている俺が動かなくては。


「あと、トラックスも見つけてやんなきゃな」

(あのような裏切り者にまで、情けを掛けるとは)

「だよなあ」


 ダリアの言っていることは間違いなく正論なので、軽く同意しておく。命を奪われかけた相手だというのに、なんと甘くて青い男だろうか。


(べ、別にそれが悪いとは言っておらんぞ。お主らしい、と思っただけじゃ)

「へーへー、それはどうも」

(……むう。そんなんじゃからモテないんじゃ、お主は)


 もはや俺のモテないネタはダリアの鉄板ネタになりつつあった。

 最初の方はいちいち突っかかっていた俺も今では華麗にスルー出来るようになっている。

 ……いや、毎回ちょっとは傷ついてるけども。


「待ってろよ、プリム」


 慎重に峡谷の下に降りていく。下の方はだいぶ暗く、飛び降りたりするのはリスクが大きい。安全そうなルートを見つけ、足を滑らせないように進む。


 そして、谷に降り立ったころには太陽の姿はほとんどが地平線の向こうに隠れつつあった。


(寂しい場所じゃのう)


 崖の上にはわずかばかりではあるが存在した低木や草花もここには全く見当たらない。

 薄暗く、砂と石と岩と岸壁だけの赤茶けた世界。

 谷を吹き抜ける風の音が、余計に寂寥感を増しているような気さえする。


「トラックス、ちょっと待っててくれよな」


 先ほどトラックスと戦っていた場所の真下――。

 そこには、間違いなく俺がトラックスを"殺した"証明となる大岩と、大量の土砂で小さな山ができていた。

 俺はトラックスに小声で呼びかけ、プリムの捜索を再開する。


「プリムーーーーっ!」


 ひとまず、大声で呼びかけてみた。

 が、当然のように返事は無く、残響音だけが響き渡るだけだった。


「仕方ない、まずは向こうの崖沿いから探そう」


 もうこの時点で9割9分、諦めの方に傾きつつあった俺は、進んできたルートの周辺から探そうと、一歩踏み出す。


 ――待ち人が来たのは、まさにそんな時。


「ジールくん」


 暗がりの向こうから、深緑色の野暮ったいローブを着た、魔法使いが現れた――


======第5話 了

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

もし気が向いたら作者のモチベーションになりますので評価、ブクマいただけますと飛び上がって喜びます。

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