第23話 深夜の語らい
「――トラックス。どこ行ってたんだ」
「あ、ああ、リーダー。起きてたの」
ふと夜中に目を覚ますと、火の番をしていたはずのトラックスが居なかった。
そう時間を置かずに帰ってはきたけど、一体何をしていたんだろうか。
「ちょっと、ションベンにね」
「そうか。ならいいんだけど」
焚き火の傍であぐらをかいて座る俺の向かいに、トラックスもあぐらをかいて座ってきた。
そして、おもむろに口を開く。
「そういえば、ダリアさんは?」
「寝てるよ。俺の後ろで」
「あ、寝るんだね」
「生意気にもな。一体どういう仕組みなんだか」
それでいて、寝てるときでもスカートもろもろのガードは完璧っていうね。寝るときは例のショールを必ずがっちり握っていることも含め、本当に腹の立つヤツである。(無理に取ろうとするとビリ、といきかねない)
「リーダーも難儀な人だねえ」
「本当に、ろくなことが起きない人生だよ」
なんとなく会話がずれているような気もするけど、まあ気にしないことにする。
少しの沈黙。
そして俺がもう一眠りしようか、と思ったところでトラックスが再び語りかけてきた。
「リーダー……ジール君はさ、この旅、どうだった?」
「どうだった、って。うーん……色々あったけど、新鮮だった。と思う」
「なんだいそれ。はっきりしないなあ」
ははは、と笑うトラックスは珍しく疲労感が漂っているように見えた。
ここ二日は森も深まってかなり厳しい行軍だったし、いくら不死身の男とはいえ、さすがに心身ともに休息が必要なのかもしれない。
「エルデに着いたらさ、少しゆっくりしようか」
「おや。ディルベスタに急いでるんじゃなかったのかい?」
「まあ……それはそうなんだけど」
「アイリスちゃんやヴァンと別れるのが寂しくなっちゃった?」
「そ、そんなことは……ないけど。いや、二人も疲れただろうなーってさ」
俺の言葉に、トラックスは「おお」と声を漏らし、そして焚き火に視線を落とすと、落ち着いた声色で話し出した。
「リーダーって立場になってみて良かったでしょ?」
「……まあ。そうだな。少なくとも、周りを見えるようになったと思う」
「多分ね、局長は君に、そうなってほしかったんだと思うよ」
「局長……シェリーさんが?」
「まあ、本人に聞いたわけじゃないから分からないけどね」
「聞いたら『自分で考えろ』とか言われて張り倒されそうだもんなあ」
「あらら? そんなこと言っちゃっていいのかな? 報告書に書いちゃうよ?」
「そそそ、それだけはご勘弁をっ!」
俺達にしか分からない、絶対に滑らない鉄板のネタをひとしきり楽しんだ後――トラックスが顔を上げ、真剣な眼差しを向けてきた。
「ジール君。君はこの世界、何かおかしいと思わないかい?」
「おかしい? いや、別に……」
「本当かい?」
そう言われても、八歳まで育ての親の元で育ち、その後はひたすら訓練と実戦に明け暮れる日々を送っていた俺には『この世界はこういうもの』という認識しかない。
あ、いや。そういえば、そんな俺でも未だに納得してないことが一つだけあった。
「強いて言えばアレかな。境界線の外には何にも無いってやつ」
「ジール君は何かがあると思ってるのかい?」
「うーん、どうだろ。自分の目で見てないからなあ。何も無いっていうけど、具体的どういう感じで何も無いのか分からないし」
「いきなり底なしの崖になってるとか、そういうことなのかなあ」
「それも含めて何も分からないじゃないか。境界線は瘴気の森より更に危険だ、なんてことも聞いたけど、そいつもなんで危険なのかまでは知らなかったし」
一体誰が見て、そんなことを言い出したのか。肝心なことが抜け落ちてる。
瘴気の森を超えたという人間すら聞いたことが無いのに、どうしてその先のことまで伝わっているのか。
まあ、大多数の人間からしたら「どうせ行けもしないのに、そんなことを疑問に思うだけ無駄だ」という話なのだろうけど。
「そう。アスフェルド族の話しかり、俺達は知らないことが多すぎるんだよ」
「……」
確かに、そうかもしれない。
考えてみれば、俺の濡れ衣の件だって妙な話じゃないか。
いくら権力者に尻尾を振らない扱いにくいヤツだったとしても、霊器を扱える人材は極めて貴重だったはず。
それをあんなに簡単に追放なんてして、大惨事にでも繋がったらどうするつもりなんだろうか。
そうしても問題が無い、あるいは……『そうしなければならない』理由があった――?
「……立場上、本当は言うべきじゃないんだろうけどさ……。俺個人としては、君が境界線の――その先を見る日が来ることを願うよ」
「トラックス……」
「……おっと、随分話し込んじゃった。お休みの時間を付き合わせちゃってごめんね、リーダー」
「あ、ああ」
「明日も早いよお! さあさあ、早く寝て寝て!」
正直、トラックスが俺に何を伝えたかったのか、よく分からなかった。
ただ彼は、今の世界に何か思うことがあるようだ。
俺がそれを知るのは、境界線のその先へと足を踏み入れたときになるのかもしれない――




