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スラスト→トラスト ~最強騎士と半透明ヒロイン、嘘にまみれた世界をぶっ壊す旅に出る~  作者: 羽久間アラタ
第1章 落ちぶれ精霊騎士、旅に出る
16/24

第15話 静かで騒がしい夜

 数オーズ後。

 結界地点に着いて野営の準備が終わったころには、もうすっかり日も沈んでいた。

 真ん中に転がる、むき出しの結界石。濁った光がかろうじて魔物を遠ざけてくれる――たったそれだけ。

 でも、ひとまずはみんなで落ち着いて話のできる場所。

 今夜は、ただそれで十分だった。


 焚き火の前で胡座をかいた俺は、隣に浮かぶ銀髪の女を横目で見る。

 ……ダリア、か。


 あの日から、もう100日以上が過ぎた。

 俺も外環こっちに来て、分からないことばかりだったけど、今日やっと――チャンスが目の前に転がり込んできてくれた。

 アイリスと話をしても、やっぱりダリアは理不尽で、どこまでも遠い相手かもしれない。

 知りたいような、知りたくないような。そのままでも良いし、やっぱり解決したほうがいい気もする。

 不安と期待が混じる静かな夜。木の葉の音だけが、妙に大きく聞こえていた。


「はいっ、完成でーす!」


 そんな静寂を破ったのは、アイリスの嬉しそうな声と、それと同時に上がった俺たち3人とダリアの『おおおおお!』、という感嘆の声だった。


 俺の視線の先には焚火にくべられた鉄製の鍋――の中でぐつぐつと煮える様々な具材が入ったスープ。

 そこから漂う香辛料やハーブの香りは鼻腔を通じ、食欲を刺激してくる。


「なんか、悪いな。依頼人にこんなことさせちゃって」

「いえいえ、全然! わたし、お料理大好きなのでっ!」


 そう言いながら、アイリスは曇りのない笑顔で木製の器に現地調達したキノコやら山菜やらが入ったスープをよそっていく。


「ありがとう、アイリス。いやあ、これは美味そうだ」

「お口に合うといいんですけど」

「いやー、まさかこんな場所でこんな上等なものが出て来るなんてね」

(今日からまた干し肉と黒パンの生活かと思っておったが……実によくできた娘じゃな)

「よだれ。止まらない」


 ソワソワしている全員(ダリア以外)に器が行き渡り、それぞれが両手を組んだことを確認してから、俺は口を開いた。


「それじゃあ。精霊神セリア様の施しに感謝を」

「「「精霊神セリア様の施しに感謝を」」」

「黒姫様のお導きに感謝を」

「「「「いただきます」」」」


 食事前のお祈りを済ませ、早速湯気の立つスープを口に運ぶ。


「……」


 いや、もう。なんと表現したら良いのか。

 いい言葉が全く思い浮かばない。浮かばないが、それでも一言で言うならば――


 『染みる』。


 故郷の記憶がほとんどない俺でも懐かしさを感じてしまうような、そんな味。

 訓練所の食堂のただ薄いだけの味とも、各地の酒場で味わった異常な塩辛さとも全く違う。


「こりゃぁ……驚いた」

「あの材料で。これは、新しい魔法」

(落ち着く、味じゃなあ)


 三人が、じんわりとした様子で感想を述べる。

 それに出遅れた俺を、アイリスは膝の上で器を両手で持ちながら上目遣いで見つめてきた。


「……その、ジールさん、は。どうですか?」

「う……美味いよ! 何がどうなったらこうなるんだよ、これ!」


 俺の語彙力に乏しい絶賛に、アイリスは『ぱああ』と顔を綻ばせ「よかった」と呟くと、安心した様子で木製のスプーンを口に運び出した。


(おお、これは何とも愛い娘じゃのう)

「お前とは大違いだな」

(なあんじゃとお?)

「本当のことだろうが」


 今まで経験したことのなかった温かい空気。

 それに俺の中の天邪鬼が耐えきれなくなったのか、つい叩いてしまった軽口に、ダリアが応戦。


 いつもならここで行き着くところまでエスカレート、そして最終的には数日間続く険悪な冷戦に発展してしまうところだが――


「あららら。またケンカかい?」

「お、お二人とも! ……その、食事中にケンカは」

「いまのは。リーダーが悪い」


 ――三人に冷静に指摘された俺達の頭は一瞬で冷えてくれた。


「う……すまん。ダリア。つい。みんなもゴメン」

(儂も、大人気なかったわい。許せ、森娘よ)


 なるほど。これがパーティー、ってやつなのか。

 しかも俺とダリアの特殊な状況も理解してくれる。俺にとって、これ以上ない心強い味方たち。


「女の子にはもっと優しくしようよ、リーダー」

「ダリアさんも。リーダー、ピュアだから」

「うう」


 リーダーとは名ばかり。

 俺は、挙動不審で、人間不信で、不器用で、戦うことしか能のない男。

 

 でも、それでいいや。と思ってしまう。

 足りないところは、仲間に補って貰えば良いんだから。


 無論、どっちが幸せかなんてことは今の時点では分からないけど、もし、今でもあのまま精霊騎士だったら――

 一匹狼を気取ったまま、こんな気分を味わうことは無かったかもしれない。



「ふー。ごちそうさま」

(うむうむ、褒めてつかわそうぞ)

「本当に美味しかったよ、ありがとうね」

「お腹、いっぱい」

「はい、皆さんに喜んでもらえて良かったです!」


 アイリスは、野営の準備に取り掛かるやいなや、誰よりも忙しなく楽しそうに働き、素晴らしい夕餉まで振る舞ってくれた。

 水も、きのこも、山菜やハーブも彼女が自分で摘んできたもので、こちらの持ち出しといえばちょっぴりの干し肉と黒パンくらい。

 依頼人なのに偉ぶったりすることも一切無く、美味しい料理に加えて屈託のない笑顔による癒やしまで与えてくれる。

 一体、どれだけの教育をしたらこんなにいい子に育つというのだろうか。

 逆の意味で、親の顔が見てみたい。


「そういえば、ご両親はサンダリアからもう少し先まで行くんだっけ?」

「はい。エルデの薬を待っている人はたーくさんいますから!」

「足止め。ついてなかった」

「ええ、わたしはよく分からないんですけど……トリヒキサキのトンヤ? さんの都合がどうとかで」

「でも、先に帰らなきゃならなくなったアイリスの護衛料を肩代わりするなんて、その問屋さんも太っ腹だよなあ。金貨1枚だぜ?」


 先月15歳になったばかりというアイリス。村長一家の孫娘でもある彼女はゆくゆくは両親の跡を継いで薬の行商に出なければならず、今回は取引先への顔見世も兼ねての同行――という話だったらしい。


 だが、先方の都合でサンダリアで予定外の足止めを食ってしまう。

 予定していた街全てを回っていたら、もうすぐ開催される村のお祭りで最も重要な『巫女』役のアイリスの帰りが間に合わない。

 でも、薬を待っている人も大勢いる――その板挟みにあった両親はギルドに護衛を依頼し、娘だけを先に帰すことにした。


 そして、それを聞いた問屋の商人は、信用を失うことを恐れた彼は真っ青になってギルドに飛んできたらしい。(エルデの薬でたいへん潤っていたようだ)

 彼は、破格とも言える報酬を提示し、傷一つつけないように、としつこいくらいの念押しをした結果――あの『特別依頼』に至ったというわけだ。


「やっぱり、すごい大金なんですよね……なんか、申し訳なくて」

「自業、自得」

「でも、わたしを連れてきたのはエルデ側の都合ですし……」

(おい、お主。森娘をなんとかせんか。『りいだあ』なんじゃろ)


 何をどう見ても悪くないはずのアイリスが何故か責任を感じ、段々としゅーん、となっていく。

 その姿を見ていられなくなったらしいダリアが、俺に色々と丸投げしてきた。


 なんとかしろって言われてもなあ……俺は商売のこととかよく分かんないし。

 と、とりあえず適当に話題を変えよう。えーと。


「そ、そうだ! アイリス、『巫女』ってなんなのかなぁー? 教えてほしいなぁー? み、巫女で、に、にこにこ! なんちゃってー」


 ………………いや、ちょっと待ってほしい。

 俺は俺なりに、頑張ってコミュニケーションが上手いように振る舞ってみただけ。それだけだ。良かれと思ってやった。勇気を振り絞ったんだ。


 なのに――どうして、これほどまでに空気が重くなっている?

 これではまるで、時間が止まったかのようではないか――


「――ぷっ」(――ぶっ)

「あっはははははは!」(ぎゃっはははははは!)


 突然、笑い転げるアイリス。そしてダリア。

 こ、これは……一体――。


「ツボ。入った」

「人によって違うらしいからねえ……」

「なんか、ダリアまで爆笑してる」

「はぁ。もしかして、似た者同士なのかもしれないねえ」


 ひぃー、ひぃー、と呼吸困難寸前になっているアイリス。思い出しては何度もツボに入っているダリア。

 なんていうか、よくわからないけど。

 まあ、アイリスが笑ってくれたから良しとするか!



 数ミット後。

 アイリスとダリアの二人を突如襲った笑いの波はようやく去ってくれていた。

 油断すると第二波、第三波と襲われるため、依然として予断を許さない状況ではありそうに思えるが、まあひとまずは大丈夫だろう。


「ええと、みっ、"巫女"はですね、"黒姫様"のお言葉を届ける役目なんです」


 指で涙を拭いながら、アイリスは数ミット越しに俺の質問に答えてくれた。"巫女"というワードのときに若干戻りかけてはいたが。


「くろひめさま? 聞いたこと無い神様だな」

「私も。知らない」

「へえ。プリムちゃんでも知らないってのは意外だねぇ」


 以前、酒場で見せてくれた本(記録誌、とかいうやつ)を取り出し、ペラペラとめくるプリム。

 気になることは全てこの本に記録しているらしいが、どうやら"黒姫様"の記載は無さそうだった。


「どんな。神様なの」


 プリムが身を乗り出している。いつもぽややーんとしている彼女にしては珍しい。

 知らない単語が出てきたことに、鑑定眼持ちの血が騒ぐのかもしれない。


「えーとですね……実はわたしもそれほど詳しくはなくて」

「あ、そうなんだ……」

(むぅ。それは残念じゃな)


 "巫女"にしか見えない"黒姫様"。

 そんな伝承の伝わる村に生まれたアイリスが、黒いドレスを着た(話し方とワガママぶりだけは)姫のような不可視の存在――ダリアを認識できる。


 こんなの、偶然にしては出来すぎで、創作にしては安直すぎるだろう。

 ……まあ、俺の知っている『創作』はおとぎ話くらいのものだからあまり分かったようなことは言えないのだが。


「でもさあ、それってダリアさんとなんか関係あるんじゃないの?」


 誰もが思いつつも口には出さなかった言葉を口にしたのはトラックスだった。

 まあ、俺はダリアさんの姿を見たことは無いんだけどねぇ。と頭を掻いてる様子からすると、単純に思いつきを口にしただけだろう。


 しかし、俺とアイリスは実際に自分の目と耳で、プリムは"鑑定眼"で俺の情報を介して、ダリアがどんなヤツか知っている。


 ……姫? あれが?……あれで? 姫?……


 というのが大凡の共通認識だと思う。(二人はもう少しマイルドだろうけど)

 見えないし聞こえない。だからこそ余計な疑問を持たずに済む――世の中にはそういうこともあるのだと――目の前の無精髭を生やした男が証明してくれていた。


「確かに。共通点、多い」

「でしょでしょ? 黒い服着てて見える人が限られてるなんて」


 プリムの援護により、自分の推理が盤石になったと思ったか、トラックスは自説の正しさを畳み掛けてくる。


 しかし、伝承というものは人から人へと伝わってきたもの。

 口伝なのか石碑なのか、方法は様々であるがそのまま何も変わらずに伝わることなど皆無だろう。

 曲解や推論、自己解釈などが重なり、元の形とは全くの別物になっていた、なんてことも珍しくない。(ちなみにこれらは全てプリムの受け売りである)


「でも、こいつが姫ってなあ。だって、わしだよ、儂。普通姫ならわらわとか言うもんじゃないの」

(儂が儂をどう言おうが儂の勝手じゃろ!)

「ワシって。ぷぷっ」


 いかん、今度はプリムがツボに入りそうになってる。そうか、鑑定俺情報にはダリアの一人称については書いてなかったんだな……。


 プルプルとペン先を震わせながら記録誌に新情報を書き込んでいくプリムをよそに、『ダリアは黒姫様なんですか問題』は進んでいく。


「うーん。アイリス、もうちょっと情報ない?」

「そうですねえ……あとは村の御神体に宿っているとか……」

「いやもうちょっと黒姫様自身に関わるようなのとか」


 俺の問いかけにアイリスは腕組みをしてうーんうーんと唸り始めてしまった。

 そんな少女を見かねてか、トラックスが口を開いた。


「いやいや。そんなまどろっこしいこと、必要ないでしょ?」

「どういうことだよ」

「本人に聞いてみりゃ良いじゃないの」

「そ、それは、無理、だと思う」


 吹き出すのを懸命に我慢しながらプリムが戦線に復帰してきた。

 いや、どうやら指が震えすぎて書くのを諦めたようだ。


 だが、そう。まったくもってプリムの言う通り。本人に聞いたってわかりっこない。

 これで分かるなら俺だけでもとっくに解決してるからな。


「そうなんですか、ダリアさん」

(うむ。………………儂は何も覚えておらんでな!)


 散々無駄に溜めたくせに、堂々と胸を張って記憶喪失を宣言する黒姫様もどき。

 どこに得意げになれるポイントがあったのかは不明だが、ふっふっふ、と不敵に笑ってさえいる。

 

「ごめんな、アイリス。こいつちょっと頭をどうかしてるみたいで」

(儂を白痴のように言うでない!)

「い、いえいえ! でも、記憶がないならまだわかりませんよね!?」

「どうかなあ。俺は違うと思うぞ。こいつが姫とか」

「ジール君さあ、もっと素直になろうよ。絶対ダリアさんが黒姫様だって」

「いーや、違う」

「私は。保留」

「よくわからないけど、わたしはダリアさんが黒姫様だったら嬉しいなあ」

「アイリス、3日で後悔するぞ」

(なんじゃとぉ! この儂の麗しい姿を見られるのじゃ! 30年でも300年でも飽きることなぞあり得んわ!)

「な? こんなギャーギャーと耳元で喚かれてみろよ。脳みそ腐っちゃうよ?」

「へぇ。黒姫様ってのは随分とお転婆なんだねえ」

「だから黒姫違うって! 遠すぎるって!」

「遠いんですか! ダリアさんのお家ってどこにあるんですっ!?」

(それはのう……分からぬ!)

「ずこーっ!」


 喧々諤々、ワイワイガヤガヤ。

 普通に考えれば、ここでどれだけ時間と言葉を尽くしたところで結論なんて出るわけがない。材料が全然足りないんだから。


 なのに、こうして余計な意地を張って時間を無駄にする。

 だけど、言い争いだって殴り合いだって『一人じゃできない』こと。

 一人でああでもない、こうでもないと悩むよりは良いんじゃないかな、たぶん。おそらく。なんとなく。そんな気がしない気がしなくもない。



 夜もとっぷりと暮れ、先程までは心地よく感じていた穏やかな風も、今では肌寒く感じるほどの冷たさに変わっていた。


 下がっていく気温と反比例するように、『ダリアは一体何者だ問題』は何度も振り出しに戻っては逆走したり逸走したり飛び出したりで白熱したのものとなっている。

 そして、その割に成果らしいものはまったく無いという、まあ一言で言えば無駄な時間を過ごしていたわけだが――

 ついに、ここにきてようやく現実的な解決策を向け考察するフェーズへと突入しつつあったのだった。


「おじいちゃん? アイリスの?」

「はい。やはり黒姫様についての詳しいお話はおじいちゃんに聞いたほうがいいと思います」

「村長さんだっけ」

「はい。村の中で一番くわしいんです。実はわたし、黒姫様の何が黒くてどこが姫様なのかぜんぜん知らなくって」


 面目ない、といった感じで頭を掻くアイリス。そんな仕草も、可愛らしい。

 活発で、あわてんぼうで、感情豊かで……なんていうか、小動物のような子だなあ。


「なんだよ、じゃあいつかはエルデ村に行くことになってたんだな、俺」

「都合が良くて最高じゃないの」

「一石、二鳥」

「ええ、村に着いたらぜひゆっくりしていってくださいね! 何もありませんけど、とっても良いところですから!」


 『アイリスがダリアを見える』という、俺の環境が大きく変わる可能性に満ちているかのように見えたアクシデント。

 結局、ダリアのことは何も分からず、旅の目的も全く変わらず、俺の苦労を分かち合える存在が一時的に増えただけという結果に終わってしまった。

 いやまあ、そこが一番大きいのかもしれないけど……。はぁ……。

 何も進展しなかったことに心の中でため息をつきつつ、強引に気持ちを切り替えることにする。


 ――そのため息が、落胆からか、安堵からか。

 どっちなのか、正直自分でもよく分からなかったけど。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になります!(断言)

軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。(過去話にも入れ始めました!)

どうかよろしくお願いします!!

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