第19話 白い襲撃者
住人のいなくなった廃村で、急遽開催された大商談会。財布の中身と引き換えに得たのは確かな充足感。
そしてその後はベッドのある部屋……恐らくは元客室らしき部屋でそれぞれが自由に休むこととなった。
アイリスは着替えてくると言ったきり結局戻ってこなかった。
一応、念の為、リーダーとして知る義務があったので、仕方なくダリアに中の様子を覗かせたところ、二人仲良くベッドに横になっていたらしい。
まあ、アイリスも本当はあの服を購入した時点で実は限界だったのかもしれない。足湯の後は眠くなるし。
商人の二人も今後の打ち合わせがあるとかで同じく同部屋、トラックスと俺は交替で見張りに当たるという負担のことを考慮し、個室を使わせてもらっている。
(仮眠も取らずにいつまでも何をしておる。まるで、欲しがっていた玩具を与えられた童子のようじゃの)
あちこちが変色した埃っぽいベッドに腰掛けたまま漫然と時を過ごす俺を、ダリアが茶化してきた。
「うわ、いつの間に」
"時限"の残り時間を表す色が、ほとんど赤に変わっている。
おかしいな、さっき見たときはまだ青寄りの紫だったのに。
この時間、大事な仮眠も取らずに何をしていたかと言うと――煤ぼけたランプの明かりで先程『購入』した白い板切れをひたすら眺めていただけだった。
「そういうお前だって、ショールをずっといじってただろ」
(そ、それは仕方なかろう。記憶を失う前は知らんが、今の儂にとっては初めての感触なんじゃから)
肩からかけたり首元に巻いたり外したり指で梳いたり摘んだり。
なんだかよく分からないうちにダリアの物となってしまった『霊糸のショール』だったが、喜んでもらえてるみたいだし、まあ良いということにしよう。
「ま、お互いさまってとこだな。あと、さっきも言ったけど」
(人前では触るの禁止、じゃろ。わかっておるわい)
もしアレが空中を漂ってたらさすがに不気味すぎるからな。
「それにしても、まさか『これ』までタダとはなあ」
(タダより高いモノは無いと言うぞ? ほれ、あの男も何やら条件を付けておったじゃろ)
「ああ、『使い方が分かった際には教えて』ってやつ?」
(そうじゃ。どこにいるとも分からん相手に約束するとは無責任ではないか)
こいつは突然、何を言い出すんだろうか。何か悪いものでも食べたのかもしれない。
急に真面目ぶっても普段の失点が無かったことにはならないというのに。
「まあ、行商やってるならどこかに腰を落ち着けたタイミングで再会することもあるだろ」
別にこちらから探しに行かなくても、一箇所で待っていればそのうち相手からやってくる……という、悪くはないけど、やっぱり無責任感がうっすら漂う答えで俺はダリアをはぐらかす。
(そもそも、それは何なのじゃ。お主、なにか知っているのであろう)
「うーん。確証は無いけど、多分霊器……の紛い物、かな」
(レイキ? とは何じゃ)
そうか。思い返してみればコイツにはその辺りの話を全然したことがなかったような気がする。
いやだって、既に失った力の思い出話とか、『俺は昔すごかった』ってイキってるみたいでみっともないと思うし。
「何じゃ、って聞かれると困るなあ。俺もそこまで詳しいわけじゃないし」
(何を言う。儂は何も知らんのだぞ)
お互いに知識の無さで張り合ってどうする。
こんなときにブラークなら完璧に要約(ただし約半分は見下しトークとネチネチ嫌味で構成)された『誰でも分かる霊器について』で説明も出来るのだろうが。
まあ良いか。別にダリアが精霊騎士を目指すってわけでも無いんだから、ざっくり分かればそれで十分だろう。
「えーと、そうだな……。精霊にお願いするために必要な道具……という感じの謎のアイテム?」
(ほう。お主が最初に言っておった『精霊騎士』云々の、か?」
「いやオベリスクは完全霊器だから。これはあくまでも紛い物」
(わからんのう。何が違うのじゃ)
ショールを指でもにょもにょしてもどかしさをアピールするダリア。
うーむ。それは超高級品の珍しいアイテムなんだから出来ればもっと丁寧に扱ってはいただけないだろうか。
まあ、慣れない感触が新鮮なのは分かるけども。
「さあなあ。オベリスクは何というか、言葉がすごく伝わって全然壊れない、って感じ。何がどう優れてるからそうなってる、みたいな話は全然分からんけども」
(オベなんとかと比べてソレはあまり伝わらず、壊れやすいということなのかの)
「まあそんなとこ。まあ使ってみないとどの程度通じるかは分かんないけど」
(普段は抜けておるくせに、そんなものの見分けだけはつくのじゃな)
「まあな。8回生からはこういう紛い物を使って色々やらされたし。形とかは全部違ってたけど。雰囲気で分かる、っていうかさ」
(ふーむ。まあ、そこはかとなくは分かったわい)
かなり雑で適当な説明ではあったけど、それなりに伝わったのならまあ良しとしよう。
さて、それではいよいよダリアとアスフェルド族についての関係性を――と思ったのだが、ダリアは指をくるくると回してスカーフを絡ませて危険なことを言い出した。
(で。どうじゃ、お主。ちょっと試しにソレ、使ってみんか?)
「使う? ここで?」
(そうじゃ。軽く、かるーくじゃ。精霊とは、何やらすごい力を持った存在なのであろう?)
ああ、いつものアレか。どっかーん、みたいな派手な戦いが見たい、っやつ。
今は戦時ではないけれど、『人外バトル見たい病』の亜種みたいなものだろう。
まあ、いつもなら「アホか」とか「やかましい」とかの塩対応をしているところだが、今日に関しては本当のことを話してやることにする。
今後も使え使えとうるさくされても敵わんし。
「そうだなあ。この建物が吹き飛んでもいいなら使ってもいいよ」
(そ、そこまでやれとは言うておらん)
「いや、精霊にそんな絶妙な加減とかお願いするのは無理だから」
(お願い? さっきから何なのじゃ、それは)
「もしかしてお前、精霊って人間が命令して一方的に使役できる便利な道具かなんかと思ってない?」
(む。どういうことじゃ? 違うのか?)
「まあ、よく知らない人の認識なんて大体そんなもんだから、気にしなくていいぞ」
*
俺は、ダリアに『精霊とは人間を遥かに上回る力を持ち、とんでもなく気まぐれで、そして好き嫌いも激しい存在なのだ』と訥々と語ってやった。
「まあ、つまりは――ヤバいってことだ」
(うむ……確かに『ヤバい』のう、ソレは)
「分かってもらえて何よりだ」
(ほんの少し言葉を違えただけで大惨事を招くとは……ようお主は無事じゃったのう)
「まあ。それは、うん。」
(運?)
「そう、運が良かったんだ」
もちろん、これは嘘だ。実は、ちゃんとした理由がある。
俺は子供の頃に色々あって精霊の中の数人と友だちになったいたのだ。
今まで俺がダリアに語っていたのはあくまでも『一般論』。そう、プリムと同じように俺もまた『特別』なのである。ちょっとズルっぽいけどな。
友だち? ならちょっとくらい見せてやっても良いじゃないか、と言われそうだけど、俺の友だちもまた、「軽くね、軽くだよ」「うん!(ドカーン)」辺り一面が消し炭に……みたいな感じで加減の難しさは他の精霊とあまり変わらないのだ。
しかも、突然|霊器≪オベリスク≫を没収されたせいで、突然俺と連絡が取れなくなった状態で100日以上が経過したということもあり、次に接続したときに|彼女ら≪みんな≫がどんな反応をするか全く予想できない。
やはり、いざという時まで霊器の使用は控えた方が良いだろう。
(ふむう。お主が強運、とはのう。いまいち想像できんが)
「きっとそこで人生の運を使い切ったんだろ」
(む。それは大いにあり得そうじゃなっ!)
いっひっひ、とダリアは変な笑い方をしながらショールを振ってぺしぺしと鞭のように俺を叩いてきた。
「お前な、それいくらしたのか分かってんのか。もう少し大事に使えよ」
(ふふ、これも大事な使い道じゃ。そんなことを言うて本当は嬉しいのじゃろ? 儂は知っておるぞ?)
「そういう趣味はねーよ」
さて、今宵のダリアは明らかに機嫌が良さそうだ。アスフェルド族の話を聞こうとしても買い物中の不機嫌モードのままだったら上手く聞き出す自身が無かっただけに。大枚はたいた甲斐があったなあ……と思ったところで部屋のドアがノックされてしまった。
「リーダー、そろそろおねがーい」
……うん、そんな気はしてた。さっきからこの話をしようとすると邪魔が入ったりで何かとうまくいかないんだもの。
まあでも、見張り中でもいいか。誰かが逆に俺を見張ってるわけじゃないだろうし。
「はいよー」
と言いながらドアを開けるとそこにはずぶ濡れになったトラックスが。
「お疲れ様。また外を見回ってきたの?」
「プリムちゃんが動けないから奇襲されるのは避けたいしねえ。まあでも、周りに魔物の気配は無かったよ」
「さすがに魔物でもこの天気じゃお休みみたいだな」
「やっぱり雷があるのが大きいね。稲光も雷鳴も嫌う魔物が多いから」
魔物が生物かといわれると微妙なところだけど、それでも生命を持った存在であり、死ねば終わりという点においては俺達と一緒だ。
雨や雪では普通に出てくるやつらも、運悪く直撃すれば即死を免れない雷だけは防衛本能のようなものが働くのかもしれない。
まあ、夜明けまであと数オーズの間くらいならいくら雑魚が押し寄せようと俺一人で何の問題もない。
引き継ぐような異変もないようだし、トラックスには早く休んでもらおう。
「とにかく、お湯は沸かしてあるから。体温めて、ゆっくりしてくれ」
「ありがとうね、じゃあ後はよろしくー」
俺達が無断で宿泊している元宿屋の建物に、"彼"がやってきたのは――俺がトラックスに「お疲れ」と声を返そうとした、そのときだった――
「な、何だっ!?」
何かが激しく衝突するような音とともに、建物全体が激しく揺れる。
「ジールさんっ! こ、これは!?」
衝撃は一度では終わらず、二度、三度……と繰り返され、そのたびに建物が軋む不吉な音は大きくなっていく。
「アイリスは部屋に入っててくれ!」
「は、はい!」
「トラックス、悪い、休憩は後で」
「あーあ、やっぱりねえ。そんな予感はしてたけどさあ」
俺達は準備もそこそこに、大急ぎでエントランスへと向かい、出入り口のドアを開けようとする。
「うわっ、これは……」
外に出た瞬間、俺の全身は荒れ狂う風と叩きつけてくるような雨によって打ちのめされてしまった。
「……くん! …………!」
凄まじい暴風によってすぐ傍にいるはずのトラックスの声すら聞こえない。
頭上を指さしている? あ、"照明"か。
初手のインパクトに圧倒され、すっかり抜けていた。
「"照明"よ、我が元を照らせ」
詠唱が終わると頭上に光の球が浮かび上がり、自分の身体くらいはなんとか視認できるようにはなった。
ただ、俺の光球はトラックスのソレと比べて一回り以上小さい。
トラックスの魔法適性が高いのか、俺の適性が低すぎるのか、それとも両方か。
少々ショックを受けつつ周囲を改めて観察する――が、"照明"を使っても視程はほとんどなく、いくら目を凝らそうが衝撃音の正体は見つけられなかった。
「トラックス! "探知"は!?」
「相手の……もわから……!」
トラックスの言っていることは半分も聞き取れなかったが、向こうも同じことを考えていたらしい。
恐らく、何を探せば良いのか分からないのだから、"探知"の使用条件を満たしていない、ということを言っているのだろう。
「くそ、これじゃただズブ濡れになるために出てきたようなもんじゃないか」
そんな独り言すら邪魔をするかのように、激しい稲光が周囲を照らす。
その閃光から少し遅れて、稲妻に引き裂かれた空気の悲鳴が響き渡った。
間髪を入れずにまたしても落雷。街道沿いに生えた木にでも落ちたのだろうか。遠くのほうで何かが燃えているような気がする。
その後も雷は飽きもせず、不規則なリズムで一瞬だけ景色を切り取り、そして風雨の音すらかき消すほどの轟音を撒き散らしていた。
「ん?」
これは一度戻って作戦を立て直してからにした方がいいか、と思い始めたその時。
一瞬の雷光に何か見慣れないものが照らされていたような気がした、次の瞬間――
「――があっ!」
俺の側面から、なにか大きな物体が激突してきたような衝撃が走った。
咄嗟に踏ん張ろうとするも、ぬかるんだ足元ではグリップが効かず、衝撃を殺しきれずに俺の体は宙に浮いてしまう。
「くそっ!」
俺は空中で姿勢を制御し、足から着地を試みる。
上手く両足を地面へ降ろすことは出来たものの、ノックバックの勢いを殺せず地面を滑っていき、ようやく止まれたときにはすぐ背後に元宿屋の壁が迫っていた。
もし、着地に失敗していたら無傷では済まなかったかもしれない。
「……っぶねぇ。それにしても、さっきのアレは何だ? 白くてデカい……」
雷光に照らされたのはほんの一瞬だったため、『敵』の姿をはっきりと確認は出来なかっった。しかし、シルエットの感じからすると人間や人工物の可能性は低そうに思える。
「ジー……! ……ッ!?」
吹っ飛んだ俺を心配したトラックスがこっちに走ってきた――と思ったら、彼もまた巨大な白い何かに吹っ飛ばされてしまった。
トラックスは激しく地面を転がり、そのまま宿屋向かいの建物に激突後、壁に大穴を開けて屋内に消えていく。
置いてきぼりにされた"照明"が少し遅れて主人の元に向かう光景はなかなかにシュールだった。
「おいおいトラックス、置いていかないでくれよ」
まあ、百トールの崖から飛び降りてもケロッとしている男だ。あの程度はダメージにすらならないだろう。たぶん。
さて、相方も失った俺の状況は最悪のそのまた一つ先へと進んでしまった。
深夜の屋外、豪雨と暴風、稲光と雷鳴。五感のうち聴覚、嗅覚はほぼ役に立たない。
こちらと同じ条件なのであれば、恐らくヤツはそれらよりは辛うじてマシな視覚を元に攻撃してきているはず。
ならばトラックスが退場した今、ヤツは俺の"照明"を目印にしてくる可能性が高い。
幸いここは通り沿い。
村の最盛期はさぞ活気があったのだろう、建物がほぼ隙間なく並んでいて実質一本道のような構造だ。
つまり、前か、後ろか。どっちかに絞れる。そして、さっきトラックスが吹っ飛んだ方向を加味すると――
「さあ、来やがれ。テメエの正体、拝んでやる」
俺は村の中央方向に狙いを絞り、構える。
雨粒で視界は常に歪み、鼻から水が入ってきて呼吸もままならない。
(武器は使わんのか)
「この雨じゃ信用できないからな。それより、ダリアは後ろを見ててくれ」
(承知した)
今の状況では、武器は使えない。いや、敢えて使わないと言ったほうが正しいか。
滑り止めや視界の確保など、悪天候時の戦い方も存在はする。だが、今回はそんな準備をする時間が無かった。
滑ったりすっぽ抜けて致命的な隙を晒すくらいなら、最初から武器なんて持たないほうが良い。
それと、『武器』を持てば自然とそれを使うことへの優先性が高まってしまい、行動の選択を誤ってしまう可能性を高めてしまう。
つまり、こういうときには両手両足に加えて頭だって使うくらいの即応性を重視すべきなのだ。
(なかなか現れんのう)
「雷が光った瞬間をしっかり見てろよ」
(そんなこと儂にできるかのう)
「出来るかじゃねー。やるんだよ」
(やれやれ、儂使いの荒い男じゃのう)
待ち構えてから既に十は雷光が閃いただろうか。
しかし、見えるのは変わり映えのしない風景だけ。
もしかして、諦めてどこかに行ってしまったんじゃないか、なんて思い始めたとき――
「ジー……! ……っ!」
横からトラックスの声らしきものが聞こえてきた。
視線を外すわけにはいかないから、姿は確認できないけど、どうやら何かを訴えかけているような声だ。
「……ぇだっ!」
必死に何かを伝えようとしているのは分かるが肝心の内容が聞き取れない。
辛うじて「えだ」とだけは聞こえたのだが……。
「上だっ! ジール君っ!」
「えっ!?」
ようやく、トラックスの言葉が伝わったときには、俺の頭上のすぐそばまで短剣のような牙を生やした巨大な口が迫っていた――!
「うわったぁっ!」
俺はすんでのところで腰を落とし上下の牙を一本ずつ掴んで、なんとか頭を丸かじりされるのを回避する。
「ウゥゥゥ……グルルルルル」
「くっ、こんの野郎、臭え息吐きかけてんじゃねえよ!」
(何をしておるお主、そんな魔物、さっさと片付けんか!)
「出来るんならっ……とっくにやってる、っての!」
一度止められたくらいで諦めるつもりなど毛頭ない、と言うかのように顎の力はどんどん強まっていく。
「くっ、嘘だろ、コイツっ……強い」
ヤツの牙は表面が滑らかな上に、唾液やら雨やらのせいもあってか滑って力が伝わりづらい。そして今の天候も時間帯も最悪なのも確か。
――でも、それらを全て差し引いたとしても……単純に、コイツは強敵だ。
過去の経験に当てはめれば、魔物どもの王……最低でも女王クラス並の力を持っている。
「トラックス! 真空の刃を!」
「もうやってるって! 直接斬っても全然効いてない!」
「マジかよ!」
(な、なんじゃコイツは! 今までの魔物とは比べ物にならぬっ!)
そういえばさっきから脇の方でがしゅ、がしゅと何かが当たっているような音が聞こえていたような気がしたが。
くそ、こんなことなら"闘気"くらい使っておくんだった。
魔力生成~精神集中~詠唱という基礎工程しか出来ない自分の素養の低さがつくづく恨めしい。
(お主っ! しっかりせい!)
「く……ぬ……や……ろぉ」
「ジール君!」
下半身が腰砕けになっている上に足元も悪すぎて全然踏ん張りが効かない。
腕の力だけでこの顎を止め続けるのもそろそろ限界だ。
何でも良い、ほんの一瞬でいい、反撃のための何かが起こってさえくれれば――!
(――この、犬畜生めがぁあああっ!)
「うおおおおおおっ!」
ダリアの叫び。トラックスの雄叫び。
その直後――顎の力がほんの少しだけ、緩んだ――!
俺は人生最高の速度で魔力を練り上げ、精神集中など気合いで飛ばし、一気に詠唱する。
「"闘気"よ! 我が右足に、力をっ!」
詠唱の効果なんて見ている暇はない。もうここまで来たら例え未熟な俺の魔法でも、それを信じるしか無い!
「う、おおおおおおっ!」
気合とともに、ヤツの牙を持ったまま下半身を完全に崩し、前方に滑り込ませる。
このとき、俺はまるで時間がゆっくり流れているような錯覚を覚えた。
……真っ白な毛皮。短剣のような鋭い牙。大きな口。丸太のような四本の足。巨大化したトラックスより一回りも大きい体躯。敵はどうやら、超大型の獣のようだ。
その獣の背中に、"筋力肥大"を発動させたトラックスが取り付き、ヘッドロックを極めている。
そしてダリアは、先程買ったばかりの『霊糸のショール』で目隠しをしていた。
そう、このチャンスは何かの偶然がたまたま起きたわけじゃなかった。
これは、あいつらが作ってくれた必然だ。
ならば――ここで俺が、外すわけにはいかねえっ!
俺は滑り込む動きで振り子のように勢いをつけ――『敵』の胴体目掛け、渾身の力で右足を振り上げる!
「ギャウンッ!」
確かな手応え、ヤツの悲鳴、遠ざかっていく気配――。
「やった、か……?」
「……グゥアアアアァァァァッ!」
これだけやって、成果は窮地から逃れたところまで。
白銀の獣、未だ健在なり。
「トラックス! ダメだ! もう離れろ!」
「こんな、化け物……治安維持局の一員として……放ってはおけないよお……!」
「グアアアアッ!」
ヤツは咆哮とともに体を激しく震わせると、それだけでトラックスのヘッドロックは緩み、背中から落とされてしまった。
そして、無防備となったところに大型のナイフのような爪での一撃が振り下ろされる。
「避けろ!」
「ぐああああっ!」
俺の耳にトラックスの悲痛な叫びが入ると同時に、彼が出した"照明"も消失してしまった。
「トラックスーーーっ!!」
俺の叫びに、彼からの返答はなかった。ここからではぼんやりとした輪郭で視認するのがやっとで、容態を知ることはできそうにない。
ただ、"筋力肥大"の効果が切れたのか、元のサイズに戻ってしまっているように見える。
(く、このっ!)
「ダリアよせ! これ以上興奮させるな!」
再びショールを持って近づこうとするダリアを制する。
だが、しかし、一体俺はここからどうすれば良い?
"戦術眼"は――『敵条件』がまったく足りてない。せめて弱点でも分かれば……。
「グルルルルル……」
巨大な獣は、尻を上げ、頭を低くし、牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。
先程の一撃は、深手とはいかなくても警戒させる程度くらいには効果があったということか。
しかし、あんな奇跡が何度も都合よく――
「――あれは……」
元宿屋の建物の方から、どこかで見たような真っ黄色に光る物が……?
フラフラと、こっちに飛んできて?
ぽん、と間抜けな音を立てて破裂したと思ったら……煙とともに大きな唇が現れた。
「何だアレ」
妙な唇は、白い歯を見せてニカッと笑うと、口をすぼめてすぅううううう、と息を吸い込み……。
「ワッッッッッッ!!」
と、土砂降りの雨も雷鳴も、すべての音を掻き消すほどの大音量で『誰かを驚かす』ような声を上げた。
「――ギャンッ!」
その直後、何故かヤツは猛烈に怯み、そしてそのまま走って闇の中へと消えていってしまった。
「あの魔法は――」
そう、俺達の窮地を救ったのは、足がボロボロになっても泣き言一つ言わずに歩き続けた我慢強い少女――
「――プリムっ!」
プリム、だったのだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)
どうかよろしくお願いします!!




