第22話 置き土産
翌日。
目的地のエルデ村を目指す俺達一行は街道ではなく、荒れ放題の険しい道を進んでいた。
ここから先は町も村もない。ただひたすらに、無駄口も叩かずひたすらに足を動かすのみ、のはずなのだが――
「――ほんっとに、ひどい人たちですよねっ!」
アイリスがぷりぷりと怒っている。
その原因となった二人――アスフェルド族の商人たちは俺達が戦いに身を置く最中、白狼のことを放置した上に煙のように消えてしまっていた。
トラックスの"探知"にも反応がなく、高位の魔法も使えない我がパーティーではもはやどうすることもできなかったのだ。
「こんなに良い子なのに。ねーヴァンくん?」
「ばうっ」
白銀の毛皮に覆われたデカい狼は振り返り、背中に乗る『ご主人様』二人に向かって吠えた。まるで、「そうですよね!」とでも言っているようだ。
「ヴァンくん?」
アイリスの方を見上げ、聞き慣れない単語について聞いてみる。
「この子の名前です。エルデの古い言葉で『絆』、っていう意味のヴァンデータンから付けました」
「はあ。贅沢な名前もらってんなあ、お前」
「グルルルル……」
「わかった、怒るなって。冗談だろ」
白狼の子――ヴァンが一員に加わって、人員配置が大幅に変わった。中央に白狼、そしてその背中に乗ったプリムとアイリス。男二人は両サイドにて徒歩という、まるで姫様と姫に仕える従者のような位置関係となっていた。
「ヴァン君、めっ」
「ウゥ」
プリムが一喝すると、ヴァンは「けっ!」とでも言いたげな感じで引き下がり、再び前を向いた。
この犬コロめ。いつか、誰が真のご主人様なのかを思い知らせてやるからな……。
「あの置き手紙の意味、何だったのかねえ」
「何が言いたいのかよく分からない内容だったもんなあ」
白狼越しのトラックスの言葉を受け、俺は背負い袋からあの二人が消えた調理場に残されていた手紙を取り出し、もう一度確認してみた。
~~~
親愛なるジール様ご一行へ
このたびは、突然の書き置きにて失礼いたします。
あいにく、我々の都合もあり、この場をお暇させていただくこととなりました。
ご挨拶もできぬまま立ち去る無礼を、どうぞご寛恕いただけますと幸いです。
なお、今回の分につきましては、次にお目にかかる折に、必ずや埋め合わせを
させていただきたく思います。
追伸:白狼の餌は置いてまいります。
大変食欲旺盛な種族でありますため、作戦成功の折にはせめてもの謝意として
遠慮せずにお受け取りいただければ恐悦至極に存じます。
フランツ
~~~
「埋め合わせ、って言ってもなあ。自分から逃げておいて何言ってんだか」
「俺なら次にリーダー見た瞬間に逃げちゃうと思うけど」
(まあ、社交辞令のようなものじゃろ)
何度読んでも主語がはっきりせず、遠回しで、何か言いたいのかよく分からない手紙だった。
俺が分かったのはせいぜい、白狼の餌を置いていったことくらい。……っていうかコイツ、一体何をどれだけ食うんだ?
昨日の夜だけでずいぶん減ってたような気がするけど。
……まあ、そんなことは後で良いか。
すっかり軽くなった財布の中身にまで思考が至ってしまう前に、無理矢理元の話に頭を切り替える。
「しっかり売り物とお金だけは持って行ってるあたり、やっぱり商人って感じだよなあ」
「でも、絶滅しそうな生き物を売るなんて、もし黒姫様が聞いたら何ておっしゃるか」
「ああ、アイリスが怒ってる理由ってやっぱりその辺なの?」
「はい。黒姫様の言い伝えの一つに『自然を愛し、自然を育み、自然と共に生きよ』というものがあるんです」
まあ、そういう価値観の元で育ってきたならあれは理解も納得もできない行動なんだろうなあ。
ただ、長い間迫害されてきた種族にやっと名誉挽回の機会が巡ってきたこの時勢に、倫理や正義で中央の権力者のご機嫌を損ねるのは難しいだろうとは思う。
こういった、二つの相反するイデオロギーのぶつかり合いで得られるものなんて碌なものがない、というのが俺の持論なので、この場は「へー」とだけ相槌を打つに留めておいた。
「エルデでは狩りもしますけど、決して必要な分以上は取らないようにしているんですよ」
「じゃあコイツが住み着いちゃったら大変だな」
ヴァンにじろっ、と睨まれた。何怒ってんだよ、事実だろ。
(獣なら自分の分くらいは自分で何とかするじゃろ)
「そうだぞ。皆に迷惑を掛けるんじゃないぞ」
そもそもな話、何故俺達が街道を外れ、こんな道なき道を進んでいるかと言えば大体コイツのせいなのだ。
こんなデカい獣、天下の往来を堂々と連れ歩けるわけがない。関所とかで面倒なことになるのが目に見えてる。
フランツ達がわざわざ遠回りになる旧道を進んでいたのもこのためだったのだろう。
まあ、いずれは壁門都市方面に向かうつもりだったんだろうけど、目撃者は少ない方が都合が良いだろうしな。
「ごめんなさい。私たちだけ楽をしてしまって」
俺の含みのある言葉に、何かを察したらしいアイリスが謝ってきた。
「あ、いやそういうことじゃないから。気にしないで」
「ヴァンちゃん、楽ちん」
俺としても二人にあれ以上無理はさせられないし、今の隊列は依頼人を守る上でもやりやすい。
おまけに荷物も色々持ってくれるし、ヴァンの存在は実際のところ結構助かっているのだ。
(こやつは頭を食われそうになっておったからな、憎まれ口の一つも叩いてやりたくもなるものよ。大目に見てやれ、森娘よ)
「だいじょうぶですよ、ジールさん。この子はとっても良い子ですから!」
「あーそうなんだ」
そりゃね。母親は自分の息子をそう言うでしょうよ。『やればできる』とか『根は良い子』とか。まあ、俺には母親の記憶とかはないんだけどな。
そんな感じで適当に相槌を打ちつつ、雑談に興じつつ、たまに襲ってくる魔物を張り倒し、目的地へ向けひたすらに足を動かしていく。
さて、これが終わったら――いよいよディルベスタだ。
あそこに行けば、きっと何かが見つかるはず。だから今日も、俺は足を止めずに前に進んでいく。
*
本来はシャビレー村を出た後、街道沿いに北東へと進み、途中の分岐点から真西へ向かうというルートを想定していた俺達の護衛依頼。
だが、思わぬ同行者が増えた影響もあり、今やルートを大きく外れ、道なき道を通って直線でエルデ村を目指すという、常識を逸脱した旅程となっていた。
サンダリアを出発して今日で九日目。エルデ村周辺に広がる深い森に入ってから三日目となる。
アイリスによれば、明日には目的地であるエルデ村に到着できるとのこと。
このたった十日程度の間に、実に色々なことがあった。そんな旅も、もうすぐ終わる。
今日はこの四人の、最後の夜になるはずだ――




