第3話 はじめての『パーティー(宴)』
「それでは、精霊神セリア様のお導きに感謝を――」
「感謝を」
「乾杯!」
金属製のジョッキ同士がぶつけ合い、そして冷えたエールを喉の奥に流し込む。苦い。酸っぱい。でも美味い。
普段使っていた酒場とは違う店でも、やっぱり最初の一杯は格別だ。それぞれが一口目を堪能しジョッキをテーブルに置くと、俺の右斜め前に座ったプリムが口を開いた。
「いい店。ここ」
「そうだねえ。なんか女性のお客さんが多いみたいだけど」
右側に座ったトラックスはそういうと、周りをキョロキョロと見回し始めた。
確かに、客層がだいぶ違う。聞こえてくるのは「がはははは」という笑いではなく、若い女性たちが楽しげに歓談する声。
「奇麗というかお洒落だよね」
「でしょ」
溜まりに溜まった公設クエストを押し付けられた俺たち3人は、その日のうちに何と3件もの依頼を達成してみせた。
依頼はまだまだ残ってはいるものの、とはいえ初日が無事に終わったということもあり、プリムが推すこの酒場へやってきた。
まあ、成り行きとはいえパーティーを組んだわけだし、今日は3人の"結成記念パーティー"というやつだ。
「ここ。料理もおいしい」
ほう、とダリアの声。今はいつもの定位置ではなく、四人掛けテーブルの空席となっていた俺の正面で大人しくしている。
「へぇ。じゃ、注文は任せちゃっていいかなあ?」
「うん。任せて」
「へへ、じゃあ」
すいませーん、と明らかに場違いな山賊風ルックのトラックスが店員を呼ぶと、すぐに給仕係がやってきた。
「ジール君は普段、パーティーには入ってないのー?」
「あー。うん。あんまり長居する気も無かったから」
「そういや、受付の子にもそんなこと言ってたねえ」
勝手知ったるプリムに注文を任せ、世間話を始める男二人。俺からの視界では向かいに女性が二人もいるのにそれを無視して話しているようで、なんだかちょっとおかしかった。
「どこかに、行くの?」
注文を終えたらしいプリムが話に加わってきた。
さて、どうしようか。
正直、あんまり自分のことは話したくはない。
――でも、俺に巻き込まれる形で面倒事に関わらされてしまった二人に嘘をついたり誤魔化すことはもっとしたくない。
「――ディルベスタ」
結局、俺は本当のことを話した。
相手が冒険者ならこの一言で十分だろう。
「へえ。ディルベスタに何をしに行く気なの?」
「え?」
思わず、トラックスの発言を聞き返してしまった。
普通は"ディルベスタ"="開拓者ギルド"="瘴気の森を切り開く"="人類の世界を拡大する"ことが目的だと解釈して、それ以上は聞いてこないはずだが……。
「最近。王国法が変わった」
外目から見ても俺の明らかな動揺を見て取れたのだろう。プリムは肩掛けカバンを開けると、何やら本のようなものを取り出し、ぺらぺらとページをめくり、こちらへ向けて差し出してきた。
「そうそう。瘴気の森を越え、さらにその先――」
「――境界線に足を踏み入れようとしたら、反逆罪」
プリムの持っていた本……というよりプリム本人が書いたと思われる記録帳のようなものには、最近公布された"王国法十七条"について細々とした説明が書いてあった。
……。
言葉が、出てこない。
俺の知らない間に、まさかそんな法律ができていたとは。
まるで、俺が"その先"を目指そうとしていること知っていて、それを邪魔しようとしている"誰か"がいるような――
「まあ、行こうと思って行ける場所じゃないけどね」
「瘴気の森。危険な魔物しかいない」
「なんだか"王"とか"女王"とかいうデカいのもゴロゴロいるらしいよ。怖いよねぇ」
「だから。開拓者ギルドまでで良い」
「そ、そうだよ。そんな、境界線だなんて行くわけないって」
「なら、良いけど」
プリムはそう言うと記録帳を下げ、再びカバンにしまい込んだ。気のせいか、それともこの店特有の照明の加減か、少しだけ表情が和らいだようにも見えた。
「お待たせしましたー」
ここでタイミングよく注文した料理が到着し、次々にテーブルへと並べられていく。
まあ、法律ができてしまったものは仕方ない。仮に最悪の事態になったとしても今度は誰も巻き込まなければいい話だ。切り替えて、しっかりと栄養を摂って明日からの――
「――なッ!?」
配膳された料理に目を向けると……いや、何だこれは。これが"料理"?
大皿に載っているのは赤色のとろみのある液体に細かく切った色とりどりの野菜と何かの肉らしきものがまぶされた何か。
他にも、黄金色をした直方体をした棒状のものが折り重なるように山盛りになった何か。
表面がてかてかに光り、黒いツブツブが掛かっている鳥の足かと思われる何か。
見た目としてはどう見ても茶色のスープだが、透明度は皆無で皿の底が全く見えない謎の何か。
そのどれからも立ち上ってくる匂いはそれぞれ特徴的ながらも、いずれも胃袋を刺激する効果に全振りしたとしか思えないような"香り"をしている。
「と、トラックス! こいつらは一体――」
とりあえずトラックスに丸投げしてみたが、彼も「んーと」と言ったきり黙り込んでしまう。
少しの時間をおいて、トラックスは口を開く。
「……プリムちゃん。これってなんて食べ物なのかな?」
「あなた達……。普段、何を食べてるの」
俺はこの日、自分が"食"に対して異常なほど興味がなさすぎる人間だったのだと、初めて自覚することができたのだった。(あと、自分は店選びのセンスが皆無だということも)
*
(おお、良いぞ! これも美味じゃあ! お主! 今度はそちらの皿を……いや、またあの揚げ芋とやらが良いな!)
げぇーっぷ。
既に胃袋の限界を超えている俺は、心のゲップをかましつつもダリアの気の向くままに料理を口に運んでいた。
「すごいねえ、ジール君。まさかこんなに食べるとはね」
「口に合って、良かった」
見たことも無い料理の数々――いや、厳密には王都にいたときの晩餐会で同じようなものを視界に入れた記憶はある。
給金だって十分すぎるほど貰っていたのだから、食べようと思えばいくらでも食べる機会は作れたはずだ。
ただ、俺は訓練所時代の"飯なんて腹が膨れればいい"という価値観をなかなか変えることができずにここまで来てしまい、その必要性も感じていなかった。ついさっきまで。
せっかくこうして"自由"になったというのに。一体何をしていたんだろう――
――と、いうわけで。
この暴食は、ダリアへの償いであるとともに、俺自身への戒めでもある。
……まあ、傍目から見る分には食いしん坊ががっついているようにしか見えないだろうけど。
(――ふう。お主、もう良いぞ。儂は十分に満足じゃ)
緩みきった頬。垂れ下がった目尻。自然に持ち上がった口角――どれをとっても、一度だって見たことの無い表情。
最初の一口目に見せた、あの無言の悶絶も素晴らしかったが、今の幸せに満ちたダリアを見ずに100日も過ごしてしまったことが勿体なくて仕方ない。
「いうむ、へはーほ」
「ちゃんと、飲み込んで」
プリムに窘められ、俺は慌ててグラスの飲み物を流し込んだ。
果実ベースの甘い液体で、ほおばっていた色々を胃袋へと送り込む。
「プリム、"デザート"もあるんだろ?」
「まだ、食べるの」
「もちろんだ。今日は全力を出すと決めたからな」
「いやはや、若いってのはいいねえ」
「トラックス、まだ27歳」
「この業界じゃあ年寄りだよ、もう」
「あ、すいません! 店員さん!」
もう追加注文も慣れたもの。俺はメニューを指差しながら色々と店員から話を聞き、そして、デザートには"アイスクリーム"という冷たい菓子を注文した。
話を聞く限り、それをダリアが嫌いなわけが無いはずだ。
くっくっく、奴め、すっかり油断して惚けてやがる。こいつでトドメをさしてやるぜ。
「ありがとう、プリム。まさかこんな店があるなんてな。全然知らなかった」
「ふふ、良かった」
「ジール君、こういうお店も知っておかないと女の子にモテないよぉ~?」
「ほっといてくれっ!」
あはは、と三人の笑い声が重なる。
酒のおかげなのかもしれないけど、話が弾む。
今日初めて組んだとは思えないほど、会話が軽い。
一匹狼を気取っていた俺が、完全に緩んでしまうくらいに居心地がいい。
『中央』では精霊騎士殿、などと呼ばれて対等な関係の仲間なんていなかったのに。
いや、というより……自分の地位や肩書を意識しすぎて、自ら壁を作り、人を近づけないようにしていた気もする。
貴族や金持ちを毛嫌いしていたこともあったけど、周りからしたら俺だって"お高く止まっている"ように見えたに違いない。
――ようやく、分かった。
俺は、美味しい食事に興味が無かったんじゃない。
ただ、誘ってくれる人がいなかっただけなんだ。
「ジール君。どうしたの」
「食べすぎちゃっておなか痛い? トイレなら――」
「――二人とも」
だから、気付かせてくれたこの二人に、ちゃんと言っておこう。
「……なに?」
「どしたの、急にあらたまっちゃってー」
う、いざ言おうとすると緊張するな。
恥ずかしさと恐怖が入り混じって逃げたくなる。教官のお仕置きビンタよりずっと怖――いや、アレに比べたら全然マシか。
「俺に巻き込まれてくれて、ありがとう」
そう思うと、今言いたかったことがスルッと出てきた。
いや言葉にするとかなりおかしな文脈なのだが、色々凝縮するとこうなってしまうのだからしょうがない。
「ぷっ。なあにいってんだよぉ、ジールくーん!」
「ふふ、ふふふっ」
「え、何だよ二人とも。俺はいたって真面目で――」
まさかの反応。俺の一世一代のスピーチを聞いた二人は大笑いしている。
くそー、これだから酔っぱらいは!
「いや、いや、ごめんねぇ。いきなりマジな顔して何を言い出すかと思ったからさあ」
「もしかして。クビ? って」
「んなわけないだろ……」
クビだの追放だのは俺一人で沢山だ。ていうかあの空気からそんなこと言いだす奴がいたらヤバいだろ。完全にどっか壊れちゃってる人だよ。
「じゃあ。合格?」
プリムが自分とトラックスを交互に指差し、二人の評価を求めてきた。
「合格、合格、超合格! パーティーってこんなに良いものだって初めて知ったよ!」
「ははは、中にはやばい所もあるし警戒して当然だよ」
「うん。ギスギス」
「へー、そうなんだ。そういえばギルドの中で喧嘩してるパーティーとかもいるもんなあ」
特に俺は正体がバレると面倒なことになる前科持ち。
どの程度の出力までなら一般人として不自然に見えないのか、探りながらやらないといけない。
加減を失敗して「使い物にならん、追放だ!」とか言われてもそれはそれでショックだし。
「ま、俺もはみ出し者みたいなもんだから。堅苦しいパーティーが苦手でね」
「私も。口下手だから」
二人も二人なりに苦労してきたんだなあ。昼間の戦いを見る限りじゃ全然そんな風には見えなかったけど。
「ってことで、依頼もあと……」
「24」
「ってことでまだまだ残ってるから。しばらくの間、よろしくね」
「うん。よろしく」
「こっちこそ。二人にクビにされないよう、頑張るよ」
「あれ。クビにされたら残った依頼は?」
「二人に任せて俺は逃げる」
「――じゃあ、クビにしない。一生」
プリムの締めで、また大笑い。
こうして、仮初めパーティーの夜が更けていく。
ダリアは定位置に戻ってしまったからどんな表情をしているか分からないけれど。
願わくば、彼女も笑顔でいてくれますように――
ちなみに。
アイスクリームを食べたときのダリアは……いや、やはり彼女の名誉のためにここでは語らないでおこう。
もし語る機会があったのなら――それはダリアがジルバ=ストラトスから離れたときだ、と思ってくれていい。
======第3話 了
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